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しおりを挟むベルトン商会__帝国で力をつけている商会の名だ。帝国のどこに行っても、必ずベルトン商会の息のかかった店がある。
商会長は、皇后の腹違いの妹・ロクサナの夫、イレイス=ベルトンだ。
そして、その商会の一人娘__モエナ=ベルトンが、最近よく皇宮に訪れるようになった。
表向きは、皇后にロクサナからのプレゼントや商品を持参するため。だが、皇后にとっては、それだけではないらしい。
「ヴァージル殿下!」
パタパタと遠くから足音が聞こえる。
最近、よく聞く声だ。
「……ベルトン嬢」
ここの所、皇后の所に来る度に、彼女は俺の元を尋ねるようになった。平民とはいえ皇后の姪という事もあり、咎めるものは誰もいない。
「今日は、殿下にも、お渡ししたいものがあって!」
息を切らせながら、彼女はバスケットに手を伸ばす。そこから取り出したのは、籠に詰められた、色とりどりの焼き菓子だった。
「――これは、ベルトン嬢が手作りしたものですか?」
ヴァージルは目を細める。これを受け取っていいものか。
婚約者のいない俺に、皇后があてがおうとしていることは、あまり考えずともわかった。モーフェットに並ぶような有力な貴族ではなく、あくまで自分側の人間を選ぶところが、抜かりない。
「はい!殿下に食べていただきたくて……」
はにかむ笑顔。ふわりと香る花の匂い。
商会長の厳格さを知っているだけに、この無邪気さが不思議なほどに新鮮だった。
「ありがとう、いただこう」
俺がそう答えると、モエナは嬉しそうに頷き、少しだけ距離を取って笑った。
その仕草の柔らかさに、心のどこかが微かに緩むのを感じた――
(……まだ、皇后が何を考えているかはわからない。だが、利用する価値くらいはあるだろう)
籠を抱えた手元で、俺は思案する。
モエナは無垢だ。だが、皇后の計略の一部として自分の前に現れる彼女に、無意識に距離を測る自分もいる。
「では、少し散歩でもしながら食べませんか?」
「えっ!いいんですか?」
俺の言葉に、モエナの目がぱっと輝く。
外は春の陽光が柔らかく降り注ぎ、歩くには絶好の天気だった。
(……見極めなければ)
ヴァージルの心は、警戒と好奇心が入り混じった複雑な感情で揺れる。
春風に乗って、モエナの髪がふわりと揺れるたび、鼻先をくすぐる嗅ぎなれない優しい香り。
__そういえばあの子からは、いつもクチナシの香りがした。あの子も昔はこんな風に無邪気で____
「ヴァージル殿下?」
ハッと目の前の少女に目線を戻す。
「あ、あぁ……行こう」
お城の近くに、お花が綺麗な広場があるんです。というモエナに連れられ、俺は皇宮を後にした。
____________
******
シャロンは、兄――キャスパーと共に街を歩いていた。
市場の石畳は、春の陽光に照らされてきらきらと輝いている。
「キャスパーお兄様、お母様のお部屋にはどれがいいでしょうか」
「シェリーが選んだものなら、なんでも喜ぶよ」
花屋の前で立ち止まり、シャロンはカゴの中のハーブや切り花を手に取りながら、ふと視界の隅に目をやった。
遠く、広場のほうから――
見覚えのある背中と、小さな影。
(……ヴァージル……?)
隣には小柄な少女がいた。
美しい金の髪に、春風が優しく絡み、ふわりと揺れる。
無垢な笑顔と幸せいっぱいのオレンジの瞳をヴァージルに向け、ベンチに座り籠に詰められた焼き菓子を差し出している。
(……モエナ……ベルトン嬢?)
二人は自然な距離で寄り添っていた。
人々の行き交うざわめきの中、二人だけが穏やかな時間に包まれているようだった。
私は思わず花を選ぶ手を止めた。
胸の奥が微かに痛む。嫉妬、警戒、胸の奥でくすぶる思い。
ヴァージルは籠からひとつ菓子を取り、口元に運ぶ。
柔らかい陽光が彼のサファイアの瞳を照らし、微かに笑みを浮かべた瞬間、シャロンの胸はぎゅっと締め付けられた。
(……私の前で、あんな風に笑ってくれたことは、あったかしら)
モエナは、無邪気に笑い、言葉を弾ませる。そこには打算も計算もなく――ただ楽しんでいる様子だった。
シャロンは自分の手元に視線を落とす。
カゴの中の花を握りしめ、息を整える。
「シェリー?」
キャスパーが私を呼ぶ声が、どこか現実では無いもののように感じる。
ヴァージルは、モエナの無垢さに微笑みながらも、時折視線をそっと外し、周囲を観察している。
無意識かもしれないけれど、確かに警戒の色があった。
もし私に見つかりでもしたら、邪魔されるのではないか__そんな風に、思っているのだろうか。
(……バカね)
キャスパーが気づかぬよう、少し距離を取り、二人の後ろ姿を見守る。
「……あれ?シャロ?」
私の名を呼んだのは、兄ではなかった。
「……アモンドお従兄様!?」
「どうしたんだ?こんな所で突っ立って……」
慌てて振り返るも、遅かった。アモンドは私が視線を向けていた先をじっと見つめる。
「……ヴァージル殿下か」
「ち、違うわ!えっと、花が、そう!花が綺麗だなって……」
誤魔化そうと言葉を詰まらせていると、アモンドの後ろからひょこっと少女が顔を覗かせる。
「レモネ!」
「シャロンお従姉様、ごきげんよう!」
レモネとアモンドは、性別と年齢さえ違えど、その容姿はよく似ている。帝国では珍しい漆黒の髪に赤い瞳。2人とも、ルウェリン家に婿養子に入った叔父にそっくりだ。
「ごきげんよう、レモネ。今日は兄様と出かけているの?」
「はい!兄様が、美味しいかぬれ?屋さんを教えてくださったんです!」
頬を抑えながら嬉しそうに話す従妹の姿は、とても愛らしい。
「なんだ、アモンドとレモネじゃないか」
私たちに気付いたキャスパーが合流する。兄の姿を見て、アモンドはギョッと驚いた顔をした。
「き、キャスパー!?お前、本物か?」
「幽霊でも見たような反応だな」
しばらく休みを取って屋敷に帰ってきていることを話すと、アモンドは嬉しそうに身を乗り出した。
「ちょうど良かった!キャスパー、お前に話があったんだ!」
「私はない」
「いいから!シャロ!ちょっと兄貴借りてくな!」
アモンドはキャスパーを連れ、ルウェリン家の馬車に乗り込む。レモネも慌ててその後を追いかけた。
1人取り残された私は、仕方なく1人モーフェット家の馬車に乗り、帰ろうとしたところで____
「……シャロン?」
今一番、聞きたくない声を聞いてしまったのだ。
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