【完結】お供え喫茶で願いごと

餡玉(あんたま)

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居場所

終話 叶った願い

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「ん……」

 瞼の裏に光を感じて目を覚ますと、そこは知也の部屋だった。
 カーテンを開けっぱなしにしていたから、朝日が直接顔を照らしてくる。知也は眩しさに目をしょぼつかせながら起き上がった。
 ベッドから降りて全身を見回し、困惑しつつ首を傾げる。知也は肌着とパンツという格好で眠っていたようだ。
 普段はパジャマを着ているはずだけど着ていない。枕元には体温計やスポーツドリンクのペットボトルが何本か転がっている。それに、額にはすっかりぬるくなった冷えピタがくっついていた。

「……え? 僕、風邪なんかひいたっけ……」

 覚えているのは、学校から公園に直行して友達と遊んだこと。それははっきり覚えている。そのあとどうしたんだっけ……と首を捻って思い出そうとするけれど、記憶に靄がかかって思い出せなかった。

「……公園、公園で遊んで……。あ、そうだ家に帰ってきて……」

 そうだ。一度家に帰ってきたとき、『新しいお父さん』の靴があるのを見てげんなりしたことは思い出した。
 その後もう一度公演へ出かけようと思い立って——……
 
「知也!! 知也!」

 そのとき、聞き覚えのある懐かしい声が知也の鼓膜を震わせた。
 ハッとしてドアのほうを振り向くのと同時に、パッと扉が開け放たれる。
 
「知也……!」
「へ? お、お父さん……?」
「ああ……知也!!」

 なかば泣きそうな顔で部屋に飛び込んできたのは、知也の本当の父親——哲士てつしだった。
 あまりに突然のことできょとんとするばかりの知也をひしと抱きしめ、頭を何度も何度も撫でながら「遅くなってごめん、ごめんな……!!」と涙声で謝ってくる。

 もう本当のお父さんとは会えないと思っていた。だって知也は邪魔ものだから。お金がかかるから、いらないから捨てられたと思っていた。
 でもお父さんは知也をぎゅっと抱きしめて離さない。まるで、久しぶりに会えたことを心から喜んでいるみたいだ。

 ——僕が邪魔なんじゃなかったの……?

「お父さん……」
「ああよかった、熱は下がったみたいだな。気分は悪くないか? ……ったく、あいつ、ちゃんと知也の世話をするって言ってたのに……!」

 抱擁が解かれたかと思うと、頬をや肩、腕などを順番に摩られる。哲士は羽織っていたジャケットをさっと知也の肩にかけ、小さな額に手を当てた。
 この大きなあたたかい手は、紛れもなく本物だ。

 ——お父さんが、看病にきてくれた? どうして急に……?

「お父さん。どうしてここにいるの……?」
「……知也」
 
 哲士は涙目のまま優しく微笑み、眩しげに目を細めて知也の頬を撫でた。

「お母さんから連絡があったんだ。新しいお父さんと海外で仕事をすることになったって」
「へ? 海外で、しごと……?」
「その準備があって、母さんは今家にいない。その間、熱を出した知也の様子を見てやってって頼まれたんだ。病気の我が子を放って何をやってるんだってお母さんを叱ったら、そりゃあもう派手に逆ギレされちゃったよ」

 そこまで言って哲士はふっと微笑み、知也の頬を両手で包んでむにむにと揉んでくる。
 小さい頃から哲士がよくやる仕草だ。懐かしくて、触れてもらえるのが嬉しくて、知也の目には涙が滲む。

「だからな、知也。今日からおまえは、父さんとお兄ちゃんと一緒に暮らすんだ」
「……へ? えっ!? ほ、ほんとに……!?」
「ああ、ほんとだよ。お母さんに頼まれたんだ。慣れない海外暮らしで子どもがいたらもっと大変だから、知也は父さんに任せるってさ」
「ほ……んと!? 僕、お父さんと一緒にいられるの……!?」

 どくん、どくんと胸が高鳴る。目の奥がじわっと熱くなる。
 かすかに震える手で哲士のシャツを握ると、知也の手の上に大きな手が重なった。

「ああ、そうだ。一緒に帰ろう。お兄ちゃんも待ってるぞ!」
「わ、わぁ……、すごい。僕、ずっとずっとそうしたくて……でも、お母さんが、お父さんはお金がないからむりだって。僕のこと、いらないっていってるって……いわれて」
「違う違う! そんなこと言ってないよ! 父さんは、ずっと知也と暮らしたいって母さんに言ってたんだぞ?」
「え、そ、そうなの……」
「そりゃ、あの男——お母さんの新しい旦那ほどお金は持ってないけど……。お父さんはちゃんとした会社で働いてるから、頑張ればどうとでもなる。大丈夫だよ」

 そう言って微笑むお父さんの目尻には、笑い皺が刻まれていた。たくさん笑いかけてくれる優しいお父さんが大好きだったことを思い出す。
 安堵のあまりぽろぽろと目から涙が溢れ出す。嗚咽を漏らして泣き出した知也を、哲士がぎゅっと抱きしめた。

「父さん、あとは知也の荷物を詰めるだけ……。ちょ、なにふたりして泣いてるんだよ!」
「……に、にいちゃん……」

 そこへぬっと現れたのは、哲士よりもひとまわりは体格のいい兄、奨太しょうただった。
 背が高くてサッカーが上手くて、哲士と同じくよく笑いかけてくれる歳の離れた兄の姿を見て、知也の胸にはさらに安堵が広がっていく。

 ——ああ、本当に迎えにきてくれたんだ……!

「ほら、そんな薄着してたらまた熱出るぞ? シャツとズボンは? こっちのタンスか?」
「あ、うん。着替えはここ……」
「俺が荷造りしとくから、知也は着替えとけよ。こんな家、とっとと出ていこうぜ」

 制服姿の奨太は手にしたスポーツバッグの口を大きく開くと、無造作にぽいぽい知也の服を詰め込み始めた。
 高校生の兄を見て、ふと……知也の脳裏に覚えのない光景が閃く。

「にいちゃん」
「ん?」
「そこの公園の近くに、喫茶店ってあったっけ?」
「喫茶店? 公園の裏はすぐ道路だ。そんなもんないぞ」
「……そうだっけ」
「そうだよ。あそっか、腹減ってんだな。すぐなんか食いにいこうぜ」
「うん……」

 わしゃわしゃと兄に髪をかき混ぜられ、知也は自らの頭に手をやった。
 つい最近も、こうやって誰かに頭を撫でられたような気がする。
 美味しいものを食べさせてもらって……不思議なものを見たような。

「……夢、見たのかなぁ」

 奨太が適当に放り投げてきたセーターとズボンをキャッチして着込みつつ、知也は小さく呟いた。
 今はその朧げな記憶よりも、迎えにきてくれた哲士と奨太に再会できたことが嬉しくて嬉しくてたまらない。
 こうなることを望んでいた。
 この家を出て、大好きな父と兄と一緒に暮らせたらどんなにいいだろうと願っていた。

 ——お願い、叶ったんだ。

 急にむくむくと胸の奥から元気が湧いてきた。
 知也はぺりっと冷えピタをひたいから剥がしてゴミ箱に放り込むと、哲士と奨太とともにせっせと荷造りをし始めた。

 
 
 了







˚✧₊⁎⁎⁺˳✧༚✩⑅⋆˚˚✧₊⁎⁎⁺˳✧༚✩⑅⋆˚˚✧₊⁎⁎⁺˳✧༚✩⑅⋆˚

明けましておめでとうございます⛩✨
2026年が皆様にとって素敵な一年となりますように✨
本年もどうぞよろしくお願いいたします!


本作をここまでお読みいただき、誠にありがとうございました。
自分で読み返してみて、ちょっと謎が残り過ぎているように感じたので、もう少し続きを書きたいと思います。
更新までしばらく日が空きますが、よろしければ続きも読みにきてくださいませ。

そして、本作はキャラ文芸大賞に参加しています。
一票を投じていただけますと大変励みになります……!
何卒よろしくお願いいたします🙇



餡玉あんたま
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