公女様、前世に用はないですか?

みあはら

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18.

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 デュクセル殿下からの呼び出しは、驚くほど突然のものだった。

「少し、お茶でもどうかな」

 皇宮の侍従が殿下からの手紙を持ってきた時、私は一瞬だけ言葉に詰まった。
 断る理由はない。けれど、行けば何かが動く気がして――その予感が、胸の奥で小さく波立った。

 通されたのは、いつも通っていた皇后の私庭ではなく、離宮に近い小さなサロンだった。
 大きな窓からは庭園が見え、陽の光が柔らかく差し込んでいる。

「来てくれてありがとう、シャロン嬢」

 先に待っていたデュクセル殿下は、席を立って迎えてくれた。
 形式張りすぎない、その態度に、少しだけ肩の力が抜ける。

「こちらこそ、お招きいただきありがとうございます」

 向かい合って腰を下ろすと、侍女が静かに紅茶を注いだ。
 花の香りが、ふわりと立ち上る。

 一口含んで、ようやく気づく。
 これは、私の好みだ。

(……調べた、というより、気に留めていたのね)

 そう思っただけで、少し居心地が悪くなった。

「緊張している?」

 デュクセル殿下は、くすりと笑う。
 少し癖のある栗色の髪の毛が、ふわりと揺れた。デュクセルの髪色は皇后譲りのもの。そして宝石のような金色の瞳は、皇帝譲りだった。まるで、この国の皇室の象徴のような皇子様。

「いいえ……少し、驚いているだけです」

「僕たち、年は近いのに、2人きりで話す機会はあまり無かったよね」

 殿下はカップを置き、窓の外へ視線を向ける。

「最近、色んなところで君の名前をよく聞くよ」

 来た、と心の中で思う。
 否定も肯定も出来ず、私はただ頷いた。

「……社交界は、噂話が好きですから」

「噂は、いつも事実より早く走るからね」

 静かな声だった。

「でも、全部が嘘というわけでもない」

 殿下は、こちらをまっすぐに見る。
 その視線に、値踏みの色はない。ただ、確かめるような真剣さがあった。

「正直に言うね。皇后は、君を気に入っている」

 分かっていた。
 それでも、胸の奥がわずかに冷える。

「それは、君が優秀で、好ましくて――そして、公爵家の娘だからだ」

 言葉を選びながら、殿下は続ける。

「そして、君が兄上から距離を置いたことも、皇后からしたら都合が良かった」

 指先が、無意識にカップの縁をなぞる。
 まるで、気持ちの行き場を探すように。

「……それは、私の未熟さです」

「違う」

 即座に、否定された。

「君が、自分で考えて選んだ結果だろう」

 その言い方に、少しだけ救われる。

「シャロン嬢」

 殿下は、少しだけ姿勢を正した。

「もし、君が望むなら――僕たちの婚約の話は、進むだろう」

 やはり、そこに行き着くのだ。

「でも」

 殿下は、真っ直ぐに私を見た。

「君は、どう思っている?」

 問いは、静かだった。
 逃げ場のない、問いだった。私の気持ちを確かめるように、金色の瞳が私を見据える。

「私は……」

 言葉を探しながら、胸に浮かぶのは、剣を振る背中だった。ただ黙々と前を見ていた、あの人。今は結ばれないとわかっていても、簡単に忘れられるものでも無い。

「……最近、失恋したんです。だから今は、考えられません」

 ようやく、それだけを口にする。

 デュクセル殿下は、少しだけ目を細めた。

「正直だね」

 そして、微笑む。

「安心した」

「……え?」

「君が、何も考えずに流される人じゃないと分かったから」

 殿下は、紅茶を一口飲んだ。

「僕は、君を可愛いと思っているよ」

 あまりにも率直で、思わず息を詰めた。

「でも、それ以上に――君を、皇宮の駒にはしたくない」

 胸の奥が、静かに揺れる。

「母上は、きっと急がない。でも、止まりもしない」

 それが、忠告だと分かった。

「だから、君が選ぶ時間は、思っているほど長くないかもしれない」

 私は、視線を伏せる。

「……殿下は、どうなさるのですか」

「僕?」

 彼は少し困ったように笑った。

「君に選んでもらえるように、頑張ってみようかな?」

 口調は軽く、私に重荷を負わせないよう、気を遣ってくれているのが伝わる。

「でも、選ばれなければ――それも受け入れる」

 その覚悟が、逆に痛かった。

「兄上のことも、無理に忘れなくていい」

 その一言で、胸が締めつけられる。

「君の人生は、君のものだから」

 私に言ってくれている言葉のはずなのに、何故かその言葉は、殿下が自信に言い聞かせているようにも思えた。

 サロンに、静かな沈黙が落ちる。
 窓の外で、鳥が羽ばたいた。
 私は、自分の手を見つめる。

(守られている)

 兄に。
 両親に。
 殿下に。
 自分の身には余るくらい。

「……ありがとうございます」

 精一杯の言葉だった。
 デュクセル殿下は、穏やかに笑う。

 サロンを出る時、背中に感じたのは圧力ではなく、静かな猶予だった。

(私は、選ばなければならない)

 私が、生きるための未来を、
 私の意志で。

 選ばせてもらえる。その重さを、ようやく、はっきりと自覚しながら。
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