ケンカするほどなんとやら

餡玉(あんたま)

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16、修羅場?〈佐波目線〉

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「で、結局ついてきてんじゃねーかよ」
「ええやん。俺も暇やねんし」

 英誠大学からほど近い場所にあるカフェで、大和はあのハーフ野郎と話をすることになった。

 たまたま、たまたま俺も予定がなかったから、同席することにした。ヒステリーを起こすつもりはない。あくまで、大和の保護者としてだ。

 ランチタイムで混み始める時間帯より少し前に、俺たちは小洒落たカフェに入った。案内されたのはオープンテラス席だ。テラスには五つのテーブルが並んでいて、そのうち三つのテーブルがカップルで埋まっている。

 風もなく、秋の陽光がほのぼのとあたりを温めて、とても心地のいい気候だ。この後ここにあのデカブツ野郎が来るなんていう用事さえなければ、うきうきと心浮き立つようなデートになっていたかもしれない……。

「英誠大って地味なイメージあったけど、こんな店もあんだな~」などとのんびり喋っている大和からは、まるで危機感を感じない。こいつ、この間自分がどういう目に遭ったか分かっているのだろうか。

 居酒屋でしこたま飲まされた挙句ラブホに連れ込まれてレイプされかけたんだぞ? ゆったり寛ぎながらパンケーキ選んでる場合ちゃうねんぞ? ……とついつい苦言を呈しそうになったが、不意に、テーブルが不意に陰った。


 見上げると、色白の肌をさらに青白くしながら俺を睨みつけるゲルマン野郎が、ぬうっとそこに佇んでいた。


「………………何でこいつまでここにいるの?」


 と、幽霊顔負けの恨めしげな声が頭上から降ってくる。いやいや、当たり前だ。お前みたいな危険人物と大和を、二人きりで合わせるわけがないだろう……と腹のなかで鼻を鳴らしつつ、俺は余裕を見せるように微笑んでみせた。

「俺がおってもかまへんやろ、別に。大和がうっかりラブホに連れ込まれへんように、見張っとこ思てな」
「っ…………そ、それは……」
「おい、いきなりつっかかんなよ、佐波。えーと……とりあえず……ま、座れば?」
「…………うん」

 ちょいちょいちょい!! レイプ未遂犯に口調が優しすぎるんちゃうか!? と怒り狂いたい気分だったが、一応堪えた。
 大和は気まずげに背筋を伸ばし、膝の上に置いた手を握ったり開いたり、アイスカフェラテをちびちび飲んだりと落ち着かない。そしてデカブツ野郎もまた、しゅんとなって薄暗い表情だ。なかなか双方口を開く様子が見られないが、今日の俺はあくまでもオブザーバー。黙って成り行きを見守ることにするとして……。

「ごめん、大和。……僕、あんなことをするつもりじゃなかったんだ」
「……お、おう……。う、うん、そうだよな。お前……そういうキャラじゃなかったし」
「そ、そうでしょ……? ただ、本当に嬉しくて。大和と再会できて、まさか、ああやって二人で飲みに行けるなんて、夢みたいでさ……」
「そ、そっか……。てか、夢見たいとか大袈裟すぎじゃね? 別にさ、連絡くれたらいつでも……」
「えっ…………?」
「はいストップストップストップ!!!」

 もじもじしながらそんなことを言う大和とデカブツ野郎の会話を、俺は即座にぶった斬った。そして、きょとんとして俺を見ている大和をギロリと睨みつけ、ガッと胸ぐらを掴む。

「おいコラ大和。なんやその流れ。そんなん言うたらお前、誘ったらいつでもホイホイ飲みに付きおうてやるわってことになるやろ? あ? ちゃうんか?」
「えっ、いや、そんなつもりで言ったんじゃ…………」
「はぁ? じゃあ他にどんな意味があんねん。そういう態度が思わせぶりの中途半端や言うてんねんドアホ!! 付いてきて正解やったわ!!」
「だから、話には色々順序ってもんが…………ってか、く、苦しい……」
「や、やめてよ! 大和がかわいそうじゃないか!!」

 と、今度はゲルマン野郎が俺たちの間に割って入ってきた。射殺す勢いでそっちを睨むと、デカブツ野郎が一瞬怯んだように手を止める。俺は渋々大和から手を離し、もう一度椅子に座って脚を組んだ。

「なんてひどいやつなんだ……!! 大和、こんな暴力的な男、本当に君の恋人なのかい?」
「うん……そうだよ」
「ま、まさDVとか受けてるんじゃないだろうね!! ハッ……まさか大和ってそっち……? こ、こいつに弱みでも握られて、性奴隷的な扱いを受けてるんじゃ……!?」
「そんなことあるわけねーだろ! っていうか、二人とも声でけーんだよ!! ちょっとは落ち着け」
「フン」

 盛大に鼻を鳴らして腕を組み、俺はジロリとハーフ野郎を睨みつけた。すると、相手もさっきより攻撃的な目つきになって、ギロリと俺を見据えている。

「僕は、中学生の頃から大和のことが好きだった。いじめっこからいつも僕を助けてくれて、優しくしてくれて……大和は、本当にいいやつで……! その時は、気の迷いだと思って諦めようと思ったよ。男同士だし、僕のほうも、優しくされて浮かれているだけだって思ってた。でも、再会して、今も変わらない大和を見て、僕の気持ちは本物だと気付いたんだ。だから……!!」
「だから飲ませて自分のモノにしてやろうって思ったってか?」
「違う……!! ……い、いや……違わないけど、でも、乱暴なことをするつもりはなかったんだ。ただ、もっと大和に触りたくて……」
「好意をたてにすりゃ、そんなクソみたいな理屈が通るとでも思ってんのか? 好きなら、何してもいいってか?」
「……そ、それは……悪かったと思ってる。僕も酔ってて……」
「酔ってりゃ、何してもいいって?」
「い、いいわけない……けど。…………だ、だから謝りに来たんだろ? っていうかさっきから、なんで君ばっかりペラペラ喋ってんだよ! 僕は大和と話がしたくて!」
「……ちょっと佐波、落ち着けって」

 ぽん、と俺の膝を叩く大和の手に、思わずきゅんとしてしま…………いそうになるのをなんとか堪え、俺はジロリと大和を見た。

「俺は落ち着いてる」
「嘘つけ。熱くなりすぎだっつの。俺何も話せてねーだろ」
「お前が中途半端やからついつい口出ししてしまうんやろ」
「とりあえず、佐波はちょっと黙ってろ。な?」
「ぐ……」

 しっかりと顔を覗き込まれながら念押しをされ、俺はぐっと言葉に詰まった。大和はさらに目線で念押しするようにじっと俺を見つめた後、デカブツ野郎に正面から向き直る。すると奴は、俺の存在を眼中から締め出すように身体の向きを変え、緑がかった瞳をキラキラときらめかせて大和を見つめた。

「ミハエル。……はっきり言っとくけど」
「う、うん……」
「俺は、お前の気持ちには応えらんねぇ、から。……その、だからもう、あんなことはして欲しくない」
「っ……」

 ついさっきまでのへどもどした態度が嘘のように、大和はきっぱりとそう言い切った。すると、ミハエルとかいう名前のハーフ野郎の目が、うるうるとあっという間に涙の膜で覆われていく。……でかい図体して、メンタルの方は相当乙女らしい。

「そっ……それって。そこのDV男がいるから、そう言ってるだけ? 言わされてる……とか、そういうことじゃ」
「あ? 誰がDV男や。どつきまわしたろかこのデカブツ……」
「こら佐波、黙ってろ」
「……」

 思わず立ち上がりかけた俺の手首をガッシと掴んで、大和はまた俺を目線で黙らせる。そうして男らしい表情をしている大和はことさらイケメンで、むかっ腹を立てかけていた胸がきゅんと高鳴ってしまう。

「言わされてるわけじゃねーよ。俺はこいつのことが好き。好きだから付き合ってる。……だからミハエルとは、付き合えない」
「……」


 ——お、おお……ビシッと言うた……。や、やればできるやん……。


 ようやく男らしいところを見せた大和にどきどきと胸を高鳴らせつつ、俺はふと、ミハエルの方をちらりと見た。

 すると、白色人種らしい白い肌を紙のように真っ青にして、ミハエルはぷるぷると全身を震わせ始めた。完全に打ちひしがれた表情を浮かべ、絶望感をひしひしと感じさせる悲壮な顔だ。

「……そ……そ、そう……そうなんだね……ふーん……大和って、そういう、高飛車でわがままで暴力的な奴が好みなんだね……ふーん……あ、そうか……大和ってドMなんだ。へぇ…………なんか意外。意外って言うかなんかがっかりだなぁ…………大和って、もっと男らしくてかっこよくて、ヒーローみたいな奴だと思ってたのにさ……なんだよ、全部そこの性悪の言いなりじゃないか……がっかりだよ……うん、がっかりだ…………」

 ……さりげなくディスってんちゃうぞコラァ! と思わずいきりたちかけたけど、なんとか堪えた。ミハエルの目はどこも見ていないし、焦点も合っていない。……大丈夫かいなこいつ。

「いや……俺はヒーローとか、そんないいもんじゃねーから。とにかく、ごめん」

 大和はそう言って、ぺこりと小さく頭を下げた。大和が謝るべきことではないような気もするが、それでミハエルが大和を諦めるというのなら文句は言えない。俺は黙って、成り行きを見守ることにした。すると……。

「……か、帰る…………僕、帰るよ…………うん、帰ったほうがいい。帰って、ちょっと考えを整理しないと…………残念だなぁ……僕は、大和が望むなら大和に抱かれるがわになったってよかったのにさ…………そうすりゃ大和だって、そんな性悪の言いなりになることなんてなかったろうに…………そんなガリガリの鶏ガラ野郎よりよっぽど、僕の方が抱き心地いいはずなのに…………ほら、おっぱいだってあるし……」
「……おい、黙って聞いてりゃ誰が鶏ガラやコラァ!! それになぁ、大和はお前みたいなガチムチ興味ないねん!」
「フンっ…………言ってろ性悪クソビッチが。いいか、僕は絶対に大和を諦めない。お前みたいなチンピラ崩れに、大和はふさわしくないんだからな!!」

 ミハエルは俺を睨みつけつつそう吐き捨てると、財布から一万円札を抜いてバン!! とテーブルに叩きつける。

 そして、カフェ中の視線を一身に集めつつ、涙目をこすりこすり店から飛び出していった。


 ……去り際まで、なんだかすごく乙女チックだった。

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