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第二十話 投票結果と容疑者の秘密
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投票結果は歌野涼音に、本人を含む全票が入った。自分自身に票を入れた歌野さんの真意はわからないまま、彼女は前日の上杉のように、瑠衣ちゃんの正面に立たされた。抵抗防止のためか、昨日の上杉のように後ろ手に手錠を掛けられ、刑は始まった。
瑠衣ちゃんの手首から先が、歌野さんの体内に「すぅ」と入って行く。
「ううぅ」
歌野さんの、吐息にも似た声が漏れる。やがて瑠衣ちゃんは何かをつかんだ様子で、右手を引き抜きにかかると。
「あっおううう」と、歌野さんは奇声を出す。「すっ」と引き抜かれた右手を確認した瑠衣ちゃんは、それを再び体内に押し込んで、右手を引いたり押したりしている。
昨日の上杉とは明らかに、瑠衣ちゃんの動きが違う。昨日は体内から取り出した黒い煙のようなものを全員に見せてくれた。でも、今日は?
瑠衣ちゃんは更に、五分、十分と時間をかけ、歌野さんの体内を弄(いじく)り回している。やがてその作業が終わると、ゆっくりと歌野さんの体内から右手を引き抜いた。今回は引っ掛かっているそぶりはない。
一方、歌野さんはと言えば、ぐったりとして左右の隊員さんから支えられ、辛うじて立っている状態だ。
「残念、白でした。色を見るために引き剥がした魂は、いま可能な限り直して置きました。とは言っても、一度引き剥がした魂と身体は、完全には元に戻らないかも知れません。ある程度の時間が経てば、ほぼ元通りになると思うんですけど。個人差もあるし、何かあっても保証はできないです」
瑠衣ちゃんの説明で理解した。なるほど、白だったから直していたんだと。黒じゃなくて残念だが、いまは、歌野さんが無事に回復することを祈ろう。人を救うことで傷ついた、優しい少女のためにもな。
瑠衣ちゃんの仕事が終わると、玄関から台車が運ばれた。今日の昼は、弁当らしい。しかしその直後運ばれた台車には、見たことのある、プラスチック製の容器が見えた。俺の記憶が正しければ、それは焼酎だ。それも俺が好きな銘柄の『赤井(あかい)桜(さくら)』で間違いない。
「焼酎か」「わかってんじゃん!」「ビールの方が良いけど、無いよりは」
大声を出して盛り上がる容疑者たち。当然俺も舞い上がったが、ふと、冷静になった。ビールなら百歩譲っても良い。しかし、女性の割合が高いのに、普通、焼酎を選択するか?
周囲を見回すと、そんな俺の心配は杞憂に終わる。男も女もそれぞれが、自分なりの焼酎の飲み方を知っているように見えたからだ。
ある者は、用意されたお湯を使ったお湯割り。ある者は、同じく用意された氷を入れてロックで。中にはスライスされたレモンを絞ったり、梅干をコップに入れてつぶす者も居る。この中で唯一の未成年である瑠衣ちゃんを除き、全員が。
「これは早うせんとないなるで、適当」
「あ、ああ。お前、焼酎呑めたっけ?」
目を爛々と光らせ、俺を急かすナマに問う。すると、目をパチクリとさせたナマは、
「当り前やん。生咲とエイナは、半年くらい前から、週に二回のペースで立ち飲み屋に行ってたんやで。焼酎の楽しみ方くらい、知ってて当然やろ」
と当り前のように言って見せた。
「ああもう、先に行って待ってるからな」
呆然と立ち尽くす俺を置き、ナマは焼酎を配っている台車の列に並んだ。俺は思った。俺たち容疑者の共通点は、成人した若い男女ではなく、酒を楽しみにしている……いや、そうじゃないな。これだけバラバラの人種を酒好きだけでは一括りにはできない。もっと何か、別の選別の方法があるはずだ。
――だけど、それは何だ? ――
「適当ー。酒は確保したから、弁当の方頼むなー」
ナマに呼ばれハッとする。そうだな、いまはメシと酒だ。考えるのは後でもできる、呑みすぎなければな……。
「遅いー、空きっ腹に焼酎は危険なんやで」
と、空になったコップに、並々と焼酎を注ぎ、スライスしたレモンをその上に乗せる、ナマ。
どうやら、もう出来上がっているらしい。
「弁当が来るまでの間くらい待てなかったのか?」
「生咲は『陰陽師』なんやで、いつ殺されるかわからんのに、楽しみを先に延ばすなんてできへん」
やはり重圧があるんだな。あまりボヤくタイプではないことも相まって、ストレスが溜まっているのだろう。白石が健在なら気晴らしも出来たんだろうが、それは言うまい。
「ところで、ナマ。お前どこで呑んでいるんだ?」
「ここに決まってるやん」
馬鹿にされた言葉が返って来た。一瞬イラっとしたが、既にナマは酔っている。俺は大学時代に同じ学科の先輩から、『酒飲みは酒飲みに、寛容でなければならない』と教わったことを思い出した。「ふうっと」ため息を突き、改めて問う。
「そうじゃなくて、白石とだ」
「ん? 立ち飲み居酒屋の、『kokoya(ここや)』に決まってるやん。だいぶ前、適当が教えてくれた店」
「そうなのか。俺もあそこの常連だが、白石は勿論、お前の顔を見た記憶が無いんだが?」
「女子には無条件で個室貸してくれるしな、あの店。部屋自体はめっちゃ狭いけど。そもそも、適当が『kokoya』に行くんは、午前様が多いんやろ? 生咲たちはエイナの仕事終わりに待ち合わせて行くんやから、全然時間帯が違うやん」
「なるほど。言われてみればそうだな」
ナマの言い分に納得した俺は、何故か、ほぼ確信した。『kokoya』の常連が容疑者としてここに居る、と。あと二、三人に確かめたら確定だと思って良いと思う。問題は『kokoya』で何が遭ったのか?
それは人喰いそのモノか、人喰いに直接関係する何かだろう。
だけど、それがわかったところで、ここに拘束されている限りは何もできない。思考を幾ら巡らせたとて徒労に終わる。でも、情報だけは集めていた方が良い。ここから出られたときに、すぐに記事にするためにはな。
瑠衣ちゃんの手首から先が、歌野さんの体内に「すぅ」と入って行く。
「ううぅ」
歌野さんの、吐息にも似た声が漏れる。やがて瑠衣ちゃんは何かをつかんだ様子で、右手を引き抜きにかかると。
「あっおううう」と、歌野さんは奇声を出す。「すっ」と引き抜かれた右手を確認した瑠衣ちゃんは、それを再び体内に押し込んで、右手を引いたり押したりしている。
昨日の上杉とは明らかに、瑠衣ちゃんの動きが違う。昨日は体内から取り出した黒い煙のようなものを全員に見せてくれた。でも、今日は?
瑠衣ちゃんは更に、五分、十分と時間をかけ、歌野さんの体内を弄(いじく)り回している。やがてその作業が終わると、ゆっくりと歌野さんの体内から右手を引き抜いた。今回は引っ掛かっているそぶりはない。
一方、歌野さんはと言えば、ぐったりとして左右の隊員さんから支えられ、辛うじて立っている状態だ。
「残念、白でした。色を見るために引き剥がした魂は、いま可能な限り直して置きました。とは言っても、一度引き剥がした魂と身体は、完全には元に戻らないかも知れません。ある程度の時間が経てば、ほぼ元通りになると思うんですけど。個人差もあるし、何かあっても保証はできないです」
瑠衣ちゃんの説明で理解した。なるほど、白だったから直していたんだと。黒じゃなくて残念だが、いまは、歌野さんが無事に回復することを祈ろう。人を救うことで傷ついた、優しい少女のためにもな。
瑠衣ちゃんの仕事が終わると、玄関から台車が運ばれた。今日の昼は、弁当らしい。しかしその直後運ばれた台車には、見たことのある、プラスチック製の容器が見えた。俺の記憶が正しければ、それは焼酎だ。それも俺が好きな銘柄の『赤井(あかい)桜(さくら)』で間違いない。
「焼酎か」「わかってんじゃん!」「ビールの方が良いけど、無いよりは」
大声を出して盛り上がる容疑者たち。当然俺も舞い上がったが、ふと、冷静になった。ビールなら百歩譲っても良い。しかし、女性の割合が高いのに、普通、焼酎を選択するか?
周囲を見回すと、そんな俺の心配は杞憂に終わる。男も女もそれぞれが、自分なりの焼酎の飲み方を知っているように見えたからだ。
ある者は、用意されたお湯を使ったお湯割り。ある者は、同じく用意された氷を入れてロックで。中にはスライスされたレモンを絞ったり、梅干をコップに入れてつぶす者も居る。この中で唯一の未成年である瑠衣ちゃんを除き、全員が。
「これは早うせんとないなるで、適当」
「あ、ああ。お前、焼酎呑めたっけ?」
目を爛々と光らせ、俺を急かすナマに問う。すると、目をパチクリとさせたナマは、
「当り前やん。生咲とエイナは、半年くらい前から、週に二回のペースで立ち飲み屋に行ってたんやで。焼酎の楽しみ方くらい、知ってて当然やろ」
と当り前のように言って見せた。
「ああもう、先に行って待ってるからな」
呆然と立ち尽くす俺を置き、ナマは焼酎を配っている台車の列に並んだ。俺は思った。俺たち容疑者の共通点は、成人した若い男女ではなく、酒を楽しみにしている……いや、そうじゃないな。これだけバラバラの人種を酒好きだけでは一括りにはできない。もっと何か、別の選別の方法があるはずだ。
――だけど、それは何だ? ――
「適当ー。酒は確保したから、弁当の方頼むなー」
ナマに呼ばれハッとする。そうだな、いまはメシと酒だ。考えるのは後でもできる、呑みすぎなければな……。
「遅いー、空きっ腹に焼酎は危険なんやで」
と、空になったコップに、並々と焼酎を注ぎ、スライスしたレモンをその上に乗せる、ナマ。
どうやら、もう出来上がっているらしい。
「弁当が来るまでの間くらい待てなかったのか?」
「生咲は『陰陽師』なんやで、いつ殺されるかわからんのに、楽しみを先に延ばすなんてできへん」
やはり重圧があるんだな。あまりボヤくタイプではないことも相まって、ストレスが溜まっているのだろう。白石が健在なら気晴らしも出来たんだろうが、それは言うまい。
「ところで、ナマ。お前どこで呑んでいるんだ?」
「ここに決まってるやん」
馬鹿にされた言葉が返って来た。一瞬イラっとしたが、既にナマは酔っている。俺は大学時代に同じ学科の先輩から、『酒飲みは酒飲みに、寛容でなければならない』と教わったことを思い出した。「ふうっと」ため息を突き、改めて問う。
「そうじゃなくて、白石とだ」
「ん? 立ち飲み居酒屋の、『kokoya(ここや)』に決まってるやん。だいぶ前、適当が教えてくれた店」
「そうなのか。俺もあそこの常連だが、白石は勿論、お前の顔を見た記憶が無いんだが?」
「女子には無条件で個室貸してくれるしな、あの店。部屋自体はめっちゃ狭いけど。そもそも、適当が『kokoya』に行くんは、午前様が多いんやろ? 生咲たちはエイナの仕事終わりに待ち合わせて行くんやから、全然時間帯が違うやん」
「なるほど。言われてみればそうだな」
ナマの言い分に納得した俺は、何故か、ほぼ確信した。『kokoya』の常連が容疑者としてここに居る、と。あと二、三人に確かめたら確定だと思って良いと思う。問題は『kokoya』で何が遭ったのか?
それは人喰いそのモノか、人喰いに直接関係する何かだろう。
だけど、それがわかったところで、ここに拘束されている限りは何もできない。思考を幾ら巡らせたとて徒労に終わる。でも、情報だけは集めていた方が良い。ここから出られたときに、すぐに記事にするためにはな。
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