22 / 72
鬼ノ部 其之弐 無理矢理召喚された聖女と魔王の仄暗い復讐譚
九.鬼の禁呪
しおりを挟む
反魂の業は鬼の禁呪の一つだった。微に入り細を穿つ作業工程と術式もさることながら、術者と死者の命が繋がるが故に禁忌とされた。世の理に逆らう術であることは、言わずもがな、である。
死者の真名、俗称でも渾名でもない、魂に刻まれる真の名を呼ばれた途端、死者どころか術者も水と成り果てる。世の理に逆らった代償と言えばそれまでのことではあるが。黄泉返らせた後、生前と違う名をつけたところで、顔見知りに会ってしまえば“それまで”。事情も知らぬ他人なら、悪意もなく真の名を呼ぶという危険を孕む術は、禁忌とされずとも手を出そうと考える鬼は居なかった。長命で頑強な体を持つ鬼たちにはそうまでする必要が無かったとも言える。
かつて、何事にも心を動かされることの無かったはぐれ鬼は、その一生でたった一人執着した彼の嫁を黄泉返らせた。彼女を知る者の無い土地へ、互いの関係性の希薄な都に移住してまでも。まるで生きているようなその亡骸は、やがて鬼の子を孕んだ。
母、母と呼べるのかどうか。幼心に、まるで人形のようだと感じていた。と魔王の記憶に在る母と幼少の頃の記憶は囁く。美しい女ではあったのだろう。だが、自我はとても希薄だったのだと、今では思う。夫に従うだけで、返事でくらいしか声を発していなかったように記憶している。それでも父は満足だったのだろうか。
そうして。酔った父の告白で、それが今やただの亡骸でしかないと知った時の気持ちは。自我の薄さがそれ故だと納得は出来ても、まさか自分が黄泉返った後の亡骸の胎から生まれたのだと考えれば、嫌悪しか湧いてこない。
「禁呪は… 失敗はしなかったが、成功とも言えない。」
父は、愚かな鬼は、どこか寂し気にそう言っていた。
魔王はそれ以上父鬼と話す気力も無く、荒れ狂う感情に流されるまま家を出た。
そうして、放浪の先で出会った鬼に、禁呪の禁呪たる故と、その正式な手順を教わった。鬼の掟なども含めて様々なことを教えてくれたその鬼は、最後に魔王の父鬼の残していた手記も手渡してくれた。
「ただの暇潰しだったのか?」
父鬼の手記を読み終え、そう問うてみたいと思ったが、魔王は止めることにした。是、と答えられてしまったら、きっと父鬼をこの手にかけるだろう。ただの暇潰しの果てに、人にも鬼にも成れず、生者とも死者ともつかぬ身でこの現世に産み落とされた身となれば、後はもう、全てを等しく消したくなるほどの憎悪しか残らない。
何年経ったか分からないが、かつての家に戻ってみれば、それでも両親は家を出る前と同じように都で暮らしていた。
「ああ、戻ったのか。」
自分に似た顔が、無関心にそう言ったのを聞いてゾッとした。いずれは自分もこんな風になってしまうのだろうか。まだ、何者でも無いというのに。それこそ、何の意味もないではないか。生者でもないが故に自死も出来ぬだろうこの身を恨めしく思い。
消してしまいたい、全て。自分を何者でも無いと知らしめる証を、全て。
「***」
その時、衝動のままに魔王は、父鬼の手記で知った母の真名を口にした。
ニヤリ、と父鬼が嗤ったのは何故だったか。真意を問い質す前に、父鬼は母の亡骸と共に水と成って地に吸われていった。
ずっと退屈だった毎日が、漸く終わると悟ったからか。犯した禁忌に幕が引かれたからか。禁忌の果てに呼んだ嫁を、理の内に回帰させることが出来るからか。何も語らず、言い訳の一つも口にせず、はぐれ鬼は水と成り果てる前にただ、子に対して嗤ってみせただけだった。
それは、あっという間の出来事。思い悩んだ年月に比べれば、呆気ない幕引きとも言えた。
死者の真名、俗称でも渾名でもない、魂に刻まれる真の名を呼ばれた途端、死者どころか術者も水と成り果てる。世の理に逆らった代償と言えばそれまでのことではあるが。黄泉返らせた後、生前と違う名をつけたところで、顔見知りに会ってしまえば“それまで”。事情も知らぬ他人なら、悪意もなく真の名を呼ぶという危険を孕む術は、禁忌とされずとも手を出そうと考える鬼は居なかった。長命で頑強な体を持つ鬼たちにはそうまでする必要が無かったとも言える。
かつて、何事にも心を動かされることの無かったはぐれ鬼は、その一生でたった一人執着した彼の嫁を黄泉返らせた。彼女を知る者の無い土地へ、互いの関係性の希薄な都に移住してまでも。まるで生きているようなその亡骸は、やがて鬼の子を孕んだ。
母、母と呼べるのかどうか。幼心に、まるで人形のようだと感じていた。と魔王の記憶に在る母と幼少の頃の記憶は囁く。美しい女ではあったのだろう。だが、自我はとても希薄だったのだと、今では思う。夫に従うだけで、返事でくらいしか声を発していなかったように記憶している。それでも父は満足だったのだろうか。
そうして。酔った父の告白で、それが今やただの亡骸でしかないと知った時の気持ちは。自我の薄さがそれ故だと納得は出来ても、まさか自分が黄泉返った後の亡骸の胎から生まれたのだと考えれば、嫌悪しか湧いてこない。
「禁呪は… 失敗はしなかったが、成功とも言えない。」
父は、愚かな鬼は、どこか寂し気にそう言っていた。
魔王はそれ以上父鬼と話す気力も無く、荒れ狂う感情に流されるまま家を出た。
そうして、放浪の先で出会った鬼に、禁呪の禁呪たる故と、その正式な手順を教わった。鬼の掟なども含めて様々なことを教えてくれたその鬼は、最後に魔王の父鬼の残していた手記も手渡してくれた。
「ただの暇潰しだったのか?」
父鬼の手記を読み終え、そう問うてみたいと思ったが、魔王は止めることにした。是、と答えられてしまったら、きっと父鬼をこの手にかけるだろう。ただの暇潰しの果てに、人にも鬼にも成れず、生者とも死者ともつかぬ身でこの現世に産み落とされた身となれば、後はもう、全てを等しく消したくなるほどの憎悪しか残らない。
何年経ったか分からないが、かつての家に戻ってみれば、それでも両親は家を出る前と同じように都で暮らしていた。
「ああ、戻ったのか。」
自分に似た顔が、無関心にそう言ったのを聞いてゾッとした。いずれは自分もこんな風になってしまうのだろうか。まだ、何者でも無いというのに。それこそ、何の意味もないではないか。生者でもないが故に自死も出来ぬだろうこの身を恨めしく思い。
消してしまいたい、全て。自分を何者でも無いと知らしめる証を、全て。
「***」
その時、衝動のままに魔王は、父鬼の手記で知った母の真名を口にした。
ニヤリ、と父鬼が嗤ったのは何故だったか。真意を問い質す前に、父鬼は母の亡骸と共に水と成って地に吸われていった。
ずっと退屈だった毎日が、漸く終わると悟ったからか。犯した禁忌に幕が引かれたからか。禁忌の果てに呼んだ嫁を、理の内に回帰させることが出来るからか。何も語らず、言い訳の一つも口にせず、はぐれ鬼は水と成り果てる前にただ、子に対して嗤ってみせただけだった。
それは、あっという間の出来事。思い悩んだ年月に比べれば、呆気ない幕引きとも言えた。
0
あなたにおすすめの小説
五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~
放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」
大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。
生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。
しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。
「すまない。私は父としての責任を果たす」
かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。
だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。
これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。
処刑された勇者は二度目の人生で復讐を選ぶ
シロタカズキ
ファンタジー
──勇者は、すべてを裏切られ、処刑された。
だが、彼の魂は復讐の炎と共に蘇る──。
かつて魔王を討ち、人類を救った勇者 レオン・アルヴァレス。
だが、彼を待っていたのは称賛ではなく、 王族・貴族・元仲間たちによる裏切りと処刑だった。
「力が強すぎる」という理由で異端者として断罪され、広場で公開処刑されるレオン。
国民は歓喜し、王は満足げに笑い、かつての仲間たちは目を背ける。
そして、勇者は 死んだ。
──はずだった。
十年後。
王国は繁栄の影で腐敗し、裏切り者たちは安穏とした日々を送っていた。
しかし、そんな彼らの前に死んだはずの勇者が現れる。
「よくもまあ、のうのうと生きていられたものだな」
これは、英雄ではなくなった男の復讐譚。
彼を裏切った王族、貴族、そしてかつての仲間たちを絶望の淵に叩き落とすための第二の人生が、いま始まる──。
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
主婦が役立たず? どう思うかは勝手だけど、こっちも勝手にやらせて貰うから
渡里あずま
ファンタジー
安藤舞は、専業主婦である。ちなみに現在、三十二歳だ。
朝、夫と幼稚園児の子供を見送り、さて掃除と洗濯をしようとしたところで――気づけば、石造りの知らない部屋で座り込んでいた。そして映画で見たような古めかしいコスプレをした、外国人集団に囲まれていた。
「我々が召喚したかったのは、そちらの世界での『学者』や『医者』だ。それを『主婦』だと!? そんなごく潰しが、聖女になどなれるものか! 役立たずなどいらんっ」
「いや、理不尽!」
初対面の見た目だけ美青年に暴言を吐かれ、舞はそのまま無一文で追い出されてしまう。腹を立てながらも、舞は何としても元の世界に戻ることを決意する。
「主婦が役立たず? どう思うかは勝手だけど、こっちも勝手にやらせて貰うから」
※※※
専業主婦の舞が、主婦力・大人力を駆使して元の世界に戻ろうとする話です(ざまぁあり)
※重複投稿作品※
表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。
神様の忘れ物
mizuno sei
ファンタジー
仕事中に急死した三十二歳の独身OLが、前世の記憶を持ったまま異世界に転生した。
わりとお気楽で、ポジティブな主人公が、異世界で懸命に生きる中で巻き起こされる、笑いあり、涙あり(?)の珍騒動記。
【完結】婚約者なんて眼中にありません
らんか
恋愛
あー、気が抜ける。
婚約者とのお茶会なのにときめかない……
私は若いお子様には興味ないんだってば。
やだ、あの騎士団長様、素敵! 確か、お子さんはもう成人してるし、奥様が亡くなってからずっと、独り身だったような?
大人の哀愁が滲み出ているわぁ。
それに強くて守ってもらえそう。
男はやっぱり包容力よね!
私も守ってもらいたいわぁ!
これは、そんな事を考えているおじ様好きの婚約者と、その婚約者を何とか振り向かせたい王子が奮闘する物語……
短めのお話です。
サクッと、読み終えてしまえます。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる