琥珀に眠る記憶

餡玉(あんたま)

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第4幕『恋煩いと、清く正しい高校生活』

10、健介の申し出

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「大学院、ですか」

 久しぶりにゆっくりと研究室で各務健介と話をする時間ができた。
 大学自体が夏休みの間出張に駆り出されていた健介は、九月末になってようやく自分の研究室に腰を落ち着ける時間が増えてきたのである。

 健介は、相も変わらず激しく散らかったデスクの上で手を組み、微笑みを浮かべて舜平を見ている。進路について相談しようと思っていた矢先、健介から提示されたのは京都大学大学院への進学の話だった。

「君たちがアメリカでどう過ごしていたかは、しっかり見させてもらったよ。あれだけの多人種の中、とても自然になじんでいたし、あの場でしっかりと学ぶ経験ができているなと感じた。レポートも読ませてもらったし」
「ああ……はい」
「就職について考えていたようだけど……僕としては、君にはもっとここで修行してもらいたいと思っている。君はきっと、いい研究者になれる」
「あ、ありがとうございます」
「あまり気乗りしない?」
「いいえ、先生にそう言ってもらえると思わなかったから……」
「そうかい? 僕は随分君を買ってるんだけどね」
と、健介は眉毛を下げて笑った。舜平も笑って、ちょっと鼻をかいた。

「院を出ていたら、君を推薦できる職域も増えるしね。その分、卒論と修論は頑張ってもらうよ」
「はい。頑張ります」
 健介は満足気に微笑んで、ぬるくなったコーヒーを飲んだ。二人はしばらく論文についての話をしていたが、各務研究室の電話が鳴り出したことで一旦話が中断する。

 健介は簡単な相槌をうって、すぐに電話を切った。その間にコーヒーを入れなおそうと動いている舜平を眺めてから、健介は窓の外を見遣った。

 九月末、昼間は残暑が厳しい。しかし、真夏ほどの眩しさはなく、確実に秋が近づいてきている気配があった。

「ああ、ありがとう」
 目の前に置かれた湯気の立ち上るコーヒーを見て、健介は礼を言った。
「最近、家に遊びに来てないのかい?」
 ずずっとコーヒーをすすりながら、健介が舜平を見る。舜平はぎょっとして、思わず派手にコーヒーを咳き込んだ。

「ど、どうしたの!? 大丈夫かい?」
「あ! えと、はぁ、俺もちょっと、ばたばたしてたし……!! た、珠生くん、元気ですか?」
「うん、元気そうだよ。この間早く帰ったら、柏木くんがうちで勉強してたんだけど、珠生が球技大会で活躍したって教えてくれたんだ」
「へぇ」
「あの子、いつのまにバスケなんてできるようになったんだろうな。いやぁ、親はなくとも子は育つね」
 目尻を下げてそんなことを言う健介を、舜平は微笑みながら見ていた。一緒になって目尻を下げてしまいそうになるのを、必死にこらえる。

「また珠生とも遊んでやってくれ。僕も授業が始まったら始まったで、また帰りが遅くなるし」
「あ、はい!」
「たまにね、夜うなされてるんだよ、あの子」
「え?」
「ここんとこ暑かったから、ドアを開けて寝てるんだ。だから分かったんだけど……。なんかね、苦しそうにしてるもんだからびっくりして起こすだろ? そうすると、あの子はびっくりするくらい大人の顔をして僕を見るんだ。でもすぐ、気を取りなおしたようにいつもの珠生に戻るんだけど。……また何か悩みでもあるのかと思ってさ」
「そうなんですか……?」
「君にばかり頼って申し訳ないね。僕が聞いても、大丈夫としか言わないんだ」

 健介の困惑した笑顔は、淋しげだ。うなされているなんて初耳だ。舜平は無性に珠生に会いたくなってしまった。

 あの濃密な週末を過ごして以来、舜平は襲いかかる忙しさで珠生とまるで会えないでいた。健介にこんなことを言われては心配になってしまう。

「分かりました。週末にでも寄ってみます」
「ありがとう。君といると、珠生も楽しそうだから」
「はぁ……そうでしょうか」
「そう見えるけどな」
 健介はまたコーヒーを啜る。すこし伏目にしている健介の顔が、びっくりするくらい珠生に似ていることに気づいて驚く。なるほど、親子だ。

 今度は千秋の近況などを話し始めた健介の話を聞きながら、舜平は珠生の笑顔を思い出していた。


 会いたい、と素直に思った。


 週末と言わず、今すぐにでも。



 +

 
 次の日の夕方、珍しく亜樹から連絡があり、舜平は宮尾柚子の家へとやって来ていた。

 霧島ですっかり舜平に懐いた亜樹は、たまに舜平にメールを寄越してくるようになった。
 こんな友達が出来たとか、球技大会がどうだったとか、学校生活の変化をたまに教えてくれる亜樹のことを、舜平は妹が増えたかのように感じていた。実の妹、早貴に言ったらやきもちを焼くかもしれない。

 柚子の美味しい夕食を食べさせてくれるという誘い文句で、亜樹は舜平を呼んでいたのである。きっと何か喋りたいことがあるのだろう。

「いらっしゃい!」
 呼び鈴を鳴らすと、亜樹の元気な顔が玄関から覗く。舜平は微笑んで、差し入れのケーキを手渡した。亜樹の顔が輝く。
「久しぶりやな、元気そうやん」
「うん、元気元気! 上がって」
「おじゃまします」
 ホットパンツからすらりとした脚を晒す亜樹の後ろについて歩くと、キッチンから柚子も顔を出した。
「相田さん、こんばんは」
「どうも、お久しぶりです」
 三人で囲む食卓は、和やかで楽しいものだった。亜樹は実によく喋るようになり、柚子との関係も良好だ。笑顔が増え、何より学校での話が増えたことが、柚子にも舜平にも嬉しいことだった。 
 初めて出逢った時の亜樹のぼろぼろな姿は、もうどこにもない。

 その時、ジーパンのポケットに入れていたスマートフォンがバイブする。舜平は亜樹に一言謝ってから、携帯を取り出した。

「彰?」
『舜平、仕事だ』
「え?」
『君がどこにいるのか知らないけど、宇治の平等院へ行ってくれ。珠生がそこにいる』
「珠生が? 妖か」
 珠生の名を聞いた亜樹が、ぴくりと反応する。

『そう。僕、ちょっと手が離せない用事があって行けないんだ。珠生は宇治橋にいるから、落ち合ってくれ』
「分かった。あいつ一人の手には負えへんような相手か?」
『はっきりしない。ただ、彼一人では動かしたくない。何があるか分からないからね』
「せやな」
『じゃあ、珠生と落ち合って行ってくれ。頼んだよ』
「ああ」

 通話を切ると、興味津々な目で舜平を見つめている亜樹と目が合う。舜平は今の会話の内容を話して伝えながら、すぐに立ち上がった。

「ごめんな、またゆっくり時間ある時に喋ろうや」
「待って、うちも行きたい」
「え?いやいや! 危ないかもしれんし。あかんよ」
「うち、自分の身くらい守れるように、柚さんと修行したんやで! もっとちゃんと、皆のやってること見ておきたいねん」
「でも……」
 食い下がる亜樹に、舜平は戸惑った。その時、柚子が紅茶を持ってリビングに入ってきた。

「まぁ、一度くらい連れて行ってやってはどうですか? 護身用の札を持たせますから」
と、止めるかと思っていたが柚子はそう言って亜樹の肩を持った。少し困ったように微笑んで、舜平を見る。
「前からね、言ってたんです。もっと皆の役に立つにはどうしたら良いかって」
「ちょっ……言わんといてよ」
 亜樹が赤面して、柚子の言葉を遮ろうとした。
「いいから。この子は巫女ですから、あなた方のように攻撃の技を持っているわけじゃない。でもこれからこちらの世界で生きていくのならば、あなた方の戦いをしっかりと見ておく必要もあると思うのですよ」
「……柚さんがそう言うならええけど……。ほんまに大丈夫やろうな」
「大丈夫! 邪魔せぇへんから!」
「……ほな、分かった。行くで」
「うん」

 亜樹はぎゅっと表情を固めると、舜平のきりりとした表情に、しっかりと頷き返した。
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