琥珀に眠る記憶—番外編集—

餡玉(あんたま)

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悠一郎の頼みごと

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 チャペルの中に、さっと明るい陽光が満ちる。
 眩しさのあまり、舜平はわずかに目を細めたが、その目はすぐに見開かれることとなった。


 まばゆく白い光を背に、ウエディングドレス姿の珠生が佇んでいる。


 たっぷりとしたレースのヴェールを戴き、伏せ目がちに佇む珠生を見るや、悠一郎は無言でカシャカシャとシャッターを切り始めた。それはもう、ものすごい勢いで。

 ゆっくりとチャペルの扉が閉まり、女性スタッフたちが珠生のヴェールやドレスの裾を手早く直す。スッタフに何かを囁かれた珠生は、小さくこくりと頷くと、カサブランカで飾られたバージンロードをゆっくりと歩き始めた。慣れないヒールを履いているとは思えないほど、美しい歩調だ。

「珠生くんめっちゃ綺麗やで!! そのまま、そのまま、ヴァージンロードを歩いて。目は伏せてていい……うん、そう。舜平のところまで行ったら、顔上げて」

 静かな声で指示を出しながら、悠一郎はあっちへこっちへとちょこまか移動をしながら、珠生の姿を撮影していた。悠一郎の瞳はどこまでも真剣だ。そして同時に、美しい被写体を前にして、芸術的な興奮を禁じ得ないといった猛々しさも見て取れるようだった。

 舜平は、再び高まる緊張に、ごくりと唾を飲んだ。
 ゆっくりとした歩調で近づいてくる珠生の姿が、徐々に徐々にはっきりと見えてくる。


 ーーか、かわいい……。


 白無垢の時は、どことなく大人びた雰囲気を醸し出していた珠生であるが、ウエディングドレスを身にまとったその姿は、言葉には言い尽くせないほどに美しいものだった。

 白いグローブで覆われた手には、カサブランカのラウンド型のブーケ。上半身はタイトだが、スカート部分はふんわりとボリュームのある、可愛らしいデザインのドレスである。

 いくら細身とはいえ、珠生とて男だ。しかしながら、ドレスの上半身はオフショルダーであるため、女性に比べて多少骨ばった肩のラインも可憐なものに見え、すごくきれいだ。繊細なレースで編まれた透け感のある袖のおかげで、少年独特の締まった肉体も、ふんわりと優しいラインに見えるのである。

 丸みのある女性の肉体とは比べるまでもなく、ほっそりとした腰回りをしている珠生だが、それもドレスの形でカバーされている。スカート部分は薄いレースが幾重にも重なっており、歩くたびにふわふわと揺れるドレスだ。きゅっと締まった腰からふわりと広がるお姫様のようなドレスのおかげで、全体的な印象は完全に”可憐な女性”である。

 舜平のすぐそばまで歩み寄ってきた珠生が、ちら、と上目遣いに舜平を見上げた。
 よくよく近くで見て見ると、珠生の頬はピンク色に染まり、唇が微かに震えている。きっと、恥ずかしくて恥ずかしくてたまらないのだろう。

 堂々とここまで歩いてきたくせに、舜平に見られることを羞恥のあまり震えだす珠生の姿を目の当たりにして、舜平は思わず笑ってしまった。すると珠生は、ヴェールの下でむすっとむくれてしまった。

「なんで笑うんだよ。どうせ似合ってないよ。似合わなくて結構ですよ」
「いやいやいや、何怒ってんねん。誰もそんなこと言ってへんやん」
「いーや笑ってる。舜平さんは俺を嘲笑ってるんだ。……男のくせにこんな可愛いドレス着せられて、ヴァージンロード歩いてる俺を見て笑ってるんだ」
「いやまぁ、そらかわいいけど」
「もっとシュッとした感じのドレスだと思ってたのに……まさかこんな、お姫様みたいなドレス着せられるなんて……恥ずかしい……和装は……まぁ、そんなに嫌じゃなかったけど、まさかこんな、」
「珠生」

 舜平はそっと珠生の腕に触れ、穏やかな微笑みを浮かべて珠生を見つめる。そして、入り口付近で興奮気味に見学している女性スタッフたちに聞こえぬよう、小さな声で囁いた。

「こんなこと言われても喜ばへんかもやけど……きれいやで、文句なしに」
「……でも、でも、」
「もっとよう見せてや。……北崎、ヴェール上げていいん?」
「うん、ええよ。ゆっくりな。珠生くん、ちょっと膝折ろうか。頭も少しだけ下げて」
「……はい」

 憮然とした声で応じる珠生の態度がまた可愛らしく、舜平はまた少し笑ってしまった。するとジロリと珠生に睨まれ、慌てて咳払いをする。

 珠生は優美な動きで軽く膝を曲げ、舜平の方へと頭を垂れた。ぶすっとして文句を言っていたくせに、いざ撮影となると見違えるほどにきりりとした表情になるので感心してしまう。

 舜平はそっとヴェールの端を手にして、ゆっくりと持ち上げる。きらきらと輝くティアラ、さっきよりも華やかな化粧で色づいている珠生の顔が、舜平の目の前に現れた。
 小粒なパールのネックレスが、細い首によく似合っている。オフショルダーのドレスに浮いた鎖骨のラインが美しく映え、いつも以上に珠生の身体が華奢に見えた。

「……」
「……」

 どことなく困ったような顔で、珠生は舜平を見上げた。
 非の打ち所がないほどに美しい、珠生のウエディングドレス姿。舜平はただただ言葉を忘れ、うっとりと珠生に見惚れてしまう。

 珠生は珠生で、タキシード姿の舜平を、穴があくほどに見つめている。いつもはほったらかしの黒髪をきちんと整え、一分の隙もなく完璧にタキシードを着こなしている舜平の姿を、呆然と見上げているのだ。


 無言で数十秒ほど見つめ合っていたが、悠一郎の咳払いでようやくふたりは我に返った。


「はいはいお二人さーん。次は手を取り合って見つめ合ってー、そのあと額にチューしてみましょうか~」
と、悠一郎の呆れたような声がチャペル内に響く。和装の時と違い、チャペル内での会話は殊の外響くのだ。舜平はわざとらしく咳払いをし、珠生は運動前のストレッチをするかのように首を回し、肩を上下して呼吸を整えている。まるで色気のない二人を見かねてか、悠一郎は見物している女性スタッフ全員を外に追い出した。
 
「これならええやろ。ったく……もう思う存分イチャイチャせぇ。そっちのほうがいい絵が撮れるわ」
「い、イチャイチャなんかしないし」
と、珠生が言うと、悠一郎はカメラの設定をいじりながら、「舜平のアホがまだ緊張してるみたいやから、乗せたって。こいつ単純やからさ、ちょっと褒めたらすぐに乗り気になるやろし」と言う。
「おいアホか。本人目の前にして単純とか言うなボケ」
と、舜平が文句を言うも、悠一郎はカメラを愛おしげに撫で回しつつ、「ったく……こっちは独り身が長くて秋の空気が骨身に沁みてんのに……なんやねんお似合いか。ラブラブすぎるやろ羨ましい。はぁ……」と独り言を呟いている。

 珠生は苦笑して、舜平を見上げた。こういう場に慣れているのは自分なのだから、しっかりしなければと思い直したのである。

「……舜平さん」
「ん? 何?」
「俺の手、握って」
「あ……おう」
「俺の方を見て、まっすぐ」
「お、おう……」

 艶のある素材でできたグローブに包まれた珠生の手を取り、舜平は背筋を伸ばして深呼吸した。そして改めて、珠生をじっと見つめる。

「……舜平さんてさ、普段はラフな格好が多いけど……」
「ま、まぁ……そりゃな」
「タキシード、すごく似合う。……か、かっこいい……よ」
「そ、そうか……?」
「きっとスーツとかも、すごく似合うんだろうな」
「そうでもないて。……スーツかぁ、お前もいつかそのうち、スーツとか着るようになるんやろなぁ。ま、今はドレスやけど」
「うるさいなぁ。これは悠さんのために仕方なく、」
「そやけど、俺はお前のこういう珍しいカッコ見れて、めっちゃ嬉しいで。きれいやし、かわいいし」
「……」

 舜平がにこやかにそう言うと、珠生は白い頬をぽっと染めて目を伏せた。どことなく怒ったような表情だが、珠生から溢れ出す甘い雰囲気を感じ取った舜平は、ぎゅっと珠生の手を強く握り直す。

 そして舜平は身を屈め、ちゅ、と珠生の額にキスをした。

「あ……」

 長い睫毛を瞬いて、珠生がびっくりしたような顔で舜平を見上げた。赤く艶やかな口紅に彩られた唇は美しいが、素顔の珠生の唇の方が、ずっと可憐で愛らしいことを舜平は知っている。


 ーーあかん……チューしたい。こいつほんま、何しとってもかわいいな……。


 そうしてふたりがまた無言で見つめ合っていると、「うえぇっごほぉっ」と派手な咳払いが聞こえてきた。見ると、ちょこまかと動き回っていたはずの悠一郎が二人のすぐ脇に仁王立ちしている。

「……撮影、しゅーりょーでーす」
「あ……お、おう」
「ったく、どんだけラブラブやねん! もうこのままここで結婚してまえや!!」
「何怒ってんねん北崎」
「だってだって! 珠生くんは俺の専属モデルやのに!! 今日のお前らときたらもうイチャイチャイチャイチャ……」
「いやいやいや!! お前がイチャイチャせぇ言うたんやろ! 文句言うなドアホ!」
「せやけど! ……はぁ、さみしい。俺も早く出会いが欲しいわ……」
「……悠さん……式場の仕事始めてから、ずっと荒んでるね……」

 珠生がぼそりとそう呟くと、悠一郎ははっとしたように肩を揺らし、珠生を見た。

「え、そ、そうかな……?」
「うん。なんかそういう愚痴、増えた気がする」
「……ま、まじで? はぁ……めっちゃ恥ずかしい」
「まぁまぁ、いざとなったら芙二子がおるんやから、ええやん」
と、舜平がぽんと悠一郎の肩を叩くと、悠一郎はぎろりと舜平を睨んだ。

「だから手近なところで済ませようとすんなや! なんやねんお前! 幸せオーラが腹立つねん!!」
「な、なんで俺にいちいち絡んでくんねん! だいたいなぁ、お前が俺にモデルせぇって言うてきたんやで!?」
「頼んだけど! カッコよすぎて腹立つねんお前! なんやねんお前!! 天使な珠生くんとお似合いか!! お似合いなんか!? どないやねんアホ!!」
「どないやねんって何やねん!?」
「まぁまぁまぁ、落ち着いてよ二人とも。大人気ないよ」

 神聖なるチャペルで喧嘩を始めた二人を、珠生は呆れ顔でどうどうと制した。そして珠生は悠一郎の手をそっと取ると、きゅっと軽く両手で握りしめながら上目遣いに悠一郎を見上げ、こんなことを言った。

「俺は、これからも悠さんだけのモデルだよ?」
「あっ……うん……」
「悠さんが俺に飽きても、俺はずっと、悠さんの専属モデルでいるから、」
「あ、飽きひんよ!! 飽きるわけないやん! うん、俺、ずーっとずーっと珠生くんのこと撮っていくからな!」
「本当? 嬉しいなぁ」

 珠生の優しい笑顔にあっさり機嫌を直す悠一郎を、舜平は呆れ顔で見下ろしていたが、ふと、珠生の目線が密やかに自分の方へと向いていることに気がついて、どきりとする。


 そして珠生に小さくウインクをされてしまえば、舜平の機嫌もあっさりと直るのであった。

 
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