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第二章

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 夕方になって飲兵衛二人は酔いつぶれた。俺がイッカクさんを、美咲がホルエスさんを担いでそれぞれの部屋に放り込んで済ます。美咲は「おっぱい大きかった」と恨みがましく言っていたが俺が抱きしめて慰めると重い雰囲気は霧散していった。
 食堂に机と椅子を戻し、居間に入るとハマナちゃんとイヌヅカ君の二人が瞑想をしているところだった。自分の使い慣れた武器を掴んでいるところを見ると魔力操作を頑張っているらしい。
 俺達も静かに腰を下ろし、魔力操作の鍛錬に入る。最近俺が取り組んでいるのは魔力の圧縮だ。圧縮しておくとちょっと使うだけでも意図しない程の出力を得られる事がわかったのでどこまで圧縮できるのかを確かめてみるつもりでもある。そこら辺がわかったら美咲にも教えるつもりだ。どんな危険があるか解らないから仕方がない。
 目を閉じて、深呼吸をする。その後に全身へ意識を走らせ、自分の魔力を感じる。・・・・・・感じる色は白色と灰色だ。
 どちらも力の優劣はなく、白色は鳩尾に集中し、灰色は穏やかに左回りでゆったりと全身を巡っている。
 灰色の魔力を意識して白い方へ押し込むとブニッと言う感じで白色が大きく、輝きを増す。逆に白い魔力を押し込むと引きずられるように灰色が大きくなり色が濃くなる。
 何度かそれを確かめてから両方を一緒に押し込んだ。
 すると先程より抵抗は感じるが、素直に俺の意志に従い小さくなる。白い方は輝きを増し、灰色の方は色が濃くなった。感覚の変化としては、寒い所にいてじわりじわりと感覚がなくなっていくような感じがする。
 一割ぐらい小さくなったところで圧縮を止め、押し込む意識を止めても大きさ、輝き、色の濃さは元に戻らない。
 状態確認を唱えてステータスを見ると、MPが一割ぐらい減っていた。その隣に減った分のMPが+表記と共に追加されている。
 前回試しに圧縮したのはここまでだ。今回は更に踏み込んでみる。二割、三割と圧縮するにつれ一割で手のひら、足先から踝まで感覚が無くなっていたのが五割になると肘や肩、膝や足の付け根まで感覚が無くなっていく。
 そこで俺は圧縮するのを止めた。これ以上はヤバい。
 MPの回復と共に感覚が戻ってくるのは体験済みなので、取りあえず感覚が無くなったのは放っておく。やることがないので瞑想にはいると、感覚の回復が早くなるような気がした。
 魔力の観察をすると、圧縮した魔力の方には変化がないのでどこからか染み出しているようだ。何日か同じ事を続ければ最大よりも+表記の数値を増やせるかもしれない。
「ふぇ!?なに、なに!?」
隣にいる美咲を引き寄せて胡座の足の間に座らせ、その身体を抱きしめると美咲は頓狂な声を上げた。感覚はなくても手足は自由に動かせるのだ。
「落ち着く」
「わ、私も嬉しいけどどうして?え?私なんかやった?」
混乱する美咲を可愛く思いながら、俺はMPの回復を待つ。これは心地いい。
「何もやってないけど、俺がしたくなった」
「お、おぉ・・・・・・」
主に俺に大好評を博しながらまったりと時間が過ぎる。穏やかな気分と雰囲気だと盛りがつかないのが不思議だ。・・・・・・頭も撫でておこう。
「あうぅぅ、力が抜けるぅぅぅ・・・・・・」
美咲が何かぼやいているが無視しておこう。


 穏やかに時間が過ぎ、その日は晩御飯を食べずに就寝した。ハマナちゃんもイヌヅカ君も昼を食べ過ぎてお腹が減らなかったらしい。
 次の日は朝食を食べた後、イッカクさんの提案で教会に行くことにした。イッカクさんも教国の住民だったし、一応司祭の職も賜っていたため、週の内二、三日は教会で清掃や孤児の世話などを手伝っている。
 偶に三人で教会の清掃を手伝っていたから俺と美咲も協会の人とは顔なじみだ。だが、今回はハマナちゃんとイヌヅカ君も一緒。二人は孤児の中でも年長者と同じくらいの年齢だ。大丈夫だろうかと言う懸念はあったが、連れ立ってみると幼子をイヌヅカ君が無言であやしていたり、ハマナちゃんが児童に手を引かれたり、それなりに溶け込んでいて杞憂だったことを知った。
 俺達はシミュリストルの像を水拭き、カラ拭きで磨いたり、モップで行動の床を拭いたり、脚立を使ってステンドグラスを磨いたり、取り敢えず若いことを理由に力仕事だ。イッカクさんはここの牧師の相談に乗ってあげている。と言っても、領地の財政がだいぶ潤ってきているのでそこまで困難な状況ではないようだ。しかし、ここの牧師さんは大変に真面目な方で、今度は余ったお金をどうするか悩んでいるらしい。・・・・・・取り敢えず、当面は黒字の部分を貯めて設備の補修に回すことにしたらしい。牧師さんとしては炊き出しの回数を増やそうと思っていたらしいので、そこはイッカクさんが正しいと思う。


 事のついでに、昼食を食べた後は皆を伴って商いギルドに顔を出した。
「あ、ハジメさんにミサキさん。お久しぶりです」
そう言って会釈を送ってきたのはメイヴルだ。
 冒険者ギルドでやったように紹介をし、カードは作らないで持ってきたレシピを渡す。米関係のレシピに残量を表示する光魔法、ピザ関係のレシピだ。
 メイヴルはそれぞれに感嘆の声を上げてから何人か応援を呼んで早速登録に行く。
「いきなり慌ただしくなったな」
「俺達が来るまでレシピ登録は年に三、四枚だったらしいからね。そこまで慣れてないんでしょう。これでも早くなった方なんですよ」
周りを見渡しながら感想を述べるイッカクさんに応えていると、メイヴルが戻ってきた。
「そう言えば、ハジメさん達がレシピを大量に持ってきてからこのギルドにいっぱいロイヤリティが入るようになったんです!おかげで古い機材を最新型に買い換えられたんですよ!ハジメさん達のお陰です!」
そう言いながら、頭を下げるメイヴル。見れば他の職員たちも頭を下げていた。
「これがシミュリストル様からの使命ですからね。それで喜んでいただけるのであれば、こちらも嬉しいです」
俺がそう返すと、職員全員の表情が綻んだ。


 それから一ヶ月。身元を受けたホルエスさん、ハマナちゃん、イヌヅカ君とすっかり打ち解けハマナちゃんはミライちゃん、イヌヅカ君はマサツグ君と呼ぶようになった。
 ミライちゃんは辿々しい言葉遣いがなりを潜め、それなりに話せるようになった。
 マサツグ君は聞いたところによると三年前、冒険者になる前にミライちゃんを守ってどこからか逃げ出した際に声が出せなくなる魔法を受けてしまったようで、試しに俺がその魔法があるらしい喉元の魔力を握りつぶしてみると魔法が解除された。
 その際に呪いが俺の魔力を侵食しようとしてきたが有り余る魔力の他に自分の魔力を圧縮していたこともあって浸食速度がかなり遅く、シミュリストルに見せると浄化の方法を教えてくれたので事なきを得た。その際に「魔法を魔力だけで握りつぶすなんて・・・・・・」と呆れられてしまったが、出来たのだから仕方ない。
 皆の魔力操作に関しては順調に進んでいる。掴んだ得物の、手の平より一回り大きいくらいのところまで魔力を通すことに成功していてそれを空気に対して行い男は火を、女は水を出すことまで出来るようになった。
 その事をシミュリストルに報告すると、
「信じられないくらい早い成果です・・・・・・」
と、こちらも呆れられてしまった。


 この頃になると、薬草の収集依頼も十五枚が午前中に終わるようになった。そのおかげで簡単な狩猟依頼や討伐依頼も受けるようになり、ミライちゃんやマサツグ君に生き物の解体方法を聞いたりどんなところに生息しているかを聞いたりした。・・・・・・そのおかげでミライちゃんがしっかり話せるようになった。
 マサツグ君は丁度変声期で声が出しづらい模様。夏か秋まではこれが続くだろう。
 狩猟の獲物も少なくなってきている。立冬も過ぎたしそれは仕方がない。
「そろそろ冒険者家業はお休みかね」
「そうだろうな。無闇に狩猟依頼を受けると失敗しそうだ」
イッカクさんが呟くと、それを耳にしたホルエスさんが同調するように言葉を紡ぐ。
「冬の時期は薬草を探して森に入ることもありますよ。私達は春から秋までは狩猟依頼をこなして、冬は薬草採取していましたし、そう言うルーチンの冒険者は多いと思います」
それに反応して、ミライちゃんが冒険者の過去を振り返って含蓄に富んだ事を言う。
「そうなのか。じゃあ、冬は邪魔にならないように俺達は休もうか。幸い蓄えはあるしな」
「そ、そうなると私達は何をすれば・・・・・・」
冬の間も冒険者家業を続けるつもりだったのか、ミライちゃんは不安そうに俺の言葉に反応していた。
「そんな時は私にお任せ!いろいろやることあるからね!」
自信満々、元気満々、美咲は乗り出すように俺に飛びつきながら俺の前を歩くミライちゃんに声をかける。仕事が見つかったようで、ミライちゃんはホッとしていた。
「私の分もあるか?」
その前を歩くホルエスさんも気になっていた事柄だったのか、期待半分、不安半分と言った声音で美咲に尋ね、「もちろんだよ!寧ろ手伝って!」と言う即答を貰っていた。
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