1 / 8
〈1〉
しおりを挟む
今日、兄が結婚した
『瑞希、お前がいてくれたから、兄ちゃんはここまで頑張れた。いつもに兄ちゃんを支えてくれて、ありがとうな』
白いタキシードに身を包んだ兄貴が、俺をまっすぐに見つめてる。
マイクに乗った兄貴の声が微かに震えると、兄貴の隣で綺麗な花嫁さんがそっと白いハンカチで目元を押さえた。そして、同じテーブルに座っていた親戚たちの何人かも、示し合わせたかのように同じ動きをする。
兄からの手紙。
結婚式的には、感動の1シーンに違いない。
早くに両親を亡くした兄弟が、手に手を取り合って立派に成長。
幼い頃こそ親戚の厄介になっていたけれど、高校を出た兄はすぐに仕事を見つけ、弟と共に二人暮らし。
十八歳と十四歳の暮らしは決して楽なものではなかったけれど、しっかりもの同士で協力し、しっかりと生活を成り立たせていた。
そして兄は今日という好き日に美しい花嫁を迎え、これからは新しい家庭を築いてゆく。大学生の弟のほうも無事に大手メーカーの内定を得ていて、春からは立派な社会人。
ゆくゆくは弟のほうも結婚して家族が増えてゆくだろう。これから先も、お互いの手に手を取り合って、賑やかな未来を築き上げてゆくに違いない——……
目を潤ませながら『ふたりとも頑張ったわね』『お兄さんのおかげね』『瑞希くんの結婚式も楽しみね』と口々に俺の肩を叩く親戚たちの脳内には、きっとこんなストーリーが展開しているに違いない。
そりゃそうだ、どこからどう見ても美談だから。
しっかり者の兄が俺という弟を立派に育て上げ、次は奥さんと一緒に子どもを育てていく。
頼もしくてかっこいい俺の兄貴。やさしくてしっかり者で誠実、ギャンブルもタバコもやらない真面目な男。しかも顔までイケメンときてる。
完全無欠の俺の兄貴は、未来も完全無欠でいてもらわないと困る。
兄貴の未来は輝かしく幸せなものでないと、俺が嫌だ。
だからこそ、今日で俺のこの気持ちは封印しなくちゃいけない。
俺という汚点が、兄貴の人生に薄汚い痕跡を刻むことのないように。
頬を濡らす俺の涙は覚悟の証だ。
兄貴への想いを断ち切る覚悟の。
だけど、結婚式に参加してる親戚のジジババどもの目にはきっと、兄を祝福する清らかな涙と映っているに違いない。
凛々しい瞳に涙を浮かべ、俺に歩み寄ってくる兄貴の笑顔はものすごく綺麗だ。
眩しそうに目を細め、俺の頭を撫でながら、ほとんど体格の変わらなくなった俺にハグをする。小さいころからいつもこうして、兄貴は泣き虫だった俺を抱きしめて、慰めてくれた。
『大丈夫、瑞希はいい子で、強い子だ』『しっかり泣いて、しっかり元気になろうな』……まるで母親のように、まるで父親のように、俺を抱きしめ、力をくれた。
兄貴の背中に腕を回しながら、俺は花嫁を見た。
涙で揺らめく俺の視界の中、花嫁は射抜くように俺の顔を見つめていた。
……多分、この会場の中で、彼女だけは気づいている。
兄に対して、彼女と同じ感情を抱く人間が、ここに存在していることに。
その相手が他ならぬ実の弟であるという事実に、彼女は心底嫌悪感を抱いているに違いない。
『瑞希、お前がいてくれたから、兄ちゃんはここまで頑張れた。いつもに兄ちゃんを支えてくれて、ありがとうな』
白いタキシードに身を包んだ兄貴が、俺をまっすぐに見つめてる。
マイクに乗った兄貴の声が微かに震えると、兄貴の隣で綺麗な花嫁さんがそっと白いハンカチで目元を押さえた。そして、同じテーブルに座っていた親戚たちの何人かも、示し合わせたかのように同じ動きをする。
兄からの手紙。
結婚式的には、感動の1シーンに違いない。
早くに両親を亡くした兄弟が、手に手を取り合って立派に成長。
幼い頃こそ親戚の厄介になっていたけれど、高校を出た兄はすぐに仕事を見つけ、弟と共に二人暮らし。
十八歳と十四歳の暮らしは決して楽なものではなかったけれど、しっかりもの同士で協力し、しっかりと生活を成り立たせていた。
そして兄は今日という好き日に美しい花嫁を迎え、これからは新しい家庭を築いてゆく。大学生の弟のほうも無事に大手メーカーの内定を得ていて、春からは立派な社会人。
ゆくゆくは弟のほうも結婚して家族が増えてゆくだろう。これから先も、お互いの手に手を取り合って、賑やかな未来を築き上げてゆくに違いない——……
目を潤ませながら『ふたりとも頑張ったわね』『お兄さんのおかげね』『瑞希くんの結婚式も楽しみね』と口々に俺の肩を叩く親戚たちの脳内には、きっとこんなストーリーが展開しているに違いない。
そりゃそうだ、どこからどう見ても美談だから。
しっかり者の兄が俺という弟を立派に育て上げ、次は奥さんと一緒に子どもを育てていく。
頼もしくてかっこいい俺の兄貴。やさしくてしっかり者で誠実、ギャンブルもタバコもやらない真面目な男。しかも顔までイケメンときてる。
完全無欠の俺の兄貴は、未来も完全無欠でいてもらわないと困る。
兄貴の未来は輝かしく幸せなものでないと、俺が嫌だ。
だからこそ、今日で俺のこの気持ちは封印しなくちゃいけない。
俺という汚点が、兄貴の人生に薄汚い痕跡を刻むことのないように。
頬を濡らす俺の涙は覚悟の証だ。
兄貴への想いを断ち切る覚悟の。
だけど、結婚式に参加してる親戚のジジババどもの目にはきっと、兄を祝福する清らかな涙と映っているに違いない。
凛々しい瞳に涙を浮かべ、俺に歩み寄ってくる兄貴の笑顔はものすごく綺麗だ。
眩しそうに目を細め、俺の頭を撫でながら、ほとんど体格の変わらなくなった俺にハグをする。小さいころからいつもこうして、兄貴は泣き虫だった俺を抱きしめて、慰めてくれた。
『大丈夫、瑞希はいい子で、強い子だ』『しっかり泣いて、しっかり元気になろうな』……まるで母親のように、まるで父親のように、俺を抱きしめ、力をくれた。
兄貴の背中に腕を回しながら、俺は花嫁を見た。
涙で揺らめく俺の視界の中、花嫁は射抜くように俺の顔を見つめていた。
……多分、この会場の中で、彼女だけは気づいている。
兄に対して、彼女と同じ感情を抱く人間が、ここに存在していることに。
その相手が他ならぬ実の弟であるという事実に、彼女は心底嫌悪感を抱いているに違いない。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
214
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる