1話完結の短編集

月夜

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蜘蛛の糸は自身をも捕える

1 蜘蛛の糸は自身をも捕える

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 高校生になった私は、新しくできた友達から噂を聞いた。
 この学校の保健室の先生は変わり者で、保健室には誰も近づかないというもの。
 それどころか今では顔を知る人さえおらず、口が避けているだの両目が縫われているなど言われているらしい。

 不思議なことに、先生達も見たことがないらしく、学校へ来るところも帰るところも見た者がいないとか。
 聞いていて、保健室の意味がないように思えた。



「でも、怪我したり病気をしたらどうするの」

「なんか、先生達の暗黙のルールみたいなのがあるらしくて、保健室には連れて行かず先生達で判断したり手当をするみたい」



 尚更保健室の存在が無意味な気がしてくるけど、自分には関係のないこと、そう思っていた。
 なのに、ある日私は体調を崩した。
 最初は我慢できる程度だったからよかったけど、次第に悪化していき、廊下を歩く足はフラフラとする。

 お昼休み。
 何とかここまで耐え抜いたが、やはり少し休みたい私は、重い体を引きずるようにして例の保健室へと向かう。

 先生に話して帰してもらいたいところだけど、両親は海外の仕事で家には滅多に帰らない。
 つまり、迎えにこれる人はいないということ。
 それにお昼までなんとか耐えたんだから、少し休めば良くなるはず。

 誰も見たことがないのだから、保健室に先生がいるのかすらわからない。
 でも、ベッドくらいはあるはず。
 少し休めればそれでいいと思い扉を開ける。

 保健室なのに消毒液の匂いはせず、二ヶ所カーテンが閉められている。
 誰かいるんだろうかと片方を覗くと、そこにはベッドが一つあるだけ。
 私はホッとしてそのままベッドに倒れ込むようにして横になる。


 暫くして目を覚ました私は、どうやら眠ってしまっていたらしい。
 一体今は何時なのか確認しようとカーテンを開けると、窓から入る風がある人物の髪を揺らしていた。



「起きたか。人のテリトリーで寝るとはいい度胸だな」



 白衣を纏った男は、私を見ると不敵に笑う。
 色白な肌に目の下には数針縫われた跡がある。
 私は目の前の人物が尾ひれのついた噂の先生だと瞬時に理解する。

 でも、やはり噂は噂だったようだ。
 見た目は普通どころか綺麗という言葉がピッタリで、だからこそ目の下の縫われた跡が目立つ。



「勝手にベッドを借りてすみません。体調が悪くて来たんですが誰もいなくて」

「俺ならそこにずっといたが」



 そう言いながら指差すのは隣のベッド。
 確かにカーテンは二ヶ所閉められていた。
 でも、何より問題視するのは、先生が保健室のベッドで眠ってていいのかだ。



「何だその目は」

「いえ、何でもありません」

「どうせ保健医が寝てていいのかとか思ってたんだろ」



 この人はエスパーだろうか。
 そもそもわかっているなら寝なければいいのに。

 噂もあって誰も来ないから、それをいい事にサボっていたというところだろうけど、そもそも何故そんな噂が広まったのだろう。
 見た目を見る限り、女子に人気間違いなしなのに。



「ところでお前、体調が悪いとか言ってたがもういいのか」

「え? ああ、そういえば。何だか体が軽くなったみたいです。きっと休んだからですね」



 さっきまでが嘘のように身体は軽くなり健康状態。
 これならこの後の授業も受けられると思ったその時、私の視界に時計が映る。



「ご、五時過ぎ!?」

「騒ぐな。煩い」



 顔を顰めて耳を塞ぐ先生に、何で起こしてくれなかったのかと文句を言うが「お前が勝手に寝てただけだ。俺が起こす理由はない」と突き放され、カチンときた私は去り際「このヤブ保健医」と吐き捨てて保健室を飛び出す。

 教室に行くとすでに誰もおらず、校庭からは部活中の生徒の声が聞こえてくる。
 今までサボった事などなかった私は軽くショックを受けながら、机の中の物を鞄に仕舞い教室を出る。
 スマホを見れば、友達からのメールが二件。

 一通目はお昼休みに来ている。
 二通目は数十分前。
 いきなりいなくなった事、その後の授業にも来ていなかったのを心配する内容。
 私は下駄箱で靴に履き替えると、心配をかけてしまった事への謝罪文をメールで友達に送る。

 スマホを鞄に仕舞い、自転車に乗り帰る。
 帰宅途中思い出されたのはあの保健医。
 口は悪いけど、目が逸らせなくなる程綺麗な人だった。
 男の人に綺麗なんて思ったのは初めてだ。


 その翌日。
 教室に入り自分の席に座ると、友達が駆け寄ってきた。
 あの後メールで保健室で休んでたことなど話したけど、保健医のことは話していない。
 よくわからないけど、話してはいけない様な気がしたから。



「もう平気なの?」

「うん。もうすっかり元通りだよ」



 両腕を曲げて元気元気とアピールすると、安心したのか友達は安堵の表情を浮かべてくれた。
 と思いきや、話は保健室に変わる。
 聞かれるだろうとは思ってたけど、凄い質問攻め。
 中はどんな感じだったかとか、保健医の先生はどんな人だったかとか。

 中は普通だったけど、消毒液などの匂いが一切しなかったこと。
 保健医の先生とは会えなかったと一つ嘘をついて話すと、あまりに普通すぎて友達は一気に興味を失ったようだ。

 もし保健医の先生が綺麗な男の人だと知られれば、その話は直ぐに知れ渡ってお昼には女生徒が保健室に押し寄せるに違いない。
 でも私がそうしないのは、あの美しさを知ってしまったから、誰にも見せたくない、知られたくないと思ったのかもしれない。



「て、それじゃあ私が独占したいみたいじゃない!」

「どうしたのいきなり」

「え、あ、何でもない。はは……」



 まさかあんな口の悪い人に恋をしたのか。
 ありえないと心の中で否定する。
 いくら見た目が良くても中身があれだ。
 これは恋ではなく、初めて見る綺麗な男性への興味に違いないと自分を納得させる。

 昨日は授業をサボる形になったから、今日はしっかり受けなくてはと、お昼になるまで昨日の分も集中した。
 こういうところが、昔から周りに真面目だと言われる理由なんだろうけど、不真面目より良い。



「やっとお昼だね。ほたる、今日はお弁当一緒に食べるでしょ?」

「あー、ごめんね。ちょっと用事があって。それじゃ、急ぐから」



 聞かれたら嘘をつき続ける自信がなくて、私は足早に教室を後にすると保健室に向かう。
 扉の前で立ち止まり、何で自分は用事があるわけでもないのにまた来てしまったんだろうと悩む。
 先生に何の用事が尋ねられても、私は答えを持っていない。

 まさか、昨日の先生の事が忘れられなくて来ちゃいましたなんて言えるはずもない。
 どうしたものかと悩んでいると、中から「何時まで突っ立ってるつもりだ」と声がして、いる事が気づかれていた事に恥ずかしくなりその場から逃げ出した。
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