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第2話
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彼は自らの意識が覚醒するのを、どこか他人事のように認識していた。
目が覚めた……と感じた時には、彼は見知らぬ空間に立っていた。
その空間を一言で表現するとすれば、"荒廃した神殿"だろうか。
西洋風の……彼がテレビでしか見た事のないような神殿だった。
だが、元々は輝かしい白光を放っていたであろう石柱は変色し、所々がひび割れている。
床にも亀裂の走っている箇所が複数あり、建造されて何年経つのか想像もつかない程だった。
だが、これだけボロボロの割には汚れや埃なども見当たらず、そして何より、この空間にいても不快な感情を抱かないのだ。
むしろ、彼はこの不思議な神殿を眺めている内に、形容し難い充足感を得ていた。
まるで母胎に眠る胎児のような………経験はあっても記憶はない為に憶測になるが、何となくそれに似ているような感じがした。
守られている。
そう感じたのだ。
暫くそうして辺りを見回していると、彼は背後から迫る足音を察知し、振り返った。
彼に近付いて来るのは二人の人間と一匹の動物であった。
一人は老人だ。
優しげな微笑みを浮かべながらも、決して抗えない絶対的な威厳を持つ白髪の老人。
その斜め後ろを歩くのは少女だ。
美しい銀髪をツインテールにしており、金色の瞳は至極冷静に彼を見据えていた。
そして彼女の横をトテトテと歩く動物。
やや紫がかった黒毛、金色の瞳、鋭い目付きとは裏腹に、彼を見る目は柔らかかった。
それは、彼が車から庇った黒猫であった。
彼は老人達が足を止めたのを確認し、そちらに一礼した。
「初めまして、私は加賀美真と申します。」
すると老人は柔らかく笑った。
「おぉ、これはご丁寧に。儂は神じゃ。創造神じゃ。」
神。
口にするのは簡単だが説明するのは非常に難しい。
特定の信仰も持たなければ宗教に関心もない真からすれば、神とは何やらよくわからないが"凄い存在"であるのだが、この目の前の老人が本当に自分の考える神と同一であるかは定かではないが、少なくともこの老人が"凄い存在"である事は間違いなかった。
オーラがあるというのだろうか……神々しいとはこの事かと納得させられる何かを放っていたのだ。
「神様、不躾な質問で申し訳ございませんが、ここは一体どこなのでしょう?」
「ここは神域、あるいは神の間と呼ばれる空間じゃよ。真君、君はここに来る直前の出来事を覚えておるかね?」
問いかけられた真は、静かにこちらを見守る黒猫を見つめた。
「車に引かれそうになった猫を助け、事故に遭いました。そちらの猫は………」
「君の推測通り、この猫は君に命を助けられた猫じゃ。猫と言っても、神獣なんじゃがの。」
「神獣……ですか?」
「神が飼っているペットのようなものじゃ。この猫はこの娘の神獣なのじゃよ。」
そう言うと、創造神は隣の小さな女の子の頭に手をやった。
女の子は無言で真を見詰めている。
「………という事は、そちらの方も……?」
「うむ、この子は魔神じゃ。」
「ま、魔神!?」
無表情ながらに可愛らしい顔をした小学生くらいの女の子が魔神であると聞いて、真はすっとんきょうな声を上げる。
「あぁ、勘違いするでないぞ。魔神とは魔を司る悪神ではない、それは邪神じゃ。」
「あ、あぁそうなんですか………失礼しました。取り乱してしまいました。」
真は創造神と、気にした様子もなさそうな魔神に頭を下げた。
「ほほほ、気にするでない。」
「ありがとうございます。………それでは、魔神というのは一体……?」
「魔神とは、魔法を司る神の事じゃ。」
「魔法?」
「知らんかの?」
「い、いえ、概念は知っていますが、見た事はありません。」
「そうじゃろうの。真君のいた世界には魔法がないからのう。」
「私のいた世界……ですか?」
「うむ、世界とは神の力によって作られ、そして見守られている箱庭のようなものじゃ。そして、その箱庭は無数に存在する。」
「……そして、その中には魔法が存在する世界もある、という事ですか?」
「そういう事じゃ。察しが良いのう。」
「ありがとうございます。………それで、何故私はここにいるのでしょう?」
「おぉ、そうじゃったな。実はの、真君にこの猫を助けてくれた礼をしたかったんじゃ。」
「礼……ですか?」
「うむ、この猫は魔神のお気に入りなのじゃよ。魔神の目を盗んで勝手に下界に行った挙げ句、死にかけたところを助けたという事で、魔神が是非に礼をしたいとのことでな。」
「はぁ……そうですか。」
何と言って良いかわからずに魔神を見ると、魔神はトテトテと真に近寄り、彼の袖を引いた。
そして感情の起伏があるのかもわからない冷静な瞳でじっと真の目を見つめ、小さく口を開いた。
「………ありがと。」
そう一言呟くと、満足したように戻って行った。
「ほほほ、すまんのう……この娘は恥ずかしがりやなんじゃよ。こう見えて真君には本当に感謝しておるんじゃ。許してやってくれ。」
創造神が魔神の頭を撫でながら笑うと、魔神は「余計な事を言うな」とでも言うようにゲシゲシと創造神の足を蹴った。
「い、いえ、私は全然………その、仲が良いんですね………神様って皆さんそうなんですか?」
「儂らは家族なのじゃよ。この娘は儂の孫じゃ。」
「あぁ、なるほど。」
神にも家族なんてあるのか、と真はぼんやり考えた。
「さて、それでは本題に入ろうかの。礼についてじゃ。」
「あの……その事なんですけど、私はもう死んでいますよね?」
「うむ、その通りじゃ。真君は既に亡くなっておる。」
「生き返らせる事はできませんか?」
無礼を承知しつつ、真は要望を伝えた。
しかし、創造神は哀れむような顔をした。
「すまん。それはできないのじゃ。」
「そう…ですか。」
真は落ち込むように俯いた。
やや黒い会社に勤めてはいたが、真には友人もいたし両親もまだ生きていた。
会社の同僚や先輩、後輩にも迷惑をかけてしまう。
何も言えずに死んでしまった事を悔いていた。
「こればかりは神にもどうしようもないのじゃ。一度その世界を去ってしまえば、もう戻る事はできぬ。」
「………わかりました。」
事実は動かしようがない。
やるせない気持ちはあるものの、真は形だけでも納得する事にした。
「その代わりと言ってはなんだが、真君……異世界に行く気はないかね?」
「………異世界ですか?」
「うむ、異世界じゃ。真君が生活していた世界とは異なる場所で、もう一度生きてみんか?」
「そんな事が可能なんですか?」
「そう簡単にできる事ではないがの。普通の人間では、世界間を越える事に耐えられんからの。」
「それでは私も不可能ではありませんか?自分で言うのもなんですが、私は普通の人間です。」
「君が望むなら、魔神が加護を与えると言っておる。」
「加護…ですか?」
真は聞き慣れない言葉に首を傾げた。
「うむ。神の祝福じゃ。加護があれば、世界間を越える事にも耐えられる。」
「その加護というものは、簡単に頂いて良いものなのでしょうか?」
「神が個人に加護を与えるというのは一般的ではないのう。神にとって加護を与える事は、自らの血を分け与えるようなものじゃ。」
「そ、そんな大それたこと、私には………」
「魔神は君ならば良いと言っておるのじゃ。誇って良いぞ。真君のいた世界で加護を受け取った人間など、歴史的に見ても極少数じゃ。」
「そんな人間が存在したのですか!?」
「いずれも名の知れた偉人達じゃ。聖神の加護を受けたジャンヌダルク、戦神の加護を受けたアレクサンドロス3世、軍神の加護を受けた諸葛孔明などじゃな。」
「そ、そんな伝説の偉人達と同じものを、私が頂けるのですか?」
大して信心深くもない真だが、それが如何に恐れ多い事かは本能が理解していた。
真が困惑し、素直に受けるのも断るのも躊躇われていると、再度近寄った魔神が袖を引いた。
そちらを見ると、いつの間にやら足元に来ていた黒猫が可愛らしく鳴きながら真の足にじゃれついていた。
真の袖を掴んだ魔神はじっと真の瞳を覗く。
「えっと……な、何でしょうか?」
恐る恐る問いかける真に、魔神は口を開いた。
「………貴方なら、良い。」
「ミャーオ」
一言呟いた魔神に賛同するように、黒猫が鳴き声を上げる。
「ほほ、そういう事じゃ。遠慮せず受け取るが良い。……もっとも、真君が異世界へ行く事を望むのならば、じゃがな。」
長い立派な髭を撫でながら創造神は笑った。
真は死にたい訳ではない。
まだまだしたい事は沢山あった。
異世界、良いじゃないか。
前向きに考えた真は、一つ頷いて魔神に向き直った。
「魔神様、私に加護を下さい。」
深く頭を下げると、ポンっと頭に小さな手が乗せられた。
「………ん。」
真の体を暖かな光が包み込む。
目の前の無表情な少女が、小さく笑みを浮かべた気がした。
目が覚めた……と感じた時には、彼は見知らぬ空間に立っていた。
その空間を一言で表現するとすれば、"荒廃した神殿"だろうか。
西洋風の……彼がテレビでしか見た事のないような神殿だった。
だが、元々は輝かしい白光を放っていたであろう石柱は変色し、所々がひび割れている。
床にも亀裂の走っている箇所が複数あり、建造されて何年経つのか想像もつかない程だった。
だが、これだけボロボロの割には汚れや埃なども見当たらず、そして何より、この空間にいても不快な感情を抱かないのだ。
むしろ、彼はこの不思議な神殿を眺めている内に、形容し難い充足感を得ていた。
まるで母胎に眠る胎児のような………経験はあっても記憶はない為に憶測になるが、何となくそれに似ているような感じがした。
守られている。
そう感じたのだ。
暫くそうして辺りを見回していると、彼は背後から迫る足音を察知し、振り返った。
彼に近付いて来るのは二人の人間と一匹の動物であった。
一人は老人だ。
優しげな微笑みを浮かべながらも、決して抗えない絶対的な威厳を持つ白髪の老人。
その斜め後ろを歩くのは少女だ。
美しい銀髪をツインテールにしており、金色の瞳は至極冷静に彼を見据えていた。
そして彼女の横をトテトテと歩く動物。
やや紫がかった黒毛、金色の瞳、鋭い目付きとは裏腹に、彼を見る目は柔らかかった。
それは、彼が車から庇った黒猫であった。
彼は老人達が足を止めたのを確認し、そちらに一礼した。
「初めまして、私は加賀美真と申します。」
すると老人は柔らかく笑った。
「おぉ、これはご丁寧に。儂は神じゃ。創造神じゃ。」
神。
口にするのは簡単だが説明するのは非常に難しい。
特定の信仰も持たなければ宗教に関心もない真からすれば、神とは何やらよくわからないが"凄い存在"であるのだが、この目の前の老人が本当に自分の考える神と同一であるかは定かではないが、少なくともこの老人が"凄い存在"である事は間違いなかった。
オーラがあるというのだろうか……神々しいとはこの事かと納得させられる何かを放っていたのだ。
「神様、不躾な質問で申し訳ございませんが、ここは一体どこなのでしょう?」
「ここは神域、あるいは神の間と呼ばれる空間じゃよ。真君、君はここに来る直前の出来事を覚えておるかね?」
問いかけられた真は、静かにこちらを見守る黒猫を見つめた。
「車に引かれそうになった猫を助け、事故に遭いました。そちらの猫は………」
「君の推測通り、この猫は君に命を助けられた猫じゃ。猫と言っても、神獣なんじゃがの。」
「神獣……ですか?」
「神が飼っているペットのようなものじゃ。この猫はこの娘の神獣なのじゃよ。」
そう言うと、創造神は隣の小さな女の子の頭に手をやった。
女の子は無言で真を見詰めている。
「………という事は、そちらの方も……?」
「うむ、この子は魔神じゃ。」
「ま、魔神!?」
無表情ながらに可愛らしい顔をした小学生くらいの女の子が魔神であると聞いて、真はすっとんきょうな声を上げる。
「あぁ、勘違いするでないぞ。魔神とは魔を司る悪神ではない、それは邪神じゃ。」
「あ、あぁそうなんですか………失礼しました。取り乱してしまいました。」
真は創造神と、気にした様子もなさそうな魔神に頭を下げた。
「ほほほ、気にするでない。」
「ありがとうございます。………それでは、魔神というのは一体……?」
「魔神とは、魔法を司る神の事じゃ。」
「魔法?」
「知らんかの?」
「い、いえ、概念は知っていますが、見た事はありません。」
「そうじゃろうの。真君のいた世界には魔法がないからのう。」
「私のいた世界……ですか?」
「うむ、世界とは神の力によって作られ、そして見守られている箱庭のようなものじゃ。そして、その箱庭は無数に存在する。」
「……そして、その中には魔法が存在する世界もある、という事ですか?」
「そういう事じゃ。察しが良いのう。」
「ありがとうございます。………それで、何故私はここにいるのでしょう?」
「おぉ、そうじゃったな。実はの、真君にこの猫を助けてくれた礼をしたかったんじゃ。」
「礼……ですか?」
「うむ、この猫は魔神のお気に入りなのじゃよ。魔神の目を盗んで勝手に下界に行った挙げ句、死にかけたところを助けたという事で、魔神が是非に礼をしたいとのことでな。」
「はぁ……そうですか。」
何と言って良いかわからずに魔神を見ると、魔神はトテトテと真に近寄り、彼の袖を引いた。
そして感情の起伏があるのかもわからない冷静な瞳でじっと真の目を見つめ、小さく口を開いた。
「………ありがと。」
そう一言呟くと、満足したように戻って行った。
「ほほほ、すまんのう……この娘は恥ずかしがりやなんじゃよ。こう見えて真君には本当に感謝しておるんじゃ。許してやってくれ。」
創造神が魔神の頭を撫でながら笑うと、魔神は「余計な事を言うな」とでも言うようにゲシゲシと創造神の足を蹴った。
「い、いえ、私は全然………その、仲が良いんですね………神様って皆さんそうなんですか?」
「儂らは家族なのじゃよ。この娘は儂の孫じゃ。」
「あぁ、なるほど。」
神にも家族なんてあるのか、と真はぼんやり考えた。
「さて、それでは本題に入ろうかの。礼についてじゃ。」
「あの……その事なんですけど、私はもう死んでいますよね?」
「うむ、その通りじゃ。真君は既に亡くなっておる。」
「生き返らせる事はできませんか?」
無礼を承知しつつ、真は要望を伝えた。
しかし、創造神は哀れむような顔をした。
「すまん。それはできないのじゃ。」
「そう…ですか。」
真は落ち込むように俯いた。
やや黒い会社に勤めてはいたが、真には友人もいたし両親もまだ生きていた。
会社の同僚や先輩、後輩にも迷惑をかけてしまう。
何も言えずに死んでしまった事を悔いていた。
「こればかりは神にもどうしようもないのじゃ。一度その世界を去ってしまえば、もう戻る事はできぬ。」
「………わかりました。」
事実は動かしようがない。
やるせない気持ちはあるものの、真は形だけでも納得する事にした。
「その代わりと言ってはなんだが、真君……異世界に行く気はないかね?」
「………異世界ですか?」
「うむ、異世界じゃ。真君が生活していた世界とは異なる場所で、もう一度生きてみんか?」
「そんな事が可能なんですか?」
「そう簡単にできる事ではないがの。普通の人間では、世界間を越える事に耐えられんからの。」
「それでは私も不可能ではありませんか?自分で言うのもなんですが、私は普通の人間です。」
「君が望むなら、魔神が加護を与えると言っておる。」
「加護…ですか?」
真は聞き慣れない言葉に首を傾げた。
「うむ。神の祝福じゃ。加護があれば、世界間を越える事にも耐えられる。」
「その加護というものは、簡単に頂いて良いものなのでしょうか?」
「神が個人に加護を与えるというのは一般的ではないのう。神にとって加護を与える事は、自らの血を分け与えるようなものじゃ。」
「そ、そんな大それたこと、私には………」
「魔神は君ならば良いと言っておるのじゃ。誇って良いぞ。真君のいた世界で加護を受け取った人間など、歴史的に見ても極少数じゃ。」
「そんな人間が存在したのですか!?」
「いずれも名の知れた偉人達じゃ。聖神の加護を受けたジャンヌダルク、戦神の加護を受けたアレクサンドロス3世、軍神の加護を受けた諸葛孔明などじゃな。」
「そ、そんな伝説の偉人達と同じものを、私が頂けるのですか?」
大して信心深くもない真だが、それが如何に恐れ多い事かは本能が理解していた。
真が困惑し、素直に受けるのも断るのも躊躇われていると、再度近寄った魔神が袖を引いた。
そちらを見ると、いつの間にやら足元に来ていた黒猫が可愛らしく鳴きながら真の足にじゃれついていた。
真の袖を掴んだ魔神はじっと真の瞳を覗く。
「えっと……な、何でしょうか?」
恐る恐る問いかける真に、魔神は口を開いた。
「………貴方なら、良い。」
「ミャーオ」
一言呟いた魔神に賛同するように、黒猫が鳴き声を上げる。
「ほほ、そういう事じゃ。遠慮せず受け取るが良い。……もっとも、真君が異世界へ行く事を望むのならば、じゃがな。」
長い立派な髭を撫でながら創造神は笑った。
真は死にたい訳ではない。
まだまだしたい事は沢山あった。
異世界、良いじゃないか。
前向きに考えた真は、一つ頷いて魔神に向き直った。
「魔神様、私に加護を下さい。」
深く頭を下げると、ポンっと頭に小さな手が乗せられた。
「………ん。」
真の体を暖かな光が包み込む。
目の前の無表情な少女が、小さく笑みを浮かべた気がした。
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