52 / 101
お父さんとは呼べなくて/テーマ:父と娘
しおりを挟む
私のお父さんは学校の教師をしている。
それも、私が通う高校の科学教師。
お父さんと言っても血の繋がりはない。
私の本当のお父さんは事故で亡くなり、お母さんが再婚した相手が菅野 博。
そのお母さんも数ヶ月前に病気で亡くなった。
私とこんな男を残して。
お母さんより若くて、優しくてカッコイイ。
普通なら自慢のお父さんなんだろうけど、私はそう思わない。
「今日の博ちゃんもかっこよかったね」
「ほんとほんと! あんな人がお父さんなんて羨ましすぎる」
科学の授業が終わるといつも決まって同じ事を友達から言われる。
その言葉を聞くたび私の心はムカムカとする。
羨ましいならあげたいくらいだ。
見た目も中身も良いのは認める。
でも、私があの男を好きになることはない。
下校時間。
下駄箱で靴に履き替えていると声をかけられた。
聞きたくもない声に眉をしかめて視線を向ければ、そこにいたのはあの男。
「今日はすぐ帰れるから、たまには外食に──」
「結構です。では先生、さようなら」
冷たく言い放ち校舎から出る。
家へと向かう帰路の途中、下駄箱で声をかけられたせいで周りの生徒が注目していたのを思い出し更にイライラ。
私と先生が親子だということは皆が知ってるけど、それでもあんなところで夕食の話なんて何考えてるんだか。
「いや、あの男はこっちの気持ちなんて考えてないんだ」
途中でコンビニに寄りお弁当を買うと、家で一人食べる。
その後は、自室でスマホをいじって時間を潰していた。
しばらくして玄関から鍵のあく音が聞こえ、帰ってきたのがわかる。
だからといって声をかけたりはせず、お風呂を済ませたあとはまた自室に籠もる。
一緒の家にいるだけでイライラする。
何でお母さんはあんな男と再婚したのか。
何でお母さんは私を置いて逝ってしまったのか。
「お母さん……お父さん……」
その日、私は夢を見た。
お母さんとお父さん、私の三人で暮らしていたときの夢。
そして、お父さんが亡くなったあの日の夢。
本当に突然だった。
一本の電話が鳴り、お母さんが出た。
私はソファに座りテレビを見ていたけど、お母さんが取り乱した様子で話していたのを覚えてる。
電話を切るとお母さんは身体から一気に力が抜けたみたいに崩れ落ち、お父さんが仕事帰りに車の事故に巻き込まれて亡くなったと聞かされた。
私が中学生の頃の事だった。
それから数年後、私が中学三年生になった頃、お母さんにあの男を紹介された。
お父さんが亡くなってから笑わなくなったお母さんがまた笑ってくれたことが嬉しくて、この人と一緒になることがお母さんにとっての新たな幸せになる。
そう思ってた。
その後直ぐに婚約した二人だったけど、それからお母さんの体調は日に日に悪くなっていき、病院での生活を余儀なくされた。
「いつもお見舞いありがとうね」
「当たり前でしょ。それより早く良くなってよね。来月には私も高校生なんだから」
入学式の日は、終わったら直ぐに病院に来て制服を見せてあげようと考えていた。
でも、入学式を迎える前日の深夜、一本の電話が鳴った。
嫌な予感を感じながら出ると、お母さんの体調が急変したという連絡。
私は直ぐにタクシーを呼んで病院へ向かった。
病室にはナースや先生の姿があり、その声は遠くに聞こえる。
お母さんはベッドで眠っているのに、何で先生やナースの人達は部屋から離れていくのか。
わかっていながら、わかりたくなかった。
その日私は朝まで病院にいた。
スマホを何回も確認したけど、あの男からの連絡はなかった。
それどころか婚約してから一回も家へ来ず、お見舞いすら来なかった。
何も考えたくなかったけど、高校に受かったとき喜んでくれたお母さんの顔を思い出し、私は家へ帰ると制服に着替え入学式に向かう。
「科学担当は菅野 博先生。英語は——」
今まで知らなかったあの男の職業。
私は手にぐっと力を入れ握る。
何の連絡もせず、お母さんを一人にした人。
あの男に私が憎しみを抱いた瞬間だった。
「っ……最悪」
今日の目覚めは最悪だ。
リビングに行くとそこにはメモ用紙が一枚。
なんのつもりか知らないけど、朝はいつも朝食を用意してあの男は学校へ行く。
私は朝食には手を付けず、紙を捨てると食パンを食べる。
紙に書かれている文字はいつも同じ「おはよう」の一言。
学校に行くと、ガヤガヤと賑やかな空気に包まれる。
家はいつも静かだから、何だかこの騒がしさも嫌じゃない。
繰り返される同じ毎日。
昔とは違う日常。
その日のお昼、スマホにあの男からメールが来ていた。
内容は「明日は休日ですから、昨日できなかった食事を今夜しましょう」というもの。
私は返事もせず電源を切るとお昼を食べた。
返事なんてしなくても、私があの男の誘いを受けたことなんてないんだからわかりきってる。
午後の授業は科学があり顔を合わせることになったけど、とくに会話もなく終わった。
友達からはまたいつもの羨ましいと言う言葉を聞かされイライラしてしまったけど、私があの男を嫌いな限りこれはおさえようがない。
その日、いつものようにコンビニでお弁当を買って帰ると、視線に写真を捉えた。
二人が亡くなってからもずっとリビングに飾り続けている家族三人が写った写真。
思い出して辛くなるからあまり見る事も減ったけど、数年ぶりに手に取る。
何だか写真たての後ろに違和感を感じて外してみると、そこには一枚の紙。
「お母さんの字……」
書かれていたのは、私が知らない事実だった。
お父さんが亡くなってしばらくしたある日、お母さんは治すことのできない病気にかかっていた。
もって数年と言われたとき頭に浮かんだのは私。
お父さんが亡くなって自分まで亡くなったらと考えたとき、私を一人にしないために出来ることを考えた。
その時相談したのが、お父さんの後輩だったあの男。
お母さんが事情を説明して頼むと、笑顔で「わかりました」と引き受けてくれた。
その頼んだ事は、私を一人にしないこと。
その約束を守るため、私が受けていた高校の教師となるために教員免許を取った。
婚約したというのも嘘。
苗字を変えずにいたのは、お父さんのことを忘れないためってお母さんが言ってたけど、そもそも変えること自体できなかったんだ。
婚約して以降も家に来なかったり、お母さんのお見舞に来なかったりしたのも、全ては教師になってお母さんとの約束を果たすためだったんだと知ったとき、玄関の鍵が開く音が聞こえ、私は慌てて写真たてを元に戻す。
リビングに入ってきて対面すると、何を話していいかわからない。
考えてみたらまともに話したことなんてなかった。
ぎこちなくも発した第一声は「夕食、外でするんですよね」という、私と先生の距離を縮める言葉。
明日の朝は、あの手紙の返事を私からも言おう。
お父さんと呼ぶのは難しいけど、毎朝朝食と一緒に置かれているメモ用紙の「おはよう」の挨拶を。
《完》
それも、私が通う高校の科学教師。
お父さんと言っても血の繋がりはない。
私の本当のお父さんは事故で亡くなり、お母さんが再婚した相手が菅野 博。
そのお母さんも数ヶ月前に病気で亡くなった。
私とこんな男を残して。
お母さんより若くて、優しくてカッコイイ。
普通なら自慢のお父さんなんだろうけど、私はそう思わない。
「今日の博ちゃんもかっこよかったね」
「ほんとほんと! あんな人がお父さんなんて羨ましすぎる」
科学の授業が終わるといつも決まって同じ事を友達から言われる。
その言葉を聞くたび私の心はムカムカとする。
羨ましいならあげたいくらいだ。
見た目も中身も良いのは認める。
でも、私があの男を好きになることはない。
下校時間。
下駄箱で靴に履き替えていると声をかけられた。
聞きたくもない声に眉をしかめて視線を向ければ、そこにいたのはあの男。
「今日はすぐ帰れるから、たまには外食に──」
「結構です。では先生、さようなら」
冷たく言い放ち校舎から出る。
家へと向かう帰路の途中、下駄箱で声をかけられたせいで周りの生徒が注目していたのを思い出し更にイライラ。
私と先生が親子だということは皆が知ってるけど、それでもあんなところで夕食の話なんて何考えてるんだか。
「いや、あの男はこっちの気持ちなんて考えてないんだ」
途中でコンビニに寄りお弁当を買うと、家で一人食べる。
その後は、自室でスマホをいじって時間を潰していた。
しばらくして玄関から鍵のあく音が聞こえ、帰ってきたのがわかる。
だからといって声をかけたりはせず、お風呂を済ませたあとはまた自室に籠もる。
一緒の家にいるだけでイライラする。
何でお母さんはあんな男と再婚したのか。
何でお母さんは私を置いて逝ってしまったのか。
「お母さん……お父さん……」
その日、私は夢を見た。
お母さんとお父さん、私の三人で暮らしていたときの夢。
そして、お父さんが亡くなったあの日の夢。
本当に突然だった。
一本の電話が鳴り、お母さんが出た。
私はソファに座りテレビを見ていたけど、お母さんが取り乱した様子で話していたのを覚えてる。
電話を切るとお母さんは身体から一気に力が抜けたみたいに崩れ落ち、お父さんが仕事帰りに車の事故に巻き込まれて亡くなったと聞かされた。
私が中学生の頃の事だった。
それから数年後、私が中学三年生になった頃、お母さんにあの男を紹介された。
お父さんが亡くなってから笑わなくなったお母さんがまた笑ってくれたことが嬉しくて、この人と一緒になることがお母さんにとっての新たな幸せになる。
そう思ってた。
その後直ぐに婚約した二人だったけど、それからお母さんの体調は日に日に悪くなっていき、病院での生活を余儀なくされた。
「いつもお見舞いありがとうね」
「当たり前でしょ。それより早く良くなってよね。来月には私も高校生なんだから」
入学式の日は、終わったら直ぐに病院に来て制服を見せてあげようと考えていた。
でも、入学式を迎える前日の深夜、一本の電話が鳴った。
嫌な予感を感じながら出ると、お母さんの体調が急変したという連絡。
私は直ぐにタクシーを呼んで病院へ向かった。
病室にはナースや先生の姿があり、その声は遠くに聞こえる。
お母さんはベッドで眠っているのに、何で先生やナースの人達は部屋から離れていくのか。
わかっていながら、わかりたくなかった。
その日私は朝まで病院にいた。
スマホを何回も確認したけど、あの男からの連絡はなかった。
それどころか婚約してから一回も家へ来ず、お見舞いすら来なかった。
何も考えたくなかったけど、高校に受かったとき喜んでくれたお母さんの顔を思い出し、私は家へ帰ると制服に着替え入学式に向かう。
「科学担当は菅野 博先生。英語は——」
今まで知らなかったあの男の職業。
私は手にぐっと力を入れ握る。
何の連絡もせず、お母さんを一人にした人。
あの男に私が憎しみを抱いた瞬間だった。
「っ……最悪」
今日の目覚めは最悪だ。
リビングに行くとそこにはメモ用紙が一枚。
なんのつもりか知らないけど、朝はいつも朝食を用意してあの男は学校へ行く。
私は朝食には手を付けず、紙を捨てると食パンを食べる。
紙に書かれている文字はいつも同じ「おはよう」の一言。
学校に行くと、ガヤガヤと賑やかな空気に包まれる。
家はいつも静かだから、何だかこの騒がしさも嫌じゃない。
繰り返される同じ毎日。
昔とは違う日常。
その日のお昼、スマホにあの男からメールが来ていた。
内容は「明日は休日ですから、昨日できなかった食事を今夜しましょう」というもの。
私は返事もせず電源を切るとお昼を食べた。
返事なんてしなくても、私があの男の誘いを受けたことなんてないんだからわかりきってる。
午後の授業は科学があり顔を合わせることになったけど、とくに会話もなく終わった。
友達からはまたいつもの羨ましいと言う言葉を聞かされイライラしてしまったけど、私があの男を嫌いな限りこれはおさえようがない。
その日、いつものようにコンビニでお弁当を買って帰ると、視線に写真を捉えた。
二人が亡くなってからもずっとリビングに飾り続けている家族三人が写った写真。
思い出して辛くなるからあまり見る事も減ったけど、数年ぶりに手に取る。
何だか写真たての後ろに違和感を感じて外してみると、そこには一枚の紙。
「お母さんの字……」
書かれていたのは、私が知らない事実だった。
お父さんが亡くなってしばらくしたある日、お母さんは治すことのできない病気にかかっていた。
もって数年と言われたとき頭に浮かんだのは私。
お父さんが亡くなって自分まで亡くなったらと考えたとき、私を一人にしないために出来ることを考えた。
その時相談したのが、お父さんの後輩だったあの男。
お母さんが事情を説明して頼むと、笑顔で「わかりました」と引き受けてくれた。
その頼んだ事は、私を一人にしないこと。
その約束を守るため、私が受けていた高校の教師となるために教員免許を取った。
婚約したというのも嘘。
苗字を変えずにいたのは、お父さんのことを忘れないためってお母さんが言ってたけど、そもそも変えること自体できなかったんだ。
婚約して以降も家に来なかったり、お母さんのお見舞に来なかったりしたのも、全ては教師になってお母さんとの約束を果たすためだったんだと知ったとき、玄関の鍵が開く音が聞こえ、私は慌てて写真たてを元に戻す。
リビングに入ってきて対面すると、何を話していいかわからない。
考えてみたらまともに話したことなんてなかった。
ぎこちなくも発した第一声は「夕食、外でするんですよね」という、私と先生の距離を縮める言葉。
明日の朝は、あの手紙の返事を私からも言おう。
お父さんと呼ぶのは難しいけど、毎朝朝食と一緒に置かれているメモ用紙の「おはよう」の挨拶を。
《完》
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
17歳男子高生と32歳主婦の境界線
MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。
「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく…
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
ウインタータイム ~恋い焦がれて、その後~
さとう涼
恋愛
カレに愛されている間だけ、
自分が特別な存在だと錯覚できる……
◇◇◇
『恋い焦がれて』の4年後のお話(短編)です。
主人公は大学生→社会人となりました!
※先に『恋い焦がれて』をお読みください。
※1話目から『恋い焦がれて』のネタバレになっておりますのでご注意ください!
※女性視点・男性視点の交互に話が進みます
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる