【完結】今後の鉈枠は、

ほわとじゅら

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第一章 ソシャゲの課金を止めるには?

#25:はじまりのようなもの

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「いや別に良いけど。智景くんには今回いろいろと協力してもらったからさ。今日は別のスペース借りて配信できたから」

「良くない。本当にごめん! ほら紫煙しえんも謝って!」

 智景が正座する隣で、ガタイの良い男がもう一人。紫煙と呼ばれた田茂晋也は、金髪の長い髪を掻き上げて、軽く前かがみで頭を下げた。

「スマン。ムネタケ。久々に2カ月ぶり帰ってきて、智景を見たら寂しさと恋しさが同時に込み上げちまってさ!」

 ゴリラみたいなムキムキの体に黒いタンクトップに迷彩柄のパンツ姿の男は、もう10月なのに寒くないのだろうか。こいつはいつも年中薄着で中南米をフラフラしてるから、季節感のない服で過ごすのは常なのだろうか。

「む・な・た・け。俺の名は宗武です。ムネタケじゃない。もう好い加減覚えてくださいよ!」

「あれ。そうだっけ?」

 全く詫び淹れる様子もなく、毎度毎度、俺の名前を間違える。ワザと言ってるんじゃないかとさえ疑いたくなるが、彼がまともに認識する名前は恋人の名前だけなのだ。

「そういや紫煙さんのチャンネルは、世界一周旅行を達成したじゃないですか。エコノミーで一周、ビジネスで一周。大型クルーズで大陸横断して一周して、次は、いつどこへ行くんですか?」

 世界を旅する配信者は、中南米が最もお気に入りで割と危険な地域も平気で行ったりする。いつか撃たれて死ぬか、誘拐されて日本政府に身代金要求が来たりしないか、危険な可能性を俺はつい考えてしまう。

 俺よりも3つ年上なだけなのに、何百か国を渡る海外旅行に手馴れたワイルドな大人だ。

「いやまだ次は決まってないけど候補がいくつかね。決まったら直ぐ出る」

 俺としては、今すぐにでも旅に出てほしい。チャンネル活動名は紫煙という名前で配信者をやっているのは、昔からずっとヘビースモーカーだったから。彼のことをリスナーが――紫煙――と呼び始めたのがキッカケだ。

 しかし智景に一目惚れした彼は3年前から禁煙を始めた。半年後、禁煙が続いて全く匂いがしないと副流煙がダメな智景がOKして付き合いだしたのだ。

「あのね宗武くん。紫煙と少し話をしたんだけど、実は箱根の温泉に行こうと思ってて」

「おお。良いじゃないか!」

「宗武くんも行く?」

 智景が首を傾げながら聞いてきた。なぜ恋人同士で温泉旅行に行く計画に俺が含まれるのだろうか。

「え、俺は配信有るし。温泉には興味ないから行かないよ?」

「急に悪いな。智景が、たまには三人でどこかに行こうかと提案してさ」

 紫煙がぼそりと呟く。少し面白くなさそうに、息を付いた。

 恐らく滅多に帰って来ない隣人、田茂晋也が帰国して、デートだけじゃなく、三人での思い出を作ろうと智景なりの考えなのだろう。

「いやいやいや。俺は全然大丈夫だから。むしろリスナーたちの悩みを調べたりする時間とか取りたいし、調査にも行くことがあるし、これでも結構やることがあるからさ。俺に気を使わないで、二人で行って来てくれよ!」

「本当に良いの?」

 まあるい智景の瞳に上目遣いで見つめられる。この視線は紫煙をメロメロにするが、俺には効かない。可愛らしい小動物に旅の同行を求められても、全くタイプじゃないからハッキリ断りを入れた。

「いいっていいって。俺は配信に専念するからさ。あ、そうそう。そういえば、このマンション近くにあるシェアキッチンに、俺の昔の高校時代の先輩がパティシエとしてデザートを目の前で作って提供する店を開いたんだ。クリスマス時期まで営業してるからさ、良かったら予約して食べに行ってみてくれ!」

 つい先ほど配信スペースを借りて、飯とデザートを奢ってくれたのだ。御礼の一環として先輩の店を、ちゃんと宣伝しておかなくては。

 智景も紫煙も、目をパチパチとさせて俺を見る。近くにオープンした店のことを、まだ二人とも知らないようで、どんな甘い物を出すのか訊ねられた。

 俺は、先輩が作ってくれた仙草ゼリーのデザートのことを話した。話している内に、智景と紫煙が配信部屋を使えなかったことへの詫びに甘い物を今度奢ってくれると提案された。

 またも奢りの約束に断る術などない。もちろん快諾した。

 あの華麗な手さばきで、ライブキッチン上で作る先輩の甘い菓子にありつけるのなら何度でも行きたい。

 再び来訪できると思うと少し胸が高鳴る。とうにも再燃してくるような。

 遥か昔、ふわっとなくなってしまった角砂糖のように脆くて崩れそうな淡い恋心は、俺の心の片隅で再び形成されようとしているのかもしれない。

 少しずつ、ゆっくりと。

 そんな風に、はじまりのようなものを感じた。

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