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第六章 弔いの業火

第六章(01)

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 玉座の間。カイナは玉座の前に跪き、頭を垂れた。
 先にある玉座には、このエンパーロの国王ロザが座っていた。

「カイナ……お前をここに呼び出す理由は、いつもただ一つだ」

 四十代半ばくらいだろうか。ロザは蓄えた銀の髭を指でいじりつつ言う。

「では……新しく、牧場に『薪』を仕入れてくるのだ。これは、王の命令だ」

 ロザはカイナに視線を向けることはない。当たり前のことを、命令するかのようだった。
 だがカイナは、国王を前にしても少し困惑した様子で顔を上げた。

「……お言葉ですが。オンレフ村の住人を、少し前に仕入れたばかりですが」

 少し前、といっても、それなりの日数が経っていた。だがこうも新たな命が出されるのは、いつになく早かった。
 国王の気まぐれだろうか。何か計画しているのだろうか。それとも。そうカイナが考えていると、ロザはふんと不満そうに鼻で笑って立ち上がった。

「お前がこの前仕入れてきた『薪』……なんとあいつらは人喰いだったそうだぞ? あいつらがそんな話をしているのを、兵士が聞いたそうだ……そんな者は、この国にいつまでもおいておけぬ。だから全て処理したのだ」
「処理……」

 すっとカイナの顔が青ざめた。だがロザは気にしない。

「人を食べるのだぞ? 信じられるか? 悪魔のすることだ……なんとおぞましい……!」

 ロザは目を細め、嫌悪に表情を歪めた。しかし満足そうに微笑む。

「……だが人の道を踏み外した彼らも、我が国の礎になれたのだ。彼らも救われただろうよ!」

 そのどこか傲慢さを帯びた笑い声が響く。と、ロザはカイナの前まで来れば、

「ところで。お前は知っていたのか、彼らが人喰いであると」
「――いいえ。いま、初めて聞きました」

 嘘を、吐いた。
 ――オンレフ村の人間が人を喰うことは、すでに知っていた。国に連れてきた際、カイナ自身も、彼らが人を喰うことについて話しているのを聞いていたのだ。

 どうやら彼らは「魂を受け継ぐ」という考えのもとに死者を食べるらしかった。彼らは連れてこられた先で、それができるかどうか心配していた。もし肉を食らうことができないのなら、その場合は血を飲むしかない――と。

 けれども、カイナは黙っていた。
 ――そんなことを言ってしまえば、いまのようになってしまうと、わかっていたからだった。

「――お前が入れ込んでいる少年も、人喰いに違いないぞ?」

 ロザに言われてカイナは言葉を詰まらせた――人喰いの話に驚いたわけではなかった。

「わしが知らないと思ったか? ……聞いているぞ、お前が勝手に『薪』の少年一人を塔に入れていることを。しかもそいつは噂によると……お前の兄エンティオの子らしいな?」

 カイナが見上げれば、ロザはそれは不満そうな顔をしていた。それでも言葉を返す。

「彼は……私の身内です。だから私の塔に迎え入れたのです」
「……罪人の子であるのに? そもそも……エンティオが召使いと結ばれ子まで授かったことを告発したのは、お前自身ではないか?」

 それ以上、カイナは何も言わなかった。口を固く結んで、視線を下に落としていた。
 ロザは玉座へと戻ると、深く腰かけた。

「……あれは人喰い以前に罪人の血をひいているのだ……わしが何を言いたいか、わかるな? カイナ」
「――しかし!」

 詰まったものが勢いよく出るように、カイナの声は鋭く響いた。彼は間をおいて、落ち着きを取り戻し、改めて、

「……確かに、罪人の子です。人も……食べているでしょう。けれども、そのことも含めて、私は彼を教育しようと思うのです。彼は両親が罪人であるとは知りません。また、何が正しいかも知りません。だからこそ、これから教えていけばいいのです……ですから、どうか」
「――ふん、全く、何を言っているのだか」

 ロザは呆れの溜息を吐いた。

「もういい。お前の身勝手な行動と、その少年については、また今度にしよう……とにかく、いまは新しい『薪』を確保しろ」

 ――そうしてカイナは、玉座の間から去っていった。

「……人喰い悪魔は、全て滅ぼさなければならない」

 去った後に、ロザが近くの兵士にそう囁いたことも知らずに。

「……あの男も、男だ。忠実かと思えば、やはり裏切り者の親族よ……カイナの留守中に、少年を始末せよ。『薪』として連れて行け」

 命令を聞いた兵士は黙って頷く。ロザは笑ってさらに、

「そうだ、ベアタもだ。あいつも人喰いの村で過ごしていたのだ。加えて、国を捨てようとするとは、父であり王であるわしへの裏切りに等しい。姉と同じく愚か者だ。あいつも『薪』として連れて行け」

 兵士達は疑問を持たないかのように耳を澄ませていた。
 満足したかのように、ロザはさらに笑う。

「……それでもこの国の礎として受け入れてやるのだ。これは救済だ!」

 それは神にでもなったかのような高笑いだった。
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