琥珀に眠る記憶

餡玉(あんたま)

文字の大きさ
229 / 535
第5幕 ——夜顔の記憶、祓い人の足跡——

12、葉山、結婚式に呼ばれる

しおりを挟む
 同日午後十七時。葉山彩音はグランヴィアホテルの大広間で催されている、高校時代の友人の結婚披露宴に出席しているところだった。
 どうせグランヴィアに泊まっているのだから、何を面倒臭がることもないのであるが、葉山はやや浮かない気持ちである。

 大学時代の友人たちで囲むテーブルには、五人の懐かしい面々が座っている。
 妹・葉山美波の言うとおり、葉山は地味で堅実な高校生活を送っていたため、そこにいる皆が葉山の華やかに変貌した容姿や肩書きに驚いていた。

 今日の葉山は、黒いシンプルなワンピースを着ていたが、ツヤのある素材はいかにも高級感があり、葉山のしなやかな肢体によく似合っていた。嫌味なく開いた胸元や背中の肌は白く、金色の細いアクセサリーを上品に身に着けている。髪も美容室できちんと整え、爪も今日くらいはときちんとしたパールの入ったネイルを施した。そして黒いシャープなハイヒールが、きゅっとくびれた足首に映えている。

「彩音ホント綺麗になったよね。一瞬誰か分かんなかった」
と、高校時代は野球部のマネージャーをしていた向田理恵がそう言った。彼女は高校時代はどちらかというと華やかな方であり、男子たちにもモテると自負していた女子生徒である。今はすでに三児の母であり、茶色く染まった髪を一つにまとめてコサージュで飾っていた。

「それに国家公務員なんて、すごいなぁ~」
「そうでもないよ。忙しいだけ」
と、葉山はシャンパングラスをテーブルにおいて、軽く口紅を拭った。

「かっこいいよねぇ。あたしたちとは次元が違うって感じ~」
と、かねてから地味な女子であった津木芳佳がそう言ってにこにこと微笑んでいる。彼女もすでに結婚しており、妊娠八ヶ月という安定感である。

「そうかな」
「きっとすごい人と結婚したりするんだろうね。うちらみたいに手近なので済ませたりしなさそう」
と、昔からうわさ話が大好きだった黒部史香が、周りの者に同意を求めるような視線と笑みを浮かべながらそう言った。史香もすでに結婚しているが、彼女の夫は弁護士である。決して手近な男で済ませたわけではないに決まっているのだ。

「そんなことないよ。出会いもないしさ」
と、葉山はやや唇をひきつらせながら無理に笑った。
「いやきっといい出会いあるって、良い人いたら紹介してね」
と、唯一の独身で、高校時代は一番葉山と仲の良かったある桜井萌がニコニコしながらそう言った。しかし彼女にはすでに婚約者がいるということを、葉山は本人から聞いて知っている。が、この面々の中ではそれは内緒にしておくことになっていた。 

「出会いがないってことは、結婚もまだかぁ」
と、史香が運ばれてきた肉料理にナイフを入れながらそう言った。

 ひとしきりそれぞれの旦那や子どもの話を聞かされた後、葉山についての話題となった。

「まぁ、まだでしょうね。だいぶ先かも」
と、今までの会話には葉山は挟む言葉もなかったため、ぺろりと牛頬肉のワイン煮を平らげ、ナフキンで口元を軽く押さえる。

「子どもは? 欲しいの?」
と、理恵が葉山の手首に巻き付いている高級な時計を見つめながらそんなことを尋ねた。
「欲しいけどさ。まぁ、相手が先じゃない?」
「どっかに良い人いないの? 何なら誰か紹介してあげようか?」
と、史香は薬指に光る大きなダイヤモンドをきらめかせながら畳み掛ける。どことなく勝ち誇った表情に、葉山はぴき、と人知れず青筋を立てた。

「あ、あははは。いいよ、時間も合わないかもしれないしさ」
「あ、そっかぁ。忙しいもんね」
 史香の言葉の端々に棘を感じて、葉山は次第にいらいらし始めた。隣に座っている萌が、膝で軽く葉山の脚に触れた。津木芳佳は相変わらずニコニコしながら、何も言わずに食事を進めている。

「萌はすぐ良い人見つかりそうだけどね。大人しいし、可愛いし」
と、理恵がワイングラスを傾けながらそんなことを言う。萌は少しだけ微笑んで、
「だといいけどね」
と言った。
 萌のそんな穏やかな返答を見て、葉山は少し冷静になろうと息をついた。

「彩音みたいに高学歴で高キャリアだと、吊り合う人がなかなかいなさそうだし……」
と、わざとらしく心配そうな顔で理恵がそう言った。史香も頷いている。
「そうね、そうかもしれないわ」

 段々気を遣うことが面倒になってきた葉山がそんなことを言うと、史香と理恵の顔がぴきりと凍り付く。二人は目を見合わせて、何かを言おうとしたらしいが、その瞬間新郎新婦の退場の時間となり、会場が暗転した。
 

 +

 
 晴れてお開きの時間となり、新郎新婦に挨拶をしてからホテルのロビーに出てくると、このまま少しお茶でもしないかという空気になっていた。葉山はもう疲れ果ててうんざりである。萌は新幹線の時間があり、芳佳も妊娠中であるためそろそろ帰ると言っているのを耳にした葉山は、それに便乗しようと試みた。

「私も、今日はまだ仕事が残ってるから戻るわ」
「え~? 仕事? いいじゃん、今日くらい」
と、史香はしつこく食い下がる。萌が苦笑しながら「あんまり引き止めたら悪いよ」と言った。
「だって久しぶりに会ったんだしさ」
と、理恵も史香の援護をする。
「まだ仕事の話とか、聞きたいじゃない」
と、史香が意地悪い目つきを隠さずに葉山を見た。きっとまた、一回り年上で敏腕弁護士の旦那自慢をするつもりなのが明らかであり、葉山はぴき、と額に青筋を立てる。

「……あのね、申し訳ないけど私は忙し、……」
「葉山さん」


 ぴきぴきと青筋を立て、引きつった笑みを浮かべつつ振り返った葉山の目が、まん丸になる。


 そこには、黒いスーツを着てスマートに微笑む、彰が立っていた。


 すらりとした身体つきに、ぴったりと誂えたような上品なスーツ。そんな格好をしている彰は、とても高校生にはとても見えない程に大人びていた。そして何よりも、この空間にいる誰よりもキマっている。

「声がするから、まさかと思ったけど。今日はなに? 結婚式?」
「え……あ、うん。そうよ。高校時代の……」
 葉山はまじまじと彰を頭から爪先まで眺め回しながらそう言った。背後で史香や理恵が黙り込んでいる。

「そっか、だからドレスアップしてるんだね。とってもきれいだよ」
「あ……ありがとう」

 素直に褒めてくれる彰の笑顔に、葉山は毒々していた気持ちが清浄になっていくのを感じた。彰は葉山の脇に立つと、理恵や史香を見下ろして微笑んだ。

「じゃあ、葉山さんのお友達ですか。どうも、こんばんは」
「こ、こんばんは……。あなたは? 彩音の……お友達?」
と、理恵はやや頬を染めて、彰を見上げながらそう尋ねた。
「まぁお友達というか……部下というか……」
 
 葉山がお茶を濁していると、彰が葉山の腰に手を触れた。葉山がどきりとして彰を見ると、彰は少し眉を下げて困ったように微笑んだ。

「恋人、とは言ってくれないんだ」
「えっ? 彩音の、恋人?」
 理恵と史香は愕然として、彰を見上げた。葉山は真っ赤になりながらも、この場で彰が自らそう言ってくれたことに心底感謝した。葉山が何も言わずに彰を見上げていると、彰はにっこり微笑んで続ける。

「まぁいいや。そのうちそうなりますよね。というわけなので、皆さん、よろしくお願いします」
「あ、はい。もちろん」
 二人はうっとりとした表情で彰を見上げ、少女のようにまつ毛を上下させている。萌だけが、葉山を見て含み笑いをしていた。

「葉山さん、仕事に戻るんだろ? 僕も行くよ」
「え、ええ、そうね」
「じゃあ、皆さんお気をつけて。失礼します」

 彰は爽やかに微笑んで、葉山の腰に手を回したまま踵を返した。葉山は萌に「後でメールするわ」と言い残し、彰に連れられるままエレベータ-ホールへと向かう。理恵と史香の視線が、背中に突き刺さるようだったが、全く悪い気はしなかった。
しおりを挟む
感想 49

あなたにおすすめの小説

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

【創作BL】溺愛攻め短編集

めめもっち
BL
基本名無し。多くがクール受け。各章独立した世界観です。単発投稿まとめ。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

ふたなり治験棟

ほたる
BL
ふたなりとして生を受けた柊は、16歳の年に国の義務により、ふたなり治験棟に入所する事になる。 男として育ってきた為、子供を孕み産むふたなりに成り下がりたくないと抗うが…?!

転生したけど赤ちゃんの頃から運命に囲われてて鬱陶しい

翡翠飾
BL
普通に高校生として学校に通っていたはずだが、気が付いたら雨の中道端で動けなくなっていた。寒くて死にかけていたら、通りかかった馬車から降りてきた12歳くらいの美少年に拾われ、何やら大きい屋敷に連れていかれる。 それから温かいご飯食べさせてもらったり、お風呂に入れてもらったり、柔らかいベッドで寝かせてもらったり、撫でてもらったり、ボールとかもらったり、それを投げてもらったり───ん? 「え、俺何か、犬になってない?」 豹獣人の番大好き大公子(12)×ポメラニアン獣人転生者(1)の話。

魔王に飼われる勇者

たみしげ
BL
BLすけべ小説です。 敵の屋敷に攻め込んだ勇者が逆に捕まって淫紋を刻まれて飼われる話です。

処理中です...