水底の歌

渡邉 幻月

文字の大きさ
上 下
33 / 33

しおりを挟む
あの日。
咲と最後の言葉を交わした日。
奥津はふらふらと引き寄せられるように、あの岩場に向かった。
たった一人。

声が聞こえる。歌声が。
悲しげな歌、愛しい人を待ち侘びる歌。
恨めし気な歌、怨嗟の声を含みながら呼びかける。怖気を掻き立てながらなお、心を掴んで離さぬ艶のある歌声。
奥津は誘われるまま、歌が聞こえる場所を目指す。波を掻き分け、沖へ。もっと遠くへ。

悲しげな歌声は、奥津の正気を奪ったまま。
艶やかに波間に漂う。恨みと恋を高らかに歌う声。
海水の冷たさが体温を奪っていく。やがて奥津は力尽き、波間に沈んだ。

「お待ちしてましたえ、お前さま。」


波間からはもう、歌声は聞こえない。
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する


処理中です...