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第二章

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 戦う順番を決めるからちょっと待っててくれ。
 そう、集まった者達に告げてその場を一旦離れる。その間に緊張をほぐして貰おうとベリナナのチョコレートソース掛けを大皿で山になるようにして振る舞っておいた。
「さて、と。どうするか。始めは誰しもやりたがるだろうしなぁ」
「紙あるんだし、サイコロで決めれば良いんじゃない?十七人を六グループに分けて、もう一度サイコロ振って誰か決める感じで」
「それでいこうか。ハマナちゃんとイヌヅカ君はそのまま入れとくか?」
「私的には最後が良いなぁ。あの子達、見所有るよね?」
「見所と言うか、微かに同じ臭いがする。何の方面か解らないが」
「もしかしたら、魂の番かもね?」
あくまで冗談のように俺と美咲は言い合って笑い合った。
 と言うことで、ハマナちゃん、イヌヅカ君は除外して十五人で五グループ作る。六が出たら振り直しで、次に出た目は半分の数値で読むことに決まった。
 十分後、完成したので最後の二戦にイヌヅカ君、ハマナちゃんの順で書き入れる。この時は奇数が出れば最後にイヌヅカ君で偶数が出ればハマナちゃんでサイコロを振った。結果は四。
 ついでに、弟子は取らないがハマナちゃんとイヌヅカ君を、向こうが望んだ場合に限り側に置くことも二人で決めた。これは後でこっそりと希望を聞こうと思う。


「お待たせしました。こちらが対戦の順番になります」
そう言って、訓練場の脇にあるボードに対戦順を書いた紙を貼り付ける。高校の合否発表のようにわらわら集まって一喜一憂していた。
 その隙に、人垣の後ろでぴょんぴょんと飛び跳ねているハマナちゃんとそれを眺めるイヌヅカ君を捕まえて少し遠くに連れて行く。
「ぜ、是非!お願いします!」
要件を聞いてみると、一も二もなくハマナちゃんとイヌヅカ君は頭を下げてきた。此処まで見てきて、初めてハマナちゃんのハキハキした声を聞けたかもしれない。・・・・・・そう言えば、イヌヅカ君の声を聞いていないような?
 要件はそれで済んだので、自然になるように二人を返し、脇に置いて置いた自分の得物を拾い上げて準備運動を始める。
「今回は私がやっていい?」
準備運動が終わるとそんな事を美咲が言い出した。
「俺はやりたい訳じゃないから別に良いぞ?」
「ちょっと、この場の雰囲気に当てられたと言いますか・・・・・・っ!」
そう言いつつ、制御できないほど闘志を沸き上がらせる美咲。あぁ、いつものアレか。
「行ってこい。手加減はしろよ?相手に悟らせないように十五連勝したらなんかやろうか?」
「一がほしい!・・・・・・や、違う!一のキス三十分!」
「分かった。行ってこい」
言った後でなにか想像したのか、言い直した。俺が了承すると、闘志だけでなくやる気まで噴出させて駆けていった。


 目をつむって参加者と美咲の戦いを観察していると、盾の扱いだけやたらと上手い騎士が居た。それは美咲も気付いたらしく、面白がって盾を使わせるような攻撃を多々行っている。
「あなた、やたらと盾の扱いが上手いわ、ねっ」
「そりゃ、どう、も・・・・・・っ!」
返ってきた声は意外と思うほど若く、高い。確かこの声はホルエスさんだったか。
 彼女は騎士見習いで弟子になりたいと言っていた貴族だ。どうあっても強くなりたいが、剣の才がなく家族に騎士をやめて嫁に行けと言われていて進退窮まっているらしい。
「弟子、は、取らない、けどっ、ウチ来るっ?」
左から薙払い、右手から突き込み、下からかち上げ上から振り下ろす。地面にたたきつけた棍の先を支点に逆の先を更に振り下ろしながらその合間合間にホルエスさんのみに聞こえる声で誘う。
 美咲の攻撃をギリギリで盾で懸命に防ぎ続けながら、美咲の言葉を聞いたホルエスさんは数秒の後に唐突に言葉の意味を理解したのかびくりと身体を強ばらせた。
「返事は、後で聞くから、ねっ!」
そこにつけ込んだ美咲は両肘、両膝を軽めに打ち据え、最後に中央に構えていた盾の上から強めに棍の先を突き込んだ。
 ホルエスさんは五メートルくらい吹っ飛んで尻餅を着くが、そんな事気にならないと言わんばかりに惚けたように美咲を見上げている。
「次っ!」
そんな視線を無視して美咲は声を上げる。弟子をとらないのは本当だが、側に置かないとは言っていないので大っぴらにしても問題にはならないが、それをする事で側に置けと無理強いして来る輩がいるかもしれないから気に入った人だけに声をかけている。これも、先ほど話し合った結果だった。


 結局、側に居て見守ってみたいと思う人物はホルエスさん、ハマナちゃん、イヌヅカ君の三人だけだった。後者二人は一人一人はまだまだだったが、二対二で戦ってみると面白いぐらいに手強くなった。連携だけなら俺と美咲以上だと思った程だ。
 そんなこんなで模擬戦も終わり、取り敢えず解散する。三人には明日、今一度ガンジュールさんの屋敷に来るように書き加えた手紙を渡し、その他の人たちには改善点を書いた手紙を渡した。三人だけに手紙を渡すと怪しまれるから、この際、全員に手紙を渡してしまえとなったのだ。
「いやはや、やはり見事。と言うほかないな」
全てが終わった後、客間に通されたのでくつろいでいると仕事の終わったガンジュールさんがラフな格好でエリュシアさんを連れて顔を出した。
「ん?なにをやっているのだ?」
「最近、鍛錬にイッカクさんも混ざるようになったんですよ。今やっているのは正しい動きをゆっくり動きながら身体に馴染ませてるんです。早くやると雑になりますからね」
そう言いながら三人は一糸乱れぬ動きで左足に重心を起き、前方に軽く肩幅くらい開いて着けていた右足を床に這わせながら左足に引きつけ、そのまま股関節近くまで踵を引き上げる。そこからさらにゆっくりと膝を中心にのばし始める。
「やはりきつい・・・・・・」
イッカクさんがそんな泣き言をつぶやく。しかし、言葉の内容とは裏腹に声音は嬉しそうだ。
完全にのばし終えるとそこで十五秒静止。イッカクさんは此処が苦手だ。・・・・・・まあ、俺達も始めた頃はここが一番の鬼門だったから目くじらを立てるほどじゃない。始めて最初の頃はどう足掻いてもプルプルするものだ。
 そこで終わりを告げると、イッカクさんは大きく息をついた。
「この年になって久し振りに筋肉痛、それから短期間でさっぱりとした汗をかけとるよ。こんな効率的な鍛錬方法は思い付かなんだ」
「ウチの方の鍛錬方法ですからね。こっちの鍛錬方法じゃ、外側の筋肉を鍛えるだけで、内側の筋肉を鍛えるのには向いていないんです」
「なるほどな。そんなひょろっこい出で立ちでどこからあんな力が出ているか疑問だったが、内側が鍛えられとるとこんな風になるのか」
全身から噴き出すように汗を流すイッカクさんにタオルを差し出すと会釈だけしてそれを受け取り顔を拭く。彫りの深い顔は溌剌としていた。
「ところで、身元を引き受けようと思う者は居たかね?人数にもよるが、手配が必要か?」
「大丈夫ですよ。身元を引き受けようと思ったのは三人でした。ホルエスさん、ハマナちゃん、イヌヅカ君です」
「分かった。住民証を手配しよう。・・・・・・それから、遅くなったがハジメ君、ミサキ嬢、イッカク殿の住民証だ」
そう言いながら、ガンジュールさんは俺達にここの住民証を渡してくれる。
 これは、先の戦争の後に俺達がここの住民証が欲しいと打ち明けた物だ。ただし、諸処諸々の事が終わってから処理してくれとも行って置いたので今まで持っていなかったのだ。
 受け取るとすぐに俺は金貨五枚を住民証に入金する。美咲は嬉しそうに貰った住民証を翳してみたり裏返してみたりと言い顔で眺めていた。
 イッカクさんは神妙な面持ちで受け取る。
「ガンジュール殿のご厚意、しかと・・・・・・っ!」
なんてつぶやいても居た。
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