琥珀に眠る記憶

餡玉(あんたま)

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第9章 護られた空

2、澄み渡る空

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 珠生と千秋は手をつないで、ふらりと大宮御所の外へと出た。
 昨晩とは打って変わって爽やかな朝の空気を、二人は同時に胸いっぱいに吸い込んだ。
 少し、淀んでいた気が晴れるような気がした。

「はぁ……自分で息ができるって素晴らしいわね」
と、千秋が深呼吸してそう言う。珠生は微笑んだ。
「そうだよね。ほんと、よかった……」
「珠生、舜平さんが好きなんだね」

 大宮御所の外へ出て、少し道を歩きながら千秋がそう言った。珠生はぎょっとして千秋を見たが、すぐに赤くなって俯いた。

「……分からない。そういう気持ちじゃない……とは思う、けど」
「無理しなくていいのに。見てたら分かるわよ。あたしを誰だと思ってんの?」
と、千秋は笑った。それには、珠生も苦笑するしかない。

「前世では、ものすごく縁が深かったみたいだから、それに引きずられてるだけだよ。落ち着いたらきっと、なんとも思わなくなる……と思う」
「そうかな?」
「そ、そうだよ」
「ふうん……。まぁ、珠生の気持ちだからね。大事にしたらいいと思うな」
「……うん」
「あたし、こないだ正也くんと遊んだんだけどさ。これからもちょこちょこ連絡とってみようかと思ってんだ」
「ふーん……え!? なんで!?」
「何、そんなに意外?」
「だって、千秋は舜平さんがいいのかと思ってたから」
「あぁ、まぁね。そりゃ、舜平さんはかっこいいし楽しいし……でも、珠生を見てる舜平さんの目付き見てたら、そんな気失せるから」
「目付き?」
「可愛い子犬を、慈愛に満ちた瞳で見つめるような感じかな」
と、少し考えて千秋はそう言った。
「なんだよそれ」
 珠生が吹き出すと、千秋も笑った。
「つまり、舜平さんはあんたのことしか見えてないのよ」
「なにそれ、気持ち悪いなぁ」
「嬉しいくせに」
「嬉しくないよ」
「素直じゃないんだから」
「やめてくれよ、キモいから」
「あははは、舜平さん可哀想」
 げんなりした珠生の顔を見て、千秋は声を立てて元気に笑った。

「戻ろっか、送ってもらわなきゃ」
 千秋はふう、と息をついて珠生の手を握り直した。珠生は微笑んで、頷く。
 二人は手をつないで、大宮御所の方へと戻ることにした。



 * *


「どこ行っててん? はよ帰るぞ」
 二人が手をつないで戻ってくるのを、舜平と湊は車の前で待っていた。
「仲直りしたみたいやな」
と、湊が舜平にささやく。舜平も、安心したように笑みを浮かべた。
「すみません、ちょっと散歩」
と、千秋。
「すっかり元気そうやんか、千秋ちゃん」
と、舜平は笑顔を見せた。
「はい。色々とありがとうございました。変な誤解も解けたしね」
 千秋は笑顔で珠生を見る。二人は目を見合わせて笑った。
 こうして見ていると、美しい双子が手をつないで笑い合っている絵はとても和やかだ、湊はふっと微笑んだ。

「あ、舜平くーん!!」
 ふと、遠くから女の声がした。黒い法衣姿の葉山美波が、舜平たちを見つけて駆けてくるのが見えて、舜平がたじろいでいる。
「ここにいたんだぁ! 大宮御所にいないから、どこ行ったのかと思った!」
「あ、いや……。お世話になりました」
「あ、いいのいいの。修一さんから、いーっぱいお褒めの言葉ももらったし、無事に結界術を成せたし、もう最高の気分だよ」
 夜通し起きているからテンションが高いのか、元来こういう気性なのか分からないが、美波は舜平の腕に自分の腕を絡ませて身体を擦り寄せてくる。高校生達が目を丸くしていることもお構いなしだ。

「ねぇ、さっきのデートの話、いつにする? どうしよっかぁ?」
「え! ほんまに言うてんの? 俺、そういうの当分遠慮したいねんけど」
「なぁんで!? いいじゃん、今回のあたしへのご褒美、ね!」
「ご褒美って、何で俺が……」
「せっかく仕事休みなのに、ずっとここに詰めてて気が張ってたんだよ、いいじゃない、ちょっとくらい」
「いや、意味が分からへんから……」
「あぁもう! 見苦しいわね!」
 見かねた千秋が、舜平の空いている方の腕に抱きついた。舜平がまたぎょっとする。珠生と湊は、目を瞬かせて千秋の行動を見ていた。

「ちょっと、舜平さんは、あたしとデートすんのよ。おばさんは引っ込んでて」
 急に出てきた文句のつけようのない美人に、美波はきょとんとしていたが、おばさんと言われたことでその目がぎらりと凶暴になる。
「はぁ? あんたみたいなガキと遊んでも、舜平くんは楽しくないと思うけど?」
「そんなことないし。あなたみたいな暑苦しい女、舜平さんは嫌いだと思うけど?」
「暑苦しいってどこがよ!」
「何よ人前でベタベタしちゃって! そういうとこが暑苦しいって言ってんのよ!」
「何ですってぇ!」

 騒々しい女二人の戦いを苦笑して見ていた珠生だったが、ずきん、と鋭く痛んだ肩の傷に、思わずよろけて膝をついた。
「珠生!」
 地面に手を着きそうになる直前で、舜平は珠生の身体を支えた。強引に手を振りほどかれた女二人は、呆気にとられている。
 そんな風景を、湊は腕組みをしながら興味深そうに見ている。黒縁眼鏡がきらんと光った。

「大丈夫か? ……また、血が」
「大丈夫です、これくらい……すぐ治る」
 肩を押さえて舜平にすがる珠生の白い手が、艶めかしい。千秋は満足気に美波をちらりと見た。美波は少し我に返ったような顔をして、居住まいを正している。
「……失礼しました。珠生くん、大怪我してたのにはしゃいじゃって……」
「あ、いいえ……。お疲れ様でした、本当に……」
 青い顔でにっこり微笑む珠生の顔を見て、美波はぽっと頬を染めた。千秋の冷たい視線に気付いた美波は、ツンとして顔を逸らした。

「じゃあ、また何かあったら、すぐ呼んでね。いつでも力貸すから」
「ありがとうございます」
 舜平と珠生の声が重なる。美波は手を振って、再び御所の方へと駆けていった。
 千秋は腕組みをして、そんな美波の背中を見送る。

「騒々しい女ね」
「千秋に言われたくないだろうな」
と、珠生。
「何よ、助けてあげようと思っただけなのに」
「完全に火に油を注いでただろ」
「はいはい、もう帰ろうな、ふたりとも」
 珠生に肩を貸して、舜平が立ち上がった。
「舜平、お前、結構モテるんやな」
と、湊が眼鏡を上げながらそう言うと、舜平はうんざりしたような顔をした。
「もうええやろ。ほっといてくれ」
「はは、おもろかったわ。ほんじゃ、俺も帰るかな。珠生、千秋ちゃん、またな」
 湊は珍しくいい笑顔で、手を振りながら帰っていった。

 千秋はさっさと後部座席に乗り込むと、だらりとそこに横になる。

「あたし、眠たいから後ろ占領してもいいかな」
「ああ、ええよ。珠生は助手席でしんどないか?」
「うん」
 別に気を回さなくてもいいのにと思いながら、千秋の顔をちらりと見る。しかし千秋は本当に眠たそうに大あくびをして、サンダルを脱いでシートに横たわっている。
「そんなに眠いんだ」
「ん? 行くぞ」
「あ、はい」
 舜平はエンジンをかけて、車を発進させた。黒いスーツ姿の男二人が、恭しく蛤御門の扉を開いてくれる。

 珠生と舜平はその男たちに一礼して、京都御苑を後にした。


 一夜の戦いの、幕引きだ。
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