色欲の王

紳士

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狂暴の使徒

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禍々しい紫色の光が場を包む。
俺とアスモデウスを中心にして、複雑な模様の円陣が形成された。

「狂暴なる魔の神、アスモデウスの名において、其方に寵愛を授けよう。人間よ、名を名乗るのである。神の権能を授かる栄光を手にした罪人の名を。」

「……俺の名はアーシュ。欲深き罪人のアーシュだ。」

「アーシュよ。狂暴なる我が権能、その身に宿す覚悟はありや?」

「俺は、俺の欲に従うだけだ。」

「正しく醜き人間よ。その欲は修羅の道に通じているやもしれぬぞ?それでも其方は行くか?」

「そこに俺の欲するものがあるならば。」

アスモデウスが凄惨な笑みを浮かべる。
俺とアスモデウスの間に、大きな旗が突き立った。
人と牛と羊の頭を持つ化け物が描かれた奇妙な布が風に靡いている。

「其方の欲、吾輩がしかと見届けたのである。これにて契約は結ばれた。使徒アーシュよ。其方の道に、魔の導きがあらんことを。」

その言葉を最後に、禍々しい光は大旗と共に消えた。
辺りを静寂が包む。





「……これで、契約は結ばれたのか?」

「肯定しよう。狂暴なる使徒よ。」

俺は自らの体を見下ろす。
特に変わった様子は………あった。

「体が……軽い。これが権能の力か?」

冒険者としてそれなりに体を鍛えていた俺だが、ここまで引き締まってはいなかったはずだ。
服を捲り上げると、巌のように硬く締まった腹筋が現れた。
ぎっしりと中まで詰まった筋肉。
腕や胸、足なんかも明らかに太くなっていた。
にもかかわらず体が驚くほど軽い。


「否定しよう。それは権能ではなく、使徒としての力である。」

「使徒の力?」

「使徒はその存在の根源から人間とは異なっているのである。姿形は一緒であるが、身体能力の基準が遥かに高いのである。」

「……生まれ変わったようなもんか?」

「あくまでも其方の体を元に補正されただけである。恐れるでない。」

「それなら良いけど。」

そう言いながら体をペタペタと触る。
ふとある一部分に違和感を感じた。
自分で言うのもなんだが、元々大したを持っていなかったから余計に違和感が強かった。
明らかになっている。

「お、おいおい……これも使徒の力か?」

アスモデウスは俺の様子を見てニヤリと笑みを深めた。



「否定しよう。生殖機能は使徒にとって重要なものではない故、事は通常ではありえないのである。」

「え、じゃ、じゃあこれが権能なのか?これだけか!?」

「慌てるでない、狂暴の使徒アーシュよ。それは其方が授かった権能の一端に過ぎんのである。」

「いや、それでも………俺の権能って、何なんだ?」

「喜ぶが良い、狂暴の使徒アーシュよ。其方が授かった権能は、吾輩の有する権能の中でも最も強く、最も醜いものである。其方を使徒にできたのは、吾輩にとっても僥倖であった。」

最も強く、最も醜い?


「教えてくれ。俺の権能を。」

アスモデウスは相変わらずの笑みで口を開いた。



「其方の権能は『色欲の王』。この世の性を司る、狂暴なる欲の力である。」







アスモデウス曰く、『色欲の王』とはその名の通り色欲に関する力だそうだ。
その能力は多岐に渡り、一言で説明するのは難しい。

ただアスモデウスは、この力を使えばあらゆる雌を従える事が可能であるという。
また、雌をその権能によって支配下に置く事により、己を強化する事ができるらしい。

簡単に言えば、"女を抱いて性奴隷にすれば強くなる力"という事だ。
俺が思っていたようなものではないが、アスモデウスが言うには、これほど強大な能力は滅多にあるものではないそうだ。

「その恩恵にあやかれば、其方にもわかるのである。」

と言った。







「さて、契約はこれにて成った。吾輩の目的は達せられたのである。」

「あとは、本当に好きにして良いんだよな?」

「肯定しよう。吾輩はこの世界から去る故、其方に干渉する事もない。」

「もう行くのか?」

「肯定しよう。」

「そうか……」

別に寂しくはないが……妙な気分だ。
始まりから終わりまで突然すぎて、実感が伴っていないのだろうか。

宿屋で見た出来事が遠い昔のように感じられる。
まぁ、だからといってあいつらは許さねぇがな。




「狂暴の使徒アーシュよ。去る前に、吾輩から贈るものがある。」

「贈るもの?」

権能以外に何かあるのか?

「まずは1つ。この槍を其方に授けるのである。」

アスモデウスがどこからか槍を取り出した。
俺の背丈より大きいが、戦場で兵士が並んで持つものよりはずっと短い。
ちょうど俺が使っている物と同じくらいの長さである。

「……どうしてこれを俺に?」

「其方は吾輩の使徒として、期待できる存在である故。吾輩のコレクションから与えるのである。」

「何故俺が槍使いだと知っている?」

今は槍も持っていないし、そんな話はしていない。

「吾輩も槍には通じておる故、見ればわかるのである。」

「そうなのか。……まぁ、貰えるんなら貰うけど。」

要所に上品な細工のなされた、一目で業物だとわかる槍。
思わず固唾を飲んでそれを受け取る。
驚くほど手に馴染む感触。
そして持って尚わかる質の高さ。
国宝と言われても納得できる逸品だ。


「こ、これ……本当にもらって良いのか…?」

「恐れるでない。そう大した品ではないのである。」

これで大した品じゃないだって?
とんでもない奴だ。
一体どれほど強力な槍を保有しているのだろう。

「その槍は念ずれば手元に現れるのである。必要のない時はしまっておくのが便利である。」

「………は?」

え、これもしかして……魔導武具マジックウェポンなのか?

「試してみるのである。」

言われるがままに念じてみた。
身の丈以上の槍が一瞬でどこぞへと消える。
もう一度念じると、寸分違わず俺の手の中に現れた。

「ま、まじかよ……」

魔導武具は上級騎士や一流の冒険者なんかが持つ武器だ。
それぞれ特殊な能力を宿しており、未熟者には使う事ができないとされている。
俺も昔、有名な先輩冒険者に触らせてもらった事があるが、強烈な違和感に襲われて普通に使うことさえ無理だった。

「その力があれば投槍としても使いやすいのである。」

まぁ投げても念じれば戻ってくる槍なんて、便利なんてレベルじゃねぇもんな。
これはえらいものをもらっちまったぜ……




「もう1つ、其方に贈るものがあるのである。」

「まだあんのか……?」

流石に恐れ多いというか何というか……神と契約しておいて今更な話だが。

「其方に、これを授けよう。」

次に現れた物は………いや、は1人の女性であった。

「…………は?」

俺が唖然とするのも仕方のない話だろう。
また何かしらの道具をもらえるのかと思ったら、人をくれるのだという。
いや、意味わかんねぇよ。


「狂暴の使徒アーシュよ。其方はまだ力を得たばかりである。この者は、その権能を行使する練習台として、其方に遣わそう。」

「……いやいやいや、それってどういう………っていうかこの人、どっから現れた?」

俺は突如として現れた女性を見る。
艶やかな黒髪を腰まで伸ばしており、毛先には少しクセがあるようだ。
白雪のように白い肌に恐ろしく整った顔立ち。
どこか怪しい光を湛えた赤い瞳や、むっちりとした肢体、重力に逆らうように形を整えている豊満な胸から、思わずクラクラするような色気が出ている。

「否定しよう。この者は人間ではない。」

「え?」

「この者は、かの世界ではサキュバスと呼ばれる存在である。吾輩の眷属である。」

「眷属…?」

「ペットのようなものである。難しく考える必要はないのである。」

「はぁ……」

「この者は其方の権能についての知識を有しておる。雌としても悪くない質であろう。練習台として適当なのである。」

「れ、練習台って……」

「どう使うかは其方の好きにすれば良いのである。其方に絶対服従を命じている故。」

使徒云々の話以上に混乱してるんだが。
この人で練習?権能の?
権能の練習ってつまり……そういう事だよな?



「それでは、吾輩は去るのである。」

「え、ちょっ!!」

「さらばである、狂暴の使徒アーシュよ。其方の欲に栄光あれ。」

慌てて呼び止めようとするも、アスモデウスは意に介する事もなく、霧のように消えていった。
手を伸ばして口をパクパクと開閉する。

その場に残されたのは、呆然とする俺と、微笑む女性だけであった。
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