公女様、前世に用はないですか?

みあはら

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19.

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 ベルトン商会__帝国で力をつけている商会の名だ。帝国のどこに行っても、必ずベルトン商会の息のかかった店がある。
 商会長は、皇后の腹違いの妹・ロクサナの夫、イレイス=ベルトンだ。
 そして、その商会の一人娘__モエナ=ベルトンが、最近よく皇宮に訪れるようになった。
 表向きは、皇后にロクサナからのプレゼントや商品を持参するため。だが、皇后にとっては、それだけではないらしい。

「ヴァージル殿下!」

 パタパタと遠くから足音が聞こえる。
 最近、よく聞く声だ。

「……ベルトン嬢」

 ここの所、皇后の所に来る度に、彼女は俺の元を尋ねるようになった。平民とはいえ皇后の姪という事もあり、咎めるものは誰もいない。

「今日は、殿下にも、お渡ししたいものがあって!」

 息を切らせながら、彼女はバスケットに手を伸ばす。そこから取り出したのは、籠に詰められた、色とりどりの焼き菓子だった。

「――これは、ベルトン嬢が手作りしたものですか?」

 ヴァージルは目を細める。これを受け取っていいものか。
 婚約者のいない俺に、皇后があてがおうとしていることは、あまり考えずともわかった。モーフェットに並ぶような有力な貴族ではなく、あくまで自分側の人間を選ぶところが、抜かりない。

「はい!殿下に食べていただきたくて……」

 はにかむ笑顔。ふわりと香る花の匂い。
 商会長の厳格さを知っているだけに、この無邪気さが不思議なほどに新鮮だった。

「ありがとう、いただこう」

 俺がそう答えると、モエナは嬉しそうに頷き、少しだけ距離を取って笑った。
 その仕草の柔らかさに、心のどこかが微かに緩むのを感じた――

(……まだ、皇后が何を考えているかはわからない。だが、利用する価値くらいはあるだろう)

 籠を抱えた手元で、俺は思案する。
 モエナは無垢だ。だが、皇后の計略の一部として自分の前に現れる彼女に、無意識に距離を測る自分もいる。

「では、少し散歩でもしながら食べませんか?」

「えっ!いいんですか?」

 俺の言葉に、モエナの目がぱっと輝く。
 外は春の陽光が柔らかく降り注ぎ、歩くには絶好の天気だった。

(……見極めなければ)

 ヴァージルの心は、警戒と好奇心が入り混じった複雑な感情で揺れる。
 春風に乗って、モエナの髪がふわりと揺れるたび、鼻先をくすぐる嗅ぎなれない優しい香り。
 __そういえばあの子からは、いつもクチナシの香りがした。あの子も昔はこんな風に無邪気で____
 
「ヴァージル殿下?」

 ハッと目の前の少女に目線を戻す。

「あ、あぁ……行こう」

 お城の近くに、お花が綺麗な広場があるんです。というモエナに連れられ、俺は皇宮を後にした。




____________
******



 シャロンは、兄――キャスパーと共に街を歩いていた。
 市場の石畳は、春の陽光に照らされてきらきらと輝いている。

「キャスパーお兄様、お母様のお部屋にはどれがいいでしょうか」
「シェリーが選んだものなら、なんでも喜ぶよ」

 花屋の前で立ち止まり、シャロンはカゴの中のハーブや切り花を手に取りながら、ふと視界の隅に目をやった。

 遠く、広場のほうから――
 見覚えのある背中と、小さな影。

(……ヴァージル……?)

 隣には小柄な少女がいた。
 美しい金の髪に、春風が優しく絡み、ふわりと揺れる。
 無垢な笑顔と幸せいっぱいのオレンジの瞳をヴァージルに向け、ベンチに座り籠に詰められた焼き菓子を差し出している。

(……モエナ……ベルトン嬢?)

 二人は自然な距離で寄り添っていた。
 人々の行き交うざわめきの中、二人だけが穏やかな時間に包まれているようだった。
 私は思わず花を選ぶ手を止めた。
 胸の奥が微かに痛む。嫉妬、警戒、胸の奥でくすぶる思い。
 ヴァージルは籠からひとつ菓子を取り、口元に運ぶ。
 柔らかい陽光が彼のサファイアの瞳を照らし、微かに笑みを浮かべた瞬間、シャロンの胸はぎゅっと締め付けられた。

(……私の前で、あんな風に笑ってくれたことは、あったかしら)

 モエナは、無邪気に笑い、言葉を弾ませる。そこには打算も計算もなく――ただ楽しんでいる様子だった。

 シャロンは自分の手元に視線を落とす。
 カゴの中の花を握りしめ、息を整える。

「シェリー?」

 キャスパーが私を呼ぶ声が、どこか現実では無いもののように感じる。
 ヴァージルは、モエナの無垢さに微笑みながらも、時折視線をそっと外し、周囲を観察している。
 無意識かもしれないけれど、確かに警戒の色があった。
 もし私に見つかりでもしたら、邪魔されるのではないか__そんな風に、思っているのだろうか。

(……バカね)

 キャスパーが気づかぬよう、少し距離を取り、二人の後ろ姿を見守る。

「……あれ?シャロ?」

 私の名を呼んだのは、兄ではなかった。

「……アモンドお従兄様!?」

「どうしたんだ?こんな所で突っ立って……」

 慌てて振り返るも、遅かった。アモンドは私が視線を向けていた先をじっと見つめる。

「……ヴァージル殿下か」

「ち、違うわ!えっと、花が、そう!花が綺麗だなって……」

 誤魔化そうと言葉を詰まらせていると、アモンドの後ろからひょこっと少女が顔を覗かせる。

「レモネ!」

「シャロンお従姉様、ごきげんよう!」

 レモネとアモンドは、性別と年齢さえ違えど、その容姿はよく似ている。帝国では珍しい漆黒の髪に赤い瞳。2人とも、ルウェリン家に婿養子に入った叔父にそっくりだ。

「ごきげんよう、レモネ。今日は兄様と出かけているの?」

「はい!兄様が、美味しいかぬれ?屋さんを教えてくださったんです!」

 頬を抑えながら嬉しそうに話す従妹の姿は、とても愛らしい。

「なんだ、アモンドとレモネじゃないか」

 私たちに気付いたキャスパーが合流する。兄の姿を見て、アモンドはギョッと驚いた顔をした。

「き、キャスパー!?お前、本物か?」

「幽霊でも見たような反応だな」

 しばらく休みを取って屋敷に帰ってきていることを話すと、アモンドは嬉しそうに身を乗り出した。

「ちょうど良かった!キャスパー、お前に話があったんだ!」

「私はない」

「いいから!シャロ!ちょっと兄貴借りてくな!」

 アモンドはキャスパーを連れ、ルウェリン家の馬車に乗り込む。レモネも慌ててその後を追いかけた。
 1人取り残された私は、仕方なく1人モーフェット家の馬車に乗り、帰ろうとしたところで____

「……シャロン?」

 今一番、聞きたくない声を聞いてしまったのだ。
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