1話完結の短編集

月夜

文字の大きさ
58 / 82
もう一回/テーマ:あと一回 ※別サイトにて優秀作品

1 もう一回

しおりを挟む
 人は、守るものがあると強くなると聞いたことがある。
 でも、守るものがない私は強くなれないんだろうか。

 家族、友達、恋人。
 私には全て守るべき価値がないもの。
 ただこの家族に生まれただけで、友達も数人いた方がいいという判断から話したりしてるだけ。
 そして恋人は、人生一人きりが嫌だから必要としたにすぎない。



「うわー、それ傷つくわー」

「ごめん」



 友達はそう言いながらも、私がこういう人間であることを知っているから気にしてない様子。
 私だっていくら生きていくために必要だと判断したからって、人は選んで話している。
 勿論今話している相手は、こんな私の話を受け止めてくれるとわかっているからこそ話した。



「じゃあさ、守るのは自分自身とかは?」

「それも思ったけど、自分自身もどうでもいいんだよね」



 そう、私の人生はただ平凡に生きていくだけの人生。
 そこに守りたいものや変わった日々なんてない。
 ただこうして話して、ゆっくりと時間が過ぎていくだけのこと。

 守りたいものがあると強くなるなんて話も、ふと思ったから話しただけ。
 だってこの人生はゲームや漫画の世界じゃないんだから、強くなる必要だってない。

 こんなことを考える私はきっと、この日常を退屈に思っているのかも。
 だからゲームや漫画、小説の世界に入り込むのが好きなのかもしれない。
 そこには現実ではない世界が広がっているから。



「本当にアンタは贅沢もんだよね。私みたいな友達がいて優しい彼氏までいるのにさ」

「贅沢、なのかな?」

「贅沢よ贅沢」



 私は恵まれ過ぎている。
 それを退屈に感じるのは、友達が言うように贅沢なんだろう。

 退屈な日々を変えるような出来事を望んでも、早々そんなことはありはしない。
 そう思ってた。

 そんなある日。
 たまには自分から彼氏に会いに行ってみようと、連絡をせずに驚かせることにした。

 私も彼も大学生で独り暮らし。
 いきなり行っても迷惑なことはないだろう。

 彼のアパートに着きインターホンを鳴らす。
 扉を開け出てきたのは知らない女性。
 奥から彼も来て、私を見るなり驚いていた。



「来客中だったんだね。とくに用事があったわけじゃないから帰るよ」



 普通の彼女なら修羅場になるんだろうけど、私にはどうでもいいこと。
 だって何も思わないんだから。
 ただ、彼の驚いた顔は少し面白かった。

 その後、彼からメールが来たけど「今までありがとう。お幸せに」と送って拒否設定にした。
 人生で必要な恋人を無くし、また見つけなきゃな、なんて呑気に考えている私。

 泣いたり怒ったりといった感情もなく冷静だ。
 私は冷たい人間なんだろうか。
 でも、何も思わないんだから仕方がない。

 一応友達に彼氏が浮気をしたから別れたことをメールで伝えたら、直ぐに着信が有り応答を押す。



「アンタ大丈夫なの!? 浮気とか許せないんだけど」

「大丈夫だよ。それどころか冷静すぎて次の彼氏どうしようかなとか考えてたから」



 電話の向こうで呆れたような溜息が聞こえると「アンタが平気ならいいんだけどさ」なんて言われて少し嬉しかった。
 本当に私はいい友達をもったみたい。



「新しい恋探すなら合コンに参加しない?」



 友達の話によると、丁度明日合コンがあるらしいが、一人人数が足りなくて困っていたようで、私は勿論断る理由もないから頷いた。

 そこで彼氏が見つかれば、私の人生に孤独はなくなる。
 相手は誰だって構わない。
 私の人生に孤独を与えさえしない人なら。


 翌日の十八時。
 私は友達に指定された居酒屋へ向かう。
 ある程度はお洒落をして行くと、私と友達を含めて四人女性は参加していた。
 女性陣の前には男性四人。
 中でも私の目の前に座る男性はかっこよく、女性陣三人は完全にその人狙いだった。

 私は特に興味もなく、適当に会話に参加したり、あとは食べたり飲んだりするだけ。
 女性陣三人は、やっぱりあのイケメンに声をかけまくってるけど、何故かイケメンくんは話そうとしない。

 私が言うのもなんだけど、合コンに参加しといて一言も話さないなんて相手に失礼な気がする。
 私だって声をかけられれば返事くらい返すのに、この男性は自己紹介のときですらだんまりで、横にいた人が代わりに紹介していた。


 その後はかなりの地獄を生み出した。
 イケメンくん以外の男性そっちのけで、女性陣はイケメンくんばかりだったから。

 結局数時間でお開きになり、女性陣はイケメンくんに連絡先を教えてほしいなんて声をかけてたけど見事に無視されていた。

 もしかして数合わせで無理矢理参加させられたとか。
 そうだとしても、この態度はないんじゃないだろうか。
 私とイケメンくん以外の女性陣と男性陣が連絡先を交換してる間に、私はこっそりイケメンくんに近づく。



「えーと、名前忘れたけど無口くん。無理矢理参加させられたかは知らないけど、あの態度は失礼なんじゃない」



 私の言葉にも無言。
 流石にここまであからさまに無視されると少しイラッとしてしまうけど、別に私には関係ないことだからいいやと思っていたら、いきなり腕を掴まれて紙を握らされた。

 訳がわからず無口くんを見れば知らん顔。
 その間に他の人達が連絡先を交換し終えたため、ここでお開きとなった。



「で、誰かいい人はいた?」

「誘ってもらったのに悪いけど、私に合う人はいなかった」



 途中まで友達と話して別れたあと、私は握ったままだった紙を開く。
 書かれていたのはメールアドレス。
 何で私に、何て疑問はあるが、家に帰った私はお風呂から上がったあと、紙に書かれたアドレスを登録する。

 一応連絡しておこうと「先程はどうも。アドレス登録したので報告だけしとく」と送った。
 返事なんてないと思っていたし、私からこれ以上連絡を取るつもりもなかったのにメールの通知音が鳴る。

 送信者は無口くん。
 その文面は少し変わったものだった。
 簡単に言ってしまえば何処かの方言みたいだ。

 読み進めてみると、先ず謝罪の言葉が書かれていた。
 無口くんが話さなかったのは、方言を気にしてのことだったらしく、合コンも数合わせで誘われたらしい。
 友達は無口くんが自分の方言を気にしているのを知っていたから、参加するだけでいいと言われていたとメール文に書かれていて、さっきは少しキツく言い過ぎたかなと反省する。

 私は返信文に「こっちこそキツく言ってごめん。でも方言、私はいいと思う」と打ち込んだ。
 それから毎日連絡を取り合うようになり、この事は合コンに誘ってくれた友達にも既に報告済み。
 いつの間に連絡先を交換したのかと聞かれたから、私は正直に答える。
 ただ、無口くんが気にしてる方言の事だけは友達にも話さずにいた。
 人の気にしていることをあまり話すべきじゃないと思ったから。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

処理中です...