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しおりを挟む魔塔は、地上三百メートルにも及ぶ、帝国内で最も高い塔だ。
皇都から西へ、馬を走らせて四時間ほど。街道を外れ、岩肌の露出した丘陵地帯を抜けた先に、その異様なまでに細く、空を貫く塔はそびえ立っている。
昼であっても、塔の影は長く地に落ち、まるで周囲の時間の流れすら歪めているかのようだった。
古今東西、数え切れぬほどの魔術師たちがこの場所で研究を重ね、成果を残し、あるいは何も掴めぬまま去っていった。
魔塔の、いや――その一室の空気は、いつもよりわずかに重かった。
魔力の濃度が高いわけではない。結界も平常通りだ。
それでも、ヴァージルは一歩足を踏み入れた瞬間、皮膚の内側をなぞられるような違和感を覚えた。わずかに居心地の悪さを感じる。
「顔色が良くないな、ヴァージル」
室内の奥、魔導書と器具に囲まれた机の前で、キャスパーがこちらを見ていた。
そう言ってから、彼はすぐに言葉を選び直す。
「いや、“魂の輪郭”が歪んでいる、と言うべきか」
突然の来訪にもかかわらず、キャスパーは驚いた様子を見せなかった。
まるで、来ることを最初から知っていたかのように、自然に受け入れる。
「夢を見た」
ヴァージルは、余計な修飾を省いて答えた。
「だが、ただの夢じゃない」
キャスパーは、すぐに肯いた。
「だろうな。君、動揺してるだろ」
肩にかかるミルクティー色の髪の束を後ろへ払う仕草は、いつもと変わらないはずなのに、その動きはどこか慎重だった。
彼は机の端に指を置き、魔導具に触れないよう距離を保ちながら、言葉を選ぶ。
「まず、確認させてほしい。君は“誰かの視点”で、その夢を見たか?」
「……ああ」
「自分ではない身体で?」
「そうだ」
キャスパーは、そこで一度だけ目を伏せた。
何か、思い当たる節があるかのように。
「私が断言できることが一つある。それは、私の意思で見せた夢ではない、ということだ」
「なぜ、そう言い切れる」
「私にそれをした覚えがないから」
即答だった。
「だが、俺が見たのは、お前の夢だった」
「そうだろうな。君から、私の香りがする」
「香り?」
「あぁ。私の魔力でもない――魂の香り、とでも言うべきか」
キャスパーの言葉に、ヴァージルは無意識に自分の手を見る。
そこには、もう何も残っていないはずなのに、確かにあの血の温度を思い出せてしまう。
「心当たりがあるとすれば、古代魔術の制約だ」
キャスパーの声は、魔術師としての冷静さを取り戻していた。
「古代魔術は代償が大きい。もし私がそれを使ったのだとしたら、覚えていなくても無理はない」
ヴァージルは、わずかに眉を寄せる。
「……」
キャスパーは、落ち着いた調子で続けた。
「私自身も、“何かがあった”という感覚だけはある。喪失感のような、説明のつかない欠落だ。……この世に生まれた落ちた時から、ずっと」
彼は自分の胸元に手を当て、確かめるように指先を押し当てる。
「だが、映像も、言葉も、感情の具体的な形も残っていない」
「……それなのに、俺は見れたのか?」
「だからこそだ」
キャスパーは、静かに結論を置いた。
「恐らく君が見たのは、“記憶そのもの”ではない。私の魂の一部だ」
「魂……?」
「古代魔術の制約の中に、使用者の魂が散り散りとなり時空を彷徨うというものがある」
一瞬、彼は言葉を探す。
「たとえば――後悔、喪失、怒り。そういうものは、魂に深く刻まれる」
ヴァージルの脳裏に、鉄の匂いと、床に広がる赤が蘇る。
そして、名前を呼び続ける掠れた声。
「……シャロンが死んでいた」
キャスパーの指が、ぴくりと動いた。
「君は、"ヴァージル"としてではなく、“第三者”としてその場にいたな?」
「……ああ」
「なら、それはやはり私の視点だった可能性が高い」
断定ではない。
だが、積み上げられた論理は揺るがなかった。
「もし、私の魂の欠片が君に渡ったのだとしたら」
キャスパーは、ゆっくりと息を吸う。
「考えられる原因は一つしかない」
「古代魔術か」
「そうだ」
淡々と告げる声は、どこか自嘲を含んでいる。
「恐らく私は、君が見た記憶の中で――極めて危険な古代魔法を行使した」
「だが、お前は覚えていない」
「覚えていないからこそ、成立したとも言える」
キャスパーは、苦く笑った。
「制約では、術者が回帰前の記憶を残せないようになっている。……そしてその一部が、君に流れた」
ヴァージルは、ゆっくりと拳を握る。
その動きに、決意が混じる。
「それは偶然か?」
「偶然、か___」
キャスパーは、はっきりと首を振った。
「そこまでは、私には分からない。古代魔術には、まだ解明されてない部分も多いんだ」
一瞬、言葉が途切れる。
「シャロン」
その名が落ちた瞬間、室内の空気が張り詰めた。
「……彼女は、誰かと結婚していた」
ヴァージルの声は、低く沈んでいた。
「俺もその場にいたんだ」
「それは……」
キャスパーは、すぐには答えなかった。
「今の私には、“彼女が死んだ未来が存在した”という可能性までしか言えない」
だが、と静かに続ける。
「一つだけ、確かなことがある」
「何だ」
「その未来で、君は“何も知らされていなかった”」
ヴァージルの目が、わずかに見開かれる。
「もし知っていたなら、君は違う選択をしたはずだ」
重い沈黙が、二人の間に落ちた。
「……皇后か」
ヴァージルが呟く。
「関与している可能性は、高い」
キャスパーは慎重に肯定する。
「だが、証拠はない。シャロンは彼女を慕っているし……今は、推測で動くべきではない」
「それでも」
ヴァージルは、静かに立ち上がった。
「俺は、もう“何も知らずにいる”ことはできない」
「それでいい」
そして、静かに告げた。
「もしあの未来が、私の失敗の結果だとしたら――今度は、失敗しないために私は君を手伝うよ」
心強い援護だな、と、ヴァージルは表情を緩めた。
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