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Episode2.双生神と聖女召喚(レトの憤慨)②

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伶人が次に気が付くと、そこは神殿のような建物の中だった。何かの写真で見た、ナントカ式っていう柱に似てるなあ、と伶人はぼんやり考えていた。正直、悪い夢ならいいと思っている。…この人だかりはなんなんだ、と、少しの嫌な予感と苛立ちの行き場を探しながら。

 伶人がいる場所は、イリテュム王国の王都にある神殿だった。地球でいうところのドーリア式の柱が特徴的な、純白の大理石で建てられたその神殿の、祭壇の間。そこには召喚の儀式を行った十二人の司祭と、視察に訪れていた王族と上位貴族がひしめき合うようにして、伶人を取り囲んでした。

 圧迫感。伶人はここに来る前のあの不思議な空間でのことを思い出す。聖女にするとか言ってたな、あの双子。とそこまで思い出して、伶人は青褪めた。

「聖女様、我が国へようこそお越しくださいました。」
気が動転している伶人に、司祭の中でも一番偉そうに見える老人が声をかけてきた。
 聖女… やっぱり、オレは… 混乱も治まらない伶人に老人は畳みかける。
「私は聖ゾディアック教の教皇を務めておりますテオドールと申します。お名前をお伺いしても?」
言葉遣いは丁寧だが、視線や気配の節々に威圧するような、見下すような、不快な印象を感じると同時に、今の自分の状況が分からず伶人は戸惑う。
…くそ、くそ、こんな、オレが、こんな弱気になるとか…!
別にそんなつもりは毛頭なかったが、ヤンキーとして周囲に恐れられていた自分が、こんな風に怯えている事実に伶人は焦りと怒りも覚えた。

「…。聖女様はいきなりのことで混乱されていらっしゃるのではないか?」
若い男の声がした。続けて、
「一度、別室でお休みいただいた方がよろしいのではないでしょうか?」
と若い女の声がする。
おっさん以外もいたんだな、と、ほっとしたところで伶人は自分がこれまでにないほど混乱していたのかもしれないと思い至る。
「それもそうかもしれませんな。」
ふむ、と教皇はあごひげを摩る。
「それに、いくら教皇猊下であっても見ず知らず男性にいきなり声をかけられては警戒されるのではないでしょうか。」
若い女が教皇へ進言する。
あ、この偉そうなヤツ教皇ってのか、偉いのか。つか、あのねーちゃん、そんな偉いヤツにズケズケ言って大丈夫なのか? と、まだ混乱の治まらないながらも伶人は状況を観察し始める。
「プラトリーナ侯爵令嬢、教皇猊下になんということを!」
「枢機卿、そうは仰いますが聖女様は異世界からいらっしゃっています。教会や王族、貴族の権威は通用しないのではありませんか?」
「まあまあ、枢機卿落ち着いてください。アリーチェに悪気があるわけではありません。…私でも教皇猊下の前では緊張してしまいますからね。聖女様には一度、別室でお休みいただくのが良いと思いますよ。」
「…令嬢と殿下の仰る通りに致しましょう。」
アリーチェと、若い男―イリテュム王国の王子・フィガロがそれぞれ伶人を庇うように提案する。反対する理由も特になく、教皇はそれを受け入れる。

あれよあれよという間に、伶人は案内という名の連行の後別の部屋へ放り込まれた。修道女が二人、着替えやら何やら世話をやこうとしたところで、伶人は我に返り丁重にそれを断った。
「混乱しているので、しばらく一人にして欲しい。」
「…承知いたしました。隣に控えておりますので、こちらでお呼びください。」
よほど切羽詰まった顔をしていたのだろうか、と伶人は思う。修道女たちは気遣うようにしながらも伶人の希望通り部屋を出ていった。
 深呼吸を一つして、伶人は部屋を見渡した。煌びやかな応接室、というのが最初の感想だった。部屋にはティーセットと着替え、呼び鈴が残されている。それと着替え用に運び込まれた姿見だ。
「…オレ、だよな?」
姿見に映った自分を見て、伶人はほっと一息吐いた。鏡の中には見慣れた自分がいた。多少顔色が悪いが、変化の内には入らない。来ている服も、あの双子に会う前と同じブレザーの制服だ。体格が変わっているようにも見えない、と思ったところで伶人は自分の体を確認するように触りまくった。…大事なところも。
「よかった、ある。」
と安心したところで、いや、どうすんだよ、と思い直す。
「聖女って女がなるから聖女なんだよな?」
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