悪役令嬢は、婚約破棄されたので自由に生きます!

きららののん

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刺客の襲撃があった嵐の夜から、数日が過ぎました。
地下室に閉じ込めた男たちは、翌朝、ゼノン様がどこかへ連絡を取り、やってきた騎士団の者たちによって、秘密裏に王都へ連行されていきました。
わたくしたちの辺境生活は、再び、元の静けさを取り戻します。
ですが、わたくしとゼノン様の間の空気は、以前とは、明らかに違っていました。

「パートナー」

あの夜、わたくしが口にした言葉が、まるで合言葉のように、二人の間に甘く響いているのです。
彼は、以前にも増して、わたくしのそばを離れなくなりました。
わたくしが庭仕事をしている時も、厨房でお菓子を作っている時も、彼はすぐ近くの椅子に座り、ただ、静かにわたくしを見つめているのです。
その視線は、もう、監視者のものではありません。
愛しいものを見つめる、あたたかくて、そして少しだけ切なそうな、そんな色を帯びていました。

その日の夜は、雲一つない、満月の美しい夜でした。
わたくしは、夕食後に、テラスで月光浴をしながら、夜風にあたって涼んでおりました。

「アイナ嬢」

静かな声に呼ばれて振り返ると、そこに、ゼノン様が立っていました。
その手には、二つのグラスと、先日村でいただいた葡萄酒の瓶が握られています。

「……今夜は、飲みすぎないようにする」

そう言って、少しだけ気まずそうに笑う彼に、わたくしも、くすりと笑みを返しました。
彼は、わたくしの隣の椅子に腰を下ろすと、グラスに琥珀色の液体を注いでくれます。
月明かりに照らされた彼の横顔は、彫刻のように美しく、わたくしは、また心臓がとくんと鳴るのを感じました。

しばらく、二人で、黙って、静かな夜の空気を味わっていました。
心地よい沈黙を、先に破ったのは、彼の方でした。

「……アイナ嬢」

「はい?」

わたくしが振り向くと、彼は、グラスを持つ手とは反対の手で、ズボンの膝を、強く握りしめていました。
まるで、何か、大きな決意を固めようとしているかのように。

「俺は、皇太子殿下のご命令で、君を監視するためにここに来た」

静かな、しかし、芯の通った声でした。

「だが、君と過ごすうちに、何もかもが変わってしまった。君は、俺が思っていたような悪役令嬢ではなかった。優しくて、強くて……そして、誰よりも自由な魂を持っていた」

彼の言葉が、夜の静寂に、一つ、また一つと、落ちていきます。

「いつからか、俺は君を守るという任務を、義務だとは思わなくなった。心から、君のそばにいたい、君の笑顔を守りたい、と願うようになったんだ」

彼は、そこで一度、言葉を切ると、意を決したように、わたくしの方へと向き直りました。
その翡翠の瞳が、月明かりの下で、真剣な光を宿して、まっすぐに、わたくしを射抜きます。

「君が笑うと、胸が温かくなる。君が悲しい顔をすると、胸が張り裂けそうになる。君が危険な目に遭うと、己の無力さが許せなくなる。……この感情が、恋というものなのだろう」

彼は、ゆっくりと、グラスをテーブルに置きました。
そして、わたくしの手を取り、その大きな両手で、優しく包み込みます。

「アイナ・フォン・クライファート嬢」

彼が、わたくしの名を、まるで聖なる祈りのように、厳かに呼びました。

「俺は、君を愛している。一人の男として、生涯をかけて、君を守り、君を幸せにしたい。だから……」

「……」

「俺の、生涯のパートナーになってほしい」

その言葉は、わたくしの心の、一番柔らかい場所へと、まっすぐに届きました。
視界が、じわりと、涙で滲みます。
ああ、なんて、誠実な告白でしょう。
王都で交わした、どんな甘い愛の言葉よりも、彼の、この不器用で、まっすぐな言葉が、わたくしの心を震わせるのです。

わたくしは、ずっと、この言葉を待っていたのかもしれません。
この、誰よりも強くて、不器用で、そして、優しい人に、ただ一人の女性として選んでほしかった。

「……はい」

わたくしの口からこぼれ落ちたのは、たった一言の、か細い返事でした。
ですが、その一言に、わたくしの全ての想いが詰まっています。
涙が、ぽろぽろと、頬を伝って流れ落ちました。

「わたくしも、ずっと、あなた様をお慕いしておりました、ゼノン様。わたくしでよろしければ、喜んで。あなたの、パートナーに、してくださいまし」

わたくしが、涙で濡れた笑顔でそう言うと、彼は、心から安堵したように、その整った顔を、くしゃりと綻ばせました。
そして、わたくしの手を引いて、その逞しい腕の中へと、優しく抱き寄せてくれます。

彼の胸に顔をうずめると、とくん、とくん、と、力強い鼓動が聞こえました。
それは、わたくしの心臓と、全く同じリズムを刻んでいます。

もう、何も、怖いものはありません。
この腕の中が、わたくしの、本当の居場所なのだから。
満月の光が、静かに、そして優しく、寄り添うわたくしたち二人を、祝福するように、照らしていました。
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