公女様、前世に用はないですか?

みあはら

文字の大きさ
1 / 22

1.

しおりを挟む
 清々しい風が窓を吹き抜ける。少し肌寒くもあるが、かえって心地よい。慣れない緊張に火照った体を冷ますには、ちょうど良かったから。

「病めるときも、健やかなる時も、帝国の太陽を支え、民を慈しむ存在として____」

 神官の声が、ぼうっと、どこか遠くに聞こえた。
 だめだめ、ちゃんと聞かなくちゃ。今日は一生で一度の、人生で1番大切な日――私とあなたの、結婚式なんだから。


 私がこの世で最も愛する男、――この国の皇帝、ヴァージル=オルガンテッドとの。


 すっと目を閉じた瞬間、神官の息を飲むような音がした。心なしか、参列席も騒がしい。

「……シャロン?」

 今から夫になる男の、動揺した声が耳に届き、やっと目を開ける。目の前の男は、日を浴びて輝くタキシードに負けないくらい真っ白に、顔の血の気が引いていた。
 珍しいわ、この人が、こんなにも動揺を顔に出すなんて。一体何があったって――

「……え?」

 ぐらり、と体が揺れる。体勢を崩した私の視界に、赤く染まった床が映る。この血は――私の?

「シャロン!シャロン!!おい、宮医を呼べ!すぐに!」

 そう叫ぶ彼の声が、なんとか私の意識を外に繋ぎ止める。けれどその声も、段々と遠くなり――。




 次に目が覚めた時。私の傍に、彼の姿はなかった。
 それどころか私は、彼と婚約する前、あの結婚式から5年前、13歳のシャロン=モーフェットの姿になっていたのだ。
 この姿に慣れるまで、実に数日かかった。ついさっきまで皇后になる予定だったし、そのために正妃教育も受けていた。長年の訓練の末に体に染み付いたものは、周りの人間を驚かせるには十分だった。たった13歳の公女の仕草には、とてもじゃないけど見えなかったはずだ。

「リエッタ!」

 私が名前を呼ぶと、彼女は元気よく返事をする。高い位置でひとつに束ねられた栗毛が揺れていて、可愛らしい。

「はい!お呼びでしょうか、公女様!」

「今日はお茶会に行くわ、ここのところずっとお断りしてたから」

 どうやら私は目を覚ますまで、熱病で1週間ほど寝込んでいたらしく、意識を取り戻してからも体調がまだ回復していないからと、令嬢間でのお茶会や、皇室からのお呼び出しなんかも、全て断っていた。
 確かに前の人生でも、幼い頃に熱病で寝込んだということは聞いたことがある。

(皇室……)

 我がモーフェット公爵家は、帝国誕生の功労者として、帝国でもっとも栄誉ある公爵家と言われている。皇室の良き隣人となり、手を尽くしたという。
 その甲斐あってか、私は5歳の頃から第1皇子の話し相手だった。皇宮に呼ばれてはお茶を飲み、お喋りをし、日が暮れる前に帰る。そんな生活を、私はずっと続けていた。
 「彼」に会うのは、結婚式ぶりだ。もちろんこの年齢の頃の皇子殿下は、後に私と結婚することになるなんて夢にも思っていないんでしょうけど……。

「皇后陛下にいただいた髪留めに合うドレスを持ってきて」

「はい!お持ちします!」

 あの日、私は死んだようだった。あれだけ血を流していたし……でも、体のどこにも違和を感じなかった。痛いどころか、不快感もなにもなく。
 だが、あの血の量を見るに、おそらく体内に損傷があったことは間違いないだろう。意図的な暗殺だとしたら、誰にそんなメリットがあって、あんなことを?

 ……いえ、メリットならあるわ。
 たった1人、あの人にだけ。
 ___そうでしょう?ヴァージル。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

戦いの終わりに

トモ
恋愛
マーガレットは6人家族の長女13歳。長く続いた戦乱がもうすぐ終わる。そんなある日、複数のヒガサ人、敵兵士が家に押し入る。 父、兄は戦いに出ているが、もうすぐ帰還の連絡があったところなのに。 家には、母と幼い2人の妹達。 もうすぐ帰ってくるのに。なぜこのタイミングで… そしてマーガレットの心には深い傷が残る マーガレットは幸せになれるのか (国名は創作です)

優しい雨が降る夜は

葉月 まい
恋愛
浮世離れした地味子 × 外資系ITコンサルのエリートイケメン 無自覚にモテる地味子に 余裕もなく翻弄されるイケメン 二人の恋は一筋縄ではいかなくて…… 雨降る夜に心に届いた 優しい恋の物語 ⟡☾·̩͙⋆☔┈┈┈ 登場人物 ┈┈┈ ☔⋆·̩͙☽⟡ 風間 美月(24歳)……コミュニティセンター勤務・地味でお堅い性格 雨宮 優吾(28歳)……外資系ITコンサルティング会社勤務のエリートイケメン

たとえ夜が姿を変えても ―過保護な兄の親友は、私を逃がさない―

佐竹りふれ
恋愛
重なる吐息、耳元を掠める熱、そして——兄の親友の、隠しきれない独占欲。 19歳のジャスミンにとって、過保護な兄の親友・セバスチャンは、自分を子供扱いする「第二の兄」のような存在だった。 しかし、初めてのパーティーの夜、その関係は一変する。 突然降ってきた、深く、すべてを奪うような口づけ。 「焦らず、お前のペースで進もう」 そう余裕たっぷりに微笑んだセバスチャン。 けれど、彼の言う「ゆっくり」は、翌朝には早くも崩れ始めていた。 学内の視線、兄の沈黙、そして二人きりのアパート――。 外堀が埋まっていくスピードに戸惑いながらも、ジャスミンは彼が隠し持つ「男」の顔に、抗えない好奇心を抱き始める。 「……どうする? 俺と一緒に、いけないことするか?」 余裕の仮面を被るセバスチャンに、あどけない顔で、けれど大胆に踏み込んでいくジャスミン。 理性を繋ぎ止めようとする彼を、翻弄し、追い詰めていくのは彼女の方で……。 「ゆっくり」なんて、ただの建前。 一度火がついた熱は、誰にも止められない。 兄の親友という境界線を軽々と飛び越え、加速しすぎる二人の溺愛ラブストーリー。

異世界に喚ばれた私は二人の騎士から逃げられない

紅子
恋愛
異世界に召喚された・・・・。そんな馬鹿げた話が自分に起こるとは思わなかった。不可抗力。女性の極めて少ないこの世界で、誰から見ても外見中身とも極上な騎士二人に捕まった私は山も谷もない甘々生活にどっぷりと浸かっている。私を押し退けて自分から飛び込んできたお花畑ちゃんも素敵な人に出会えるといいね・・・・。 完結済み。全19話。 毎日00:00に更新します。 R15は、念のため。 自己満足の世界に付き、合わないと感じた方は読むのをお止めください。設定ゆるゆるの思い付き、ご都合主義で書いているため、深い内容ではありません。さらっと読みたい方向けです。矛盾点などあったらごめんなさい(>_<)

替え玉の私に、その愛を注がないで…。~義姉の代わりに嫁いだ辺境伯へ、身を引くはずが……持ちかけられたのは溺愛契約。

翠月 瑠々奈
恋愛
ベルン皇国の辺境伯ソラティスが求めたのは、麗しき皇都の子爵令嬢レイアだった。 しかし、彼の元へ届けられたのは、身代わりに仕立て上げられた妹のラシーヌ。 容姿も性格も全く違う姉妹。 ​拒絶を覚悟したラシーヌだったが、ソラティスは緋色の瞳を向けて一つの「契約」を持ち掛けた。 その契約とは──? ソラティスの結婚の理由、街を守る加護の力。そして、芽生える一つの恋。それに怯える拙い拒み。 ※一部加筆修正済みです。

離婚すると夫に告げる

tartan321
恋愛
タイトル通りです

お兄様「ねえ、イケナイ事をしよっか♡」

小野
恋愛
父が再婚して新しく出来たお兄様と『イケナイ事』をする義妹の話。

幼馴染の許嫁

山見月あいまゆ
恋愛
私にとって世界一かっこいい男の子は、同い年で幼馴染の高校1年、朝霧 連(あさぎり れん)だ。 彼は、私の許嫁だ。 ___あの日までは その日、私は連に私の手作りのお弁当を届けに行く時だった 連を見つけたとき、連は私が知らない女の子と一緒だった 連はモテるからいつも、周りに女の子がいるのは慣れいてたがもやもやした気持ちになった 女の子は、薄い緑色の髪、ピンク色の瞳、ピンクのフリルのついたワンピース 誰が見ても、愛らしいと思う子だった。 それに比べて、自分は濃い藍色の髪に、水色の瞳、目には大きな黒色の眼鏡 どうみても、女の子よりも女子力が低そうな黄土色の入ったお洋服 どちらが可愛いかなんて100人中100人が女の子のほうが、かわいいというだろう 「こっちを見ている人がいるよ、知り合い?」 可愛い声で連に私のことを聞いているのが聞こえる 「ああ、あれが例の許嫁、氷瀬 美鈴(こおりせ みすず)だ。」 例のってことは、前から私のことを話していたのか。 それだけでも、ショックだった。 その時、連はよしっと覚悟を決めた顔をした 「美鈴、許嫁をやめてくれないか。」 頭を殴られた感覚だった。 いや、それ以上だったかもしれない。 「結婚や恋愛は、好きな子としたいんだ。」 受け入れたくない。 けど、これが連の本心なんだ。 受け入れるしかない 一つだけ、わかったことがある 私は、連に 「許嫁、やめますっ」 選ばれなかったんだ… 八つ当たりの感覚で連に向かって、そして女の子に向かって言った。

処理中です...