追放守護者の影光譚〜用済みだと追放され、平和な大陸に流れ着くもスローライフなんてする訳ない。〜

カツラノエース

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第2話「異邦の戦士、初めての依頼」

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 村は、穏やかだった。

 草木が揺れ、小川が流れ、子どもたちの笑い声が遠くで聞こえる。
 ライゼンにとって、それは異様な風景だった。

 ヴァルメルでは、生きている者は皆、怯え、隠れ、叫んでいた。
 ここでは――風が、あまりにも静かだった。

「着いたよ! ここが私たちの街、“ラシェル”!」

 リィナが明るく手を広げて見せた。
 小さな街だった。木造の家々が並び、道は土のまま。だが人々の顔には余裕があり、皆、穏やかに暮らしていた。

 あの後、ライゼンはこの新たな大陸で始めて出会った3人に連れられ、彼女らも住んでいるという街、ラシェルに案内されていた。

「……匂いが違うな」

 ライゼンがぽつりと呟くと、ルークが振り返った。

「腐臭も血の臭いもしない、って意味か?」

「ああ。……ここは、本当に“平和”なのか?」

 その問いに、ルークは少し考え込んだが、やがて静かに頷いた。

「お前の住んでいた大陸の事は知らないが。おそらくその大陸よりは、な」

 セリアがその会話に割り込む。

「ここは大陸の端よ?、当然強い魔物も少ないわ。だからこそ、私たちみたいな“半人前”でも冒険者として活動できるのよ」

 ライゼンの目が、ふと鋭くなった。

「……魔物が少ないから、生きていられる、か。……甘いな」

 その言葉に、リィナが少しムッとした顔をした。

「じゃあ、何?強い魔物がうようよいるところに住んじゃえって?そんなの、無理に決まってるじゃん!」

 ライゼンは黙ったまま、少しだけ視線を落とした。

(……そうだな。“生きてる”こと自体が奇跡のような場所で、俺は……)

 思考を止め、彼は歩き出す。

「とりあえず、案内を続けてくれ。情報が必要だ」

 ◇ ◇ ◇

 街の中心部には、石造りの小さな建物があった。
 上には看板――〈冒険者ギルド ラシェル支部〉と書かれている。

「ここが私たちのギルドよ。田舎だけど、ちゃんと活動拠点になってるの」

 セリアが説明する傍ら、ライゼンは無言で建物を見上げた。

(……支部、ということは。組織化されている……国家とは別の独立組織か?)

 ヴァルメルではあり得なかった概念に、彼は警戒心をわずかに強める。
 だが同時に、観察するようにギルド内部へと足を踏み入れる。

 中は、木造の受付カウンターと、数本の掲示板。それから椅子とテーブルが並ぶ食堂のようなスペース。
 リィナたちは親しげに手を挙げながら、受付の若い男に声をかけた。

「おじさーん、ただいまー!」

「“おじさん”では無い。ハイルだ。で、そっちの黒ずくめは?」

 男の視線が、ライゼンに移る。
 無言でにらみ返すような鋭い目。

「……拾ったの。いや、正確には“助けた”って言いたいけど……」

 リィナはライゼンを発見した時からこの村に連れてきたまでの説明をする。それを聞いた受付の男は少しだけ考え、やがて頷いた。

「ふむ。まぁ、特別待遇ってわけでは無いが……話に聞いた感じは今までに無いタイプの異邦人か。。空き部屋ならある。ギルド登録するなら、身元確認は必要だが、当面の寝床くらいは融通利かせる。」

 (ギルド登録……?)
 聞き馴染みの無い言葉に頭は中々的確な判断をしないが――悪意が無い事は分かる。とりあえずここは、

「感謝する」

 ライゼンはそう一言だけ返した。
 だが、その声音に礼を伝えるような“人間味”は、ほとんど感じられなかった。

 ハイルは、ちょっと肩をすくめてから言う。

「ふむ、もう少し愛想という物を覚えたらどうだ、?」

 ◇ ◇ ◇

 その夜、ライゼンはギルドの上階、使われていなかった小さな部屋で一人、窓の外を見つめていた。
 月は、やけに青く光っていた。

(……俺は、生きている。)

 壁に立てかけられた黒い剣が、月光を鈍く反射していた。

 ここは、ヴァルメルではない。
 魔法というヴァルメルには存在しなかった物があり、人々が笑い、陽が差す世界。だが同時に――。

(ここも、いずれ“戦場”になるかもしれん)

 敵意なき世界に触れながらも、彼の本能は、剣を離すことを許さなかった。

 その夜。
 ライゼン・ヴァールの“第二の人生”が、静かに幕を開けた――。

 ◇ ◇ ◇
 
 朝――。

 ギルドの窓から差し込む陽光に、ライゼンは静かに目を覚ました。
 眠りは浅かった。いや、目を閉じていた時間のほとんどが、感覚の調整と記憶の整理に費やされていた。

(体は動く。深部筋にも損傷はなし。……あの嵐を越えて、この程度の傷で済んだのは奇跡か)

 ベッドから静かに身を起こすと、近くに置かれた黒い剣の柄に指先を触れた。
 それだけで、全身の神経が研ぎ澄まされる。

(……ここは、甘い。だが、油断すれば命を落とすのはどの世界でも同じだ)

 着替えも装備も最低限しかない。だが、剣があれば十分だった。
 そう、彼は信じている。

 階段を下り、ギルドの食堂に入ると、既に見慣れた三人の姿があった。

「おー! ライゼン、おはよー!」

 元気な声で手を振るリィナ。
 彼女の笑顔は、あまりにも無防備で、だからこそ危うい。

「おはよう、ライゼン。昨夜は、ちゃんと眠れたかしら?」

 セリアの落ち着いた声。彼女の視線はいつも穏やかで、だがどこか本質を見透かすようでもある。

「……無理だったろうな。あんな場所から流れ着いてきたんだ、すぐに慣れるわけがない」

 ルークの言葉は淡々としていた。だが、言葉の奥には理解と敬意がにじんでいる。

 ライゼンは、黙って頷くと、空いていた椅子に腰を下ろした。

「……食事は?」

「今持ってくる! ここのパン、焼きたてで美味しいんだよ!」

 リィナが立ち上がり、小走りで厨房の方へ消えていく。
 その軽やかな足音に、ライゼンはふと目を細めた。

(……こんな日常が、存在しているとは)

 ヴァルメルでの生活とは、すべてが違う。
 あちらでは、一瞬の油断が死を招いた。笑うことすら、命を削る行為だった。

「……どうして、俺を助けた」

 唐突にライゼンが口を開いた。
 その問いに、セリアが少しだけ目を見開く。

「……どうしてって……?」

「流れ着いた男に剣を向ける方が、合理的だ。少なくとも、判断材料のない相手に背を見せるのは――危険だろう」

 その冷たい視線に、ルークが小さく笑う。

「……お前は間違ってない。だが、“それが正しい”ばかりじゃ、世の中は回らない」

 そう呟いた時、リィナがパンを抱えて戻ってきた。

「うわっ、なに? なんかシリアスな空気だった?」

「別に。……朝から死んだ目で黙々とパン食うなよ、リィナ」

「えー! でもさ、これが美味しいんだってば!」

 言って、パンを差し出してくる。
 ライゼンは、ほんのわずかに躊躇したが――受け取った。

「……礼を言う」

「うん!」

 それは、些細なやりとりだった。だが、ヴァルメルにはなかった“やりとり”だった。

(……この世界には、“無駄”がある。だが、それが心を――)

「さて。朝飯も食ったし、今日は“初依頼”行ってみよっか!」

 リィナが立ち上がり、勢いよく拳を掲げる。

「初、だと?」

「うん。ライゼンと一緒に行くのは初めてだからね! ちょうど軽めの依頼があるって、受付のおじさんが言ってたの!」

「……軽めの依頼、か。俺が戦える人間だと判断したんだな。」
「戦えなくても連れてくよ~?それか戦えない?大丈夫だよ軽めだから~!」
「無論、行かせてもらう。それよりも――」

 「軽め」その言葉に、ライゼンの瞳がわずかに細くなる。

「――油断はするな。命を落とすのは、“簡単”だ」

 そう言って立ち上がる姿に、ルークは思わず呟いた。

「……やはり、ただ者ではないよな」
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