百魔の魔法士の伝説

紳士

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第8話

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ギルドから歩いて30分ほど。

中心街から少しはずれた所に、目当ての迷宮はあった。

見た目は小さな祠といった感じだ。

一組の探索者パーティーがその祠の前に立ち、リーダーらしき男が手を翳すと、パーティー全体を淡い光が覆い、次の瞬間には彼らは姿を消していた。

「本で読んだ通りだな。あの祠から迷宮に転移するのか。」

迷宮へ転移させる祠の見た目も、迷宮の位階を決める基準になるそうだ。

より高級な迷宮ほど、祠は立派なものになるらしい。

今回マコトが挑戦する迷宮は新人向けの下級迷宮なので、見た目は質素で小さな祠であった。

マコトは祠の前に立ち、深呼吸をする。

本で読んだ迷宮や魔物の知識、クレイグから受け継いだ知恵や経験を活かす為に心を落ち着かせる。

覚悟を決め、祠に手を翳した。

頭の中に迷宮に入るかどうかの問いが浮かんだ。

その問いに肯定すると、淡い光がマコトの身体を包み込んだ。





光が消えて視界が開けると、そこは土に覆われた洞窟であった。

辺りを警戒するが、周辺に魔物がいる気配はない。

少し前に入ったはずの探索者達もいなかった。

迷宮に転移する際には、複数あるスタート地点のいずれかにランダムに送られる。

マコトは先ほどの探索者達とは別のスタート地点に転移させられたようだ。

ここで立っていても仕方ない、とマコトは進むことにした。

一本道を暫く歩くと、前方から子どものような背丈をした醜悪な魔物が現れた。

薄汚い緑色の肌、額には小さな角が生えており、ギラギラとした瞳でマコトを睨み付け、ところどころ抜けている黄ばんだ歯を見せて嫌らしい笑みを浮かべた。

この魔物の名はゴブリン。

下級魔物の代表格だ。

見た目は子どものようだが身体能力は成人男性のそれである。

強い魔物ではないが、見た目に騙され油断して命を落とす新人が毎年何人かはいるらしい。

錆びだらけのナイフを持って嬉々として近寄ってくるゴブリンに対し、マコトは冷静に剣を抜き放ち正面に構える。

敢えて自分からは動かず、相手の動きを視る。

予想より素早い動きで走るゴブリンだが、マコトの天眼はその動きを正確に捉えていた。

剣の間合いに入った瞬間、マコトは躊躇いなく剣を振り下ろした。

クレイグに伝授された剛剣に、ナイフで切り裂く事しか考えていなかったであろうゴブリンが反応できるはずもなく、左鎖骨から袈裟斬りに斬られたゴブリンは絶命した。

身体を二つに分かたれたゴブリンは地に落ちるが、次の瞬間には淡い光となって消えてしまった。

後に残ったのは血のように赤く、やや透けているクリスタルのような石だけである。

マコトは掌より小さいその石を拾い上げてまじまじと観察した。

「これが魔石か………死体は本当に消えるんだな。」

暫く観察した後、魔石を腰の布袋に入れた。

「手強い相手ではなかったが……………うっ……くっ………あまり気分の良いものでは………ないな。」

魔物とは言え人型の生命体を斬るのはかなり抵抗があったが、この一ヶ月で確固たる覚悟を決めていた為、躊躇いはなかった。

それでも斬った感触を思い出すと、途端に気分が悪くなり、胃から今朝食べたものが逆流してくるのを感じた。

必死に平静を保ち、クリアウォーターで生成した水を飲む。

冷たく柔らかな水が、涌き出る嫌悪感をも流してくれているような気がした。

「一ヶ月の地獄の特訓を乗り越えたんだ……こんなところで立ち止まる訳にはいかない。」

自分を励ますようにそう言い、袖で口を拭ったマコトは、再び歩き始めた。



それから何度か魔物に遭遇し、全て一太刀で切り伏せたマコトは、次から魔法で戦ってみようと考えていた。

既にゴブリン以外にコボルトという下級の魔物とも戦っていた。

コボルトは醜い犬が二本足で立っているような魔物であり、背丈はゴブリンとそう変わらない。

ゴブリンより俊敏で鼻が利くが、コボルトは武器を使わず鋭い爪や牙で攻撃しようとする為、間合いはゴブリンよりも短くなる。

天眼によって超人的な動体視力を発揮するマコトからすれば、安心して迎撃できる分ゴブリンよりも与し易い相手だった。

あまりにも簡単に勝ててしまう為に慢心しそうになるも、クレイグの指導を思い出し、自らを戒めるマコト。

その眼前に、またもや魔物が現れた。

汚れた青い毛を生やした醜い二足歩行の犬。

コボルトである。

コボルトもマコトに気付き、卑しい笑みを浮かべて近寄ろうとするが、マコトは予定通りに魔法を発動した。

まずは動きを止めてみよう、とウォーターショットを放つ。

しかし、目潰し程度に考えて発動した水砲は、高速でコボルトの顔面に直撃し、その小さな身体を吹き飛ばした。

「………えっ………はぁ?」

予想だにしなかった光景に唖然とするマコトを尻目に、即死したコボルトは光となって消えていった。

どうやら強烈な水砲が目を貫通し、脳を破壊してしまったようだ。

「おいおい、見せてもらったのと全然違うぞ。」

探索者に見せてもらった時は、直撃すれば痛みを感じる水鉄砲、くらいの威力だったはずだ。

いくら子ども程度の体躯とは言え、数mも吹き飛ばすほどの力はなかったはずだ。

困惑するマコトだが、魔神の加護の効力はこれほどのものなのか、と納得するしかなかった。

誰かに見られたら面倒だ、と外では一度も試さなかったのだが、結果的にそれは大正解だったようだ。

すぐに試してみたいという欲求を押さえつけた自分を誉めたい気分であった。

「…………これ、どうにか弱めたりできないのか?」

一人で戦っている時は構わないとしても、もし人前で魔法を使う事があれば、たちまち奇異の目で見られてしまうだろう、と考えたマコトは魔法を制御する術を模索した。

結論から言えば、マコトの企みは成功した。

自力で魔法の効果を高める事はできないが、弱める事は意識すればできるようであった。

安堵したマコトは、未だ使っていない魔法を試す為に、探索を再開した。



ファイアボールを発動したら、バランスボール大の火弾がゴブリンを丸々包み込んで黒焦げにしてしまった。

ウィンドカッターを発動したら、コボルトの首を斬り飛ばしてしまった。

ストーンアローを発動したら、グレムリンというこれまた子ども程度の背丈をした小悪魔のような魔物の顔面を串刺しにして壁に張り付けてしまった。

最後にビルドアップを発動して殴ってみたら、ゴブリンの顔面が陥没して潰れた眼球が飛び出てしまった。

その時ばかりはマコトも我慢できず嘔吐し、絶対に人間相手には同じ事をしないと誓った。

ヒールを発動したらその気分の悪さもあっという間に消えてしまい、汚れた服もクリーンアップによって新品のように綺麗になった。

どの魔法も予想より強力で戸惑いはしたが、一人で迷宮を探索するなら困る事はないと考え、少しでも探索を進める為に再び歩き始めたのであった。
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