琥珀に眠る記憶

餡玉(あんたま)

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第5幕 ——夜顔の記憶、祓い人の足跡——

78、女の子よけ

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 結局、亜樹は一日、女子生徒に追われている珠生を視界の端に捉えつつ過ごしていた。当然、珠生のためのチョコレートも用意はしていたが、あれだけの人気を見せつけられては渡す気になれない。

 教室移動の隙、体育の隙をついて、女子たちは珠生に群がった。昼休みの終わり頃にA組の側を通りかかったジャージ姿の珠生は、明らかに朝よりもげっそりとしているように見えたものだ。このあと部活になんか行ったら、帰宅する頃には一体どうなってしまうのかと亜樹が心配になるほどである。

「やれやれ、すごいね」
と、みすずが亜樹の前に席に座りながらそう言った。
「ほんま。感心するわ」
「一、二年生なんか、遠慮なしに沖野くんに特攻してはるわ。あーあ、沖野くん可哀想」
「自業自得や」
「冷たいねぇ、亜樹は。でもどっか余裕やん」
と、みすずがにやりと笑う。
「そんなことないし。あれ、吉良くんには渡せたん?」
「……部活の後、あげるわって言ってあって……」
と、みすずは急に大人しくなってはみかみはじめた。あまりの豹変ぶりに、亜樹はあっけにとられた後笑い出す。恋をすると、こんなにも女性は可愛らしくなるものなのかと、改めて感心した。そして、傍目に見れば自分もこんなふうに豹変しているのだろうかと恥ずかしくもなった。

 あっさりとした終礼が終わり、亜樹は荷物を片付けようと鞄を開けた。その中に、渡せずじまいのチョコレートの包を見つけて、亜樹は人知れずため息をつく。


 ——しょうがない、日を改めて渡そうか……それとも、今年はもういいかな……。


 亜樹は半ば諦めた気持ちになりながら、教科書をしまって鞄を閉める。その時、にわかに教室がざわりとした。
 ふと、隣に誰かが立ったことに気づき、亜樹は顔を上げた。

 そして、目を丸くする。

「……沖野」
 珠生が青い顔で立っていた。何故かすがるような目をして、心細そうに亜樹を見下ろしているのだ。

「天道さん、お願いがあるんだけど」
 珠生は心底疲れた顔をして、か細い声でそう言った。後ろでみすずがはしゃいでいるのは、見なくても分かる。

「な、なに?」
「俺と一緒に帰ってくれない?」
「は?」
 珠生は怯えたようにあたりに目を配ると、手にさげた四つの大きな紙袋を見せる。大きな紙袋に、ギュウギュウと押し込まれたチョコレートを見て、亜樹はまたぎょっとする。

「すごいな!!!」
「帰り道もこんな目に遭うのかと思うと……もう俺、無理。女の子よけにさ、いっしょに帰ろうよ」
「はぁ? 人を虫よけみたいに言わんといてよ」
 亜樹はむすっとして、珠生を見上げる。しかし、あまりにも心細そうな顔をしている珠生を見ては、怒ろうと思っても怒り切れない。

「……ねぇ、頼むよ。どうせ帰宅部なんだからもう帰るだろ」
「あんたは部活行かへんの?」
「だってさ……部室でまたこんなことになったら……」
「あ、そっか」
「いいじゃん亜樹、帰ってあげなよ!」
と、背後から、目をきらきらとさせたみすずがそう言う。みすずを見て、珠生はほっとしたように微笑んだ。
「滝田さん、久しぶり」
「すごいねぇ沖野くん、もう一生チョコ買わんでもいいやん」
と、みすずはぽっと頬を染めつつそんな軽口を叩いた。珠生は苦笑して、軽く肩をすくめる。
「う、うん……。でもちょっと、トラウマになりそう……」
「今年は例年に無く、後輩たちが積極的やったもんねぇ」
と、みすずは珠生を慰めるようにそう言った。
「やっぱり? すごかったんだよ、昼休みもさ……」

 柔道部の女子生徒が大挙して押し寄せてきたことを、珠生はか細い声でみすずに話して聞かせていた。その内容を聞いて、亜樹はため息をついた。

「分かった分かった。一緒に帰ったるわ」
「ほんと?」
 ぱあっと輝く珠生の笑顔に、亜樹は不意打ちを食らわされたように軽いめまいを覚えた。やはり、こんな顔をされては弱い。

「ありがとう。助かる」
「柏木でも誘えばいいのに」
「湊は戸部さんと帰るだろうしさ、邪魔しちゃ悪いから」
「あ、そっか……」
「天道さんがいれば、きっとみんなびびって近寄ってこないよ」
「……あんた、うちに喧嘩売ってるやろ」

 と言いつつ、二人は連れ立ってA組を出た。
 職員室に寄ると言い出した珠生に付き合って廊下で待っていると、珠生はもう二袋も紙袋をさげて出てきたため、亜樹はまた更に仰天した。

「まだあるんかい!!!」
「……これは朝、もらったやつ……。若松が袋をくれたから」
「どうなってんねん、あんた」
「俺に言われても……」
「あぁもう、さっさと帰るで! あーあ、これでまたうち、後輩に嫌われるわ」
「ごめん……」
「まぁいいけどさ」
 亜樹はぐるりとマフラーを巻いて、さっさと昇降口へと歩き出した。案の定、昇降口で待ち構えていた女子生徒たちが、珠生の姿を見て色めきだったが、隣を歩く亜樹を見て、皆が引いているの分かった。

 どうする? 渡す? とこそこそ相談しながら様子を伺われているのを、亜樹は少しばかり意地悪な思いでちらりと見る。

 群れてないと何も出来ひんようじゃ、まだまだやな。と、亜樹は思った。

「天道さん、一袋持たない?」
「誰が持つか」
「だよね」
「てか、はよ帰ろ。さっさと歩いてよね」
「はいはい」

 そんなやり取りを見ていた後輩女子達は、顔を見合わせてブウブウと文句を言っている様子だったが、内容までは聞こえなかった。そそくさと校門を過ぎ、地下鉄の駅へと急ぐ。

 まるでスナイパーにでも狙われているようにあたりに気を配りつつ、珠生はきょろきょろしながら歩いている。調子にのるどころか、すっかり怯えている珠生を見て亜樹はだんだん笑えてきた。

「なんで笑うの」
と、珠生は仏頂面だ。
「だって、あんたは元鬼やろ? なのに、今日はまるで草食動物やん。いや、それ以下やな」
「……しょうがないだろ、俺は女性の集団があんなに怖いものだって夢にも想わなかったよ」
「群れると強いからな」
「だね。……あーあ、部活がないと、こんなに外は明るいのか」

 珠生は晴れ渡った冬空を見上げて、息を吐いた。白い煙となった珠生の吐息が、すうっと消えて行く。

「天気いいな」
「そうやな」

 亜樹もつられて空を見上げると、雲ひとつない空が眩しかった。今日は六時間目がなかったため、時刻はまだ十五時半である。

「どっか行こっか」 
「へ?」
 珠生はにっこり笑ってそう言うと、がさがさと紙袋を持ち直して言った。
「天道さんは、鴨川行ったことある?」
「……ないけど」
「北の方は、結構人が少なくていいんだ。行ってみない?」
「あ……うん、ええけど……」
「じゃあ、一旦これ、置きに帰ってもいいかな」
「うん、いいけど……唐突やな」
「急に思いついたから。ちょっとこの土日は忙しかったし、のんびりしたいんだ」
「うちといてのんびりできるわけ?」
「一人でいると、くよくよ病が出るんだ」


 淋しげにほほえむ珠生に、亜樹ははっとした。
 舜平のこと、いったい珠生は今どう思っているのだろうか。


 そういえばゆっくりとそんな話をすることもなく、時間だけが過ぎていたことに気づく。きっと珠生は何か話がしたいのだろうと、亜樹は思い直してついていくことにした。
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