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五話
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初めての宿屋生活。それも、日本にいたときからも含めて、初めて治安が日本以下の国での宿泊で、余り眠れなかった夜を越えての朝。ベッドから起きると少しして、レイラちゃんが中くらいの大きさの盥を持ってきてくれた。この宿独特のサービスらしい。
顔を洗ってさっぱりしたところで一階に降りる。
「おう、おはよう」
食堂に入ると、店主が疎らな客相手に簡単な朝食を配膳しているところだった。昨日の暴れ兎が大分好印象を与えているらしい。
なにとはなしに食堂を見渡すと、壮年の男性が家族と思わしき女性と、子供らしき少年少女が三人居るのが見えた。何故か壮年の男性と末子っぽい少年が和服、正確には道着を纏っている。近くの壁には男性の獲物か十文字槍があり、その他に漆黒の鞘に収められた日本刀。
「あんな装備、欲しいなぁ」
元々地球で収めていた武道は槍道と居合道、剣道を主軸にしていた。好きが高じて槍道はエリーと家で棒術に近いこともやっていたが。
「お金貯めましょ」
俺のぼやいた言葉を聞きつけたのか、エリーは後ろから俺の肩をたたいて空いているテーブルへ向かっていった。
「店主、ごちそうさん」
俺が席に着くと先程の家族が席を立った。呼びかけられた店主は俺達に配膳する途中だ。
唐突に男が拳を上げ親指を弾く。指弾だ。そう思ったが動くには遅すぎた。固唾をのんで着弾方向に目を走らせるが、未だ着弾はしていなかったらしい。指弾で弾いた弾は即座に着弾するものだから妙だと思いつつ球を探す。
舞っていた。
ため息をつくほど綺麗な弧を描きつつ、
鉄貨が。
舞っていた。
そのコインは寸分の狂い無く店主の胸ポケットに吸い込まれていった。
「チップだ。受け取らせたぞ」
朝食を食べ終え、冒険者ギルドに足を運んでいた。
「朝の、凄かったなぁ」
「そうねぇ。アレ、指弾ってスキルの応用でしょ?あんな技巧を持った冒険者が居たのねぇ」
俺とエリーの会話は先程から今朝見た光景の話題で持ちきりだ。戦闘職、しかも拳闘士じゃないと解らない超絶技巧。話題にならない筈がない。
しかし、そう言った雑談も冒険者ギルドの建物の前まで。これから試験を受けて駆け出しの冒険者になるのだ。
「おはようございます。あなた方は・・・・・・成人前の方でしたね。後程係りの者がご案内させていただきますのでそちらにお掛けになってお待ちください」
比較的空いている列に並んでカウンターにたどり着くと、既に周知されていたのか昨日担当した人ではなかったが脇にあるベンチを指しながらそんな事を言った。礼を言って立ち去り、ベンチに座ってギルド内を見渡す。
案外、筋骨隆々の人が多くない。確かに二、三人はいるが目に付くのはそれぐらいだ。どちらかというと、中肉位の肉付きの人が多い。それから、礼儀正しい人が多いようだ。知り合いがいれば手を挙げ、上げられたら上げ返している。横入りもないし、用事が終わったら空いているスペースを探しつつも立ち止まらない。見つけられなかった人が諦めて建物から出ていくのも散見した。
「お待たせしました」
唐突に真後ろから声をかけられた。俺とエリーは一旦身体を強ばらせるが、俺達だけでなく声が届いた者たちが一斉に直立不動になる。
「いえ、村ではこういう所がなかったので楽しく過ごせましたよ?」
振り返りつつ、自分でも不思議なのだが何故か丁寧に応対する。
「・・・・・・これはこれは。わたくし、アンネリーゼと申します。以後お見知り置きを。丁寧な口調が出来る方は新人ですと高評価に繋がりやすいですから覚えておいてくださいね?でないとわたくしどもが丁寧に教育差し上げなければなりませんので」
睨みつけるように微笑むアンネリーゼと名乗る女性。教育の部分で愉悦のような感情が過っていた。
「わかりました。気をつけます」
そう言いつつ、エリーと共に立ち上がる。試験会場はギルドの地下にある訓練施設というのを昨日の査定の時に聞いていたからだ。
「案内します。こちらへどうぞ」
向かうのはベンチの脇にある階段。
アンネリーゼさんに連れられてやってきたのは地下一階から三階までぶち抜いた広大な演習場だった。
地下一階には更衣室兼ロッカールームとシャワールーム。ギルドマスターの趣味で大浴場も有るとの事。地下二階はトレーニングルームで地下三階は待機室が連なり、そこから今居る演習場に続いている。
そこには男が一人佇んでいて、誰だ?と思っていると出で立ちが今朝の男だった。但し、今は戦国武将のような甲冑を着込み、兜の代わりか武田信玄が付けているような鬼の面を付けている。
「お、君達かぁ。アンネもご苦労様。多分合格だろうから書類はちゃっちゃと処理しちゃって大丈夫だよ」
「あら?クックさんと面識有るのかしら?」
佇んでいたときの重厚な気配はどこへやら。大分気の抜けた朗らかな声音で男は親しげにアンネリーゼさんに声をかける。アンネリーゼさんもこの人には毒気を抜かれるのか普通に接し始める。
「さっき言っただろ?泊まった宿屋で将来有望そうな少年少女を見つけたって。彼等だよ」
「指弾に見えない指弾を指弾と見抜いた子の事?」
「ただ手元が狂ったとも言う」
「あなたは手元が狂い過ぎなのよ」
「本当は店主の顔にぶつけてやりたかったんだよねぇ」
和気藹々と話を脱線させていく二人。クックと呼ばれた男は子供の様に地団駄を踏んだりしている。・・・・・・そっかー、手元が狂っただけなのかー。
「あぁ、ごめんごめん。冒険者ギルド加入の試験だったね?どこまで聞いているかな?」
一通り話がすんだのか、アンネリーゼさんが立ち去った後に頭を掻きながら俺達に聞いてきた。
「えっと、命の危険がある職業だから成人前の人が冒険者ギルドに加入する時は必ず実力試験が有るのと」
「実力試験は最低一つの武芸を見せて試験官に実力を認めて貰うことが条件って事くらいです」
「オーケーオーケー。十分だね。実力を認められても最低ランクからスタートって言うのも覚えておいて欲しい」
「「はい。わかりました」」
「じゃあ、始めようか。僕は今回試験官を務めるクックだ。あっちに色んな武器があるから好きなのを取ってきてくれ」
ん?クック?どこかで聞いたことがあるような?
クックさんに促されて武器を取りに行き、ガチャガチャと得物を探している間にちょっとした疑問が湧き上がる。
そんな疑問を飲み込んでエリーと俺は同じ武器を取り上げた。
顔を洗ってさっぱりしたところで一階に降りる。
「おう、おはよう」
食堂に入ると、店主が疎らな客相手に簡単な朝食を配膳しているところだった。昨日の暴れ兎が大分好印象を与えているらしい。
なにとはなしに食堂を見渡すと、壮年の男性が家族と思わしき女性と、子供らしき少年少女が三人居るのが見えた。何故か壮年の男性と末子っぽい少年が和服、正確には道着を纏っている。近くの壁には男性の獲物か十文字槍があり、その他に漆黒の鞘に収められた日本刀。
「あんな装備、欲しいなぁ」
元々地球で収めていた武道は槍道と居合道、剣道を主軸にしていた。好きが高じて槍道はエリーと家で棒術に近いこともやっていたが。
「お金貯めましょ」
俺のぼやいた言葉を聞きつけたのか、エリーは後ろから俺の肩をたたいて空いているテーブルへ向かっていった。
「店主、ごちそうさん」
俺が席に着くと先程の家族が席を立った。呼びかけられた店主は俺達に配膳する途中だ。
唐突に男が拳を上げ親指を弾く。指弾だ。そう思ったが動くには遅すぎた。固唾をのんで着弾方向に目を走らせるが、未だ着弾はしていなかったらしい。指弾で弾いた弾は即座に着弾するものだから妙だと思いつつ球を探す。
舞っていた。
ため息をつくほど綺麗な弧を描きつつ、
鉄貨が。
舞っていた。
そのコインは寸分の狂い無く店主の胸ポケットに吸い込まれていった。
「チップだ。受け取らせたぞ」
朝食を食べ終え、冒険者ギルドに足を運んでいた。
「朝の、凄かったなぁ」
「そうねぇ。アレ、指弾ってスキルの応用でしょ?あんな技巧を持った冒険者が居たのねぇ」
俺とエリーの会話は先程から今朝見た光景の話題で持ちきりだ。戦闘職、しかも拳闘士じゃないと解らない超絶技巧。話題にならない筈がない。
しかし、そう言った雑談も冒険者ギルドの建物の前まで。これから試験を受けて駆け出しの冒険者になるのだ。
「おはようございます。あなた方は・・・・・・成人前の方でしたね。後程係りの者がご案内させていただきますのでそちらにお掛けになってお待ちください」
比較的空いている列に並んでカウンターにたどり着くと、既に周知されていたのか昨日担当した人ではなかったが脇にあるベンチを指しながらそんな事を言った。礼を言って立ち去り、ベンチに座ってギルド内を見渡す。
案外、筋骨隆々の人が多くない。確かに二、三人はいるが目に付くのはそれぐらいだ。どちらかというと、中肉位の肉付きの人が多い。それから、礼儀正しい人が多いようだ。知り合いがいれば手を挙げ、上げられたら上げ返している。横入りもないし、用事が終わったら空いているスペースを探しつつも立ち止まらない。見つけられなかった人が諦めて建物から出ていくのも散見した。
「お待たせしました」
唐突に真後ろから声をかけられた。俺とエリーは一旦身体を強ばらせるが、俺達だけでなく声が届いた者たちが一斉に直立不動になる。
「いえ、村ではこういう所がなかったので楽しく過ごせましたよ?」
振り返りつつ、自分でも不思議なのだが何故か丁寧に応対する。
「・・・・・・これはこれは。わたくし、アンネリーゼと申します。以後お見知り置きを。丁寧な口調が出来る方は新人ですと高評価に繋がりやすいですから覚えておいてくださいね?でないとわたくしどもが丁寧に教育差し上げなければなりませんので」
睨みつけるように微笑むアンネリーゼと名乗る女性。教育の部分で愉悦のような感情が過っていた。
「わかりました。気をつけます」
そう言いつつ、エリーと共に立ち上がる。試験会場はギルドの地下にある訓練施設というのを昨日の査定の時に聞いていたからだ。
「案内します。こちらへどうぞ」
向かうのはベンチの脇にある階段。
アンネリーゼさんに連れられてやってきたのは地下一階から三階までぶち抜いた広大な演習場だった。
地下一階には更衣室兼ロッカールームとシャワールーム。ギルドマスターの趣味で大浴場も有るとの事。地下二階はトレーニングルームで地下三階は待機室が連なり、そこから今居る演習場に続いている。
そこには男が一人佇んでいて、誰だ?と思っていると出で立ちが今朝の男だった。但し、今は戦国武将のような甲冑を着込み、兜の代わりか武田信玄が付けているような鬼の面を付けている。
「お、君達かぁ。アンネもご苦労様。多分合格だろうから書類はちゃっちゃと処理しちゃって大丈夫だよ」
「あら?クックさんと面識有るのかしら?」
佇んでいたときの重厚な気配はどこへやら。大分気の抜けた朗らかな声音で男は親しげにアンネリーゼさんに声をかける。アンネリーゼさんもこの人には毒気を抜かれるのか普通に接し始める。
「さっき言っただろ?泊まった宿屋で将来有望そうな少年少女を見つけたって。彼等だよ」
「指弾に見えない指弾を指弾と見抜いた子の事?」
「ただ手元が狂ったとも言う」
「あなたは手元が狂い過ぎなのよ」
「本当は店主の顔にぶつけてやりたかったんだよねぇ」
和気藹々と話を脱線させていく二人。クックと呼ばれた男は子供の様に地団駄を踏んだりしている。・・・・・・そっかー、手元が狂っただけなのかー。
「あぁ、ごめんごめん。冒険者ギルド加入の試験だったね?どこまで聞いているかな?」
一通り話がすんだのか、アンネリーゼさんが立ち去った後に頭を掻きながら俺達に聞いてきた。
「えっと、命の危険がある職業だから成人前の人が冒険者ギルドに加入する時は必ず実力試験が有るのと」
「実力試験は最低一つの武芸を見せて試験官に実力を認めて貰うことが条件って事くらいです」
「オーケーオーケー。十分だね。実力を認められても最低ランクからスタートって言うのも覚えておいて欲しい」
「「はい。わかりました」」
「じゃあ、始めようか。僕は今回試験官を務めるクックだ。あっちに色んな武器があるから好きなのを取ってきてくれ」
ん?クック?どこかで聞いたことがあるような?
クックさんに促されて武器を取りに行き、ガチャガチャと得物を探している間にちょっとした疑問が湧き上がる。
そんな疑問を飲み込んでエリーと俺は同じ武器を取り上げた。
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