【完結】お供え喫茶で願いごと

餡玉(あんたま)

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友情?

8 この店ができた理由

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「樹貴が……神界の食事を摂ることができなかったからだ」
「? ……え? ど、どういうことですか? 彼も、人間じゃないってことですか?」
「人間、だった。かつてマガツ神として恐れられていた俺に捧げられた生贄が、樹貴だ」
「……へ? いけにえ? ま、マガツ神……!?」

 マガツ神——禍ツ神。その存在は知っている。漫画やアニメや小説で読んだことがある。
 その文字があらわす通り、厄災を招く神のことだ。
 
「ちょっと……その……理解が追いつかないんですが。縁結びの神様なのに、マガツ神?」
「五百年ほど前になるか。人の世は戦で荒れ果てていた。我が社には、戦火から逃れて逃げ込んだ村人たちがひしめいてたんだ」
「……へ」

 ——ご、ごひゃくねんまえ!? 戦国時代……?

 日本史知識を総動員して思い出せる限りでは、十五世紀の日本は室町時代から安土桃山時代への移行期だ。織田信長をはじめとした戦国武将たちが群雄割拠し、戦いが絶えなかった時代だった……はず。

 明美にとっては教科書で読んだだけの、あたかもフィクションの世界のようなもの。だが五十鈴の口調からは、時の隔たりを感じない。

「そこへ、立派な鎧兜を身につけた侍どもがやってきた。……奴らは武器も持たぬ無力で非力な人間たちをなぶり殺し、我が社に火をつけた」
「っ……そんな、ひどい」
「俺は何もできなかった。俺を信仰し、社を守ってくれていた村人たちが死んでゆくのを、ただただ見つめることしかできなかった。……その時初めて、俺は憎しみという感情を知った。黒い感情は俺に力をもたらし——俺は気付かぬうちに、大勢を殺め社を燃やした侍どもを祟っていた」
「それは。その……無意識に、ってことですか?」

 あまりに壮大で重い内容すぎて、頭がついていかない。命がやり取りされるような争いごとなどまるで経験したことのない明美の問いは的外れなものだっただろう。だが五十鈴は明美をつと見つめ、また目を伏せた。

「そうだな。俺は神でありながら”かげ”に呑まれていたらしい。立て続けに災いに見舞われた侍の一族は、俺を鎮めるためにと生贄をよこした」
「それが、樹貴さん……」
「ああ。燃え残った御神木の根元に空いたうろ。そこに投げ入れられたのがあの子だ。樹貴という名は、俺が名付けた」
 
 ——信じられない。つまり、あの高校生風の美少年もまた、五百年前からずっと生きている、ということ……?

 各テーブルを回り、神様たちと朗らかに会話を交わしている、あの朗らかな少年が?

「生贄……」
「樹貴は病で視力を失っていた。おそらく、奴らにとって何の役にも立たない子どもだったから俺のもとへ寄越したのだ。身体は痩せぎすで傷だらけで、酷い暴力を受けていたことはすぐにわかった。……哀れなものだったよ。俺を見て逃げ出さないようにしたのだろう、足の腱も切られていた」
「ひどい……!」
「ああ、許せなかったさ。樹貴が願うのなら、俺はその侍の一族郎党すべて皆殺しにしてやろうと思った。……だが、樹貴はそれを望まなかった」

 五十鈴はそっとグラスを置き、慈愛に満ちた眼差しで樹貴を見た。

「悪くない人もいる。関係な人まで殺さないで、と懇願された。白濁した目から涙を流して動かない足で這いずって俺に縋りついてきたのだ」

 そのとき、明美の視界が唐突に大きく歪む。
 柔らかな光に包まれた喫茶店にいたはずが、そこは墨で塗りつぶしたかのように真っ暗な世界だった。

 ふと、天から一筋の光が差す。
 その光に照らされているのは、今よりもずっと険しい顔立ちをした和服姿の五十鈴と、痛々しいほどに汚れた細い身体を引きずる樹貴の姿だった。

 ——っ……これ、過去の映像……!?
 
 樹貴は垢じみて割れた爪で五十鈴の衣を掴み、大きな瞳を彷徨わせて見えない神を探している。
 痛ましい姿に憐れを誘われたのだろうか。
 五十鈴は膝をつき、樹貴を労わるように、そっと痩せた背中に手を置いた。

 その拍子に、樹貴はビクッ! と全身を強張らせる。明らかに怯えの反応だ。五十鈴は何かを察したように樹貴の全身に視線を巡らせ、苦々しく眉を顰めて首を振った。

 そして五十鈴は、怯えながら「みんなを殺さないで」と縋る樹貴を、そっと衣の袖の中に包み込んだ。

 信じがたい光景が目の前に広がっている。だが明美は直感的に理解していた。
 これは、五十鈴の記憶に違いないと。
 
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