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第二章

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 今日はやることがないのでパン、ピザ焼き用の窯を作ろうかと思う次第です。釜の上には屋根も設けようとも話しております。
 釜の高さは全員の平均を取って、俺の臍ぐらいの高さに口を作ることになった。それを考慮しながら耐熱煉瓦を積み上げ、隙間を耐熱モルタルで埋める。耐熱モルタルは耐熱煉瓦と共に資材屋に普通に売っていた。
 少し余分に積んでから俺が魔力を練って水平に切り落とす。魔力で木を切るヤツの応用だ。
 水平にしたら周りのレンガを一列残して化粧用のモルタルを盛る。ここはパンが乗ったりするから真っ平らにする。巧く行かなくて何度もやり直した。
 左官は一事業だしこれは仕方ないと割り切って何度も何度も納得が行くまでやり直す。
 五回モルタルをダメにしたところで納得のいく出来になった。
 この日は思いの外時間がかかったのでこれで終わりだ。俺がモルタルと格闘している間、どうやら美咲が四人を指導していたらしい。あちらはあちらで汗まみれだ。
 ここの風呂事情は、大衆サウナ、大衆浴場、個人持ちのサウナ、個人持ちの風呂、個人持ちの大浴場の順にグレードが上がっていて、この家には大浴場が備えられている。湯沸かしが必要だがこれは有り難いと思っていた。
 水魔法で水を張り、火魔法で火球を作ってそれを張った水の中へ落とすと、いつも火力が強すぎるのか想定以上の温度になってしまうので更に水魔法を使って温度を調節する。すると待ってましたと言わんばかりにイッカクさんとイヌヅカ君が飛び込むまでがお約束だ。イッカクさん、子供じゃないんだから飛び込まないで・・・・・・。
 上がるときは身体から落ちた汚れもひとまとめに水を浮かせて浴槽から話し、身体洗いの方で少し使った後に浴槽意外のところへ放水。念のため浴槽を抉らないように気をつけながら浴槽を高圧洗浄しておく迄がこの浴槽を使うときの約束事だ。浴槽意外は適当なときに石鹸で洗っている。
 石鹸は優秀なもので、キリンジの量を調節するだけで身体洗い、食器洗い、風呂場洗いと応用できる。その分、泡立ちは悪くなるが。
 風呂を出て美咲達女性組とバトンタッチ。この順番は固定だ。ここでは女性組の方が長風呂なのだ。


 次の日もカラッと晴れた。早速、窯作製の続きをしよう。まずは釜の天井を丸くするために煉瓦を斜めに切り、仮組で具合を確かめる。これは美咲の知識と計算に頼った作業で、組んでみるとかっちりと巧い具合に組めた。かっちりしすぎてモルタルを使う隙間が無いぐらいだ。
 これはマズいとなって一旦ばらし、煉瓦一つ一つをモルタルの厚みを考えながら更に切ってこれで仕上げとする。
 後は本組だけだ。モルタルを接着剤にして組み上げる。煙突は高めに設けておいた。
 これで窯は完成。まだ昼には早いから窯を囲うように柱を四本立て、そこに梁を通す。一組は平行に、俺達が庭にでる時によく使う今の戸の方を高く、逆側を低くした。その間の梁は梁と梁を繋ぐように斜めになった。
「ほぉ、これに板を張れば完成か?」
「水をはじくミモットの実の皮から作ったニスを塗りますね。そろそろ窯に火を入れてみましょうか」
興味深そうな声でイッカクさんが言ってくるのに対して軽く返し、薪を用意していたハマナちゃんとイヌヅカ君に声をかける。俺の声を聞くと、二人は少しずつ薪を窯へ放り始めた。
「ピザというのは初めて聞く料理だな」
今日の昼の献立は先ほど美咲が宣言して準備に入っている。そのため気になったのであろうホルエスさんが話しかけてきた。美咲はマルゲリータと言っていたのでそれに合った説明をする。
 ピザ生地ーー薄く円状に伸ばした生地の上にカラルクを主にしたソースを塗り、チーズをばらまいて今作った窯で焼き上げ、食べるときにカッコウ草(バジルに風味が似た葉)を散りばめて素手で食べる料理だと告げると、それを聞いた他の三人と揃って溜まらなさそうな表情で「それは楽しみだ」と言って素振りに戻っていった。
 イッカクさんとホルエスさんは素振り、ハマナちゃんとイヌヅカ君は釜の中で火を起こし問題がないかチェックしてくれている。全員の身長の平均を取ったからこれから成長期のイヌヅカ君でも丁度目線の高さに窯の口が来ていていい感じだ。
「ハジメ、さん・・・・・・作った、窯、ですけど・・・・・・大丈夫、そうです・・・・・・」
「そうか。ありがとう。後は美咲がピザを持ってきて焼くだけだから自由にしてくれ」
俺が言うと、二人は自分の武器を取りに行ってイッカクさん達と一緒に素振りを始めた。


「お待たせ!ケチャップ作ってたら遅くなっちゃった。たくさん作ったよー」
無い物は手ずから作る。美咲は良い嫁さんになるなぁ。・・・・・・じゃない。
 暫く経って、陽が天辺を少しすぎた頃に漸く美咲が家から出てきた。四人は素振りを一旦止めて休憩に入っているので大喜びで美咲の持つ生のピザを見に行った。
 窯の中を整えピザを放り込むと焼きあがるまでゆっくり動く鍛錬を全員でやって時間をつぶした。前蹴りを終えたところでちょうど良い感じにいい匂いが漂ってきたので食堂の机と椅子を持ち出して庭で食事をすることにした。
「旨い!」
イッカクさんが率先して食べた感想を述べる。側にはこちらが提供した、赤ワインもある。赤ワインはイッカクさんの言ったとおりひんやりとした温度で時間を進むようにして貯蔵してある。美咲が言うには十三度から十五度位の温度らしいからちょうど良い温度だろう。
「これは、確かにワインに合うな。美味しい」
ホルエスさんは上品にワインで喉を濡らしてからしっとりと感想を述べてくる。
 対して、ハマナちゃんとイヌヅカ君は無言でバクバクピザを食べていた。その行動だけで口に合ったのだと解り笑えてくる。
「一人一枚分作ったから慌てて食べなくても大丈夫だよ!マルゲリータの他にもソーセージとサランボ(食用キノコ)、メシュニム(オリーブっぽい木の実)にフェルリルを利かせたやつもあるからね!」
美咲の言葉に二人の飲兵衛が息を飲む。どうやら琴線に触れたらしい。聞くと、それをもう焼き始めているらしいので二人はその味に思いを馳せながら酒が進んでいた。
「ちょっと、思ったより減るのが早いかな?いつもより大きめに作ったんだけど足りなさそう。・・・・・・そうだ!マヨネーズ作ってコーンディッチ撒いたやつ作ろう!ピザ生地も残ってるしね!」
思い立ったら即行動とばかりに美咲は家に戻っていく。俺は口の中が油でギトギトだろうとクルーヤ汁を利かせたレモネード・・・・・・クレードと言うのか?を振る舞った。このレモネードは流石に思い付かれていたらしく知られていたが、大いに喜ばれた。主にハマナちゃんとイヌヅカ君に。
 次のピザは味がシメジっぽい、歯ごたえがコリコリしたサランボと肉汁が溢れ出すソーセージにフェルリルのピリッとした辛味が良く合い、たまに出てくるメシュニムの味が口の中をリセットしてくれる非常に美味なピザに仕上がっていた。飲兵衛達はよくよく酒が進んでいる。
 ハマナちゃんとイヌヅカ君は味が変わって平らげるスピードが戻っていた。
 その間に美咲が宣言したピザ生地にマヨネーズを塗り、茹でたてのコーンディッチを撒いたピザを二枚持ち込んで窯に入れていた。
「あ、このピザはアリね」
「そうだな。マルゲリータと一緒に登録しておくと良いだろう。窯も、二枚ずつ焼ける様にしておいて正解だな」
「そうね。・・・・・・一は美味しい?」
「あぁ、旨いぞ。マルゲリータは目に鮮やかだが、好みはソーセージとキノコのピザだな。いつもいつも美咲の料理には驚かされる」
「嬉しい」
俺の隣に陣取って微笑んだ美咲は、ゆっくりとピザを頬張る。何故か唐突に抱き寄せてキスしたい衝動に駆られたが、どうにかこうにか抑えて、それでも肩を抱き寄せて頭をなでてしまう。その行為で美咲が嬉しそうに微笑むのだから、我慢が緩んでしまいそうで怖い。
「窯が巧くできて良かった。明日の朝から黒パンから卒業できるな」
「あ、そっか。そっちも目的だったね。もう慣れちゃったけど、食事が美味しくなるのは大歓迎!」
俺が言うと、美咲は咲誇る花のように笑顔になって俺に抱きついてくる。それを見て、他の四人はニマニマとぬるい視線で俺達を見つめてくる。
「若いって良いよなぁ!おらぁ婚期逃しちまったが若い奴がイチャイチャしてると羨ましく見えるぜぇ!」
「私も騎士見習いの内に婚期を逃してしまった。・・・・・・あぁ、二人はそのまま続けると良い」
「ホルエス殿!今は飲むぞぉ!」
「イッカク殿!相わかった!」
飲兵衛達はグイッとコップのワインを飲み干してそんな事を言ってくる。ハマナちゃんとイヌヅカ君は俺達を羨望の眼差しで見ていた。
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