アルバのたからもの

ぼっち飯

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アルバのたからもの

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雨上がりのクモの巣、早起きすると見れる葉っぱの露、サラサラ流れる川の中。アルバのおうちのまわりには、キラキラがいっぱい。

見つけたキラキラをおじいちゃんに教えてあげるとほめてくれるのがとっても嬉しくて、アルバは毎日探検している。この前3つになったアルバのおうちは森の中。時々見つける特別キラキラして見えるものとはお話ししたりする。

おじいちゃんはキラキラとお話しするアルバを見て、にっこりする。おじいちゃんのにっこりが、アルバはだいすき。

おうちの中には、今よりもっとずっと小さかったアルバとおじいちゃんと、おとなが2人、にっこりしている小さな絵がある。2人は「お父さん」と「お母さん」っていうんだって。アルバみたいに動いたり、おじいちゃんみたいにお話ししたりするのかな。

今日は何をしよう。パンをちぎっておじいちゃんのキラキラを見ながら一生懸命考えていると、おじいちゃんの様子が急に変わった。

「アルバ、ちょっとお出かけしよう。」

おじいちゃんの初めて見るお顔。おへそのところがキュッとなって、うなずくことしかできなかった。お出かけセットのカバンを取って、ポンチョをかぶる。お出かけなのに、わくわくしない。

「ちょっと遠くに行くから、最初は抱っこしよう。」

見上げたおじいちゃんのにっこりが、いつもとどこか違う。アルバは初めて、抱っこされているのに不安になった。

***

夜を何度か繰り返し、柔らかいパンを我慢して、見たことのないくねくねした木の森を通り抜け、おじいちゃんは疲れた顔が増えた。にっこりのおじいちゃんが好きなのに。とうとうアルバは爆発してしまった。

「おうちがいい!かえる!」

おじいちゃんを困らせたくないのに、自分でもどうしていいかわからない。わんわん声を張り上げて、胸が苦しい。

「アルバ、静かに。ごめんな。泣かないでくれ。おじいちゃんが悪かった。ごめんな。」

おじいちゃんはアルバをギュッと抱きしめる。顔を体に押し付けるように。アルバの声が、森に響いてしまわないように。

その時、ガサガサと茂みをかき分ける音が聞こえてきた。おじいちゃんの腕に、ギュッと力がこもる。

「おー、いたいた。全く、手間かけさせやがって。」
「爺さんと子ども、見つけたぞ!他の奴らも連れてこい!」

アルバは泣くのを止められない。ギュッとアルバを抱え込むおじいちゃんは、少し震えていた。

「ごめんな、アルバ。おじいちゃんはお前が大好きだよ。」

そう言うと、おじいちゃんはいつもそばにいるキラキラにお願いをした。アルバとおじいちゃんのいるところが、明るく光る。

知ってるよ。アルバもおじいちゃん、大好きだよ。どうしておじいちゃん、泣いているの?

「おい逃がすな!逃がすくらいなら、ー!」

耳障りな怒鳴り声は途中でふっとかき消えて、おじいちゃんのあったかい腕も感じない。目を開けて見回すと、アルバはひとりでどこかのお庭に座っていた。

「おじいちゃん…。」

アルバはここだよ。

「おじいちゃーん!」

おじいちゃんの近くにいつもいたキラキラが、今度はアルバの近くをくるくる回って、どこかへ飛んでいく。おじいちゃん、どこ?

「ああ、この子だね。」

おじいちゃんとよく似た、優しい声が降ってきて、アルバは鼻をすすった。

「だぁれ?」
「僕はウーゴ。おじいちゃんの友達だよ。おじいちゃんにお願いされてね。しばらく僕と一緒にいようね。」

***

おじいちゃんが一緒じゃないとわかると、アルバは大泣きした。胸にぽっかり穴があいたみたいでさみしかった。あちこち探し回って、見つけられなくてまた泣いた。ウーゴはそんなアルバを困ったような顔で見ながら、ただ一緒にいてくれた。

おじいちゃんに会いたいと言うと、「おじいちゃんのことは、大人になったらね。」と言うから、アルバは早く大人になりたくなった。ウーゴは言う。

「まずはごはんをいっぱい食べて、僕みたいに大きくなろうか。」

ウーゴを見上げてから自分の手を見てみる。小さい。イスに座ったおじいちゃんの膝に乗せてもらったことを思い出す。アルバの足はブラブラだったけど、おじいちゃんの足は床についていたっけ。

大きくなるって、座っても足が床につくくらいかな。

***

「アルバ、大人になる前に人間の友達をひとりくらい作るといいよ。」

アルバの足がイスに座ってもブラブラしなくなった頃、ウーゴはそう言った。小さくて泣いてばっかりだったアルバも、色んなことがわかるようになってきていた。

ウーゴは力が強いから、人間みたいな見た目をしている。精霊の世界に住むことができる人間は、子どもだけ。アルバは大人になったら人間の国に行かないと、いつか消えちゃうんだって。一緒にいられないなら、消えちゃってもいいのに。と言うと、ウーゴは困った顔をした。

「僕はアルバのこと、けっこう気に入っているんだ。アルバが消えちゃったら、僕は悲しくなっちゃう。」

アルバは、おじいちゃんと同じくらいウーゴのことも好きになっていたので、ウーゴが悲しいのは嫌だった。おじいちゃんとお別れしてから、7年。10歳のアルバは友達を見つけに行くことになった。

***

ウーゴのお出かけ魔法でアルバがやって来たのは、どこかのお庭だった。最近アルバはおしゃべり魔法が使えるようになったから、困ったらすぐウーゴに伝えられる。だから人間の国へのお出かけができるようになったのだ。

立ち尽くしているアルバに、声がかかる。

「おい、お前は誰だ。ここで何してる。」

びっくり。本当にいた。アルバと同じくらいの大きさの小さい人間。アルバは急に怖くなった。

「アルバは、アルバぁ…。」

自分でも信じられないくらい細い声が恥ずかしい。思わず座りこむ。

「なんだよ!泣くなよ!ぼ…私が泣かせたみたいだろ!」
「泣いてない!アルバ泣いてない!」

もう帰りたい!と言ったのに、ウーゴの返事は「大丈夫だからもうちょっと頑張ってごらん」。絶対泣くもんかと思っていたのに、それを聞いたらだめだった。だって「もうちょっと」って言ってたおじいちゃんはいなくなっちゃった。ウーゴのお出かけ魔法がないと、アルバはおうちに帰れない。ウーゴもおじいちゃんみたいにいなくなっちゃったら、どうしよう。

「お、お前赤ちゃんかよ!泣くなよ!」
「お前違う…!アルバだもん…っ!おうちがいいぃぃぃ!帰るぅぅぅぅ!」
「わかったよ!アルバだな!わかったから泣くなよ!」

小さな人間はアルバの近くをうろうろする。泣くなよ、なんでだよ、と繰り返すうちに、いつのまにかその子も泣いていた。ふたつの大きな泣き声がスン、スン、と小さくなった頃、赤くなった目をごしごしして、地面を見つめる小さい人間は口を開いた。

「アルバ、私はウェスペル。アルバはどうやってここに来たのだ?」

落ち着いて話したら、ウェスペルは全然怖くなくなった。その日から「もうちょっと」という言葉はアルバに勇気をくれる言葉になった。おじいちゃんとお別れした時から空いたままの心の穴が、ちょっとずつ小さくなっていった。

大人は自分のことを名前で呼ばないことを教えてくれたのはウェスペル。自分の年を「10個!」と言うアルバに、「10歳って言うんだぞ。」と笑っていた。ウェスペルみたいに「私」というと、大人に近づけた気がした。

ウェスペルの胸のあたりは時々黒いモヤモヤが張り付いている。モヤモヤがいっぱい集まって病気にならないよう、アルバはこっそり精霊たちにお願いをした。もちろん、力を使いすぎて精霊たち自身が消えないようにとお願いするのも忘れずに。

ウェスペルは立派な大人のなり方の勉強をしてるんだって。大変だなぁ。毎日ではないけれど、一緒に泣いたり笑ったり。そうして、うんと小さかった頃のようにアルバの世界はまた輝くようになった。

***

ウェスペルと出会って季節がいくつか通り過ぎ、精霊の世界にはいられなくなる日が近づいていた。アルバは少しづつ、ウーゴと離れる準備を進めていた。気軽にギュッとすることはできなくなるけれど、おしゃべり魔法で時々話そう。そして。

「ウェスぺル、今日で君とはさよならだ。」

もうずいぶん話し合って嫌がられたけれど、アルバの気持ちは変わらなかった。大事な友達、ウェスペル。人間の国の王子様。これから人間の国で暮らすアルバの身分は平民。王子様と気軽に遊んじゃだめなんだ。

「僕は君が安心して暮らせる国になるように兄上を支えるよ。会えなくなってもアルバのことは忘れない。さよなら、僕の親友。」

もしいつか、また会えたら話したいことを、アルバはたくさん覚えておく。おじいちゃんと過ごしていた頃のようにいっぱい聞いてもらって、おじいちゃんがしてくれたようにいっぱい聞いてあげるのだ。それはアルバの夢になった。

ウェスペルと別れて5年。アルバは魔法薬師になっていた。
今日やってきたご近所のセスは情報通だ。いつも町の様子を持ってきてくれる。

「最近、野菜があまりとれなくなってきているらしい。土地が汚れてきているせいじゃないかって話している人が多いな。精霊使いがいればいいのにって言ってる人もいたよ。」
「そうなんだ。本当に土地が汚れているのなら、きれいになる方法が見つかるといいね。」

たくさんの良い人間よりも、ほんの一握りの悪い奴がとんでもなく強いことがあるのも知っていたアルバは、精霊が見えることを秘密にしていた。
精霊が見えて、精霊と話せる。それが精霊使いにできること。人間の友達と同じで精霊だって好きな人の言うことは聞きたいし、嫌な奴の言うことなんか聞かない。

精霊が見えない悪い奴はそんなことわからないから、精霊の力を思い通りにするために、精霊使いをひどい目にあわせようとした。つかまりそうになって逃げ出した精霊使いの一家の生き残りが、アルバだった。

「そうそう、行商人たちが王都では質の悪い風邪が流行ってるって言ってた。熱が高くなって大変らしい。」
「そうかセス、貴重な情報ありがとう。熱冷ましの薬草を多めに仕入れるかな。」

王都か。…ウェスペル、大丈夫かな。
兄を支える弟王子の評判は、王都から離れたこの町にも届いていた。みんながお腹いっぱい食べられるよう、国中を飛び回っている立派な王子。

魔法薬師は、皆の役に立つ薬を開発すればお城で勲章をもらえるそうだ。それはアルバの密かな目標だった。お城でアルバを見たウェスペルの顔を想像すると、ニヤニヤが止まらない。

***

「アルバ、君の友達のウェスペルが竜の呪いを受けた。」

竜の呪い?珍しく話しかけてきたウーゴの言葉に、アルバは指先がすうっと冷えていくのを感じた。熱が出て、苦しんで苦しんで、黒いあざが全身に広がって、一週間くらいで死ぬ、竜の呪い。どうして、ウェスペルが。

「お兄さんではなくてウェスペルを王様にしたがっている人たちがいるのは知っていたよね。どっちを王様にするか周りが勝手にケンカをしてたんだ。ウェスペルは罠にはめられて、竜と戦った。

ねえアルバ、僕が人間の世界に干渉できるのは、お気に入りの人間がお願いしてきた時だけ。僕の大事な友達の、大切な宝物アルバ。一緒にいるうちに、君は僕の宝物にもなっていたんだよ。
アルバが本当に笑えるようになったのも、消えちゃいたいなんて思わなくなったのも、ウェスペルのおかげだって、精霊僕たちは知っている。

アルバ、僕にお願いしてよ。…ウェスペルの受けてしまった呪いを消してって、僕にお願いして!」

***

ウェスペルは14歳になるまで、忘れられた王子だった。ウェスペルのお父さん、―この国の王様はとても良い王様だったけれど、とても良いお父さんではなかった。ウェスペルのお兄さんとウェスペルは、お父さんは同じだけど、お母さんは違った。

ウェスペルのお母さんとお兄さんのお母さんはとても仲が悪くて、ケンカばかりしていた。ウェスペルの記憶の中のお母さんは、お兄さんに負けるなとウェスペルを責める、怖い顔。ウェスペルが5歳の時に、ウェスペルのお母さんは負けた。黒い服を着た大人に囲まれて大きな箱にしまわれるお母さんは別人のような、初めて見る優しい顔をしていた。

それから、いつのまにか周りの大人の数が減り、ウェスペルにはヨハンだけになった。ウェスペルを大事にするせいで侍従のヨハンが嫌がらせをうけていることに、賢いウェスペルは気付いていた。僕さえいなければ。なんで僕、ここにいるんだろう。

そんな時に現れたのが、アルバだった。
誰もいないはずのウェスペルの庭にいきなり現れた、不思議な子。びっくりして声を掛けたら泣き出して、一緒に泣いたら仲良くなった。アルバは精霊かもしれない。だって来るときは地面に光る模様が出るし、帰る時は一瞬でいなくなる。キラキラとした光は少しだけ残ってすぐに消えてしまうけれど、アルバが確かにそこにいた証だ。

それからウェスペルの世界は鮮やかに輝きだした。アルバにも教えてやれるように勉強を頑張って、すごいと言われたくてマナーも覚えた。嫌がらせは続いていたけれど、うつむく時間は減っていった。

だいぶ後になってから、アルバのことが誰にも知られないようヨハンが頑張っていたのを知った。ヨハンはウェスペルの最強の味方だった。

ウェスペルが14歳になった頃、騎士を引き連れたお兄さんがお城の隅にあるウェスペルの家にやってきた。大人たちの邪魔にも負けず、秘密の手紙で約束してくれた通り迎えに来てくれたお兄さん。ウェスペルを抱きしめ、泣きながら謝るお兄さんと一緒に泣いてしまったのは、アルバには内緒にしている。

「良かったよウェスペル。そろそろ私もここに来れなくなるから、お兄さんがいれば寂しくないね。」

嫌だ、アルバがいなくなるなんて。ヨハンと一緒に考えたけれど、アルバの考えを変えることはできなかった。

「私はウェスペルのいるこの国のどこかで暮らすことにする。ここに来る時ウーゴに使ってもらっているような魔法は、私は使えない。身分の違うウェスペルとは、大人になったらさよならだ。」

何でもないことのように明るく言うアルバの声は少し震えていた。理解できても、納得できない。それから何度かアルバと会って、たくさん話をして、2人で約束をした。お互い別々の道で夢に向かって頑張ることを。

アルバの夢は魔法薬師。薬草に魔法をこめて、特別な薬を作るのが魔法薬師だ。いつかすっごい薬を作って、病気の人を無くすんだって息巻いていた。そう言う時のアルバの目は、キラキラ輝いていた。

ウェスペルの夢は研究者。嫌がらせのせいでご飯があまり食べられなかった時、ヨハンとこっそり育てた野菜はとてもおいしかった。だから食べ物の研究をして、おいしいものを誰もがお腹いっぱい食べられるようにするんだ。そしていつか、ウェスペルの頑張りがアルバの耳に届くように。

「僕は、君が安心して暮らせる国になるように兄上を支えるよ。会えなくなっても、アルバのことは忘れない。さよなら、僕の親友。」

***

あの日ウェスペルは、お城の近くの山の調査に出かけていた。そこで見たのは捕らえられ、傷ついた竜。竜の大きな怒りはあたりの草木を枯らし、小さな呪いとなって風に運ばれ、流行り病と混ざって、質の悪い熱病として王都に広がっていた。

竜は、苦しむ自分の前に現れた人間たちに怒りを強くした。切られていたので尾は無かったし、翼は壁に縫い留められていたけれど、最後の力を振り絞る。
それは、ウェスペルにかけられた罠だった。

その時ウェスペルと一緒に洞窟に入った数人の騎士は味方の顔をしているだけの連中だった。あっという間に一人にされたのがわざとだなんて思わなかったから、皆怖くて逃げたのだろう、私が竜を止めなければ、と自分を奮い立たせ剣を抜いた。

すさまじい声をあげ、翼がちぎれるのも構わず暴れる竜と戦っていたのはそんなに長い時間ではなかったが、戦いながら流れ込んでくる竜の感情が、ウェスペルの動きを鈍らせる。痛い、怖い、ここはいやだ。それは初めて会った日のアルバを思い出させた。

異変に気付いた味方が来たのは、竜が息絶えるまさにその時だった。彼らが見たのは、ボロボロと崩れる竜の体と、ウェスペルにまとわりつく黒いモヤ。

そしてお城に戻る馬車の中で、心臓を刺すような痛みに耐えながらウェスペルは聞いてしまった。

「やれやれ、ノートランドの精霊使い狩りで王妃様がこの手を思いついた時はまさか本当にやることになるとは思わなかったが、うまくいって良かったよ。」

***

ウェスペルが受けた竜の呪いは、とても強いものだった。お城の魔法使いがどうにもできないほどに。

ああ、ここで私が死んでしまったら。ウェスペルは子どもの頃アルバと一緒に過ごした庭に目をやりながら、ぼんやりした頭で考える。子どもの私の、不思議な友人。いつかまた「ウェスペルー!来たよー!」という声が聞こえてくるような気がして、城の離れはあの時のままにしてあった。

アルバに会いたいなぁ。でも、合わせる顔がない。
ふと見ると、お兄さんがウェスペルの真っ黒な右手を両手で包んで泣いていた。

「あにうえ、なきむしだなぁ。アルバみたい。」

「ウェスペル!今、呪いを解く方法を探しているから、お願い。死なないで。」

***

最初、胸のところにあった手の平くらいのあざは、そろそろ顔までのぼってくる頃だろうか。そしたら、あとはあの竜みたいに体がボロボロと崩れて、呪いの力が残った黒い砂になるだろう。そうなったら跡形も残さず私を燃やして欲しいと兄上にお願いしておいた。続けたかった研究の資料はヨハンに任せてある。

もっと苦しいかと思ったけれど、今はだいぶ穏やかだ。熱のせいか、自分の周りに小さな光がキラキラ寄ってきて、時折パッとはじける幻覚を見るようになった。目を閉じてまどろんでいると、心地よい風が頬をなでた気がした。

「何者だ!何をしに来た!」
「…ウェスペル、来たよ。」

ずっとずっと聞きたかった、懐かしい声がした。

***

真夜中に突然現れたアルバをにらみつけ、ウェスペルを背にする男。…ああ、これがウェスペルのお兄さんか。

「お待ちください、殿下!アルバ様です!この方は大丈夫です!」

もう一人。ウェスペルの傍ですかさず声を上げた男にアルバは微笑みかけた。

「ヨハン、久しぶり。少し縮んだ?」
「アルバ様の背が伸びたのですよ。ご立派になられて。」

ちょっと失礼。と言いながら、ずかずかとアルバはウェスペルに近寄る。

「これはひどいね。もう首のところまで真っ黒じゃないか。おい親友、来てやったぞ。目を開けろ。」
「…はは、ついに、アルバの幻覚まで。」
「残念だったな、本物だ。」
「どちらでも、良い。…最後に、謝りたかった。」
「黙れウェスペル。集中できない。」
「アルバ、治さなくて、良い。」

もう勝手にしよう。おしゃべり魔法でウーゴにお願いをする。子どもの頃、ウェスペルにしょっちゅうついてる小さな呪いを取ってくれるよう精霊たちにお願いしておいて良かった。おかげでウェスペルのことはウーゴにすぐ伝わったし、精霊たちは入れかわり立ちかわり呪いと戦って、少しでもウェスペルが苦しまないように助けてくれていた。

アルバの目には、がんじがらめに絡みついてウェスペルを締めあげようとしている呪いがはっきり見えていた。ウーゴの力に自分の魔力を乗せて、こんがらがった呪いの網を丁寧にほどいていく。もうちょっと。大丈夫。あせらないで。もうちょっと。

精霊の力を借りて魔法を使うアルバは、キラキラ金色に輝いていた。なぜかこうなるから、人前で精霊の力を借りたことは今までなかった。

「アルバ。アルバの精霊が消えてしまう…。もう、いいから。」

良い訳ないだろ。よし、あと半分。もうちょっと。どうせウェスペルが今動かせるのは、バカなことを言うあの口だけだ。口だけの奴なんか全然怖くない。アルバが怖いのは、大事なものがなくなってしまうこと。

「アルバ、許さなくて、いい。ごめんな。…アルバ、の、大事な、おじいちゃん。」

ウェスペルの小さなかすれた声が、静かな部屋でやけに大きく聞こえる。

「おじいちゃん、家族も、奪ったの、私の、…」
「知ってたよ。ウェスペル。ウェスペルは何も悪くないよ。」

お金も、力も、もっと、もっと。それがウェスペルのおじいさんだった。アルバの家族が逃げなければならなくなった原因は、ウェスペルのおじいさんだった。

絵描きをしていたアルバのおじいちゃんは、絵を描きに行った貴族のお屋敷でうわさ話を耳にして、アルバのお父さんとお母さんを連れて逃げ出した。何年かは大丈夫だったけれど、アルバが生まれてすぐの頃お父さんとお母さんは捕まって、そのうち隠れていた森のおうちも見つかって、アルバはウーゴと暮らすことになった。

精霊は、人間の魂の輝きが見えているらしい。おじいちゃんたちの魂はキラキラしていて、一緒にいたくなる色だったんだって。おじいちゃんの描く絵は精霊から見てちょっとキラキラしている不思議な絵で、それがきっかけでウーゴとおじいちゃんは友達になったって言ってたっけ。

ウェスペルの涙を見なかったふりして、アルバは真っ黒なぐちゃぐちゃをほどく作業に戻る。竜が悲しかったこと、辛かったこと、痛かったこと、怒り、憎しみ、許せない気持ちがごちゃまぜになって複雑になった、呪い。呪いの声が聞こえていたであろうウェスペルは、ずっと心が痛かっただろう。アルバの知るウェスペルは、優しい人間だから。

ゆっくり、ゆっくり。真っ黒だったウェスペルの首が、手が、元気な時の色に戻っていく。いつの間にか、あとはアルバがかざした手の平くらいの大きさにまで小さくなっていた。もうちょっと。

空がうっすら明るくなってきた。朝はもうすぐそこ。もうちょっと、もうちょっと。…よし!

「おい泣き虫、お前の親友はすごいだろ。あとはゆっくり寝ると良い。」

最後の端っこをつかんで握ると、竜の呪いはアルバの手の中でシュワッと溶けてなくなった。さあっと朝日が差し込んで、キラキラ輝きながら笑う親友が、ウェスペルの目に眩しかった。

***
それからたった1日眠っただけで、ウェスペルはあっという間に元気になった。
集中しすぎて、ヨハンとウェスペルのお兄さんのことをすっかり忘れていたアルバだったが、二人はアルバとウェスペルがまたお別れしなくて済むよう、短い間に話を進めてしまっていた。

「な、兄上はすごいんだ。だからいい加減あきらめろよ、親友。」

「うーん、でもやっぱり悔しいなぁ。私、すごい薬を作って勲章をもらってウェスペルを驚かせたかったのに、こんな形でお城に来ることになるなんて。」

はーっと溜め息をつくアルバの背中を叩きながら、ウェスペルの笑い声が響く。今日はアルバの任命式だ。アルバはこれからお城で、精霊の力の借り方を教える仕事をすることになる。

これまでの精霊使いは、精霊にお願いして力を使ってもらっていたけれど、あの日、竜の呪いを解いたアルバがウーゴに願ったのは、「呪いを解いて」ではなく、「解くのを手伝って」だった。魔法薬の作り方から思いついた、精霊の負担が少ない方法。予想は大当たりだったけど、練習していたらギリギリになってしまった。本当に間に合って良かった。

ウェスペルが寝てる間に帰って引っ越しの準備をしなくては、と考えていたアルバを捕まえたのはヨハンだった。

「確か、お出かけ魔法は触っている人も一緒にお出かけしちゃう、でしたね。」

とにっこり笑い、片手で器用にお茶をすすめてきた。もう片方の手はアルバの腕をがっちり掴んで。

「ウェスペルのお兄さんも、ヨハンも、アルバを逃がす気はないみたい。僕は力を貸さないから、アルバはお出かけ魔法を使えないよ。困ったねぇ!」

楽しそうなウーゴの声が聞こえる。

そしてあっという間にアルバを説得し、ウェスペルのお兄さんは王様に掛け合って新しい仕事を作ってしまった。どんな事情があったにせよ、ウェスペルに辛い思いをさせた王様をアルバはあまり良くは思っていなかったけれど、使えるものは使わせてもらおう。第二王子の命の恩人として、平民でもお城で働けるように。アルバはけっこう図太かった。

すこぶる機嫌が良いウェスペルの隣を歩きながら、最近また増えてきた小さな精霊のことを考える。ウェスペルの研究がうまくいって小さい精霊が集まるようになってくれれば、そのうち土地も豊かになっていくだろう。

おじいちゃんとお別れしてから、ウーゴ、ウェスペル、ヨハン、ああ、ついでにセスと第一王子、あとは…。

私もずいぶん宝物が増えたものだ。

心がキラキラするような宝物を誰もがたくさん持てるよう、見たことない誰かのためにちょっと頑張るのも悪くなさそう。今、アルバには、おじいちゃんと一緒だったあの頃のように、すべてがキラキラ輝いて見えていた。
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