琥珀に眠る記憶

餡玉(あんたま)

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ifの世界『もしも番になれたなら』(オメガバース)

〈一〉

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Twitterのほうで滾るネタをいただきましたもので、番外編を書きました。
今回は『異聞白鬼譚』の番外編ですが、こちらに置かせていただきます。

内容はオメガバースです。
しかも和風オメガバースなので、アルファ・ベータ・オメガの記述も漢字表記です。その表記方法につきましては
春花様(https://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=50840145)のお考えをお借りしております。作者としても慣れないチャレンジですが、もしよろしければお付き合いくださいませ。

なお、今回のお話には男性の妊娠出産を匂わす表現があります。そういったものがお嫌いな方は、くれぐれもご注意くださいませ。







+  +  +


 
 とある雪の日の夜。
 舜海は、城に千珠の姿が見えないことに気づいた。

「柊、千珠見ぃひんかった?」
「ん?」

 ぶらりと忍寮を訪れてみれば、柊が火鉢のそばであぐらをかき、なにやら書付に目を落としていた。至極寒そうに羽織の前を掻き合わせている。
 世を分かつ大戦が終わったばかりということもあり、青葉国忍頭である柊は多忙だ。軍部の要たる舜海とて暇な身の上というわけではないのだが、今は千珠のことが気がかりで落ち着かないのである。

「千珠さまがどないしはったって?」
「いや……なんや昼間様子がおかしかったやん。大丈夫かなと思て探してんねんけどいいひんねん」
「ああ……そういえば」

 昼間、三人は沿岸警備のために海岸に出ていた。敗戦国の残党が時折流れ着くことがあり、海辺はまだまだ危険なのである。

 その時、千珠はいつになくぼうっとしていて額も熱く、何やら風邪でもひいてしまったかのような様子だった。だが千珠は『鬼が風邪なんかひくか。馬鹿にするな』と言ってふてくされてしまい、一人で城の方へと戻ってしまったのである。

 その後一度も千珠の姿を見ていないのだが、明らかに様子がおかしかった。強がってはいたけれど、どこか具合が悪いと言うのならば、是が非でも治してやりたい。

「そろそろ満月か? ……いや、違うか」
と、柊が腕組みをする。舜海も火鉢で指先を温めつつ、「そうやろ?」と応じた。すると柊は涼しげな口元をかすかに歪めて、ちろりと舜海を見た。

「どうせお前は、心配だ看病だとかこつけて、千珠さまにおいたを働きたいだけやろう」
「……はっ!? そ、そんなわけないやろ!! 俺は純粋に仲間の体調を気にしてやなぁ!!」
「ふん、さぁどうだか。この間も千珠がぼやいておられたぞ。お前がしつこいだの暑苦しいだの……」
「はぁ!? うそやん! 俺、こないだはめっちゃ優しく手加減して……」
「……ほうほうほう、そうか。ずいぶんと仲良うなったんやな」

 にやりと満足げに笑う柊を見て、はったりをかまされたのだとようやく気づく。舜海は憮然とした表情を浮かべ、柊のつるんと賢げな額にげしっと手刀を食らわせた。そして大雑把な動きで立ち上がり、じろりと柊に向かって生ぬるい視線を落とす。

「もうええ、お前に聞いた俺が阿呆やったわ。自分で探す」
「ぐっ……本気でど突かんでもええやろが!」
「うっさいねんむっつり助平め」
「冗談はさておき……千珠さまもそろそろ元服の年頃だ。まさかとは思うが……」
「え?」

 赤くなった額を押さえながら意味深な表情をする柊を、舜海はふと見下ろした。
 そして、はっとする。

「第二性のことか」
「ああ、そうや。実は戦の最中から気がかりでな」

 この世界には、男か女かという第一性に加え、ひのと(α)・つちのえ(β)・みずのえ(Ω)という三つの性が存在する。

 人口比率的に一番数が多いのは戊であり、市井の人々はほぼこの第二性を備えている。戊は戊同士で婚姻関係を結び、ごく当たり前のように子を成し、家庭を作るものが多い。

 ついで多いのは丁であり、この第二性を持つものは、肉体的にも知的にも際立って優れている。丁の家系には丁の血統を持つものが生まれる傾向が強い。天皇家や将軍家、そして各国を収める領主らの血筋には、丁が多く存在するのだ。

 そして最も人数が少ないのが、壬ある。壬の一番の特徴は、『盛り』(発情期)があるということだ。
 盛りは約三ヶ月に一度、一週間程度継続する性的な興奮状態であり、ひのとのみを誘う芳香を放つ。さながら、蜜で蝶や蜂を誘う花の如く、種を繋ぐための相手をおびき寄せるのだ。

 ただ困ったことに、第二性が花開いたばかりの壬は無自覚に芳香を放つため、不本意な形で性行為を押し付けられることも多いのである。その芳香に惑わされると、丁は支配欲と性欲に本能を塗りつぶされ、獣のように壬を襲ってしまうことがまま起こるのであった。

 だが、大概の場合、みずのえと分かったものはすぐに国から手厚い保護を受けることとなる。その中でも特に容姿に秀でたものは、すぐにでも有力者のお手つきとなることがほとんどだ。中には、将軍家に召し上げられ、次世代の先導者を生んだ市井の壬もいたという。

 ちょうど元服の年頃に第二性は確定する。そう、千珠はちょうどその年頃なのだ。
 舜海は腕組みをして、火鉢の中で赤く染まった炭を見つめた。

「あー……なるほど。どうなんやろ、あいつ。妖もんにも第二性とかあるんやろか」
「鬼族にあるんかどうかは分からへんけど、千珠さまは半妖や。影響はあるんちゃうかな」
「……なるほど。そういや、俺は何なんやろ。医者に診てもろたことないから分かれへんな」
と、舜海はぼりぼりと首筋を掻いた。盛りを経験したことがないので壬ではないと確信してはいるのだが、戊か丁かは定かではない。

「何だ、お前は壬の芳香に惑わされたことはないのか」
と、柊が珍しそうに目を見張る。舜海は小首を傾げ、「おう、せやな」と言った。
「柊、お前はあるんか?」
「ないことはない。あれはすごいぞ、目が眩むような欲を感じんねん。何が何でも孕ましたろみたいな衝動がな、自分でも怖くなる感じていうか……」
「へぇ……。ってことはお前、丁ってことか。生意気やなぁ」
「生意気ってどういうことやねん。ま、別に俺は何でもええけど」
「俺も。野良犬の生臭坊主には何の関係もないで」

 舜海はそう言って肩をすくめ、ひょいと裾を翻して忍寮の扉を開く。

「廃寺に行ってくる。忍寮にもいいひんねやったら、そっちやろうし」
「あんまいじめたらんとってや。千珠さまは忍衆の大事な大事な戦力やねんからな」
「うっさい。覗きにくんなよ」
「行かへんわ。……何も用事がない限りは」
「……助平忍者め」

 どっちつかずの返事を淡々と返す柊に背を向けて、舜海は小雪の中を早足に進んだ。

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