1話完結のSS集

月夜

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この瞬間は今だけだから/テーマ:あと5分

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 私には大切な人がいる。
 その人は、同じ高校に通う先輩。
 私は2年で、先輩は3年。
 大切な人といっても恋愛感情ではなく、私が隣に立ちたいと思う相手。

 私が入学して入った部活は演劇部。
 人前が得意というわけでもなく、どちらかといえば苦手だった私が何故演劇部に入ったのか。
 それは、1年前に遡る——。

 最初はどの部活を選んだらいいかわからず、色んな部活を覗いて回っていた。



「俺は貴女を一目見て、恋に落ちてしまったのです」



 突然聞こえた声は、とても大きく私の心を揺さぶった。
 気になり中を覗いてみると、舞台の上では男子生徒がスポットライトを浴びている。

 遠くからだとよく見えず、暗いホールの中へと入り、見やすい位置までそっと近づく。

 外からだとよくわからなかったが、舞台で演技をしているのは一人の女生徒。
 そして、同じ高校生とは思えないくらいにガタイのいい男子生徒。


 見入ってしまっていた私は、演技が終わるとつい拍手をしてしまった。
 その音に気づいた二人の視線が私へと向けられ、ハッとした私は勝手に入ってしまったことを謝罪する。

 二人は舞台から降りると私へと近づき、女生徒が口を開いた。



「気にしないで。誰も見学に来なくて退屈で演技をしていただけだから。貴女、1年生?」

「はい。部活をどこにしようか悩んでいたら声が聞こえてきたのでつい」



 そう言った私に女生徒は、演劇に興味があるのか尋ねてきた。
 勿論入る気があったわけではなかったので首を横に振ると、女生徒は残念と言い肩を落とす。

 なんだか申し訳ない気持ちになるが、それより今気になるのは、ずっと黙ったままの男子生徒の方。
 近くで見ると本当に大きくて、身体も逞しい。
 でも、無言のまま睨まれているのが怖い。



「ごめんね。康汰こうたくんは演技してるとき以外は無口だから怖いんだよね。ガタイがいいから尚更ね」



 笑いながら言う女生徒は、3年の神谷かみたに 夏季なつき先輩。
 そして、演技をしていた人とは別人にしか思えないほど無口な男子生徒は、2年の山島やまじま 康汰こうた先輩。

 神谷先輩は山島先輩のことを、こんな見た目だけどいい奴だからと言っていた。
 でも、正直ガタイが良くて目つきも鋭くて無口だと怖さしか感じられない。

 これ以上入部するつもりもないのに居ても、邪魔になるだけだと思いホールから出ようとすると、またいつでも来てねと神谷先輩が言ってくれた。


 それから日にちは過ぎ、そろそろ入部する部を決めなくてはならない。
 それなのに、私の入部届けの紙は未だ白紙。

 いろんな部活を見て回っているけど、なかなか入りたい部活が見つからず、とうとう提出日がギリギリになってしまった。

 この高校は、必ず部活は何かに入らなければいけないという決まりがある。
 だから入部しないというわけにもいかず、かといって適当にも決められない。

 明日には提出しなければいけないのに、どうしようかと考えている間に下校時間となってしまった。
 結局決まらず白紙の入部届を手に歩いていると、私の耳にあの声が届く。

 何故かはわからない。
 でも、この声を聞くと引き寄せられてしまう。



「あら? 貴女この前の1年生ちゃんじゃない」

「すみません。演技中に」



 頭を下げ謝ると「折角だから見ていって」と、神谷先輩に一番前の特等席に座らされた。
 舞台の上で始まる二人の演技。
 当てられるスポットライトの光を辿れば、他の生徒が舞台の上の二人を見つめ、次のセリフに合わせスポットライトの光の向きを変えている。

 私はすっかり忘れていた。
 舞台は演じる人だけでなく、それを支える裏方もいるということを。

 先輩二人の演技から目が離せなくなる。
 何より凄いのは、山島先輩の演技力。
 舞台から降りたときとは全く違う先輩がそこにいた。
 勿論神谷先輩も凄いけど、山島先輩の演技と声は何故か人を引きつける。

 私が最初に先輩の声を聞いたときもそうだ。
 引き寄せられるようにホールへと入り、時間も忘れて見入っていた。

 私も舞台の上なら違う自分になれるかもしれないと思った私は、翌日『演劇部』と書いた入部届を提出した。

 それからの毎日は、楽しいことばかりではなかった。
 演技なんてしたことがない素人がそんな直ぐにできるはずもなく。
 最初は裏方ばかり。

 私もいつか山島先輩と一緒に舞台に立ちたい。
 その一心で練習に練習を重ね続けた。


 それから時は流れ、神谷先輩の卒業を控えた最後の舞台。
 全校生徒の前で神谷先輩と山島先輩、二人での最後の舞台は幕を閉じた——。


 神谷先輩が卒業したあと、私は2年生、山島先輩は3年生。
 誰が神谷先輩のあとを引き継ぐのかという話になり、私が選ばれた。
 今まで努力してきた私なら出来ると皆が応援してくれたけど、私に神谷先輩の代わりが務まるのか不安で一杯になる。


 1年の頃、私は山島先輩の演技に引かれてこの部に入った。
 でも、今ならわかる。
 山島先輩の演技は凄い。
 でも、神谷先輩の演技は霞まなかった。

 それがどれほど大変な事なのか今ならわかる。
 でも私じゃ、きっと先輩の演技に並ぶことはできない。

 不安でも、今まで私が目指してきた先輩と一緒に演技が出来る。
 それに、皆の思いを裏切りたくはないから、私は必死に演技を頑張った。

 でも、頑張れば頑張るほど、私は追い詰められていった。



「違う!! こんなんじゃだめ、こんなんじゃ……ッ」



 一人ホールに残り練習をするも、私は自分の演技に自信が持てない。

 もうどうしたらいいのかわからなかったとき、気配を感じ横を見ると、山島先輩の姿がそこにはあった。
 先輩に、今の演技を見られていたとしたら、きっとガッカリさせてしまったに違いない。

 こんな私と一緒に舞台に立っても、きっと成功なんてしない。
 私に、神谷先輩の代わりなんて務まらない。



「先輩すみません。私には、神谷先輩の代わりは出来そうにないです」



 顔を伏せながら言うと、先輩はいつも通り無言のまま。
 きっと先輩も私なんかじゃ務まらないってわかってるんだ。
 そう思いその場から離れようとしたとき、私の耳に声が届いた。



「俺は貴女を一目見て、恋に落ちてしまったのです」



 そのセリフは、私が1年の頃に初めて聞いた先輩のセリフ。
 そして次のセリフは、神谷先輩が言ったあの言葉。



「私はこの国の姫。護衛兵である貴方とは結ばれぬ運命」

「わかっています。でも、この想いは止まらないのです」



 私は先輩との演技を続け、気づいた時にはラストのセリフを言い終えていた。



「お前は演技が上手いんだから自信を持て」



 それは、無口だった先輩が私に初めてかけてくれた言葉だった。


 それから更に時は流れ。
 山島先輩の卒業最後の舞台。
 私は山島先輩と舞台に立ち最後まで演じる。

 幕がゆっくりと降りてくる。
 私は心で願った。

 あと少し、あと少し。
 あと5分でいいから、先輩と一緒の舞台に立っていたいと——。


《完》
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