公女様、前世に用はないですか?

みあはら

文字の大きさ
16 / 22

15.

しおりを挟む


 魔塔は、地上三百メートルにも及ぶ、帝国内で最も高い塔だ。
 皇都から西へ、馬を走らせて四時間ほど。街道を外れ、岩肌の露出した丘陵地帯を抜けた先に、その異様なまでに細く、空を貫く塔はそびえ立っている。

 昼であっても、塔の影は長く地に落ち、まるで周囲の時間の流れすら歪めているかのようだった。
 古今東西、数え切れぬほどの魔術師たちがこの場所で研究を重ね、成果を残し、あるいは何も掴めぬまま去っていった。

 魔塔の、いや――その一室の空気は、いつもよりわずかに重かった。

 魔力の濃度が高いわけではない。結界も平常通りだ。
 それでも、ヴァージルは一歩足を踏み入れた瞬間、皮膚の内側をなぞられるような違和感を覚えた。わずかに居心地の悪さを感じる。

「顔色が良くないな、ヴァージル」

 室内の奥、魔導書と器具に囲まれた机の前で、キャスパーがこちらを見ていた。
 そう言ってから、彼はすぐに言葉を選び直す。

「いや、“魂の輪郭”が歪んでいる、と言うべきか」

 突然の来訪にもかかわらず、キャスパーは驚いた様子を見せなかった。
 まるで、来ることを最初から知っていたかのように、自然に受け入れる。

「夢を見た」

 ヴァージルは、余計な修飾を省いて答えた。

「だが、ただの夢じゃない」

 キャスパーは、すぐに肯いた。

「だろうな。君、動揺してるだろ」

 肩にかかるミルクティー色の髪の束を後ろへ払う仕草は、いつもと変わらないはずなのに、その動きはどこか慎重だった。
 彼は机の端に指を置き、魔導具に触れないよう距離を保ちながら、言葉を選ぶ。

「まず、確認させてほしい。君は“誰かの視点”で、その夢を見たか?」

「……ああ」

「自分ではない身体で?」

「そうだ」

 キャスパーは、そこで一度だけ目を伏せた。
 何か、思い当たる節があるかのように。

「私が断言できることが一つある。それは、私の意思で見せた夢ではない、ということだ」

「なぜ、そう言い切れる」

「私にそれをした覚えがないから」

 即答だった。

「だが、俺が見たのは、お前の夢だった」

「そうだろうな。君から、私の香りがする」

「香り?」

「あぁ。私の魔力でもない――魂の香り、とでも言うべきか」

 キャスパーの言葉に、ヴァージルは無意識に自分の手を見る。
 そこには、もう何も残っていないはずなのに、確かにあの血の温度を思い出せてしまう。

「心当たりがあるとすれば、古代魔術の制約だ」

 キャスパーの声は、魔術師としての冷静さを取り戻していた。

「古代魔術は代償が大きい。もし私がそれを使ったのだとしたら、覚えていなくても無理はない」

 ヴァージルは、わずかに眉を寄せる。

「……」

 キャスパーは、落ち着いた調子で続けた。

「私自身も、“何かがあった”という感覚だけはある。喪失感のような、説明のつかない欠落だ。……この世に生まれた落ちた時から、ずっと」

 彼は自分の胸元に手を当て、確かめるように指先を押し当てる。

「だが、映像も、言葉も、感情の具体的な形も残っていない」

「……それなのに、俺は見れたのか?」

「だからこそだ」

 キャスパーは、静かに結論を置いた。

「恐らく君が見たのは、“記憶そのもの”ではない。私の魂の一部だ」

「魂……?」

「古代魔術の制約の中に、使用者の魂が散り散りとなり時空を彷徨うというものがある」

 一瞬、彼は言葉を探す。

「たとえば――後悔、喪失、怒り。そういうものは、魂に深く刻まれる」

 ヴァージルの脳裏に、鉄の匂いと、床に広がる赤が蘇る。
 そして、名前を呼び続ける掠れた声。

「……シャロンが死んでいた」

 キャスパーの指が、ぴくりと動いた。

「君は、"ヴァージル"としてではなく、“第三者”としてその場にいたな?」

「……ああ」

「なら、それはやはり私の視点だった可能性が高い」

 断定ではない。
 だが、積み上げられた論理は揺るがなかった。

「もし、私の魂の欠片が君に渡ったのだとしたら」

 キャスパーは、ゆっくりと息を吸う。

「考えられる原因は一つしかない」

「古代魔術か」

「そうだ」

 淡々と告げる声は、どこか自嘲を含んでいる。

「恐らく私は、君が見た記憶の中で――極めて危険な古代魔法を行使した」

「だが、お前は覚えていない」

「覚えていないからこそ、成立したとも言える」

 キャスパーは、苦く笑った。

「制約では、術者が回帰前の記憶を残せないようになっている。……そしてその一部が、君に流れた」

 ヴァージルは、ゆっくりと拳を握る。
 その動きに、決意が混じる。

「それは偶然か?」

「偶然、か___」

 キャスパーは、はっきりと首を振った。

「そこまでは、私には分からない。古代魔術には、まだ解明されてない部分も多いんだ」

 一瞬、言葉が途切れる。

「シャロン」

 その名が落ちた瞬間、室内の空気が張り詰めた。

「……彼女は、誰かと結婚していた」

 ヴァージルの声は、低く沈んでいた。

「俺もその場にいたんだ」

「それは……」

 キャスパーは、すぐには答えなかった。

「今の私には、“彼女が死んだ未来が存在した”という可能性までしか言えない」

 だが、と静かに続ける。

「一つだけ、確かなことがある」

「何だ」

「その未来で、君は“何も知らされていなかった”」

 ヴァージルの目が、わずかに見開かれる。

「もし知っていたなら、君は違う選択をしたはずだ」

 重い沈黙が、二人の間に落ちた。

「……皇后か」

 ヴァージルが呟く。

「関与している可能性は、高い」

 キャスパーは慎重に肯定する。

「だが、証拠はない。シャロンは彼女を慕っているし……今は、推測で動くべきではない」

「それでも」

 ヴァージルは、静かに立ち上がった。

「俺は、もう“何も知らずにいる”ことはできない」

「それでいい」

 そして、静かに告げた。

「もしあの未来が、私の失敗の結果だとしたら――今度は、失敗しないために私は君を手伝うよ」

 心強い援護だな、と、ヴァージルは表情を緩めた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

戦いの終わりに

トモ
恋愛
マーガレットは6人家族の長女13歳。長く続いた戦乱がもうすぐ終わる。そんなある日、複数のヒガサ人、敵兵士が家に押し入る。 父、兄は戦いに出ているが、もうすぐ帰還の連絡があったところなのに。 家には、母と幼い2人の妹達。 もうすぐ帰ってくるのに。なぜこのタイミングで… そしてマーガレットの心には深い傷が残る マーガレットは幸せになれるのか (国名は創作です)

優しい雨が降る夜は

葉月 まい
恋愛
浮世離れした地味子 × 外資系ITコンサルのエリートイケメン 無自覚にモテる地味子に 余裕もなく翻弄されるイケメン 二人の恋は一筋縄ではいかなくて…… 雨降る夜に心に届いた 優しい恋の物語 ⟡☾·̩͙⋆☔┈┈┈ 登場人物 ┈┈┈ ☔⋆·̩͙☽⟡ 風間 美月(24歳)……コミュニティセンター勤務・地味でお堅い性格 雨宮 優吾(28歳)……外資系ITコンサルティング会社勤務のエリートイケメン

たとえ夜が姿を変えても ―過保護な兄の親友は、私を逃がさない―

佐竹りふれ
恋愛
重なる吐息、耳元を掠める熱、そして——兄の親友の、隠しきれない独占欲。 19歳のジャスミンにとって、過保護な兄の親友・セバスチャンは、自分を子供扱いする「第二の兄」のような存在だった。 しかし、初めてのパーティーの夜、その関係は一変する。 突然降ってきた、深く、すべてを奪うような口づけ。 「焦らず、お前のペースで進もう」 そう余裕たっぷりに微笑んだセバスチャン。 けれど、彼の言う「ゆっくり」は、翌朝には早くも崩れ始めていた。 学内の視線、兄の沈黙、そして二人きりのアパート――。 外堀が埋まっていくスピードに戸惑いながらも、ジャスミンは彼が隠し持つ「男」の顔に、抗えない好奇心を抱き始める。 「……どうする? 俺と一緒に、いけないことするか?」 余裕の仮面を被るセバスチャンに、あどけない顔で、けれど大胆に踏み込んでいくジャスミン。 理性を繋ぎ止めようとする彼を、翻弄し、追い詰めていくのは彼女の方で……。 「ゆっくり」なんて、ただの建前。 一度火がついた熱は、誰にも止められない。 兄の親友という境界線を軽々と飛び越え、加速しすぎる二人の溺愛ラブストーリー。

異世界に喚ばれた私は二人の騎士から逃げられない

紅子
恋愛
異世界に召喚された・・・・。そんな馬鹿げた話が自分に起こるとは思わなかった。不可抗力。女性の極めて少ないこの世界で、誰から見ても外見中身とも極上な騎士二人に捕まった私は山も谷もない甘々生活にどっぷりと浸かっている。私を押し退けて自分から飛び込んできたお花畑ちゃんも素敵な人に出会えるといいね・・・・。 完結済み。全19話。 毎日00:00に更新します。 R15は、念のため。 自己満足の世界に付き、合わないと感じた方は読むのをお止めください。設定ゆるゆるの思い付き、ご都合主義で書いているため、深い内容ではありません。さらっと読みたい方向けです。矛盾点などあったらごめんなさい(>_<)

替え玉の私に、その愛を注がないで…。~義姉の代わりに嫁いだ辺境伯へ、身を引くはずが……持ちかけられたのは溺愛契約。

翠月 瑠々奈
恋愛
ベルン皇国の辺境伯ソラティスが求めたのは、麗しき皇都の子爵令嬢レイアだった。 しかし、彼の元へ届けられたのは、身代わりに仕立て上げられた妹のラシーヌ。 容姿も性格も全く違う姉妹。 ​拒絶を覚悟したラシーヌだったが、ソラティスは緋色の瞳を向けて一つの「契約」を持ち掛けた。 その契約とは──? ソラティスの結婚の理由、街を守る加護の力。そして、芽生える一つの恋。それに怯える拙い拒み。 ※一部加筆修正済みです。

離婚すると夫に告げる

tartan321
恋愛
タイトル通りです

お兄様「ねえ、イケナイ事をしよっか♡」

小野
恋愛
父が再婚して新しく出来たお兄様と『イケナイ事』をする義妹の話。

幼馴染の許嫁

山見月あいまゆ
恋愛
私にとって世界一かっこいい男の子は、同い年で幼馴染の高校1年、朝霧 連(あさぎり れん)だ。 彼は、私の許嫁だ。 ___あの日までは その日、私は連に私の手作りのお弁当を届けに行く時だった 連を見つけたとき、連は私が知らない女の子と一緒だった 連はモテるからいつも、周りに女の子がいるのは慣れいてたがもやもやした気持ちになった 女の子は、薄い緑色の髪、ピンク色の瞳、ピンクのフリルのついたワンピース 誰が見ても、愛らしいと思う子だった。 それに比べて、自分は濃い藍色の髪に、水色の瞳、目には大きな黒色の眼鏡 どうみても、女の子よりも女子力が低そうな黄土色の入ったお洋服 どちらが可愛いかなんて100人中100人が女の子のほうが、かわいいというだろう 「こっちを見ている人がいるよ、知り合い?」 可愛い声で連に私のことを聞いているのが聞こえる 「ああ、あれが例の許嫁、氷瀬 美鈴(こおりせ みすず)だ。」 例のってことは、前から私のことを話していたのか。 それだけでも、ショックだった。 その時、連はよしっと覚悟を決めた顔をした 「美鈴、許嫁をやめてくれないか。」 頭を殴られた感覚だった。 いや、それ以上だったかもしれない。 「結婚や恋愛は、好きな子としたいんだ。」 受け入れたくない。 けど、これが連の本心なんだ。 受け入れるしかない 一つだけ、わかったことがある 私は、連に 「許嫁、やめますっ」 選ばれなかったんだ… 八つ当たりの感覚で連に向かって、そして女の子に向かって言った。

処理中です...