百魔の魔法士の伝説

紳士

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第4話

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ーーー目を開けると、目の前には石畳の広がるやや窮屈な道が続いていた。

「ここが、異世界か……。」

マコトはふと空を見上げる。

壁と壁の間から見える空は、日本の空と違いがあるようには見えなかった。

胸一杯に空気を吸い込む。

馴染みのない匂い、だが決して不快ではない。

真っ直ぐに歩き始め、うねうねとした道を少しばかり進むと、大きな通りが見えた。

通りに出た瞬間、太陽の暖かな光が射し込んでくる。

マコトは目の上に手を翳し、辺りを見渡した。

その通りは多くの通行人でごった返していた。

自分と同じような麻布の服を着た市民、商人らしき者は道の端に敷き布を広げて露店を出していた。

中には剣や槍、杖などの武器を携えている集団もいて、マコトはここが異世界である事を実感した。

一頻りその光景を観察した後、マコトは近くを通りかかった探索者らしき女性に声をかけた。

「あの、すみません。」

「ん、なに?」

不機嫌そうに声を返されたが、返事してくれただけ有難い。

「探索者の方ですよね?私はマコトと申します。探索者ギルドを探しているのですが、場所を教えていただけないでしょうか?」

「確かにあたしは探索者だけど………あんた貴族か何か?」

「いえ、私はただの平民?ですが。」

「平民にしては変な喋り方するのね。………まぁ良いわ、ギルドならこれから向かうところだから、着いてきな。」

「あ、ありがとうございます。」

変な喋り方と言われた事に動揺しながらも、さっと背中を向けた女性を慌てて追いかける。

女性は人混みの中を歩き慣れているようで、隙間を絶妙に縫って進んでいく。

マコトも東京の人混みの中を歩き慣れている為、この程度は問題なかった。

マコトのそんな様子を肩越しに見た女性は、怪訝そうな顔で口を開いた。

「………あんた、何か変なやつだね。」

「あの、それさっきも言ってましたけど、私の何が変なんですか?」

「口調はまるで貴族みたいだけど、着てる服は平民のそれだし。街の人間ならギルドの場所くらい知ってるのに知らないし。かといってこの人混みを普通に歩けるってことはどっかの田舎の人間でもないみたいだし。………なんなの?」

「なんなのって言われましても…………この口調、変ですか?」

「貴族とかちょいと高級な商人なんかはそんな口調しててもおかしくないけどね。あとはギルドの受付嬢とか。でもあんたどう見てもそんな人間じゃないし。」

「そ、そんな事を言われても…。」

苦笑で応じるマコト。

社会人となって5年。

日本における常識が骨の髄まで染み付いてしまっているマコトが、急に粗野な言葉遣いなどできるはずもなく。

「………まぁ、私の言葉遣いに関しては一先ず無視して下さい。」

「あんたが気にすんなって言うなら気にしないけどさ。…ほんとに貴族とかじゃないのよね?後で打ち首とか勘弁してよ?」

「正真正銘ただの平民ですよ。遠い国からやってきたんです。……この国の貴族はそんなに横暴なんですか?」

「どこの国でもそういうもんでしょ。貴族は法なのよ。」

貴族にはなるべく関わらないようにしよう、と決めるマコトであった。





「ほら、ここがギルドよ。」

彼女の後ろを歩いて15分程、マコトは探索者ギルドへ到着していた。

予想以上に大きな建物だった。

「これがギルドですか。大きいんですね。」

「そりゃ王都のギルドだからね。王都には下級から上級までの迷宮が揃ってるから、探索者の数も他の街より圧倒的に多いのさ。」

「迷宮には位階があるんですか?」

「あんたそんな事も知らないの?」

「世間知らずなもので。」

マコトは誤魔化すように後頭部を押さえた。

「ふーん……まぁどうでも良いけど。探索者になりたかったらまず受付で登録しな。そしたら迷宮の事も教えてくれるよ。」

「あ、ありがとうございます。助かりました。」

「気にしなくて良いさ。」

そう言いながら彼女は掌を上にして手を差し出した。

「………えっと、何でしょう?」

「決まってんだろ?案内料だよ。」

「あ、案内料?」

「タダでここまで案内してやったと思ってたのかい?おめでたい頭してるね。それともそれも世間知らずのせいかい?」

当たり前のように金をせびる女性に動揺するマコトだが、彼女がわざと意地悪を言っているようにも見えない。

おそらく、彼女は常識として言っているのだろう。

案内してもらったのは確かだし、無警戒に信用した自分にも非がある。

そう考えたマコトは、授業料と割りきって金を渡した。

右腰に提げている袋に、神から貰った硬貨が入っていた為、適当に掴んで渡した。

金を受け取った彼女はご機嫌そうに口笛を吹いた。

「銀貨じゃないか。随分気前が良いねぇ。」

マコトは慌てて袋の中を確認した。

袋の中には数種類の硬貨がジャラジャラと入っていた。

「どうしたんだい?返せって言ったって返さないよ?これはもうあたしのもんだ。」

女性は軽く睨むようにマコトを見る。

「いえ、返す必要はないですが………すみませんが、貨幣価値を教えてくれませんか?」

「はぁ?」

より一層怪訝な顔つきになるが、何とか誤魔化して貨幣価値を教えてもらうことになった。

「まぁ、別にちょいと教えるくらい構わないけどねぇ。」

「あ、報酬はその銀貨で良いですよね?貴女の反応を見るに、それだけの価値はあると思うんですが。」

その言葉を聞いた女性はニヤリと笑みを浮かべた。

「なかなか覚えが良いじゃないか。感心したよ。また金をせびってやろうと思ってたのに。」

「やっぱり…………それで、報酬はそれで良いんですか?」

「構わないよ。これで今日の飲み代が浮くしね。」

彼女はそう言って指で銀貨を軽く弾いた。



彼女の説明は至極単純なものだった。

この世界の金の単位はセルであり、100セルでパン一つが買えるということから、おそらく日本の円とほぼ等価値と言えるだろう。

硬貨は価値の低い順から鉄貨、銅貨、銀貨、金貨、魔銀ミスリル貨、魔剛鉱アダマンタイト貨、神金オリハルコン貨の七種類あり、鉄貨一枚で100セルとなるようだ。

硬貨の価値の昇降は十進法となっており、鉄貨10枚で銅貨1枚となる。

即ち、銅貨1枚で1000セル、銀貨1枚は10000セルとなるのだ。

俺は案内料として、彼女に10000円渡してしまったという事になるが、後悔先に立たずというものだ。

これも授業料という事で、マコトは納得する事にした。

先にギルドに入った彼女と別れ、マコトは改めて所持金を確認した。

彼女にあげた分も考慮して数えると、魔銀貨が1枚、金貨が2枚、銀貨が3枚、銅貨が4枚、鉄貨が5枚で、1234500セル持っていた事になる。

1200000円相当もの大金を支度金として渡してくれた神に感謝しつつも、早速無駄に消費してしまった事を天に向かって謝罪した。





自己満足的な謝罪を終えたマコトは、ついにギルドに入ることにした。

分厚い木製の扉を開けると、中は不思議な空間となっていた。

片方は市役所のような受付とその受付に並ぶ数人の探索者達。

もう片方は酒場となっており、まだ昼だというのに酔っている者達がいた。

複数の視線がマコトに集まるが、すぐに興味を無くしたように視線を外す。

マコトは一通り辺りを眺めた後、受付に足を向けた。

ちょうど列がはけて空いた受付に向かった。

愛嬌のある顔をした受付嬢がにっこりと笑みを浮かべた。

「いらっしゃいませ!探索者の方ですか?」

「いえ、探索者として登録していただきたいと思いまして。」

敬語で話され、マコトも思わず敬語で返す。

探索者らしからぬ丁寧な物腰に受付嬢は目を丸くした後、くすっと小さく笑った。

マコトが複雑そうな顔をすると、慌てた受付嬢が弁明する。

「す、すみません!別に馬鹿にしたとかそういう訳ではなくて!」

「いえ、気にしていないので大丈夫ですよ。………やはり変ですかね?」

敬語には敬語で良いだろう、とマコトは開き直った。

「いえいえ!探索者の方は……えーっと………男らしい方が多いので、ちょっと驚いてしまいまして。とっても良いと思いますよ!」

「そうですか。それなら良かったです。」

「えっと……貴族の方だったりしますか?」

「いえ、違いますよ。……ちなみに、貴族が探索者になる事はないんですか?」

「貴族の方々は自分で戦う事はあまりしませんし、ギルドに入らなくても迷宮に入る事はできますので。」

「それでは、ギルドの役割とは……?」

「まず、迷宮に存在する魔物を倒すと、魔石を落とします。探索者はその魔石や、迷宮内で手に入れたアイテムなどを売却する事で生計を立てています。ここまではご存知ですね?」

「あぁ。」

本当は全て初耳なのだが、マコトは話を止めない為に流した。

「しかし、探索者が直接商人にそれらを売却するのは難しいのです。探索者の中には計算の苦手な方も多くいますし………。」

ようは知らぬ間にぼったくられる恐れがある、と。

貴族であれば商人にぼったくられる心配は少ないから、ギルドを活用する意味がない。

「それに、商人の方々の意向で個人的な優遇不遇などが決められてしまいます。実際に、ギルドができる前はそんな状況だったらしいです。」

「なるほど。ギルドは探索者と商人を繋ぐ卸業者なのか。」

「はい、その通りです。それ以外にも、探索者の方々に迷宮の情報を告知したり、どのような探索者がいるかを把握、管理するのもギルドの役割です。」

「なるほど………ちなみに、商人は魔石を買い取ってどうするんだ?」

「………?魔道具を使うには魔石が不可欠ですよね?」

不思議そうに首を傾げる受付嬢に、マコトは慌ててごまかした。

「あ、あぁそうだったな。魔石は魔道具を使う為に必要だった。」

余計な事は言わない方が良いかもしれない、とマコトは極力黙って話を聞く事にした。





その後、マコトは受付嬢からギルドや迷宮について色々と教えられた。

迷宮とは神が作ったとされているもので、塔や森や山、洞窟など、様々な形状の迷宮があるらしい。

迷宮はその難易度から、下級、中級、上級、特級の四位階に別れているのだという。

最深部にある迷宮核というものを破壊すると、迷宮は機能を失う。

機能を失った迷宮は魔導書などのアイテムを産出する事はないが、魔物は産み出され続ける。

魔物にも迷宮と同じように等級があり、分け方は迷宮と同じ四位階だ。

迷宮内で他の探索者が戦闘していた場合、無許可で乱入してはいけない。

また、探索者同士の私闘は基本的に禁止されており、例外としてギルド運営側の人間が立ち会いをした時のみ、条件を決めて決闘が行われる。

迷宮の探索は複数人でパーティーを組んで行う事が推奨されているが、強制ではない。

等々、多くの事を聞いてやっと登録する事ができた。

「はい、それではマコト・カガミさん。こちらが探索者ギルド所属の証明となるカードですので、無くさないようにして下さい。」

受付嬢から渡された何かの金属製であろうスマホ程度の大きさのカードを手に取り、マコトは探索者となった事を自覚した。

「それではマコトさん、あなたの探索者としてのご活躍、心からお祈りしています!」

受付嬢はそう言って、にっこりと可愛らしく笑った。
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