上 下
28 / 44
第二章

27

しおりを挟む
 家に帰って、こっちに来てから追加された日課を説明することになった。魔力関係の鍛錬と、ついでに瞑想だ。
 瞑想は週の始めと終わり・・・・・・土曜と日曜に行っていたがこっちに来てから毎日するようになっていた。こっちに来てから目新しい物ばかりで気が落ち着かないことがしばしば有ったからね。
 俺と美咲がやる瞑想は正しく瞑想・・・・・・なにも考えず動かない瞑想だが、始めの内は難しいので全身の細部まで意識を行き渡らせる事を旨とした瞑想をしてもらった。瞑想は十五分。十分は全身を意識してもらい、残りの五分でなにも考えない正しい瞑想に挑戦してもらうことになった。
 次にやったのは魔力の知覚。これ以降は魔力を知覚出来ないとなにもできなくなるからだ。だから、今日から暫くは魔力の知覚に専念する。
 俺たちの魔力が強いからか、ぞわぞわした感覚はすぐに感知でき、自分たちの中に同じ物があることは理解して貰えた。そこからは、どうやって自分達の魔力を動かし俺達の魔力に触れるかだ。
「そう言えば、皆って初めて持った武器を目を瞑ったまま自分の手足のように動かせる?」
美咲の唐突な問いかけに、皆は戸惑っていた。
「同じ型の武器なら出来そうか?」
「私もイッカク殿と同意見だ」
「出来ない・・・・・・かも」
「・・・・・・・・・・・・」
イヌヅカ君は声には出さないが、表情が出来なさそうと語っている。
「じゃあ、武器買いに行こう。武器。新しい鍛錬法かも知れないし、実験あるのみ!」
美咲の一声で、武器を買いに行くことになった。


 買ってきたのは鉄棍、硬鞭、メイス、弓、ラウンジシールド、大型ナイフ、ダガー、ショートソード、ロングソード、シールドソード。
 それぞれ四本ずつ買ったので十面ダイス(自作)を振って握る武器を決めた。
「初めはまず無理だから出来なくても大丈夫だと言うことを覚えておいて欲しい。俺が出来るようになったのは思い立ってから毎日鍛錬して一年後だった。美咲は俺のアドバイスがあって半年かかってる。それぐらい気長にやってくれ」
と、前置きしてから説明に入る。基本は武器を握っての瞑想。瞑想しつつ全身に意識を巡らせ、そのついでに武器に意識を持っていくのだ。
 それを四十分やって今日はおしまい。一つのことに集中できる最大がそれくらいだ。


次の日。朝に素振りをしようと庭へでると、待ちかまえていたように美咲を除いた全員が硬鞭を持って立っていた。その輪に入るようにして柔軟を始め、終わると硬鞭を正眼に構える。皆、見よう見まねだ。しっかり構えられているのは騎士だった二人。ハマナちゃんとイヌヅカ君はちょっと曲がっている。
 俺が悪いと思ったところを指摘しながら両手で素振りを百回、片手で百回ずつこなす。その後は左右の正拳突きを百回ずつ、左右の前蹴り、左右の回し蹴りと続く。
 こなしたところでもう一度柔軟して終了。これには全員ついて来れていた。
 俺達と入れ替わりで美咲が庭へ出て行くのを見送り、朝食の準備を始める。今日は黒パンのサンドウィッチに焼き魚。コンソメスープにフォッカ、ナッチーリス、ハープンのミックスジュース。デザートにイェスディン。
「いつも思うんだが、なんで毎朝イェスディンが出てくるんだ?」
イッカクさんが自分指定の席に着きながらそんなことを言う。
「美咲がイェスディンを大好きなんで。教国が攻めてくるまでに大量に収穫しておいたんですよ。一年分くらい」
「ここの特産と聞いていたがそんなにあるものなのか?」
「普通の人は森に入るだけで護衛が必要だし、一回で取れる量にも制限がありますからね。イェスディンは採れば採るだけなりますし、気付いたらそれだけ収穫してました」
「やはり規格外・・・・・・。リュックサックの方も二トン入るんだったか?強運だよな」
「・・・・・・あぁ!リュックサック!」
イッカクさんの言葉で思い出した。脱穀しなくては!
「ん?何かあったか?」
「米!故郷で主食だったのでこっちで購入したんですよ」
「あぁ、馬の餌だな。・・・・・・ん?ハジメの故郷で主食・・・・・・?」
「えぇ、そうです。俺と美咲の故郷で主食でした」
「それなら大層旨いのだろう。どれ、俺も脱穀の手伝いをしよう」
今まで振る舞った料理を気に入ってくれていたのか、イッカクさんがそう申し出てくれる。続くようにしてホルエスさん、ハマナちゃん、イヌヅカ君も手をあげてくれた。外は晴れているし、美咲と相談して今日脱穀してしまおう。


 朝食をとりながら今日の予定に脱穀作業を提案すると、美咲も言われて思い出したように慌てて了承してくれた。
 脱穀作業は小麦とかのと同じ物を使えばいいだろうと思い、農具を売っている道具屋に赴いて足踏式脱穀機、唐箕、精米用に一升瓶四つと太い木串を購入した。
 庭に脱穀機を置き、その周りに蓑を敷く。その周りに脱穀していない米の藁を置いた。
「これだけあると壮観だな」
そう呟くのはホルエスさん。ホルエスさんは貴族出身だしこの光景は珍しい様だ。
「この踏み板を踏んで、こぎ胴を回して脱穀。踏むと前に回って、離すと後ろに回りながら踏み板があがる。・・・・・・踏むときに藁を乗せて、離すときは藁も離した方がいいわね」
どうやら買ってきた脱穀機は回り続けるタイプでは無かったようだ。それでもこれより古いタイプの脱穀機、千歯扱きよりも効率的らしいから有り難がるしかない。
「一応、五つ買ったから皆は一つずつ使ってもらって、私達は二人で一つで良いかしら?」
「問題ないぞ。踏むときに実の部分を落として、踏むのをやめるときに浮かせるんだな?」
「そうしないと蓑の方に実が落ちてくれないからね。あ、念のためにこっち側にも敷いておこう。靴を脱いで作業しようよ」
「おぉ、心がけはそのままでもしもの場合に備えないとな。靴で踏んだ物を食べたいと思わんし、良いんじゃないか?」
そう言いながら、美咲とイッカクさんは五機のこっち側にも蓑を敷いていき、敷き終わるとスポーンと靴を脱ぎ散らかして蓑の上に立った。俺達もそれに続く。


「脱穀って、結構体力がいるんだな!シミュリストル様にしか祈りを捧げて居なかったが、農民にも感謝を捧げなくてはと思うぞ!」
「あぁ、そうだな!こんなにも大変な作業だったとは!今までは知らぬ存ぜぬで目を瞑っていたが、もっと貴族は領民に目を向けるべきだな!」
大声で話しながら、イッカクさんとホルエスさんは脱穀作業に没頭しているが、速度は俺達と同じくらい。この作業で輝いていたのはハマナちゃんとイヌヅカ君だ
「ものすごい、程・・・・・・簡単に、落ちていきます・・・・・・」
聞いたところによると、ハマナちゃんとイヌヅカ君は千歯扱き経験者だった。
 やはり、足踏式脱穀機は千歯扱きよりも効率的らしい。俺達よりも数段早く脱穀作業を進めている。
「疲れたら休憩を挟んでくれ。作業はまだまだ有るからな。休憩中には飲み物を用意しておいたから飲んでくれ」
俺が美咲に作業を任せてクルーヤ汁を水で割り、塩とシロップで作ったなんちゃってスポーツ飲料を持ってくると全員が作業の手を止めた。
「初めて飲む味だ。なにが入ってるんだ?」
「クルーヤ汁と塩とシロップですよ。クルーヤの酸っぱさが疲労回復に、汗で流れた塩を補いつつ水分を補給する為の飲み物です」
「・・・・・・ポーションとはいかないがポーションみたいな効果があるんだな」
「・・・・・・後でレシピ登録しておこう」
最近は多少なら文字が書けるようになったから美咲に頼まずとも簡単なレシピなら書ける。俺も牛歩だが成長しているのだ。
 そんなこんなで休憩時間が過ぎ、再び脱穀作業に入る。・・・・・・やはり二十五トンは買いすぎたか?終わりが見えない。
 昼食を摂り、カラスの鳴き声が聞こえ始めたところで今日の作業は終いになった。残り三分の二くらい。今日の成果、脱穀機、米藁を自在倉庫に戻し夕飯の準備に入る。今日は美咲が料理当番だから楽しみだ。


 それから二日間脱穀作業に没頭し、次の2日間で唐箕を使った選別作業を行った。途中で足踏みで取っ手を回す物を作ってみたらこれが思いの外好調で、作業が捗った。その副作用として調子に乗ったイッカクさんのふくらはぎが悲鳴を上げたが、些細な事故だろう。
 次の日は当面の食べる量を精米した。精米はやった事のある俺、美咲、ハマナちゃん、イヌヅカ君が早く、不器用なイッカクさんが一番遅く、ホルエスさんはやった事がないのにだんだん加速してきてもう二日あれば俺達に追いついていたと思う。
 その日の晩に炊き出した白米は皆に好評だった。好評だったが、日本のおいしすぎる米をどこかで期待していた俺たちには不評。
 折衷案としてスプーンで食べても(俺達にとっては)違和感のないチャーハンを出すとこれが大好評だった。
 米の炊き方やチャーハンの作り方は美咲がレシピ登録する事になった。
しおりを挟む

処理中です...