鬼人の恋

渡邉 幻月

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鬼ノ部 其之壱 運命を覆すため我は禁忌の扉を開く

四. 荒ぶる神

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それは、唐突な出来事だった。
見たことが無いほどの雨が降り、風が吹いた。地を抉るように叩きつける雨、樹木を根こそぎ吹き飛ばすような風。それがイナホの里を中心に。
 被害はイナホの里だけではなく周辺の里も巻き込み、人どもの里はほぼほぼ壊滅状態だった。人どもが平地を好んで集落を作っていたことが災いしたのだ、と、冷静な者がいたらそう分析したかもしれない。山々に降った雨は川を下って下って、平地で氾濫した。風が荒れ狂うから、海も荒れて海岸付近も波にのまれた。
 天候が荒れたことなど一度も無いが故に、吹き荒れる暴風雨によって害されることがあるなど誰にも予想できなかったのだ。人どもにも鬼どもにも、他の亜人どもにも。“知って”いたのは神々以外には存在しなかった。それ故の、被害。

 生き残った者どもは嘆き悲しんだ。家が無くなったからか。否、家族が、同胞が、老い以外で亡くなった初めての出来事だったからだ。

「ヒトが生き残ってしまったな。」
山の頂で、水を張った大きめの盆を眺めて神の一柱が呟いた。
「しかし、あれ以上は亜人たちも巻き込まれてしまうでしょう。」
「現に、一部に被害が出ているようだ。」
盆に張られた水面には、暴風雨に蹂躙された里の様子が映っている。神々は冷ややかな視線でもって人里の有様を見ている。
「亜人たちには悪いことをしました。」
一柱の神が悲し気に水盆を見詰める。人どもの里に比べれば被害は少なめではあったが、里の外に出ていた者たちの中には巻き込まれた者も少なくない。

「だが! あれの存在は許し難い。」
怒りを宿した声が、一瞬、悲しみに沈みかけたその場の空気を切り裂いた。
「神を否定し、亜人どもを見下し支配しようなど。」
怒気を孕んだ声はそう続けた。

「万死に値する。」
別の神が、とても冷たい声で言い切った。

「そう結論付けたはずだ。」
「ええ、そうでした。」
けれど、と、少なからず影響を受けた亜人どもの姿に悲しげな声が呟く。
 神々の総意であり、その決定を下すまでには話し合いが続けられた。故に、それが最善だったのだと理解している。ただ、被害の大きさに胸が痛むのだ。
 ただ一人だけ、あのイナホの里に流れ着いた問題のある者だけをどうにか出来れば良かった。だが、明確な殺意を、憎悪を持って息の根を止めるようなことをすれば、今度はその神が、穢れてしまい禍津神、いわゆる邪神と成ってしまう。
 そうであるが故、禍津神には成らないぎりぎりのところでどうにか始末ができないかと、神々は話し合った。そうして居場所が特定できているうちに、ただ、天候を操ったという行為だけで仕留めようということになった。
 それが、あの暴風雨である。

「だが、問題は山積みだな。」
ずっと沈黙を守り水盆で様子を窺っていた一柱の神が呟く。それまで、互いに言い合っていた神々は鎮まる。そうして静かに水盆の周りに集まった。

「見ろ、あれを。」
水盆の一か所を指し示す。その先を注視して、神々は息を呑んだ。
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