悪役令嬢は、婚約破棄されたので自由に生きます!

きららののん

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謁見の間は、異様な熱気と緊張感に包まれていました。
国王陛下と王妃殿下が座る玉座の少し下に、アルフォンス殿下の席が設けられています。
そして、その隣には、今日の主役であるはずの、マリアンヌ嬢が、得意げな顔で立っていました。
彼女は、わたくしが罪人として引き立てられてきたと、信じて疑っていないのでしょう。その瞳は、勝利を確信した者の、傲慢な光に満ちています。

わたくしとゼノン様が、広間の中央に進み出ると、ざわついていた貴族たちが、ぴたりと口をつぐみました。
全ての視線が、わたくしたちに突き刺さります。

わたくしは、誰とも視線を合わせず、ただ、まっすぐに玉座を見据え、深々と一礼いたしました。
隣で、ゼノン様も同じように礼をします。

「面を上げよ、アイナ・フォン・クライファート」

国王陛下の、厳かな声が響きました。
わたくしが顔を上げると、玉座の上の陛下は、何とも言えぬ、苦い表情をなさっています。

「本日、そなたを呼び立てたのは、他でもない。かつて、そなたとアルフォンスとの婚約を破棄するに至った、一連の事件の真相を、改めて、この場で明らかにするためである」

その言葉に、マリアンヌ嬢の口元が、勝ち誇ったように、歪みました。

「さあ、アルフォンス。そなたの口から、皆に、真実を告げるがよい」

陛下の言葉を受け、アルフォンス殿下が、静かに立ち上がりました。
彼の顔色は、紙のように白く、その瞳には、深い後悔と、そして、固い決意の色が浮かんでいます。
彼は、わたくしの方を一度だけ見ると、すぐに視線を逸らし、隣に立つマリアンヌ嬢へと、その目を向けました。

「……本日、ここに、審問会を開いたのは、アイナ・フォン・クライファートの罪を問うためではない」

その、静かな第一声に、マリアンヌ嬢が、きょとんとした顔をしました。
貴族たちも、ざわめき始めます。

「ここに問われるべき罪人は、ただ一人。その清純な仮面の下に、醜い嫉妬と欺瞞を隠し、王家を、そして、この国を、己の私欲のために利用しようとした、大罪人である!」

アルフォンス殿下の声が、怒りに震えていました。
彼は、わたくしではなく、隣に立つマリアンヌ嬢を、まっすぐに指さします。

「その罪人の名は―――マリアンヌ! お前だ!」

「……え?」

マリアンヌ嬢の、気の抜けたような声が、静まり返った広間に響きました。
彼女は、何が起こっているのか、全く理解できていないようです。

「な、何を仰って……? アルフォンス様、ご冗談を……」

「黙れ!」

アルフォンス殿下が一喝すると、証拠開示が始まりました。
まず、召喚されたのは、かつてアカデミーにいた、二人の侍女でした。彼女たちは、震える声で証言します。
「マリアンヌ様は、アイナ様に突き飛ばされたのではなく、ご自分でドレスの裾を踏んで、お転びになりました……!」

次に、読み上げられたのは、質屋の主人の宣誓書です。
「マリアンヌ様が、お母様の形見だと主張していたブローチは、婚約破棄騒動の、ずっと以前に、ご本人が、わたくしどもの店にお売りになりました」

ざわめきが、波のように、謁見の間に広がっていきます。
マリアンヌ嬢の顔から、血の気が、さっと引いていきました。

「う、嘘よ! 全部、嘘! みんな、わたくしを陥れるための罠ですわ!」

彼女が、金切り声を上げて叫びます。
そして、最後の証拠として、謁見の間に、一人の男が引きずり出されてきました。
黒い頭巾を被せられた、囚人。
先日、わたくしたちの屋敷を襲った、刺客の一人でした。

頭巾が取られ、男が顔を上げると、彼は、マリアンヌ嬢を指さし、叫びました。

「そこの女だ! あの女に、金で雇われた! クライファート嬢を殺せ、と、確かに、そう依頼されたんだ!」

その、決定的な証言に、マリアンヌ嬢は、ひっと悲鳴を上げました。
もはや、言い逃れはできません。

「アルフォンス様! 信じてくださいますわよね!? これは、全部、あの女が仕組んだ罠なのですわ! わたくしたちは、真実の愛で結ばれているのではございませんでしたの!?」

彼女は、最後の望みをかけるように、アルフォンス殿下の腕に、必死に縋りつきました。
ですが、アルフォンス殿下は、その手を、まるで汚いものでも払うかのように、冷たく、振り払います。

「……マリアンヌ」

彼の声は、絶対零度の氷のように、冷え切っていました。

「君の罪は、全て、明らかになった。君が口にしていた『真実の愛』とやらは、私を利用し、アイナを陥れるための、真っ赤な嘘だったのだな」

その、拒絶の言葉は、彼女の心をへし折る、最後の一撃となりました。

「あ……ああ……」

マリアンヌ嬢の足から、力が抜けていきます。
彼女は、その場に、へなへなと座り込むと、子供のように、声を上げて泣き叫び始めました。
その無様な姿に、同情の目を向ける者は、誰一人としていませんでした。

わたくしは、その光景を、ただ、静かに見つめていました。
隣に立つ、ゼノン様の体温だけを感じながら。
長い、長い、茶番劇が、ようやく、今、終わったのです。
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