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Ⅳ
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長身の女は花柄のベッドから身を起こした。ショートカットの黒髪に藍色の鋭い目。視線だけで何人かは殺していそうだった。一瞬、美男かと見間違えるほど、身体に絡みついた布団をほうり捨てるしぐさは乱暴だった。
「まったく。寝相の悪い子供は困る。一度おきた時は部屋の扉の前でドアノブに頭をぶつけかけたんだぞ。」
女は大きなため息をつく。そして、虚空に手をかざし、
「我、この世界を統べる者。万物を書き記す書よ、開きたまえ…。」
と歌うような声音で呟いた。
とたん、青白い輪がいくつも出現し、重なり合いくるくると回り始め、人以外のなにかが使う文字が吹き荒れる。全てが静かにとどまったとき、女は再び口を開いた。
「人物、検査」
くぐもった声がどこからか答えてくる。
《異常ナシ》
「建造物、検査」
《異常ナシ》
「外部の脅威、検査」
《異常ナシ》
「会話、検査」
《―二ケン、検出》
「録音記録を見せろ」
城はこの女が作った外部から隔離された空間世界―。
時間の流れは現実世界よりずっと早い。二百年たっても現実世界では十数年しかたっていないだろう。
システムは城の存続に少しでも影響があるものが検査に引っかかると知らせてくれるものだ。
人物検査は、城内の人形(メイドや衛兵たち)に精神的異常がないか、直接的に「あの子」を傷つけたりしていないかをチェックするもの。
建造物検査は、城壁等が破壊されていないかチェックするもの。
外部の脅威は、城外から侵入や干渉が行われていないか確認するもの。
そして会話検査は―。
《一件メ》
「はいはい、わかりましたよ。お嬢様。今日はどんなお話を読もうかな…。」
「わたし、聞いてるだけじゃなくて、もっといろいろなところに出てみたい…。わたしだって、ぼうけんしたい! ふぃーりあ様みたいに魔法と剣をつかって、つよいドラゴンをたおしたい! りゅてるだってぼうけんしたくない?」
「俺だって、冒険とやらにはあこがれますよ。だけど、外は危険です。どんなふうに危険なのかわからないけれど、実際危険じゃなきゃ、あんなものは建ってません。」
「そうだよね…。」
《二件メ》
「なんで昨日やおとといのことは覚えてるのに、そこから先は忘れちゃうの?」
「忘れるのは当たり前のこと。お嬢様は周りより感受性がお強いですから。」
「心配しなくて大丈夫ですよ。きっと子供ってそういうもんです。」
「つらいことがあれば、忘れちゃうこともあるんですわ。」
「待っていれば、いつか思い出しますよ。」
――。
「そうか。『あの子』、もう違和感に気づいてるのか。」
聞き終えた時、いつか来るだろうと思った時がやってきたことを悟った。
「でも早くはないか。だってもう、二百年以上続けてるからな…。」
そっと目を伏せて、呟く。
「接続可能日、選出。」
「あの子」の成長を止め、百年ぐらいたったころには、とっくに通常の人間の記憶容量を超えていた。
そして、一時期「あの子」は混乱し、昨日のことも覚えていられなくなった。身体は生きていても、頭は死んだのだ。だからこうして毎晩、「あの子」が生きていた百年あまりのなかから接続しやすい日を選んで、きのうやおととい、一週間後の記憶にあわせて加工し、接続、再利用している。本人の体感上はずっと生きているわけだ。さすがに一ヵ月後や一年後の記憶にまで対応するのは困難なので、古くなった記憶は勝手に消去されるよう設定した。そのすでに死に、自発的に何かに興味や疑問を持たなく、すべてシナリオどおりだった「あの子」が、まるで生き返ったようになり始めたのは、きっと長年繰り返す上でなにかが変化したにちがいない。
女はそう考えていた。
「『あの子』―。いいや、もう一人の自分。君には永遠に生きてもらわなきゃ困るんだよ。」
静まり返った夜。そのつぶやきはどこか悲痛そうな表情を浮かべた女から発せられた。
「まったく。寝相の悪い子供は困る。一度おきた時は部屋の扉の前でドアノブに頭をぶつけかけたんだぞ。」
女は大きなため息をつく。そして、虚空に手をかざし、
「我、この世界を統べる者。万物を書き記す書よ、開きたまえ…。」
と歌うような声音で呟いた。
とたん、青白い輪がいくつも出現し、重なり合いくるくると回り始め、人以外のなにかが使う文字が吹き荒れる。全てが静かにとどまったとき、女は再び口を開いた。
「人物、検査」
くぐもった声がどこからか答えてくる。
《異常ナシ》
「建造物、検査」
《異常ナシ》
「外部の脅威、検査」
《異常ナシ》
「会話、検査」
《―二ケン、検出》
「録音記録を見せろ」
城はこの女が作った外部から隔離された空間世界―。
時間の流れは現実世界よりずっと早い。二百年たっても現実世界では十数年しかたっていないだろう。
システムは城の存続に少しでも影響があるものが検査に引っかかると知らせてくれるものだ。
人物検査は、城内の人形(メイドや衛兵たち)に精神的異常がないか、直接的に「あの子」を傷つけたりしていないかをチェックするもの。
建造物検査は、城壁等が破壊されていないかチェックするもの。
外部の脅威は、城外から侵入や干渉が行われていないか確認するもの。
そして会話検査は―。
《一件メ》
「はいはい、わかりましたよ。お嬢様。今日はどんなお話を読もうかな…。」
「わたし、聞いてるだけじゃなくて、もっといろいろなところに出てみたい…。わたしだって、ぼうけんしたい! ふぃーりあ様みたいに魔法と剣をつかって、つよいドラゴンをたおしたい! りゅてるだってぼうけんしたくない?」
「俺だって、冒険とやらにはあこがれますよ。だけど、外は危険です。どんなふうに危険なのかわからないけれど、実際危険じゃなきゃ、あんなものは建ってません。」
「そうだよね…。」
《二件メ》
「なんで昨日やおとといのことは覚えてるのに、そこから先は忘れちゃうの?」
「忘れるのは当たり前のこと。お嬢様は周りより感受性がお強いですから。」
「心配しなくて大丈夫ですよ。きっと子供ってそういうもんです。」
「つらいことがあれば、忘れちゃうこともあるんですわ。」
「待っていれば、いつか思い出しますよ。」
――。
「そうか。『あの子』、もう違和感に気づいてるのか。」
聞き終えた時、いつか来るだろうと思った時がやってきたことを悟った。
「でも早くはないか。だってもう、二百年以上続けてるからな…。」
そっと目を伏せて、呟く。
「接続可能日、選出。」
「あの子」の成長を止め、百年ぐらいたったころには、とっくに通常の人間の記憶容量を超えていた。
そして、一時期「あの子」は混乱し、昨日のことも覚えていられなくなった。身体は生きていても、頭は死んだのだ。だからこうして毎晩、「あの子」が生きていた百年あまりのなかから接続しやすい日を選んで、きのうやおととい、一週間後の記憶にあわせて加工し、接続、再利用している。本人の体感上はずっと生きているわけだ。さすがに一ヵ月後や一年後の記憶にまで対応するのは困難なので、古くなった記憶は勝手に消去されるよう設定した。そのすでに死に、自発的に何かに興味や疑問を持たなく、すべてシナリオどおりだった「あの子」が、まるで生き返ったようになり始めたのは、きっと長年繰り返す上でなにかが変化したにちがいない。
女はそう考えていた。
「『あの子』―。いいや、もう一人の自分。君には永遠に生きてもらわなきゃ困るんだよ。」
静まり返った夜。そのつぶやきはどこか悲痛そうな表情を浮かべた女から発せられた。
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