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あれから数週間。
私は、意識的に皇宮から距離を置くようになった。
正確に言えば――
第1皇太子殿下、ヴァージル・オルガンテッドから、だ。
皇宮で鉢合わせそうになれば、進路を変える。
同じパーティに呼ばれそうになれば、体調を理由に欠席する。
それがどれほど不自然か、分からないほど子どもではない。
それでも。
あの日、温室で隣に座った彼の横顔が、どうしても脳裏から離れなかった。
十五歳の少年。
まだ何もしていない。
まだ、誰も傷つけていない。
それなのに私は、彼の未来を知っている。
――そして、その未来の中で、私は死ぬ。
理由も分からないまま。
何ひとつ、理解できないまま。
「最近、ヴァージルと一緒にいるところを見かけませんね」
皇后陛下は、庭園を眺めながら、何気ない調子でそう言った。皇室に寄り付かなくなった私を心配して、皇后が個人的に手紙をくださったのだ。
柔らかな風が、ドレスの裾を揺らす。
「……はい」
私は一瞬だけ言葉を探し、それから素直に口を開いた。
「新しく、お友達ができましたので」
自分でも驚くほど、声は落ち着いていた。
「同じ年頃の令嬢たちとご一緒するのが、楽しくて。最近は、そちらで過ごすことが多いのです」
嘘ではない。ヴァージルを避けるようになってから、実際に年頃の近い令嬢のサロンによく顔を出すようになった。
皇后は私の顔をじっと見つめ、それから、ふっと微笑む。
「まあ……それは、素敵なことね」
否定も、探るような色もない。
本当に、嬉しそうだった。
まるで、自分の娘を可愛がるかのように。
「十三歳ですもの。皇子とばかり一緒にいる必要はありませんよ」
その言葉に、胸の奥が少しだけ軽くなる。
「あなたが楽しく過ごしているのなら、それが一番よ」
「ありがとうございます」
私は、心からそう思って頭を下げた。
皇室から距離を置いたことを、どう説明するか。それは、あらかじめ考えていた。
怖いからではない。
嫌いになったからでもない。
ただ、遊ぶ相手が変わっただけ。
そもそもいくら帝国でもっとも権力のある公爵家の一人娘だからって、いつまでも皇子の話し相手をする方が普通ではない。……婚約者でもない限り。
前世で、私はずっと彼を見ていた。
誠実で、静かで、優しい皇太子。
だからこそ、疑わなかった。
だからこそ、最後まで、信じ切ってしまった。
――今世では、同じ場所には立たない。
それだけは、決めている。
皇后が後ほど用があったようで、しばらくして私は自由になった。家に帰ろうと庭園を出た先の回廊で、ヴァージル殿下とすれ違ってしまった。
「シャロン」
呼び止められ、私は足を止める。
この人が、私の名を呼ぶ声が好きだった、なんて。
「最近、君も忙しそうだな」
「はい」
簡潔に答える。
以前の私なら、ここで笑っただろう。
少しだけ距離を詰めようとしただろう。
そしてふたりでお茶でもどうかと誘ったのだろう。
でも今は、しない。
「友人との時間を大切にしていますので」
それは、皇后陛下に話したのと同じ理由。
ヴァージル殿下は、わずかに目を見開いた。
すぐに感情を隠すけれど、その一瞬は確かにあった。
「……そうか」
それ以上、彼は何も言わなかった。
私は一礼し、その場を後にする。
背中に視線を感じた気がしたけれど、振り返らなかった。
この距離が、正しいのかは分からない。
もしかしたら、私は何も悪くない人を遠ざけているのかもしれない。
それでも。
守りたいものがある。
それは、恋でも、未来でもない。
――自分の命だ。
まだ誰も傷ついていない今だからこそ、
私は、静かに一歩、道を変える。
それがたとえ、
あの人の未来を、少し歪めることになったとしても。
それが、十三歳の私にできる、精一杯の選択だった。
私は、意識的に皇宮から距離を置くようになった。
正確に言えば――
第1皇太子殿下、ヴァージル・オルガンテッドから、だ。
皇宮で鉢合わせそうになれば、進路を変える。
同じパーティに呼ばれそうになれば、体調を理由に欠席する。
それがどれほど不自然か、分からないほど子どもではない。
それでも。
あの日、温室で隣に座った彼の横顔が、どうしても脳裏から離れなかった。
十五歳の少年。
まだ何もしていない。
まだ、誰も傷つけていない。
それなのに私は、彼の未来を知っている。
――そして、その未来の中で、私は死ぬ。
理由も分からないまま。
何ひとつ、理解できないまま。
「最近、ヴァージルと一緒にいるところを見かけませんね」
皇后陛下は、庭園を眺めながら、何気ない調子でそう言った。皇室に寄り付かなくなった私を心配して、皇后が個人的に手紙をくださったのだ。
柔らかな風が、ドレスの裾を揺らす。
「……はい」
私は一瞬だけ言葉を探し、それから素直に口を開いた。
「新しく、お友達ができましたので」
自分でも驚くほど、声は落ち着いていた。
「同じ年頃の令嬢たちとご一緒するのが、楽しくて。最近は、そちらで過ごすことが多いのです」
嘘ではない。ヴァージルを避けるようになってから、実際に年頃の近い令嬢のサロンによく顔を出すようになった。
皇后は私の顔をじっと見つめ、それから、ふっと微笑む。
「まあ……それは、素敵なことね」
否定も、探るような色もない。
本当に、嬉しそうだった。
まるで、自分の娘を可愛がるかのように。
「十三歳ですもの。皇子とばかり一緒にいる必要はありませんよ」
その言葉に、胸の奥が少しだけ軽くなる。
「あなたが楽しく過ごしているのなら、それが一番よ」
「ありがとうございます」
私は、心からそう思って頭を下げた。
皇室から距離を置いたことを、どう説明するか。それは、あらかじめ考えていた。
怖いからではない。
嫌いになったからでもない。
ただ、遊ぶ相手が変わっただけ。
そもそもいくら帝国でもっとも権力のある公爵家の一人娘だからって、いつまでも皇子の話し相手をする方が普通ではない。……婚約者でもない限り。
前世で、私はずっと彼を見ていた。
誠実で、静かで、優しい皇太子。
だからこそ、疑わなかった。
だからこそ、最後まで、信じ切ってしまった。
――今世では、同じ場所には立たない。
それだけは、決めている。
皇后が後ほど用があったようで、しばらくして私は自由になった。家に帰ろうと庭園を出た先の回廊で、ヴァージル殿下とすれ違ってしまった。
「シャロン」
呼び止められ、私は足を止める。
この人が、私の名を呼ぶ声が好きだった、なんて。
「最近、君も忙しそうだな」
「はい」
簡潔に答える。
以前の私なら、ここで笑っただろう。
少しだけ距離を詰めようとしただろう。
そしてふたりでお茶でもどうかと誘ったのだろう。
でも今は、しない。
「友人との時間を大切にしていますので」
それは、皇后陛下に話したのと同じ理由。
ヴァージル殿下は、わずかに目を見開いた。
すぐに感情を隠すけれど、その一瞬は確かにあった。
「……そうか」
それ以上、彼は何も言わなかった。
私は一礼し、その場を後にする。
背中に視線を感じた気がしたけれど、振り返らなかった。
この距離が、正しいのかは分からない。
もしかしたら、私は何も悪くない人を遠ざけているのかもしれない。
それでも。
守りたいものがある。
それは、恋でも、未来でもない。
――自分の命だ。
まだ誰も傷ついていない今だからこそ、
私は、静かに一歩、道を変える。
それがたとえ、
あの人の未来を、少し歪めることになったとしても。
それが、十三歳の私にできる、精一杯の選択だった。
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