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あの、庭園での不意打ちのキスの日を境に。
私の心の中で、何かの堰が、完全に決壊してしまったようだった。
今まで、心の奥の、そのまた奥に、何重にも鍵をかけて閉じ込めていた、殿方への、甘えたい、触れたい、好きだと伝えたい、という欲求。
それが、一度溢れ出してしまったら、もう、止める方法を、私は知らなかった。
いや、そもそも、止めようとすら、思わなかった。
だって、私が甘えれば甘えるほど、殿下が、それはもう、嬉しそうな、幸せそうな顔をしてくださるのだから。
その顔が見たくて、私は、今日も今日とて、彼に甘えるのだ。
例えば、ある日の午後のこと。
殿下が執務室で、難しい顔をして書類の山と格闘している、という情報を、ギルバート様からこっそり聞きつけた私は、特製の蜂蜜レモンティーを淹れて、彼の元を訪れた。
「殿下、お疲れ様でございます」
以前の私なら、そう声をかけて、お茶をテーブルに置いたら、すぐに邪魔にならないように退室していただろう。
けれど、今の私は違う。
私は、音を立てないように、そっと彼の背後に回り込むと。
そのまま、彼のたくましい背中に、背後から、ぎゅっと、抱きついた。
私の胸と、彼の背中が、ぴったりとくっつく。
「ひゃっ!?」
私の突然の行動に、殿下は、王太子らしからぬ、素っ頓狂な声を上げた。その肩が、びくりと大きく跳ねる。
「あ、アイ……!? い、いつの間に……」
「先ほど、入ってまいりました。……殿下、とてもお疲れのご様子でしたから、わたくしが、元気を注入して差し上げます」
そう言って、私は、さらにぎゅっと、腕に力を込めた。
私の柔らかな胸の感触が、きっと、シャツ越しに彼の背中に伝わっているはずだ。
それを思うと、少しだけ、恥ずかしい。けれど、それ以上に、彼の反応が面白くて、楽しくて、たまらない。
「あ、アイ……これは……その……」
殿下は、しどろもどろになっている。耳が、ほんのり赤く染まっているのが見えた。
「……仕事に、ならない……」
その、嬉しい悲鳴のような呟きに、私は満足して、くすくすと笑った。
ちらりと部屋の入り口を見ると、いつの間にか、ギルバート様が、そっと気配を消して部屋から退出していくところだった。その背中が、なんだかとても疲れているように見えたのは、きっと気のせいだろう。
また、ある時は。
王宮の廊下で、数人の年配の大臣たちと、何やら真剣な面持ちで立ち話をしている殿下を見かけた。
以前の私なら、きっと、邪魔をしてはいけないと、柱の影に身を隠して、彼が通り過ぎるのを、息を殺して待っていただろう。
けれど、今の私は違う。
私は、あえて、彼の視界に入る場所に、ぴんと背筋を伸ばして立った。
そして、彼が、私に気づくまで、じっと、その場で見つめ続ける。
やがて、私の視線に気づいた殿下が、大臣たちに、「すまない、少しだけ失礼する」と断りを入れて、こちらへ、少し慌てたようにやってきた。
「どうしたんだ、アイ? 俺に、何か用だったか?」
「はい、用事がございます」
私は、きっぱりとそう言うと。
次の瞬間、彼の胸に、えいっ、と飛び込むようにして、思いっきり、抱きついた。
そして、彼の胸に顔をうずめたまま、上目遣いで、彼にお願いする。
「殿下、ぎゅってしてください」
私の、あまりにも大胆な行動に、殿下の赤い瞳が、驚きに見開かれる。
けれど、彼は、すぐに、その瞳を、蕩けるように甘く細めると。
「……ああ、喜んで」
そう言って、周りにまだ大臣たちがいるのも気にせず、私の体を、優しく、しかし力強く、抱きしめ返してくれた。
彼の腕の中は、いつだって、世界で一番、安心できる場所。
また、ある夜には。
私の部屋のバルコニーで、二人で星空を眺めていた時のこと。
ロマンチックな雰囲気の中、殿下が、「アイ、月が綺麗だな。だが、君の美しさの前では、月さえも霞んでしまう」なんて、いつもの甘い口説き文句を口にしようとした、その瞬間。
私は、彼の言葉を遮るように、自分から、彼の首に腕を回した。
そして、少しだけ背伸びをして、彼の唇に、自分の唇を、重ねた。
一瞬だけ驚いたように目を見開いた殿下だったが、すぐに、慣れた様子で、私のキスを、深く、受け入れてくれる。
長い、長い口づけの後、唇が離れると、私は、彼の耳元で、こう、囁いた。
「わたくしの方が、殿下のこと、もっと、もっと、好きです」
完全に不意を突かれた殿下は、しばらく、呆然としていたが、やがて、降参だ、と言わんばかりに、幸せそうに、笑った。
今まで、ずっと、我慢していた分、殿下への愛情表現が、もう、自分でも止められないのだ。
そして、私が甘えれば甘えるほど、殿下が、本当に嬉しそうに、宝物のように、私を甘やかしてくれる。
その、幸せな循環。
「なあ、アイ」
ある日、殿下は、私の髪を優しく撫でながら、心底、困ったように、それでいて、幸せそうに、こう言った。
「君が、毎日そんなに可愛いと、俺はもう、一秒たりとも、君のそばを離れたくなくなってしまうのだが、どうしてくれるんだ?」
私は、その言葉に、満面の笑みで、こう、答えた。
「では、ずっと、ずっと、わたくしのそばにいてくださいませ、殿下」
もう、私たちの間に、遠慮も、ためらいも、必要なかった。
私の心の中で、何かの堰が、完全に決壊してしまったようだった。
今まで、心の奥の、そのまた奥に、何重にも鍵をかけて閉じ込めていた、殿方への、甘えたい、触れたい、好きだと伝えたい、という欲求。
それが、一度溢れ出してしまったら、もう、止める方法を、私は知らなかった。
いや、そもそも、止めようとすら、思わなかった。
だって、私が甘えれば甘えるほど、殿下が、それはもう、嬉しそうな、幸せそうな顔をしてくださるのだから。
その顔が見たくて、私は、今日も今日とて、彼に甘えるのだ。
例えば、ある日の午後のこと。
殿下が執務室で、難しい顔をして書類の山と格闘している、という情報を、ギルバート様からこっそり聞きつけた私は、特製の蜂蜜レモンティーを淹れて、彼の元を訪れた。
「殿下、お疲れ様でございます」
以前の私なら、そう声をかけて、お茶をテーブルに置いたら、すぐに邪魔にならないように退室していただろう。
けれど、今の私は違う。
私は、音を立てないように、そっと彼の背後に回り込むと。
そのまま、彼のたくましい背中に、背後から、ぎゅっと、抱きついた。
私の胸と、彼の背中が、ぴったりとくっつく。
「ひゃっ!?」
私の突然の行動に、殿下は、王太子らしからぬ、素っ頓狂な声を上げた。その肩が、びくりと大きく跳ねる。
「あ、アイ……!? い、いつの間に……」
「先ほど、入ってまいりました。……殿下、とてもお疲れのご様子でしたから、わたくしが、元気を注入して差し上げます」
そう言って、私は、さらにぎゅっと、腕に力を込めた。
私の柔らかな胸の感触が、きっと、シャツ越しに彼の背中に伝わっているはずだ。
それを思うと、少しだけ、恥ずかしい。けれど、それ以上に、彼の反応が面白くて、楽しくて、たまらない。
「あ、アイ……これは……その……」
殿下は、しどろもどろになっている。耳が、ほんのり赤く染まっているのが見えた。
「……仕事に、ならない……」
その、嬉しい悲鳴のような呟きに、私は満足して、くすくすと笑った。
ちらりと部屋の入り口を見ると、いつの間にか、ギルバート様が、そっと気配を消して部屋から退出していくところだった。その背中が、なんだかとても疲れているように見えたのは、きっと気のせいだろう。
また、ある時は。
王宮の廊下で、数人の年配の大臣たちと、何やら真剣な面持ちで立ち話をしている殿下を見かけた。
以前の私なら、きっと、邪魔をしてはいけないと、柱の影に身を隠して、彼が通り過ぎるのを、息を殺して待っていただろう。
けれど、今の私は違う。
私は、あえて、彼の視界に入る場所に、ぴんと背筋を伸ばして立った。
そして、彼が、私に気づくまで、じっと、その場で見つめ続ける。
やがて、私の視線に気づいた殿下が、大臣たちに、「すまない、少しだけ失礼する」と断りを入れて、こちらへ、少し慌てたようにやってきた。
「どうしたんだ、アイ? 俺に、何か用だったか?」
「はい、用事がございます」
私は、きっぱりとそう言うと。
次の瞬間、彼の胸に、えいっ、と飛び込むようにして、思いっきり、抱きついた。
そして、彼の胸に顔をうずめたまま、上目遣いで、彼にお願いする。
「殿下、ぎゅってしてください」
私の、あまりにも大胆な行動に、殿下の赤い瞳が、驚きに見開かれる。
けれど、彼は、すぐに、その瞳を、蕩けるように甘く細めると。
「……ああ、喜んで」
そう言って、周りにまだ大臣たちがいるのも気にせず、私の体を、優しく、しかし力強く、抱きしめ返してくれた。
彼の腕の中は、いつだって、世界で一番、安心できる場所。
また、ある夜には。
私の部屋のバルコニーで、二人で星空を眺めていた時のこと。
ロマンチックな雰囲気の中、殿下が、「アイ、月が綺麗だな。だが、君の美しさの前では、月さえも霞んでしまう」なんて、いつもの甘い口説き文句を口にしようとした、その瞬間。
私は、彼の言葉を遮るように、自分から、彼の首に腕を回した。
そして、少しだけ背伸びをして、彼の唇に、自分の唇を、重ねた。
一瞬だけ驚いたように目を見開いた殿下だったが、すぐに、慣れた様子で、私のキスを、深く、受け入れてくれる。
長い、長い口づけの後、唇が離れると、私は、彼の耳元で、こう、囁いた。
「わたくしの方が、殿下のこと、もっと、もっと、好きです」
完全に不意を突かれた殿下は、しばらく、呆然としていたが、やがて、降参だ、と言わんばかりに、幸せそうに、笑った。
今まで、ずっと、我慢していた分、殿下への愛情表現が、もう、自分でも止められないのだ。
そして、私が甘えれば甘えるほど、殿下が、本当に嬉しそうに、宝物のように、私を甘やかしてくれる。
その、幸せな循環。
「なあ、アイ」
ある日、殿下は、私の髪を優しく撫でながら、心底、困ったように、それでいて、幸せそうに、こう言った。
「君が、毎日そんなに可愛いと、俺はもう、一秒たりとも、君のそばを離れたくなくなってしまうのだが、どうしてくれるんだ?」
私は、その言葉に、満面の笑みで、こう、答えた。
「では、ずっと、ずっと、わたくしのそばにいてくださいませ、殿下」
もう、私たちの間に、遠慮も、ためらいも、必要なかった。
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