Passenger~黄金の種~

Misa☆

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第一話 はじまりの空間

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 カチカチと時計の秒針が時を刻む音が、静寂に染まった会議室に響き渡っている。
 毛足の長い天鵞絨の絨毯に、磨き上げられたダークブラウンの家具が落ち着いた雰囲気を与えているが、重い空気により重厚感を増していた。
 会議室の部屋の隅には、メイド服を着た女性と執事服を着た男性が貼り付けた様な笑顔を浮かべ、交互に並んで指示があるのをひたすら待っている。
 女性の頭には可愛らしい鹿耳、男性の額には立派な角が生えているが、男女共々同じ顔をしている為、誰が誰だかさっぱり解らない。
 きっと、解らなくてもいいのだ。彼ら彼女らは、そう言う風に造られたのだろう。
 会議用の長いテーブルの席に付いた十二人の神々達は、青い顔をして俯き冷や汗を流しながら会議終了の言葉をただひたすら待っている。
 時折、上座と下座に座っている神を、横目で交互にチラチラと伺う様に見ているが言葉を発する事は誰もしない。
 上座に座った男は、金の髪を後ろにキッチリと撫でつけ、サングラスに白のスーツ姿に白い手袋を嵌めている。
 その手には数ページにも渡る書類が握られ、ページを捲る動作は気怠げだ。
 対する下座の男は、全身が光り輝き容姿や表情を読み取る事は出来ないが、なんとなくどんな表情をしているかは感じとれる。
 上座に座っている男はページを捲る手を止め、まっすぐに前へと視線を向け下座に座った男を睨み付け、深いため息と同時に手にした書類を乱雑に机の上に放り投げた。
 バサリという書類の音に何人かの俯いていた神々はビクリと身体を震わせる。
 「なんです?」
 下座の男が、低い声を上げた。
 「つまらん」
 上座の男はバッサリと切り捨てる様に言い放つ。その言い方に下座の男は勢いよく椅子から立ち上がった。ガタンっと大きな音を立てて椅子が倒れる音が響き、俯いていた十二人の神々達は皆慌てたりひそひそと小声で囁き合ったりし始めた。
 「落ち着け」
 上座の男が低い声で一言告げると、まるで水を打ったかの様に静かになった。上座の男はゆっくりと話し始める。
 「お前の書いたこの案だが、こんな事に意味があるのか?我々と似た生命体を造るなど、馬鹿馬鹿しいにも程がある。我々は、既に完璧な存在なのだ。なのに、なぜ自分達が造った生き物達をわざわざ導かなければならない?」
 「それは・・・。」
 「それに、我々は今のままで十分幸せだ。そうだろ?」
 上座の男の問いかけに、十二人の神々たちは一斉に拍手を送る。
 「しかし、それでは・・・」
 下座の男の話を遮る様に、上座の男は席を立ち上がる。それに釣られる様に、十二人の神々達も一斉に席から立ち上がった。その様子に、上座の男は満足そうな笑顔を浮かべ「本日の会議は終了だ。皆、ご苦労だった。」そう告げた。
 会議終了の合図に、十二人の神々達はそそくさと部屋を出て行ってしまった。まるで、下座の男など居なかったかの様に・・・。
 下座の男は一人ぽつんと立ち尽くしたまま、上座の男を睨み付ける。
 「会議は終了した。早く出て行け」
 上座の男は再び椅子に腰を下ろし、部屋の隅に立っている男女達に合図を送る。
 今までピクリとも動かなかった彼らは、その合図をきっかけに一斉に動き出し、掃除や椅子の配置など細かく直して行く。
 「まだ、何か?」
 自分を睨み付けて動かない下座の男をチラリと見る。男は、悔しそうに両手で服をギュッと掴んでいる。昔からの癖がまだ直っていない・・・。
 「いいえ、何もないです・・・」
 下座の男は掠れた様な声で小さく呟くと、スタスタと歩きテーブルに投げ捨てられた書類を乱暴にかき集めそのまま無言で部屋を出て行った。
 その後ろ姿を、ゴミを見るような冷たい目で見ていた上座の男は安堵のため息を漏らし、ゆっくりと背伸びをし肩を回す。
 「お疲れ様です」
 額から角を生やした執事服の男性が、にこやかな笑みを浮かべながらそっと紅茶を差し出した。
 「ありがとう」
 少し安堵した様な表情を浮かべ紅茶に口を付ける。甘さもほろ苦さもちょうど良い。
 「さて、ディア」
 ティーカップをゆっくりとソーサーの上に置きながら、男は執事服の男性を横目で見た。
 ディアと呼ばれた執事服の男は、「なんでしょう?」と糸目を更に細くさせながら嬉しそうに居住まいを正す。
 「あの、馬鹿な男をしっかり監視しろ。もうすぐ、この無の空間に惑星を並べる日が来る。なにかしでかすかもしれんからな・・・。」
 「かしこまりました」と仰々しくお辞儀をすると、ディアと呼ばれた執事服の男は、軽やかな足取りで部屋を後にした。
 その様子を苦笑混じりに眺めながら、男もゆっくりと立ち上がる。すると、作業していたメイド服の女性達や執事服の男性達は一斉に作業の手を止め、深々と頭を下げた。
 その姿を満足げに眺めながら、男はゆっくりとした足取りで部屋から出た。

                    *      *

 全身眩い光に包まれた男は、乱暴に部屋のドアを開け室内にドスドスと踏み込んで行き、
握りしめた書類を力一杯床に叩き付ける。書類は留められていなかった為、バラバラと宙を舞いゆっくりと落ちて行く。
 その有様を肩で荒く息をしながら眺めていたが、徐々に呼吸を深くし深呼吸し心を落ち着かせようとする。
 一際大きく息を吐きゆっくりとしゃがみ込むと、散らばりぐちゃぐちゃになった書類をかき集めゴミ箱へと捨てた。
 フラフラと足取りのおぼつかない様子で寝室の扉を開け、一目散にベットへと駆け寄り布団へダイブする。枕をかき寄せ、顔を埋め有らん限りの叫び声を上げた。
 彼の悲痛な叫び声は枕がしっかりと受け止め、他の者の耳には届かない。
 一頻り叫び満足したのか、むくりとベッドから起きあがると乱れたベッドもそのままに寝室を出て、アトリエと書かれた木製のプレートの掛かった扉を開ける。
 難しそうな本が乱雑に収納された大きな本棚が二つと、紙のタワーが積み上げられた木製の簡素なテーブルと椅子。
 その奥には妖しげな薬品や器具が乱雑に置かれた大きな木製のテーブルと、そのテーブルの下の床には紙や置き場所を無くした本・薬品・器具・剥製などが押し込められた様な形で積み上げられている。一つでも無理矢理取り出そうとすると、崩壊してしまいそうな程絶妙なバランスだ。
 その乱雑なアトリエの中心には、大きな黒い鍋が簡易型のコンロの上にこれまた絶妙なバランスで乗っかっている。
 鍋の大きさに対してコンロが小さい様だが、男は気にする様子も無く慣れた手つきで火を付ける。
 鍋の中は、全ての色を混ぜた様な何とも言い難い不気味な液体で満たされている。
 木ベラで中身をかき混ぜながら、男は深いため息を吐いた。
 数回混ぜた後木ベラを鍋から上げ、物が乱雑に積まれた大きなテーブルへ近づき迷う事無く一本の試験管を手に取る。手にした試験管のラベルには神の涙と書かれていた。
 試験管の栓を開け、一滴だけ鍋に落とす。
 再び木ベラを手に取り鍋を混ぜる。じっと変化を伺うが反応は無い・・・。
 もう止めようと鍋から木ベラを取り出し、ボコボコと煮立つ真っ黒な液体を覗き込むが難しい顔をした自分の顔が映り込むだけだった。
 火を止め、木ベラを鍋に浸けたまま肩を落としながら部屋を後にした。
  
 翌朝、再びアトリエに足を運んだ男は、コンロに火を付け再び鍋を煮立たせる。
 昨日と同じく、液体には何の変化もない。コンロの火に炙られ、液体の表面がボコボコと泡立っているだけだ。
 少し自棄になり、細かく砕いた水晶の粉末を乱暴に振り入れたが、勢いが強すぎたのか手を滑らせ瓶ごと鍋の中に落ちてしまった。
 慌てて木ベラで瓶を救出しようとしたが、瓶は液体の中へまるで溶けるように沈んでいった。
 深いため息を吐き、男は項垂れるようにしゃがみ込むとコンロの火を消し、そのままトボトボとアトリエから出ると、壁に貼られた予定表に目をやる。
 予定表には赤いペンで、【惑星整列の日】と書き込まれていた。
 「間に合えばいいが・・・」
 赤いペンで書き込まれた所を指でなぞりながら、男は小さく呟き予定表から離れ冷蔵庫を漁る。
 ストックの食材が少なくなっている事もあり、気分転換も兼ねて買い物へと出かけた。
  
 翌朝、男は再びアトリエの扉を開く。
 やっと顔を見せた朝日が、カーテンの隙間から零れ込んでくる。
 コンロに火を付け、木ベラでぐるぐると鍋の中の液体を混ぜる。次第に沸々と沸騰してきたがやはりなんの変化も無い。
 確実に失敗したと思った男は、火を止めようと腰を屈めた。
 その時、鍋の底からか細い声が聞こえた気がした。慌てて周囲を見渡すが、自分以外がこの部屋には居る筈がない。再び、コンロの火を止めようと手を伸ばしたその時。
 「神様、神様、ぼくを早く形にしてください」
 今度は、はっきりと聞こえた。
 その声に驚いて、数歩後ろに下がる。書類が積み上げられたテーブルにお尻が軽く当たった。幸いにも、書類のタワーは少し揺れただけで済んだ。
 手にした木ベラを力強く握りしめ、ゆっくりと鍋に近づきもう一度耳を澄ます。
  「あの、聞こえていますか?神様、ぼくを早く形にしてください」
 間違いないと男は慌てて火を止め、その声に問いかけた。
 「かっ形になりたいのか?どっどどどんな形がいい?」
 動揺しすぎて口が上手く回らない。
 男は、手にした木ベラをその辺に放り投げた。
 なにかが割れるような音がしたようだが、そんな事は気にしていられない。
 そそくさと物が乱雑に散らばった机へ移動すると、ごそごそと書類を探り始めた。書類のタワーが倒れ、紙が宙を舞い床を滑りながら散らばってゆく。
 「てくてく歩ける姿がいいな。羽は要らないよ、僕は自分の足で歩きたいんだ」
 「わかった。では・・・、私と同じ姿がいいか?」
 まだ机の上を探りながら、男は嬉しくて頬を弛めていた。
 「いいえ、神様と同等ではいけません。近しいが遠い、そんな姿がいいです」
 この時、男は不思議に思った。他の神々が作り出した従者達は、神々と同等の姿に喜びを感じていたのに、この子は少し変わっていると。
 男は机の上から紙の束を見つけ出すと、鍋の中身に紙の束を見せ。
 「これは、私が考えていた生物達の姿だ。この中から、好きなのを選びなさい」
 そう言って紙の束を全部鍋の中へと投入した。紙は中の液体に漬かると、じわりじわりとまるで読んでいるかの様に溶けて消えていった。
 「神様、ありがとう。じっくり考えて、明日の朝には、答えを出します。本当にありがとう」
 そう言うと、声は聞こえなくなった。
 「そうか、ゆっくり決めなさい」
 男は優しく鍋の縁を撫で、静かにアトリエを出た。
 扉を閉めると、肩を震わせながら口を両手で塞ぎしゃがみ込む。笑い声を押さえたいが、気を抜くと漏れ出てしまいそうだ。
 しばらくして肩の震えが収まると、大きく深呼吸し立ち上がる。
 キッチンに向かい、やかんをコンロに掛けお湯を沸かす。
 お湯を沸かしている間に、服を着替え食パンをトースターで焼き卵を割り溶く。
 お湯が沸いたのを確認すると、やかんを鍋敷きの上に置きフライパンをコンロの上に置く。
 フライパンにたっぷりのバターを入れ、溶けた所に溶き卵を入れスクランブルエッグを作る。
 食パンにしっかりとした焼き目が付いた所で、トースターから取り出し白い皿に乗せ、その食パンの上に出来たてのスクランブルエッグを乗せる。食欲を誘う香りと暖かさの象徴である湯気が、男の腹を鳴らす。
 今すぐ齧り付きたい衝動を抑え、キッチンの側の簡素なダイニングテーブルへと置く。
 やかんのお湯を紅茶の茶葉が入った花柄のポットへと注ぐ。少し良い茶葉を使ったので、香りも一段と良い。
 ポットと同じ柄のカップをテーブルに置き、好みの濃さになった紅茶を注いだ。少し濃かったかもしれない。
 椅子に座り軽く手を合わせ、スクランブルエッグを乗せたパンへと齧り付く。
 パンの甘さとバターの風味が効いたスクランブルエッグの相性は抜群で、サクサクと食べ進めてゆく。途中で喉を潤す濃いめの紅茶も、口の中をリセットしてくれて大変良い。
 ぺろりと食べ終え残った紅茶を飲み干し、流し台に食器を下げた。水を張った桶に食器を浸けると、身支度を整える為に、洗面台に赴く。
 全身が光り輝いているので、他人には姿は認識出来ないが歯磨きも洗顔も髪もしっかり梳かす。
 身支度が終わると、再びアトリエの扉を開く。鍋は静かにコンロの上に鎮座している。
 この時、初めて床に書類が散らばっている事に気が付いた。紙を拾いながら木製の簡素なテーブルへと近づく、拾った紙を適当にまとめ乱雑に他のタワーに乗せる。
 こうして、どんどん紙のタワーは高くなってゆく。
 そして男は、書類の海に溺れるように置かれた革製の茶色の袋を手に取る。
 ずっしりとした重みのあるその袋を、男は大切そうに懐に仕舞いアトリエを出てそのまま部屋を出た。
 木製の長い廊下と白い壁に等間隔で並ぶ茶色い木製の扉、可笑しくなりそうな程緻密に計算された建物。
 その廊下を歩きながら、男は背後からの視線を感じていた。
 正確には、予測していたとも言えるが・・・。気付かない振りをして、二階のロビーへと向かう。

 二階のロビーへ到着すると、既に大勢の神々とが神々が作った生命(従者と呼んでいる)が集まっていた。神々は各々作りだした惑星を、両手に抱きかかえ楽しげに談笑している。
 ロビーには天井まで届くくらいの大きな窓があつらえてあり、外の様子を一望できる作りになっている。窓の外は何も無い、今はただ無の空間が広がっているだけだ。
 今から、この無の空間に神々各々が作った沢山の惑星を並べて飾り付けるらしい。
 キラキラと輝く物、ゴウゴウと炎を上げる物、モクモクとガスに包まれている物、小さな輝きの集合体など。多種多様な惑星達は見る者を楽しませる。
 入り口から中に入る時に、扉の近くに立っている見知らぬ従者に声を掛けた。
 「私の後に、額に鹿の角を生やした従者が来るんだが。彼、主を捜しに来たらしい。探すのを手伝ってあげてくれないか?」
 「はい、喜んで」
 見知らぬ従者は、笑顔で返事を返した。
 男は「頼んだよ」言い、足早にロビーの中へ入る。その姿を見失わない様にと、小走りでロビーに入ろうとした額に鹿の角を生やした男は、扉の側に立っていた見知らぬ従者にがっしりと腕を捕まれた。
 「何を?」
 腕を掴んだ見知らぬ従者を見ると、満面の笑みを浮かべている。
 「お困りなんでしょう?お助け致します」
 「止めろ、私は困ってなどいない」
 任務遂行の焦りからか大きな声を上げてしまい、注目が集まってしまう。はっとしロビーの中を見ると、人混みの中に立つ光り輝く男と目が合った。
 光り輝いていて表情は解らないが、薄い笑みを浮かべているのだと思う。
 「くそっ」
 振り解こうと藻掻いている間に、男は人混みの中へと紛れていってしまった。

 人混みの中に紛れ、男は安堵の息を吐く。
 先ほどの男の表情を思い浮かべると、笑い出しそうになるがぐっと堪え深呼吸をし、ロビーを改めて見渡す。
 神々が持つ惑星は、全て美しくこの無の空間に並べると皆の目を楽しませそうだ。
 ぼんやりと惑星達に見とれていると、ひときわ大きく輝きながら熱を放つ惑星を持った神様が話しかけて来た。白い豊な髭と体格のいい男だ。
 『あの会議の席に居たな・・・』と思いながら、にこやかに挨拶を交わす。体格のいい神様は、ジロジロと身体中を舐め回す様に見てくる。きっと、あら探ししているに違いない。
 「おや?レエンカルナシオン。あなたは惑星を作らなかったのですか?」
 わざとらしく訪ねて来た。
 「えぇ、惑星は作りませんでした。そのかわりに、種を作りました」
 そう言って懐から巾着を取り出し、中を開き沢山の黄金の種を体格のいい神様に見せた。男はふーんっと言いながら自慢の白い髭を撫でつけ、値踏みするかの様に種を見る。
 「この種を、惑星の中に入れて欲しいのです。惑星が美しく輝きますよ」
 こっそりと耳打ちすると、体格のいい神様の態度が少し変わった。
 「なに?まさか、儂を騙すつもりではないのか?」
 「いえいえ、滅相もないです。私は、あの会議以来考えを改めたんですよ。新たな生命を造るなんて、やはり可笑しい事だと・・・」
 体格のいい神様は、ほうほうと不適な笑みを浮かべる。
 「なるほど・・・。お前が儂を騙せば、儂はここで大声を上げてやるからなっ」
 「えぇ、どうぞ。」
 種を一粒取り出し、体格のいい神様の手のひらに優しく置いた。受け取った体格のいい神様は、自分の惑星の中へその種を乱雑に投げ入れた。惑星に種が投げ込まれた瞬間、惑星は活き活きとした輝きを放つ。
 「おぉ・・・、これは美しい・・・」
 体格のいい神様が、感嘆の声を上げる。
 その時、額に角を生やした男が必死の形相で駆け寄って来た。服の襟元が少し乱れている。輝きを増した惑星を目にした途端、険しい表情を浮かべた。
 しかし、その活き活きと輝きだした惑星を見て他の神々達も、その美しさに我も我もとその種を欲しがり集まって来た。皆、持っている惑星を高く高げ、ここに入れてくれと口々に叫ぶ。
 そんな混乱の中、額に角を生やした男は他の神々達に揉みくちゃにされ、流れに流され遠く遠くへと引き離されていった。
 神々が次々と群がり混雑が起きそうになったその時、あの体格のいい神様がいきなり指揮を取り、皆を一列に並ばせた。
 種は優しく丁寧に一人一人に手渡され、最後の神様に配り終わった時には、巾着の中身は空っぽになった。手渡された種は一粒残らず惑星の中へと入れられ、種を取り込んだ惑星の活き活きとした輝きで部屋の中は満たされる。
 その輝きに、側で固唾を飲んで見守っていた従者達も感嘆のため息をつき、うっとりと惑星に魅入っていた。

 ロビーには重厚な扉があり、そこから無の空間へと出入りする事が出来る。外に広がる無の空間へは、神しか行けず従者が出ようものなら、無の空間に吹き飛ばされ呼吸も出来ず窒息死してしまう。その為、従者達は扉にあまり近づきたがらない。
 「やぁ、レエン」
 混乱が収まり、再び星々の輝きをぼんやりと眺めていると、不意に後ろから声をかけられた。振り返ると、さわやかな笑顔を浮かべた男性が歩みよってきた。
 短く切ったプラチナブロンドの髪にエメラルドグリーンの優しい瞳、真っ白のローブに黒いショールを肩に羽織っている。腰には金のチェーンが巻かれ、そのチェーンには沢山の時計や宝石がぶら下がり、歩く度にジャラジャラと賑やかな音を奏でる。
 そして何よりも、この胡散臭そうな笑顔、時の神ツァイト。男の親友の一人である。
 「ツァイト、どうした?」
 「見てくれよ、君がくれた種を入れたら僕の星はこんなに青さを増したんだよ」
 ツァイトは見るからに嬉しそうな様子で、手にした惑星を眼前にグイっと差し出してきた。
 確かにツァイトの持つ惑星は、青みが増してより一層美しくなっている。
 「よかったじゃないか。後はこれで、生命が宿ってくれたらいいんだが・・・」
 「君は、まだそんな事・・・。惑星に生命を宿すのは、無しになっただろ?会議でそう決まったんじゃないのか?」
 顔をしかめるツァイトに、神様はにやりと唇を歪めながら人差し指を唇に当てしーっといたずらっぽく言った。そんな姿に、ツァイトは呆れた表情を浮かべる。
 「やれやれ・・・。君やフィスの悪知恵には、ほとほと呆れるよ」
 「そういえば、フィスは来てないんだな」
 もう一人の友人の姿を種を配る時探したが、見つけることはできなかった。
 「フィスは、ここには来ないよ・・・」
 気まずい雰囲気が二人の間に流れたその時、大きな鐘の音が鳴り響いた。
 鐘の音が鳴りやむと神々達は、無の空間へ繋がる扉へとぞろぞろと集まりはじめた。もうすぐ扉が開く。
 「ツァイト、そろそろだな」
 男はツァイトの肩を軽く叩き、行ってこいと背中を押した。
 「レエン、窓から見ていてくれ。一番近い所に、この惑星飾るからな」
 さわやかな笑顔を浮かべながら大きく手を振る彼に、苦笑いを浮かべながら小さく手を振り返した。そのやりとりを側で見ていた見知らぬ従者に、仲がよいですねっと言われ恥ずかしさで、男は逃げるように窓際へ移動した。
 やがて扉が開かれ、神々達は列になって次々に外へと飛び出して行った。
 何もない無の空間だった場所は、キラキラとした輝きを放つ惑星で満たされていく。
 そして、ツァイトは宣言通りに窓からよく見える位置に青く美しい星を設置した。
 「これからが、楽しみだ」
 男は窓から惑星達を見つめながら、浮かび上がってくる唇の端を見られないように手で覆い隠した。

 惑星を並び終えた神々達は、光輝く惑星達を眺めながら豪勢な食事と祝いのお酒、そして歌と踊りの大宴会を始めた。
 見目麗しい従者達が、お酒を配っている。
 男の手にも葡萄酒が並々と注がれたカップが渡されたが、とても口を付ける気分ではない。
 どうしようかとカップを満たす葡萄酒の波打つ様をじっと見つめていると、下品な笑い声が聞こえてきた。
 笑い声の方へ目をやると、体格のいい神様が美女の従者を侍らせて豪快に酒を煽っていた。美女の従者の身体をベタベタと触っているが、従者達は顔に笑顔を貼り付かせている。この男が作った従者なのかもしれない・・・。
 不意に体格のいい神様が、大声で光る種について話し始めた。周りの神々も、苦笑しつつもあの輝きは素晴らしかったと口々に話し始め、これは自分に話が飛び火すると危機感を感じ、男は席を立ちロビー入り口付近までそそくさと移動した。
 入口付近にも疎らに神々や従者が居たが、あの下品な笑い声を聞くよりは幾分かマシだった。
 ふと、入口付近の長いソファーの上に目が止まる。
 額から鹿の角を生やした従者が、静かに横たわっていた。
 彼の立派な燕尾服は皺だらけ、ブラウスのボタンは何個かはじけ飛び、頬には殴られたのか青痣が出来ており唇の端には血の痕が残っていた。
 その痛々しい様子に、心の中でご愁傷様と呟き、自室へ戻ろうと歩き出した。それと同時に後ろからなにかが駆けてくる音がする。
 まずいと思った時には既に遅かった、出て行こうとする男の背中にツァイトがガバッと覆い被さって来たのだ。
 「おいおいおい、レエン。まだ、宴の途中ですよ~?」
手にした葡萄酒の入ったグラスを口元へ押しつけて無理矢理飲ませようとしてくる。かなり酔っぱらっているようで、ヨタヨタとバランスを崩すのをなんとか支える。
 「やめろ。おい、そこの君」
 側を通りがかった見知らぬ従者に、酔っぱらいのツァイトを押しつけ男は足早にロビーを抜けだし自室へと向かった。
 後ろからツァイトの叫び声が聞こえたが、気にしてはいられない。
 自室のアトリエの扉を開くと、出て行った時と同じように鍋は静かに鎮座していた。
 鍋に近づき中身を確認すると、中身の液体は一滴残らず無くなっている。おかしい部屋を間違えたのかと、踵を返そうとした時何かが足にしがみついた。
 「わっ」声が出そうになるのを堪え、恐る恐る足下を確認する。
 膝丈ほどの大きさの茶色い生き物が足に抱きつき、じっと顔を見上げていた。
 「神様、ありがとう。僕は産まれる事が出来ました」
 そして、にっこりと微笑みを浮かべ恥ずかしそうに頭を足にこすりつけてくる。
 「もう産まれたのか・・・?」
 男はしゃがみ込むと、優しく頭を撫でてあげた。ふわふわの毛の感触が心地よい。
 姿は犬・・・柴犬によく似ているが、二足で立ち歩き言葉をしっかり話す事が出来る。
 「しかし、本当にその姿でよかったのか?」
 男は、沢山の紙の束に描かれていた絵を思い起こす様に言った。
 「はい、この姿が一番ベストだと思いました。近すぎては役割が果たせませんから」
 きっぱりと言い切ったこの子の瞳には、芯の強さを感じさせる光が灯っているように見えた。
男はあえて何も言わず、微笑みながら頭を再度撫でるとクローゼットから緑色のチョッキを取り出し、この生まれたばかりの従者の身体の前にサイズを確かめる様に合わせる。
 やはりサイズが大きい。
 男はその場で丈を調節すると、実験器具やらで埋め尽くされたごちゃごちゃの机から器用に裁縫箱を探り出し、椅子に積み上げられていた書類をその辺の床に置き椅子に座るとチョッキを繕い直し始めた。
 ふと顔を上げると産まれたばかりの従者が、恥ずかしそうだが興味ありそうな表情でこちらをじっと見つめている。
 男は微笑みながら、側に来るように手招きをした。その瞬間、従者はぱぁっと顔を輝かせ素早く側に駆け寄りぴったりと寄り添った。
 従者のしっぽは千切れんばかりに振られ、手縫いで器用に縫われてゆく様を、目を輝かせながら見ている。好奇心が旺盛なのかもしれない。
 ピッタリの長さに縫い終わると、胸の位置に金の糸でpassenger(パセンジャー)と刺繍を施した。
 この子なら、自らの役割を果たしてくれるかもしれない、そんな期待を込めて。

                      *      *

 意識がはっきりした時、僕の視界に最初に映りこんだのは眩しい程に光り輝く男の人の姿だった。
 彼を認識したとき、僕は自分の生まれる意味も役割も瞬時に理解した。
 そして同時に、肉体が欲しいと思った。意識だけでは、彼の、神様の隣には立てない歩けない役割も果たせないから・・・。
 瞬時に声が出た。習った事も無いのに、肉体も無いのに僕はしゃべりかけていた。
 神様は、僕の中に紙の束を入れてくれた。様々な生物が書かれた紙は、次々と溶け僕の中にスルスルと入りこんで来る。
 神様は自分で決めなさいと言って、部屋を出て行ってしまった。
 僕は自分の意識の中へと集中した。真っ黒な空間に、紙の束がぽつんっと置いてある。
 僕は駆け足で書類を掴むと、一つ一つページを貪る様に読み進めていく。
 膨大な数だと思っていたが、見終わるにはそんなに時間はかからなかった。僕は、最後の生き物の姿を食い入る様に見つめた。
 ピンっと立った耳にクルンッと丸まりお尻の上に乗るしっぽ、凛々しい顔つきに茶色と白の体毛。
 この生き物がいい>僕はこの姿になった自分を強く強く思い描いた。芯から熱いモノが流れでてどんどんと姿が形成されてゆくような、くすぐったいような痛いようなどことなくむず痒いようなそんな感覚が渦を巻き広がってゆく。
 そして、その不思議な感覚は突然フッと消えた。不思議な感覚が消え戸惑いと恐怖が頭を過ぎる。恐る恐る目を開くと、僕は鍋の底に横たわっていた。
 戸惑いながら上体を起こし、震える両手で顔に触れてみる。
 毛の感触を感じ、慌てて両手を確認する。掌にはツヤツヤのピンクの肉球と茶色い体毛が身体を覆っていた。
 僕はあの生き物になれたのかと、喜び立ち上がろうとしたけど上手く立ち上がる事が出来ず鍋の中で派手に転んだ。
 その衝撃で、傾いた鍋の中から勢いよく床へと転がり落ちた。床に打ち付けられた痛みに顔をしかめたけど、グッと歯を食いしばりゆっくりと上体を起こし、しっかりと足で床を踏みしめ立ち上がる。
 側にあった机の脚でふらつく身体を掴み支え、少しづつ足を動かす。
 しばらくそれを繰り返していると、僕は一人で立って歩ける様になった。嬉しくなって部屋の中を見渡すと、傾いた鍋が僕のほうへとポッカリと口を向けている。
 その穴が何故だか異様に怖く感じ、僕は鍋に駆け寄ると元の向きに戻そうとした。だけど、鍋は重く中々思うように動いてくれない。
 押したり引いたりしてなんとか元の位置に戻した時、扉からガチャリと開く音が聞こえ僕は慌ててテーブルの下に身を隠す。
 山積みにされている器具や本に当たらない様上手く身体を縮ませながら、息を殺しテーブルの下からそっと様子を伺うと、あの光り輝く男の人が入って来るのが見えた。
 神様だ<
 僕はテーブルの下から這い出し、神様へ駆け寄りその脚にしがみつく。
 しがみついた瞬間、少し身体がビクリッと震えた様な気がした。
 神様からは、ハーブの様な優しい匂いがする。
 「神様、ありがとう。僕は産まれる事が出来ました」
 僕は嬉しくて、にっこりと微笑みを浮かべた。そして神様の匂いを覚える為に頭を足にしっかりとこすりつけた。
 「もう産まれたのか・・・?」
 神様はしゃがむと、僕の頭を優しく撫でてくれた。優しい手の感触が心地よい。
 「しかし、本当にその姿でよかったのか?」
 神様は少し不思議な表情をしていた。僕は、沢山の紙の束に描かれていた絵を思い起こしたけど、やっぱりこの姿が一番好きだ。
 「はい、この姿が一番ベストだと思いました。近すぎては役割が果たせませんから」
 きっぱりと言い切った僕の顔を見た神様は何も言わずに、微笑みながら頭を再度撫でてくれた。撫でられるのは、すごく心地よくて嬉しい気持ちになる。
 神様はクローゼットから緑色のチョッキを取り出し、僕の身体の前にぴったりと合わせ難しそうな顔をしている。
 僕は不思議そうに、神様の顔と身体の前に当てられたチョッキを交互に見た。
 神様はその場で丈を弄ったり捲ったりと色々やった後、ごちゃごちゃの机から器用に何かの箱を探り出した。そして、椅子に積み上げられていた書類をその辺の床に置くと椅子に座り箱から取り出した道具で何かをし始めた。
 僕は作業の邪魔にならない様、静かに側に佇みその作業を見つめる事にした。
 すると、不意に神様が顔を上げ、僕の方に向かい優しく手招きをした。
 僕は飛び上がるほど喜び、急いで側に駆け寄り美しく縫われて行く様を食い入る様に見る。神様の手さばきはまるで魔法の様で、何時間見ていても飽きないくらい面白くて魅力的だなぁっと考えてたら、あっとゆう間にチョッキは僕にピッタリのサイズに仕上がっていた。
 僕は、この優しい神様の為に、自分の役目をしっかり果たそうと胸に決意しチョッキに袖を通した。

                     *      *

 目を開けると、見慣れぬ天井が視界に入った。
 額に角を生やした男は、しばらく呆然と天井を眺めていたが徐々に湧き上がる身体の痛みに段々と思考が冴えてくる。
 痛みを堪えながら上体を起こし、辺りを見渡す。惑星を並べるのはとっくの昔に終わったらしく、宴会で盛り上がる声が響き渡っている。
 「大丈夫ですか?」と見知らぬ従者が話しかけて来たが、無視してソファから起きあがりそのままロビーから外へと出た。
 おぼつかない足取りで宴の喧噪から離れ、階段をゆっくりと上がる。揉みくちゃにされたせいで、服は破れボタンは何個か紛失していた。
 階段にある窓から外を見る、日は落ち夜の闇が世界を包んでいる。そんな窓ガラスに、殴られて青痣を作った自分の情けない顔が浮かび上がり一気に絶望感が身体中にのし掛かってきた。
 絶望感と疲労感で、身体がとても重く感じるが無理矢理足を動かし階段を上る。
 なんとか三階にたどり着き、分厚く重い扉を両手で力一杯に押し開く。
 天鵞絨の絨毯が一直線に最奥の扉へと続いている。絨毯にはシミも埃もゴミも何一つもない、美しく一つの乱れも無いほど完璧である。
 その完璧な絨毯の毛足が靴底にまとわりついてくる様で、更に気分は落ち込んだ。
 すれ違う執事服やメイド服の従者達は、まるで自分を嘲っている様に感じ悔しさに唇を噛みしめた。頬の痛みも口の中の傷も、少しも感じられない。感じるのは少し血の味がするということ。ただ、それだけである。
 一番奥の扉にたどり着いた。なんだか、ここまで来るのに随分時間がかかった様な気がする。
 ずっしりと重たく感じる腕を上げ、コンコンとノックした。
 「どうぞ」と低い声が中から聞こえ、躊躇いながらドアノブを握りドアを開けた。恐怖と緊張からか手が震え、ドアノブはガチャガチャと不快な音を立てる。
 部屋の中は、黒と白を基調としたシックな雰囲気の執務室だ。
 その白と黒の部屋の中に居ると、まるでチェス盤の上に立たされた様な感覚に陥ってゆく。今までに味わった事のない感覚に、額に角を生やした男は目をギョロギョロと不自然に動かし部屋を見渡した。
 執務机の椅子に腰掛けているのは、キングを彷彿とさせる金髪の男。
 後ろに撫でつけられた金の髪は一部の乱れも無く整い、白いブラウスとコバルトブルーのベスト姿だ。ベストには金のボタンが光っている。
 会議で付けていたサングラスは外され、鋭い金の瞳がまるで猛禽類のように額に角を生やした男をじっと見つめている。
 背筋がゾワゾワと泡立つ。
 「報告を・・・」
 低い声で男が告げる。
 額に角を生やした男は、震える声でロビーで起こった事を報告した。報告し終わった後には、声だけでなく手も震えていた事に気が付いた。
 報告を聞き終わった金の髪の男は深いため息を吐き、ゆっくりと執務机の右側一番上の引き出しを開けた。
 「ひっ」
 額に角を生やした男が、悲鳴を上げる。この部屋から逃げ出そうと踵を返し掛けた瞬間、何者かに身体を押さえつけられた。
 まさか他にも居るとは思いもよらず、そのままバランスを崩し、床に両膝を着くように組み押さえられる。
 「逃げないで下さいよ。主様がお困りになるじゃありませんか」
 混乱する頭で組み伏せてくる相手の顔を見る。そこには、自分とそっくりの姿をした男がいた。
 「あぁ、ディア。ありがとう、これで切り落としやすくなる」
 そう言ってにこやかな笑みを浮かべた金髪の男の右手には、片手で持てる程の小さな斧が握られている。その刃は、艶々に磨かれ美しい光の筋を描いている。
 「ディア?ディアは私です。主様」
 懇願する様に金髪の男に向かって声を上げる。組伏してくる男がクスクスと笑う。
 「違いますよ、君は元・ディアです。今は、私がディアなんですよ?解りますか?」
 そう言うと、組伏してくる男は全体重で身体を押さえながら両手でがっしりと頭を掴んできた。自分が混乱しているのか、相手が馬鹿力なのか身体を動かす事が出来ない。
 無理矢理下を向かされる。床を見つめる瞳に、艶々に磨かれた黒い皮の靴が覗き込む。
 金の髪の男は、左手で愛おしそうに角を撫でる。その表情は恍惚と狂気と愛情に満ちていた。
 左手で角を掴むと、斧を力一杯振る。
 斧が角に当たりカーンと高い音が響く、後を追うように男の絶叫が響き渡った。
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