初恋のレシピは、きみと

餡玉(あんたま)

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第3章 

6 ふたりきりの距離感

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「僕はコンプレックスのかたまりだから、澄斗みたいになんでもできてなんでも持ってる人が羨ましいっていうか、妬ましいというか……でも、今日話してみて、それってただの一面に過ぎないんだなと思ったし……」
「郁也ってほんと、感心しちゃうくらい正直ものなんだなぁ」
「あっ、ごめん! また気に触ることを言っちゃったよね?」
「ううん、全然。なんか、ストンと落ちた。郁也に冷たくされてるかも? ってうすうす感じてたけど、そういう理由だったんだーって」

 澄斗はそう言って、ゆっくりと歩き出す。その横顔は確かに、僕の発言を不快に感じているようには見えなくてホッとした。
 むしろ、僕の言葉をじっくり噛み砕こうとしているような……そんな横顔だった。

(澄斗って、こんなにちゃんと話を聞いてくれるやつなんだ……)

 それが、ちょっと——いや、すごく嬉しかった。

 空気が読めず正直すぎるきらいがある僕との会話で、不快さを露わにする人は多いからだ。もちろん僕が悪いのだが……
 
「ていうか俺、郁也が思ってるほどなんにも持ってないけどな」
「……ほら出た。持てるものは恵まれた自分の境遇に鈍感——といいたいところだけど、まあそれぞれ事情はある、か」
「ははっ、そういうことかもね。ま、背は伸びたしバレーは上手くなったし? 勉強もそこそこだから贅沢いうなって感じはあるかもだけど?」
「……。全部その通りだから文句も言えない……」

 己の持てるものを指折り数える澄斗に文句の一つでも言ってやりたいところだったけれど、その仕草が面白くて笑ってしまった。
 
「まだまだあるじゃん。顔もいいよ、澄斗は」
「そーかぁ? 周りが言うほど自分の顔好きじゃねーけど……ま、それも贅沢か」
「好きじゃないの!? もったいない、こんなにかっこいいのに」
「えっ……?」
「もし澄斗の顔になれたら、僕はずーっと鏡を眺めてうっとりしちゃうと思うけどな」
「そっ…………そう? 俺の顔、そんなに好き?」
「うん、好きだよ。……って、ごめん。顔が好きって、なんか内面見てないみたいで逆に失礼かな」

 咄嗟に謝ったけれど、澄斗はまんざらでもなさそうに頬を染め、嬉しそうに笑っている。
 まあ、顔が嫌いと言われるよりは好きと言われたほうが気分はいいか……

「へへっ……そっか。へー、そうなんだ」
「ま、そういったとこでも、澄斗は持てる者なんだよ」
「郁也だって顔かわいいじゃん。なんで前髪伸ばしてんの?」
「うわっ!」

 突然目の前に回ってきた澄斗が、ひょいと僕の前髪をかき上げた。

 いきなり視界が広くなり、しかも目の前にはアイドル顔負けの端整な顔がある。
 視線が釘付けになり目を逸らすタイミングを失ってしまい、しばし僕は澄斗と見つめ合う格好になってしまった。

「……ほら、かわいいじゃん。俺は好きだよ、郁也の顔」

 そして極めつけは、甘い笑顔とこのセリフだ。

 顔なんか母親以外に褒められたことのない僕には刺激が強すぎて、一気に顔が熱くなる。

 自分でも驚きの素早さで後退り、僕は震える手で前髪を下ろしながらしどろもどろにこう言った。

「や……!? なっ、いや、いやいやいやそんなわけないだろ……っ!?」
「俺は、郁也みたいな清楚な顔立ち好きだけどなー」
「いや……男に清楚って言葉は合わないだろ……っ! ん? まてよ、清楚ってのはつまり地味ってこと……」
「あははっ、違うって!」

 澄斗がまた楽しそうに笑った。ああ、確かに……ちゃんと澄斗の表情を見られるようになってみて、僕は気づいた。

 笑顔の澄斗はとてつもなく明るくて、爽やかで、かっこいい。

(こんなイケメンが僕の顔を好きだとか言うのか……。澄斗の趣味、よくわかんないな)

 とはいえ、嫌な気分はしない。
 澄斗の口調は素直で、裏表がなさそうなところに好感が持てる。人と話すのは苦手だけど、澄斗と話していると、不思議なことに上手く会話が回っていくので心地が良かった。

(……楽しいな。おしゃべりしてて楽しいなんて感覚、あんまりないからすごくフワフワする)

 だが、澄斗も同じように感じているとは限らない。立ち話で結構時間をくってしまった。

 会話の終え方はどうしたらいいのだろう。もっと話をしていたけど、時間も遅くなってきた。
  
 澄斗だってとっとと帰って家でゆっくりしたいだろうし——……ぐるぐる思考が巡りどうしていいのかわからなくなった僕は、ぴたりと足を止めて踵を返した。

「えーと…………じゃ、じゃあ僕はこのへんで……」
「ちょっ! まって郁也。あのさ……!」
 
 踵を返して去りかけた僕の手首を、澄斗が掴んだ。

 二度目の接触とはいえ、僕の手首なんかやすやすと折ってしまえそうに大きな手で掴まれてしまうと心臓に悪い。
 思わず「ひっ!?」と声を上げると、澄斗はすぐに手を離す。

「ごめん、痛かった?」
「い、いや……平気、なに?」
「料理を教える件なんだけど、部活ない日が水曜だけなんだ。週一でも大丈夫?」
「わ、休み少ないんだね。……本当にいいのかな、こんなことに時間を割いてもらっちゃって」
「なんで?」
「週一の休みなんてめちゃくちゃ貴重じゃん。それを僕がもらうってのは……」
「いいよ全然! むしろ大歓迎!」

 迷いのない口調で、キッパリと澄斗はそう言い切った。 
 その勢いに心強さをもらえて嬉しくなる。僕は澄斗に向き直り、深々と頭を下げた。
 
「じゃ、じゃあ。改めて、どうぞよろしくお願いします」
「こちらこそ。って、やだな、頭なんて下げんなよ」
 
 慌てたように澄斗が僕の両肩に触れ、そのまま顔を上げさせられる。
 見上げた澄斗の微笑みに、僕はぎこちなく笑顔を返した。

 すると、ポッと澄斗の頬が薄桃色に染まる。
 澄斗はそのまますっと視線を逸らし、あさっての方角に向かってこう言った。
 
「つーわけで、こちらこそよろしく。作りたいものとかあったら……えーと、またLINEしてよ。いつでも、何時でもいいし」
「うん、ありがと」
「じゃ、また学校で!」

 軽く手を上げて踵を返し、澄斗は頬の紅潮もそのままに颯爽と去っていく。

 澄斗の背中を見送る僕の唇には、自然と笑みが浮かんでいた。
 
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