【完結】想いは時を越え

月夜

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第参武将 想いは時を越え

6 想いは時を越え

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 数日後、私は甲斐を訪れていた。
 客人であり、信玄に好かれた私の扱いはとても優遇された。
 これは、どこの国に招かれてもいつも同じ。
 私に何かあれば周りの者が罰を受ける。
 だから城の中の者皆が、まるで私を恐れるように扱う。

 とくに酷かったのは尾張。
 信長は、私を傷つけたりするものを切り捨てても可笑しくはない人物。
 女中のみでなく、家臣でさえも私を慎重に扱う。
 思い出しただけでも息が詰まりそうになる。

 奥州や越後にも招かれたことが何度かあるが、尾張よりはまだよかった。
 でも、私を一人の人として誰一人見てはくれない。

 私にだって感情はある。
 なのに皆、私を奪い合い傷つけ合う。
 遂には家臣にさえ想われて、まるで私は物のよう。



「揃いも揃って恋に落としちまうなんてどんな女かと思えば、暗い表情ばかりの女だな」



 信玄から与えられた部屋で一人考えていると、突然声が聞こえ振り返る。
 するといつの間にいたのか、誰もいないはずのこの部屋に音もなく姿を現したのは、忍び装束を着た一人の男。

 誰なのか尋ねると、男は霧額 才蔵と名乗った。
 甲斐忍びであり、幸村に仕える忍びの者の一人。
 いろんな武将や家臣さえも恋に落とす私の存在に興味を持ち様子を窺いに来たらしい。



「まさかこんな女一人に武将達が揃いも揃って恋とはな」

「勝手な事言わないでッ! 私は、好きで好かれた訳じゃない。私にだって感情はあるの」



 溜め込んでいたものが一気に溢れた。
 皆勝手なことばかり。
 なのに、なんでこんな風に言われなくてはいけないのか。



「なんだ、感情もない人形かと思ったが、しっかり言えんじゃねーか」



 才蔵の言葉に、私はハッとする。
 自分が今まで言えなかったことをついに言ってしまった。
 でも、何だか心がスッキリしたような気持ちだ。



「まあ、あの武将共にアンタの本心を伝えたところで諦めるなんざしないだろうが、お人形よりはマシだろ」



 才蔵の言葉に私は口元を緩め、初めて上っ面ではない笑みを見せた。
 その笑みを見た才蔵は私に言ってくれた。



「アンタはそうして笑ってる方がいいぜ」



 その日から私は、しっかり本心を伝えるようになった。
 とはいえ才蔵の言った通り武将達は聞く耳持たずで、あの文の話になった訳だ。

 でも、そんな中でも才蔵とはあの日以来本心で話し合える仲になり、その後、才蔵と佐助が私が甲斐に訪れた際の護衛役に決まった。
 よく喧嘩をする二人だったけど、仲がいいからこそだというのは見ていればわかる。
 そしてこの三人と過ごす時間こそが、私にとって一番自分らしくいられる場所となっていった。

 自分の国以外で、こんなにも安心できる場所はここを置いて他にはないだろう。
 それも全ては才蔵のお陰。

 だが、その幸せは長くは続かなかった。
 武将達の文が私の元に届き、この中から誰か一人を選ばなくてはならないという選択が私に迫られた。
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