浪人が愛した女〜茜空は泣く〜

月夜

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第一章 怪我人は訳あり浪人

4 怪我人は訳あり浪人

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 それから日は沈み夜になる。
 私は床へと入ると眠りにはつかず、天井を見詰めながらあることを考えていた。

 今日鬼灯さんの包帯を替えた時、傷が大分塞がってきていた。
 深い傷のため跡は残るだろうが、あと数日で傷は癒えるだろう。

 そんなことを考えていたら目頭が熱くなり、涙が頬を伝い枕へと流れ落ちた。
 怪我が治るのは嬉しいはずなのに、鬼灯さんがいなくなってしまうと考えただけで涙が止まらなくなる。

 その涙の理由を私は知っている。
 いつも考えるのは鬼灯さんのことばかりなのだから、気づかない方が可笑しい。

 私は鬼灯さんに恋をしている。
 ただ心配なだけだと最初は思っていた。
 それがいつの間にか、鬼灯さんが離れてしまうことが怖くて悲しくて仕方がなくなっていた。

 引き留める方法がないかと考えているといつの間にか眠りへと落ちていく。



 翌日、私は約束通り悟一さんの待つ呉服屋を訪ねていた。



「この着物なんだけどさ」

「鮮やかな色の着物ですね。桜の刺繍もとても綺麗」



 目の前で広げられた着物は紅色。
 そこに細かく丁寧な桜の刺繍が施されていてとても綺麗な着物。



「気に入ったんならやるよ」

「え? でも、こんな高価な着物いただくわけには……。それに、私にこんな素敵な着物似合わないです」

「んなことねぇって。俺がお前に着てほしいんだ」



 結局梧一の厚意を断ることもできず、奥でその着物に着替えることになってしまった。

 鏡に映る自分の姿を見ると、思った通り着物は綺麗なのだが、自分に似合っているのだろうかと不安になり悟一さんに見てもらうと、何故か反応がない。
 そんなに似合っていなかったのだろうかと思っていると「すっげえ似合ってる」と大袈裟なくらいに褒められて何だか恥ずかしいけどお礼を伝える。


 それからしばらく悟一さんと会話を楽しんでいると、唐突に質問された。

 内容は、私に好いている人はいるのかというもの。
 好いてる人、そう聞かれた瞬間脳裏には鬼灯さんの姿が浮かぶが話せるはずもなく、誤魔化すように「梧一さんこそいろんな方からおモテになるじゃないですか」と話を逸らす。



「まあな。でも、好いてる女に見てもらえなきゃ意味ねえだろ」



 真っ直ぐに私を見詰めながら言う悟一さんの瞳は真剣で、何だか私がドキリとしてしまう。



「私はそろそろお店に戻りますね」

「ああ。また遊びに行くからな」



ニッと笑みを浮かべ言う悟一さんはいつも通りで、さっきの真剣な瞳が嘘のように思えてしまう。
 あんな真剣な悟一さんは初めて見たけど、そこまで思っている相手がいたとは知らなかった。

 帰り道、あの真剣な瞳を思い出してなんだか頬が熱くなる。
 まるで、私に言われているように思えてしまったから。

 歩いていると頬を冷たい風が撫で、お店に着いたときには頬の熱も引いていた。

 少し早いが夕餉を作ると、私は鬼灯さんのいる部屋へと膳を運ぶ。
 いつものように声をかけ中に入ると、何故か鬼灯さんの視線が私に向けられたまま固まっている。

 どうかしたんだろうかと思ったとき、悟一さんのところで貰った着物をそのまま着てきてしまったことに気付く。



「この着物なんですが、昨日いらしてた呉服屋の梧一さんから戴いたんですけど……。あはは、似合ってませんよね」



 ぎこちない笑みを浮かべながら言うが、何も答えない鬼灯さん。
 これはこれで似合っていないと言われるのとは、また違う痛みが胸に来る。
 悟一さんは褒めていたが、やっぱりこんな素敵な着物自分には似合わない。

 着替える為に立ち上がろうとした時「いいんじゃないか」と確かに声が聞こえた。

 顔を逸らしながら言われたその言葉は、鬼灯さんなりの褒め言葉なのだとわかり嬉しさが込み上がる。

 きっとこの着物は私なんかよりもっと似合う人がいると思う。
 それでも、鬼灯さんに褒めてもらえただけでこんなにも手放したくないと思えてしまう私は、やっぱり鬼灯さんに恋しているんだと改めて実感する。

 そんな想いを胸に秘め、いつものように夕餉をすませ片付けた後、明日からの仕事に備え今日は少し早めに床へと入る。

 元々着ていた着物を呉服屋に置いてきてしまったことを思い出すが、明日仕事が終わったら取りに行くことにして眠りにつく。


 翌朝。
 お店ののれんをかけると、今日からまたいつも通りの一日が始まる。



「お団子3本、お待たせ致しました」



 昨日梧一さんから貰った着物は大切に仕舞い、いつも通りの着物で今日も一人お団子やお茶を運ぶ。


 しばらくしてお店の中が落ち着いてくると、一度休息をとるためにお店ののれんを中へ入れようと外に出る。
 すると聞き慣れた声に名を呼ばれ、視線を向けると悟一さんの姿。

 丁度休憩をするところだったのでお店の中に入ってもらい、椅子に座ってもらうとお茶を悟一さんの前に差し出す。



「どうぞ」

「ああ、わりいな。おっと、これを忘れるところだった」



 そう言いながら手にしていた風呂敷を広げると、そこには昨日私が忘れていった着物が包まれていた。



「わざわざ届けてくださったんですか」

「まあ、それもなんだけどさ……」



 視線を逸らし頬を掻く悟一さんは、どこか恥ずかしそうにポツリと口にする。



「お前に会いたかったから……」



 昨日会ったばかりだというのに会いたいなんて、何か他に用でもあったのだろうかと尋ねようとすると、悟一さんの表情が険しいものへと変わり、その視線の先を見ると鬼灯さんの姿があった。



「こいつ、前にも店にいたよな」



 悟一さんがこの前店に訪れた時、一度鬼灯さんと顔を合わせたことがある。
 これは説明しないわけにもいかず、新選組が探している人だということは伏せて、訳あって一緒に暮らしているということで話す。



「一緒にって、男と女が一緒に暮らさなきゃならないような訳ってのはなんだよ」

「それは……」



 重い空気が広がり、悟一さんはずっと鬼灯さんに鋭い視線を向けている。

 本当のことを話すわけにもいかず困っていると、突然私の肩に手が回され、そのまま抱き寄せられてしまう。



「好いてる者同士だからだ」



 突然の鬼灯さんの行動や言葉に驚いたのは悟一さんだけではなく私もだ。
 何がどうなってるのか混乱している私の耳元で「合わせろ」と言われ、鬼灯さんは誤魔化そうとしてくれているんだと気づく。

 悟一さんに本当なのか尋ねられ、私も話を合わせて頷くと、悟一さんはそれ以上何も言わずそのままお店を出ていった。



「鬼灯さん、ありがとうございました」

「自分のためにしたことだ。ここにいることを新選組に知られるわけにはいかぬからな」



 鬼灯さんは私に背を向けると部屋に戻ってしまい、お店に一人となった私は高鳴る胸にそっと手を当てた。
 誤魔化すための嘘だとわかってはいても、その言葉は私の頬を熱くさせるには十分だ。


 休憩が終ると、外にのれんをかけ仕事を始める。
 一人いつものように団子やお茶を運ぶ私の頭は鬼灯さんの事で一杯で、悟一さんの事も新選組の事も忘れてしまうほどに。
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