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第四章 戦いの意味
五、朝飛のことば
しおりを挟む珠緒が眠ってしまったので、夜顔は朝飛の容態を見ようと忍寮へとやって来ていた。
水国は若い女性たちに酒を注いでもらい、いつになく楽しげに酔っ払っていた。夜顔は師匠の楽しげな姿を見て、邪魔をせぬよう何も告げずに、忍寮へやって来たのだった。
朝飛は身体を横に向けて眠っている。桶の水を替え、夜顔は再び手ぬぐいで朝飛の額の汗を拭った。その時触れた額からは、昼間のような高熱は引き、呼吸も穏やかである。
「……あんたが、治してくれたんやって?」
目を閉じたまま、朝飛が口を動かす。夜顔は仰天して、思わずその場に尻餅をついてしまった。
すっと切れ長の目を開いた朝飛が、夜顔を見上げて微笑んだ。
「あんたが夜顔か」
「あ……はい……良かった、熱が引いて」
「ありがとうな。忍が背中を斬られるなど、お恥ずかしいところを見せてしまった」
「いいえ……子どもたちを守りながら戦ったのでしょう? 皆、無事ですよ」
「良かった……本当に」
朝飛はため息をつきながら目を閉じた。
「せっかく、あんなにも穏やかに笑うようになった千珠様のお顔を曇らせてしまったら、どうしようと思ってたんや」
「え?」
朝飛は目を開け、夜顔の黒い瞳をまっすぐに見上げる。
「俺な、昔あの人のことを追っかけて、能登へ行ったことがあんねん。その時俺は、あの人の戦いをしっかりこの目で見た。あれは、あの人が人の世で迷い苦しみながらも、罪を背負ってでも、前を向こうと決めた戦いやったんちゃうかなて……思ってる」
「罪を背負って……」
「あの人はいつも苦しんでたと思うねん。俺らの前ではそんな顔見せへんようにしてはったと思うけど、能登で見たあの人の涙……忘れられへん」
「……」
「夜顔はんも、何やよう知らんけど、色々と辛いことがあったらしいな」
「はぁ……」
「あんたも、幸せになれるといいな」
「え……?」
朝飛は微笑んだ。
「あんたも千珠さまも、同じ宿命背負ってはるんやろ。でもきっと、幸せになれる」
「……そうかな」
「人生は長い」
朝飛は笑顔を見せて、また痛そうに顔をしかめた。夜顔は慌てて朝飛の傷を気遣う。
「……あんたはまだ若い。道に迷ったら、またここへ来たらいい」
「はい……ありがとうございます」
朝飛の傷をさすりながら、夜顔は涙をこらえていた。
何で皆、この国の人達は自分のような者に寛容なのだろう。
きっとこの人もあの山吹という女性も、自分の罪を知っているはずなのに、何であんなにも皆が優しいのだろう。
——藤之助だって……水国先生だって……知っているはずなのに。俺が、咎人で、半妖だって……。
何で何で、皆僕に優しくするんだろう。
夜顔は、そう思わずにはいられなかった。朝飛はそんな夜顔の表情を見上げて、言った。
「……どいつもこいつもお人好しだ、妖の俺を、こんなになってまで守るなんて……」
「え?」
「怪我して寝てた山吹や俺の前で、千珠さまはちょうどあんたとおんなじような顔してはった」
「……」
「その時千珠さまにも言うたけどな。それは皆が、あんたのことを好きやからやで。過去より、今が大事やと思わへんか?」
「……今、ですか……?」
「ああ。あんたは愛されてるんや、皆にな」
「……そうなのかな……」
夜顔はついに泣きだした。
早く早く、藤之助に会いたかった。咲太にも、都子にも。
「そうだといいなぁ……」
あの里で得た平穏な時間と、敵意のない人々の優しい笑顔が、見たかった。
しくしくと泣きながら、涙を拳で拭っている夜顔を、朝飛は優しい眼差しで見上げていた。
能登での千珠の姿を、思い出しながら。
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