琥珀に眠る記憶

餡玉(あんたま)

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第6幕 スキルアップと、親睦を深めるための研修旅行

6、研修旅行?

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「しかし、あの新しい上司と、珠生は上手いこと行くんかいな」

 舜平の車に乗り合わせながら、湊がそんなことを言った。後部座席に座って窓枠に肘をつきながら、助手席に座っている珠生の横顔を見る。

「……業平様が仲良くしろってんなら、そうするよ」
と、珠生は唇をとがらせる。
「詠子……じゃないや、常盤さんだって、昔よりは年を重ねてるわけだし……」
「いや、あの感じは年齢どうこうのもんじゃないと思うで。年取ろうが取らまいが、あのきゃんきゃんした性格は変わらへんと思う」
と、湊。
「ええー、じゃあ会うたび喧嘩しなきゃいけないのかな」
「お前がもっと大人になればいいねん」
「……そりゃ、まぁ……。でもつい、腹立っちゃって」
「昔舜海を取り合った仲やもんな」
と、湊はさらりとそう言った。
「あの感じやと、またお前、狙われてんちゃうか」
と、運転席と助手席の間に顔を出し、湊は舜平の横顔にそう言ってみる。
 舜平はちらりと目だけ動かして湊を見ると、「怖いこと言うなよ」と言った。
「ホンマにお前ははっきりせぇへんな」
と、湊はため息をつきながら後部座席に戻っていく。珠生も舜平の横顔を見上げた。

「こないだは別に舜平さんを取り合って喧嘩したわけじゃないからな」と念を押す。
「分かってるって」
「でも、詠子様と違って常盤さん、かなりのお色気系やったで、迫られて、我慢ができるんか?」
と、また意地悪く湊は問う。舜平はため息をつき、首を振った。
「俺はああいうムチムチな身体は好かん」 
「そりゃあまぁ、そうかもな」
 暗に『珠生の身体がいいなら、そうやろな』という台詞が聞こえて来そうだ。珠生はそのことに気づいていたのかいないのか、窓の外を眺めてそっぽを向いている。

「まぁ、昨日は久々の再会やったし、ああいう感じやったんかもしれん。普段はもっと大人やろ。偉い人やねんから」
と、舜平。
「だといいけど」
と、珠生。


 +


 しかし実際、常盤莉央は大して大人な性格をしているわけではない。

 特別警護担当官の会議の後、藤原がこっそりと教えてくれた内容によると、同期だった墨田敦が自分の出世について悔しげにしているのを見て面白がり、ちくちくと嫌味を言っては敦を苛めていたらしい。

 また、水無瀬姉弟の襲撃事件の一連の流れについては理解している莉央であったが、一向に進まない能登での探索について、これまた辛口に能登班を叱責したらしいということ。

 そして、極めつけはこれだ。

「『職員のスキルアップと、親睦を深めるための研修旅行』?」
 深く入ったスリットから艶やかな太腿を覗かせながら、形の良い脚を組んでいる莉央は、ソファに腰掛けてゆったりと笑った。
「そ。墨田に企画させるの」
「なんやそれ」
と、舜平が呆れた声を出すと、若者のために紅茶を準備していた葉山が苦笑いし、藤原もため息をついた。

「聞けば、水無瀬菊江の消え入りそうな霊気を追うのは結構な骨だそうね。まるで探索がなってないの」
「ですねぇ」
と、彰が葉山を手伝いながらそう言う。
「大体、感じ取れないものを探そうなんてところに無理があるのよ」
と、莉央は尖った爪のついた人差し指を立てる。

「あの女の霊力が回復するまで半年、と藤原さんは見ているということだから、能登へ本格的に乗り出すのは梅雨時から夏にかけて、ということになるわね。もちろん、結界は張って見張りは怠らないようにするとして」
「はぁ」
と、亜樹。
「だから、春の間に職員の能力アップと親睦を深めると言う目的を兼ねて、修行するのよ。あなたたちも、実際あまりエージェントのこと知らないでしょ」
「エージェント?」
と、深春。
「宮内庁の職員のことらしい」
と、藤原。
「そりゃまぁ、確かに数人しか知りませんね」
と、珠生は言葉を交わしたことのある数人の顔を思い浮かべながらそう言った。 
「でしょう? 一緒に戦うというのに、相手のことを見ず知らずというのは、いけないと思うわ。それこそ、敵のつけいる隙になる」
「……一理ありますね」
と、彰は藤原にカップとソーサーを渡しながら呟く。

「それにみんな、古文書を読んでいるから千珠や舜海のことはよく知っているのよ。そんなあなたたちと、共に戦いたい、もっとよく知りたいと思っている者はたくさんいるわ。だからね、ふとそんなことを思いついたわけ」
「思いつきがそのまま実行されるとは」
と、湊が腕組みをして首を振った。
「偉くなるって気持ちいいわね、こういうことができるとは」
と、莉央はふふんと笑った。
「それ、どこでやるんですか?」
と、珠生が問うと、莉央は身を乗り出し、胸の谷間を強調するような格好で珠生を見た。

「沖縄よ」
「沖縄? 何でまたそんな遠くへ」
と、莉央の胸になど全く興味のない珠生は、思ったよりずっと遠方の地名が出てきたことにただ驚いていた。
「北国は寒いじゃない。それにあっちはずっと曇っているというし、能登班のリフレッシュも兼ねて、沖縄にしたのよ」
「ははぁ、なるほど」と湊は手を叩き、「思いやりがあらはるんですね」と付け加えた。
「さすが、あなたは物分かりがいいわね」
と、莉央は湊に艶然と笑いかけた。

「それさ……俺も行くの?」
 おずおずと声を上げたのは、深春だった。昨日莉央に凄まれてから、どうも元気の出ない深春である。
 莉央はすっと笑みを引っ込めて、深春をまっすぐに見つめた。それだけで、ぴくっと深春は肩を揺らす。

「当然でしょ。あなたの力は、こちらにとっても大きな戦力なんだから」
「でも……さ」
「そりゃあ、陰陽師衆の中で、あなたの存在はかなりバッドイメージよ。それを払拭するには、あなたが今回の件で大活躍する以外にないわ」
「……はぁ」
「人間、どうしても悪い印象はひきずってしまうものよ。だからあなたが夜顔だということは、みんなには言わないでおくことにしたから」
「でも、分かる人には分かるんじゃないんですか?」
と、彰。
「実際に夜顔を目の当たりにしている人物は少ないもの。大丈夫よ」
「じゃあ俺は、何も言わなけりゃいいんだな?」
と、深春は眉根を寄せて莉央の顔を見上げる。
「ええ、そういうこと。舜平くんの霊気がない今、あなたと珠生くんの攻撃力は貴重なのよ。しっかり修行することね」
「は、はい!」
 深春の顔が、わずかに輝く。藤原は目を伏せて、微笑んだ。

「いつやるんですか?」
と、珠生も深春の表情を見て安堵したのか、微笑みながらそう尋ねた。
「今年はまるまる休めれば十日間という超大型連休の年よ。前半の五日間をまるっと使いたいから、金曜から空けておいて。大学なんて、一日くらい休んだってなんてことないでしょ?」
「はぁ、まぁ……」
 一回生の授業は連休明けからが本格始動だ。珠生、湊、亜樹は顔を見合わせる。

「僕も行くんですかね?」
と、彰が口を挟む。
「僕はもう二回生だから、みっちり授業あるし……」
「佐為はどっちでもいいわ。好きなタイミングで来て」
「先輩には優しいんだ」
と、珠生が驚く。
「彼は転生者だし、それに強いもの。みんなのことも知ってるしね」
「へぇ」
「どうしようかなぁ……」
と、彰はあまり乗り気ではない様子だ。
 
 すると、莉央が横に立っていた葉山にこんなことを言う。

「ねぇ、もう泳げるらしいから、水着、持ってきておいてよね」
「え? 水着?」
と、葉山はぎょっとしている。莉央は微笑んで、「リフレッシュも兼ねてるんだもの、そういう時間があってもいいでしょ」と言った。
「でも……水着なんて何年も着てないし……」
「じゃあ、私のを貸してあげるわよ」
 渋る葉山にそんなことを言う莉央を、じろりと葉山は見おろす。
「あのね、あなたの水着が私に合うわけないでしょ!!」
「嘘、葉山さんが脱いだら結構色っぽいの知ってるんだから。一緒に温泉入ったことあったじゃないの」
「それ何年も前の話でしょ?」
「変わんない変わんない」

 盛り上がる女同士の会話を耳に挟んだ彰は、ぴく、と眉を動かして呟いた。

「……水着か、それは確かに貴重だ」
「お、行く気になったんか」
と、舜平がまたからかう。
「やっぱ行こっかな……」
「水着は見たことないんか」
と、舜平が彰の耳元でぼそぼそ尋ねると、彰は頷いて、「そうなんだよね。そんなとこに遊びに行く時間もないしさぁ」と小声で返す。
「何喋ってんの?」
と、亜樹が背もたれ越しに二人を見上げると、彰と舜平は同時に咳払いをして「なんでもない」と言った。

「じゃ、そういうわけだから。若者諸君も水着持参しなさいね」
と、莉央は話をまとめた。
「墨田がきちんとプランを立て次第、みんなにも冊子にして配るように言ってあるから」
「敦さんも大変だな。暇なのかな」
と、珠生。
「国家公務員のやることとは思えへんな」
と、湊。
「でもやりだしたらめちゃ張り切りそうやな、あの人単純そうやし」
と、亜樹。
「敦って誰だっけ? 覚えてねー」
と、深春。
「お前ら好き放題言うな」と、舜平が呆れると、「まぁ、みんなの言うとおりだけどね」と彰が苦笑する。

 そんな若者たちを見て、莉央は楽しげに笑った。

「あんたたち、息合ってんのね。藤原さんが楽しそうにしてたのがよく分かるわ」
 若者たちが一斉に莉央を見て、そして藤原を見た。
 藤原は何も言わなかったが、ソファに深く腰掛けて脚を組んだまま、微笑んで皆を見ている。

「りょこ……修行が楽しみだわ。ねぇ、みんな」
「完全に旅行気分じゃないの」

 旅行と言いかけて慌てて訂正した莉央の言葉尻を拾って、葉山が冷静にそう言った。
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