Blindness

餡玉(あんたま)

文字の大きさ
107 / 121
完結章ーChildren’s storyー 〈悠葉視点〉

〈12〉

しおりを挟む

 腕を支えられながらソファに座ると、紫苑は跪いて、悠葉の顔をじっと見上げた。

「……悠葉。どうして教えてくれなかったの、次期家元に指名されたこと」

 キスの甘い余韻から抜けきっていないところへ飛んできた紫苑の問いに、すぅ……と体温が下がっていく。

「……いやそれは、その…………ていうか、誰か聞いたん? 双子か?」
「いや、香純から聞いたんだ。それで悠葉と喧嘩したってことも」
「香純から!? なんで……!?」
「昔からたまに悩み相談みたいな感じで、香純の話を聞くことがあって」
「え!? そうなん!?」
「いつも”悠葉には内緒にして”って言われるから黙ってたけど……まぁ、学校生活のこととか、友達関係のこととか。小さい頃から色々と」
「はぁ? いやいや……なんで兄貴の俺通り越して紫苑に相談してんねん、あいつ……」
「悠葉は近すぎるんだよ。家族で、同門で、ライバルでもあって……なかなか素直になれないんだろうな」
「まぁ……そらわかんねんけど」

 紫苑の負担になりたくない一心で胸に抱え込んできたことがたくさんあるというのに、香純ときたら——……と、悠葉は内心憮然としていた。だが紫苑はなおも心配そうな表情のまま、悠葉を真っ直ぐに見つめている。

「前に電話したとき、すこし様子がおかしいなとは思ってたんだ。なにか、俺にはいえない事情があった?」

 返事に窮していると、紫苑はふと、薄く柔らかな笑みを浮かべた。

 隠していたことを責められるかと思い、一瞬肝が冷えたけれど、そんな気配はまったくない。
 むしろ紫苑は、全てを許して包み込むような目をしている。柔らかなもので心ごと包み込まれるような感覚に力が抜け、悠葉はとつとつと、紫苑に話したくても話せなかったことを、少しずつ言葉にしていった。

 次期家元を継ぐことになり、家族関係がギスギスしていること。
 指名されたとはいえ、自分自身、まだ覚悟ができていなくて怯んでいたこと。

 そういったモヤモヤを紫苑に聞いてほしい、話すうちに気持ちの整理がつくかもしれないと思っていたけれど、紫苑は紫苑で大事なときだ。邪魔はしたくないし、紫苑を励まし、支える立場でありたくて、何も言い出せなかったことも。

「あとは、前に電話でもいうたけど、紫苑に色っぽいオメガが迫ってきて、うっかり番なんかになってへんか不安やったりして、まぁ色々気忙しかってん」
「いやいや、ないってそれは」
「うん、わかってる。でもな、わかってても不安やってん。……けど、いざ顔合わせてみたら、なんや心配いらんかったやんて、思えたっていうか……」

 悠葉を見つめる紫苑の眼差し、情熱的な抱擁とキス。

 触れて、感じて確かめ合うことができて、これまで感じていた心配ごとがすべてバカらしくなった。

 紫苑を疑う気持ちはなかったけれど、周りが紫苑に手を出してきたら、ノンセクシュアルの自分は太刀打ちができない——それが歯痒くて、もどかしかったのだ。

 そんなことをとつとつと紫苑に話していると、紫苑がすっと立ち上がって悠葉の隣に座り直す。
 そしてどことなく焦れたような顔をして、早口でこんなことを言いはじめた。

「悠葉はそういうけど、俺だってずっと不安だった! 悠葉、舞台にたくさん立つようになってどんどん大人っぽくなっていくし、ファンもたくさんいるみたいだし。華やかな芸能界でどんどん有名人と知り合うだろうから、俺がイギリス行ってる間に、俺のことなんて忘れちゃうんじゃないかって……!」
「……え? は? 俺が紫苑を忘れる?」
「そうだよ! SNS見たことある? 悠葉の舞台を見に行ったお客さんとかがたくさん呟いてるんだけど、中には熱狂的なファンもいて、なんかヒヤヒヤするようなこと言ってる奴もいるしさ」
「え、知らん……。俺、エゴサせーへんし」
「知らないの!? ネックガードしてるから、みんな悠葉のことオメガだと思ってるだろ? でも、舞台の時は外すだろ? そういうの、一部のファンからしたらすごくその……劣情を煽られているというかなんというか……」
「劣情」
「と、とにかく! もっと自衛してほしいのに、さっきもふらふら須能様から離れて変な男に捕まってるしさ! 俺、悠葉に何かあったらと思うとほんと不安で……!!」

 言葉を募らせるたび前のめりになってくる紫苑の勢いに押されて、悠葉もソファにのけぞる格好になってしまった。

 目を丸くして呆気に取られていると、紫苑はぎゅっと唇をかみしめてどこか苦しげな顔をした。

「香純が教えてくれたんだ。悠葉が園遊会のパーティに招かれてるってこと。悠葉は場慣れしてないから絶対変なのに絡まれると思うし、心配なら早く帰ってきたほうがいいんじゃない? って。それ聞いて、なんだか俺、イヤな予感がして」
「へ!? あいつ、そんなことを……?」
「そう、だから急いで帰国を早めた。このホテルのオーナー一家のことはよく知ってるから、無理を言ってパーティに入れてもらえるよう頼み込んだんだ」
「えぇ?」

 おっとり控えめだった紫苑が見せた行動力に、悠葉はただただ驚くばかりだ。目を丸くする悠葉を見つめて、紫苑は眉を顰めたまま目を伏せた。

「園遊会のパーティなんて、有力者のアルファだらけで油断ができない。フリーの我が子を連れてきて、その場で見合いみたいなことをするってよく聞くし」
「あー……うん、確かにお見合いパーティみたいやった」
「ほら! そりゃ、須能様がそばにいるから変なことにはならないと思ってたけど、権力もってるアルファなんて傲慢なエゴイストばかりだし、こんなに若くて綺麗な須能流の次期家元なんて喉から手が出るくらい欲しいに決まってる! 何かあってからじゃもう遅いだろ、だから俺っ……!」
「ちょ、紫苑、落ち着け。落ち着けって」

 ヒートアップしていく紫苑の肩を軽く手で叩くと、紫苑はようやく我に返ったらしい。「ご、ごめん」と謝りつつ身を引いて、またため息をついた。

 世界に影響力を持つ国城家のアルファとは思えないような発言が、紫苑の口からポンポンと飛び出してきたことにも驚かされるが、紫苑がそんなにも悠葉のことを考えていてくれたのかと思うと、純粋に嬉しかった。

 照れくさくて照れくさくて、頬が熱くなってしまう。頬だけじゃなく体温まで一気に上昇してしまったようで、ひどく暑い。悠葉は羽織を脱ぎ、ソファに投げ出した。

「なんちゅーかその……紫苑て……めっちゃ俺のこと好きやん……」
「あっ、当たり前だろ!? 伝わってなかったの!?」
「いや、なんか、いつも言葉では優しいこと言うてくれるけど、いつもどっか引いてる感じしとったし、俺ばっかり紫苑のこと好きなんかなって思ったこともあったから……」
「そ、それは」

 見上げた紫苑の瞳が、うるりと揺れる。
 瞳に浮かんだ動揺の意味をはかりかね、悠葉は小さく首を傾げた。
しおりを挟む
感想 45

あなたにおすすめの小説

ただ愛されたいと願う

藤雪たすく
BL
自分の居場所を求めながら、劣等感に苛まれているオメガの清末 海里。 やっと側にいたいと思える人を見つけたけれど、その人は……

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

ユキ・シオン

那月
BL
人間の姿をした、人間ではないもの。 成長過程で動物から人間に変わってしまう”擬人化種”の白猫青年と、16歳年上のオッサンとのお話。 出会ったのは猫カフェ。白猫従業員としての青年と客としてやってきたオッサン。 次に再会したのは青年が人間として通う大学。オッサンは保健室の先生だった。 青年が金のためにヤバいことをしていて、あるトラブルが起こる。 そこへ見計らったかのようにオッサンが飛び込んで救出したのをきっかけに2人の距離は縮まり…… ※表紙絵は自作。本編は進むにつれてどんどん動物園と化します(笑)

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。

怒られるのが怖くて体調不良を言えない大人

こじらせた処女
BL
 幼少期、風邪を引いて学校を休むと母親に怒られていた経験から、体調不良を誰かに伝えることが苦手になってしまった佐倉憂(さくらうい)。 しんどいことを訴えると仕事に行けないとヒステリックを起こされ怒られていたため、次第に我慢して学校に行くようになった。 「風邪をひくことは悪いこと」 社会人になって1人暮らしを始めてもその認識は治らないまま。多少の熱や頭痛があっても怒られることを危惧して出勤している。 とある日、いつものように会社に行って業務をこなしていた時。午前では無視できていただるけが無視できないものになっていた。 それでも、自己管理がなっていない、日頃ちゃんと体調管理が出来てない、そう怒られるのが怖くて、言えずにいると…?

月兎

宮成 亜枇
BL
代々医者というアルファの家系に生まれ、成績優秀な入江朔夜は、自らをアルファだと信じて疑わなかった。 そうして、十五歳の誕生日を迎え行われた、もう一つの性を判定する検査。 その結果は──『オメガ』。 突きつけられた結果に呆然とする彼に、両親は朔夜に別の場所で生活する事を提案する。 アルファである両親はもちろん、兄弟にも影響が及ぶ前に。 納得のいかない彼ではあったが、従うしかなかった。 ”オメガバース” 男女とは違うもう一つの性。 本来の性別よりも、厄介なもの。 オメガという判定を受けた朔夜と、小さい頃からの幼馴染みである、鷲尾一真、そして、水無瀬秀。 彼らはもう一つの性に翻弄されながらも、成長していく。 ・ こちらは、『女王蜂』の一真と朔夜の中学生〜高校生にかけての物語です。 ストーリー重視のため、過激な描写はあまり(ほとんど?)ありませんが、中学生×中学生のシーンがありますのでご了承ください。 また、こちらの更新は不定期になりますので、もし興味を持って頂けましたらお気に入り登録をしてくださると嬉しいです。 よろしくお願い致します。 ※表紙は『かんたん表紙メーカー』にて作成しています。

さかなのみるゆめ

ruki
BL
発情期時の事故で子供を産むことが出来なくなったオメガの佐奈はその時のアルファの相手、智明と一緒に暮らすことになった。常に優しくて穏やかな智明のことを好きになってしまった佐奈は、その時初めて智明が自分を好きではないことに気づく。佐奈の身体を傷つけてしまった責任を取るために一緒にいる智明の優しさに佐奈はいつしか苦しみを覚えていく。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

処理中です...