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二十二【王宮からの召喚状】
しおりを挟む穏やかな秋晴れのある日。
フォーミュラー領に、一台の豪奢な馬車が到着した。掲げられているのは、紛れもない、王家の紋章だった。
領民たちは、何事かと不安げに遠巻きに見つめている。
馬車から降りてきたのは、尊大な態度の文官だった。彼は、領主の館にいたリノエルを見つけると、芝居がかった仕草で一枚の羊皮紙を広げた。
「国王陛下からの勅命である! リノエル・フォーミュラーは、即刻王宮へ出仕し、陛下の諮問に答えよ!」
高らかに読み上げられた言葉に、周りにいたクロエやアランが息をのむ。
「……勅命、ですって?」
リノエルは、冷静にその羊皮紙を受け取った。
そこには、国王直々の署名と共に、『王国の経済政策について、汝の意見を聞きたい』という内容が記されていた。
(……面倒なことになったわね)
リノエルは、内心でため息をついた。
王宮には、もう関わり合いたくない。アレスやエミリアの顔も見たくない。
だが、国王直々の命令となれば、一介の子爵令嬢が断れるものではなかった。
リノエルが王都へ召喚されるという噂は、すぐに領地中に広まった。
「若様が、王都に取られちまうだ!」
「俺たちを見捨てるんじゃねえだろうな!」
領民たちは、領主の館に押しかけ、不安を口にした。
彼らにとって、リノエルは、この土地を救ってくれた希望の光だ。その光が、また王都という闇に飲み込まれてしまうのではないかと、誰もが恐れていた。
「みんな、落ち着いて!」
リノエルは、集まった領民たちの前に立ち、はっきりとした声で言った。
「これは、国王陛下からの命令です。逆らうことはできません。ですが、心配しないで。私は、この領地を捨てるつもりなど、毛頭ありませんわ」
リノエルの力強い言葉に、領民たちの動揺が少しだけ収まる。
「陛下のご下問に答えたら、私は必ず、ここへ帰ってきます。このフォーミュラー領こそが、私の帰る場所であり、私の城なのですから」
リノエルは、集まった一人一人の顔を見つめながら、約束した。
「だから、私を信じて、待っていてちょうだい。いいわね?」
その言葉に、領民たちは、ようやくこわばった顔を緩めた。
「……若様がそう言うなら」
「俺たち、いつまでも待ってるだよ!」
領民たちに送り出され、リノエルは王都へ向かうための旅の準備を始めた。
胸には、カイからもらった雪の結晶のブローチが、お守りのように輝いている。
(カイ様……)
王都へ行けば、彼に会えるかもしれない。
その考えが、リノエルの重い心に、ほんの少しだけ、温かい光を灯していた。
嵐が待つ王宮へ。
リノエルは、覚悟を決めて、再びその場所へ足を踏み入れる決意をした。
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