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バンパイア、出会う
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雷雨の日だ。暗闇の中で複数の男達がそれぞれの武器を構えながら、町外れの屋敷に突入していく。この雷雨では多少の物音はかき消されるのだろう。忌み疎まれる屋敷の住人が出てくる様子はない。先頭を歩くスキンヘッドの男が、手振りで「行くぞ」と指示を出す。今回の任務が初参加の者にとっては手が震える瞬間だ。
一歩進み、また一歩。物陰に隠れるように進み、屋敷の扉を開く。その瞬間、辺りはセピア色に包まれた。
『よく来たな、ハンター共。わざわざ死に来たのか』
フードを目深に被っているので性別は分からないが、バンパイアの特徴である牙がチラチラ覗く。
『いいだろう。……全員まとめてかかってこい!!』
刹那、大口を開けたバンパイアが一気に襲いかかってくる…!ハンターは必死で避けるが、バンパイアの素早さにはついていけず後ろをとられる。
「くそっ…このー!!」
叫んで一撃目をなんとか回避したものの、次の二撃目からの猛攻に避けるので精一杯だ。ハンターはガード、ガード、ガードを続けて、とうとうバンパイアの必殺技が飛んでくる。
『…終わりだ』
バンパイアの攻撃は見事にヒット。ハンターは敢えなく倒れた。
「ぐはああ!!敗けたああああ!!」
「こら、アミー!うるさいよ!」
「だって!こんなの初見殺しだ!」
ゲームオーバーのBGMが流れるゲーム機を放り投げたアミーは、ベッドへ飛び込むとバタバタと暴れだす。
「あんたはもう、またゲームばかりやって。だから朝起きれないんだよ」
髪を一つに結んだ恰幅の良い女性は、溜め息をつきながらベッドの周りに散らばった洗濯物を拾う。手際よくカゴヘ入れると、最後にぺしんっとアミーの尻を叩いた。
「……我輩が朝起きないのはバンパイアだからだ。生物学的な問題であって、怠惰を極めたからではないのだ」
ジタバタするのをやめて頬を膨らませながら女性を睨むものの、女性は手を腰に当て、また一つ溜め息をつく。
「言い訳はなしだよ。バンパイアだって人型なんだから、人間とそんな変わらないだろう。生活習慣だ。ほら見てみな、そんな青白い肌して。どうみたって不健康だよあんた」
アミーをバンパイアだと知っていてこの理論なのだ。日に当たらないのだから青白いのは当たり前だと、アミーは言おうとしてやめた。
「マリン」
「なんだい」
「ベンに、このゲームは難しいが絶対クリアすると言ってくれ」
ベンは女性――マリンの息子だ。若干10歳にしてゲーム作りが趣味の天才児。アミーとはゲーム仲間だ。
「自分で言えばいいじゃないか。そのほうが喜ぶよ」
「ベンは昼間は友達と遊んでるだろう。我輩が水を指してしまうのは嫌なのだ」
拗ねたような声音のアミーを見てマリンは笑う。
「なぁに言ってるんだか。見た目も中身もベンと大差ないくらい子供なんだから、混じって遊んでくればいいよ」
「なっ…!我輩は子供ではないと何度言えばわかるのだ!」
膨れるアミーの見た目はせいぜい十歳くらいだろう。子供に混じっても違和感はない。
「知ってるさ。でもその見た目と生活能力のなさじゃ子供と変わらないよ」
世話しなく掃除を始めるマリンは、週に二回は屋敷にやって来て世話を焼いてくれる。脱いだら脱ぎっぱなし、掃除もしないアミーにとっては有り難い存在だ。
「我輩は誰にも迷惑をかけてない」
ゴロゴロとベッドに転がり、時計を眺めると既に十三時を過ぎていた。
「あと二時間後にはおやつの時間だね」
「砂糖のたっぷり入ったクッキーが食べたい」
「そういうところも子供だよ」
言いながらマリンは部屋を出ていった。きっとあと一時間もすれば美味しいクッキーを焼いてくれるのだろう。鼻をひくつかせたアミーはクッキーを想像してごくりと唾を飲んだ。
「いかんな、我輩は子供ではない。…子供ではないから仕事をするのだ」
起き上がったアミーは勢いよくベッドから飛び降りると、ずり下がってきたカボチャパンツを引き上げて、ふんっとガッツポーズを取る。これで気合いが入った。大きめのスリッパの音を立てながら、部屋の一角にある机に向かう。肘のせのついた大きめの椅子に腰掛けると、机の上の分厚いノートを開いた。
ノートには三つの項目がある。
一 昨日の天気は
二 周辺に問題はなかったか
三 出来事
とても簡素な項目だ。所謂昨日の振り返りノートと言ったところだろう。アミーは鉛筆でその全ての項目に『とくになし』と記入した。たった五文字を三回だけ。
「アミー。天気にとくになしってなんなのよ。ちゃんと書かないとダメじゃない」
チリンと柔らかな鈴の音をたてて、真っ黒な愛猫リンがアミーの膝の上にのって来た。
「むーん。仕方ない、晴れ、だ」
「雨よ」
リンの猫パンチがアミーの顎にヒットした。ギュムギュムと肉球が顔に迫ってくる。
「我輩が見たときは晴れだった」
「それいつの話よ。本当にいい加減なんだから。そんなんじゃ記録係のお仕事クビになっちゃうわよ」
「良いのだ。もうこの仕事、飽きたのだ」
金髪ショートのくせ毛でネコ毛な髪をぶんぶん左右に振って、アミーはまた頬を膨らませた。もうかれこれ、町の記録係を仕事にして二百年。昔は戦争やらなんやらと揉め事が多かったものの、ここ数十年は落ち着きはらっているので、とくに書き応えのある事件もない。アミーの記録ノートが『とくになし』なのは平和を表すのだが。
「平和すぎて、自分がなんたるかを忘れてしまった」
膨れた頬を肉球で押し潰されたアミーは、仕方なく天気の欄に『雨』と書いた。
「じゃあ、アミー。外にお散歩しにいかない?退屈なんでしょ?」
膝から降りたリンは、尻尾をゆらゆらさせながらアミーをじっと見詰めた。薄緑色の目がチラチラと時間を気にしている。一時間ほどの外出なら、マリンのおやつに間に合うだろうか。
「うむ。それも良き」
アミーは黒いフードつきの上着を羽織ると、部屋を出た。
一歩進み、また一歩。物陰に隠れるように進み、屋敷の扉を開く。その瞬間、辺りはセピア色に包まれた。
『よく来たな、ハンター共。わざわざ死に来たのか』
フードを目深に被っているので性別は分からないが、バンパイアの特徴である牙がチラチラ覗く。
『いいだろう。……全員まとめてかかってこい!!』
刹那、大口を開けたバンパイアが一気に襲いかかってくる…!ハンターは必死で避けるが、バンパイアの素早さにはついていけず後ろをとられる。
「くそっ…このー!!」
叫んで一撃目をなんとか回避したものの、次の二撃目からの猛攻に避けるので精一杯だ。ハンターはガード、ガード、ガードを続けて、とうとうバンパイアの必殺技が飛んでくる。
『…終わりだ』
バンパイアの攻撃は見事にヒット。ハンターは敢えなく倒れた。
「ぐはああ!!敗けたああああ!!」
「こら、アミー!うるさいよ!」
「だって!こんなの初見殺しだ!」
ゲームオーバーのBGMが流れるゲーム機を放り投げたアミーは、ベッドへ飛び込むとバタバタと暴れだす。
「あんたはもう、またゲームばかりやって。だから朝起きれないんだよ」
髪を一つに結んだ恰幅の良い女性は、溜め息をつきながらベッドの周りに散らばった洗濯物を拾う。手際よくカゴヘ入れると、最後にぺしんっとアミーの尻を叩いた。
「……我輩が朝起きないのはバンパイアだからだ。生物学的な問題であって、怠惰を極めたからではないのだ」
ジタバタするのをやめて頬を膨らませながら女性を睨むものの、女性は手を腰に当て、また一つ溜め息をつく。
「言い訳はなしだよ。バンパイアだって人型なんだから、人間とそんな変わらないだろう。生活習慣だ。ほら見てみな、そんな青白い肌して。どうみたって不健康だよあんた」
アミーをバンパイアだと知っていてこの理論なのだ。日に当たらないのだから青白いのは当たり前だと、アミーは言おうとしてやめた。
「マリン」
「なんだい」
「ベンに、このゲームは難しいが絶対クリアすると言ってくれ」
ベンは女性――マリンの息子だ。若干10歳にしてゲーム作りが趣味の天才児。アミーとはゲーム仲間だ。
「自分で言えばいいじゃないか。そのほうが喜ぶよ」
「ベンは昼間は友達と遊んでるだろう。我輩が水を指してしまうのは嫌なのだ」
拗ねたような声音のアミーを見てマリンは笑う。
「なぁに言ってるんだか。見た目も中身もベンと大差ないくらい子供なんだから、混じって遊んでくればいいよ」
「なっ…!我輩は子供ではないと何度言えばわかるのだ!」
膨れるアミーの見た目はせいぜい十歳くらいだろう。子供に混じっても違和感はない。
「知ってるさ。でもその見た目と生活能力のなさじゃ子供と変わらないよ」
世話しなく掃除を始めるマリンは、週に二回は屋敷にやって来て世話を焼いてくれる。脱いだら脱ぎっぱなし、掃除もしないアミーにとっては有り難い存在だ。
「我輩は誰にも迷惑をかけてない」
ゴロゴロとベッドに転がり、時計を眺めると既に十三時を過ぎていた。
「あと二時間後にはおやつの時間だね」
「砂糖のたっぷり入ったクッキーが食べたい」
「そういうところも子供だよ」
言いながらマリンは部屋を出ていった。きっとあと一時間もすれば美味しいクッキーを焼いてくれるのだろう。鼻をひくつかせたアミーはクッキーを想像してごくりと唾を飲んだ。
「いかんな、我輩は子供ではない。…子供ではないから仕事をするのだ」
起き上がったアミーは勢いよくベッドから飛び降りると、ずり下がってきたカボチャパンツを引き上げて、ふんっとガッツポーズを取る。これで気合いが入った。大きめのスリッパの音を立てながら、部屋の一角にある机に向かう。肘のせのついた大きめの椅子に腰掛けると、机の上の分厚いノートを開いた。
ノートには三つの項目がある。
一 昨日の天気は
二 周辺に問題はなかったか
三 出来事
とても簡素な項目だ。所謂昨日の振り返りノートと言ったところだろう。アミーは鉛筆でその全ての項目に『とくになし』と記入した。たった五文字を三回だけ。
「アミー。天気にとくになしってなんなのよ。ちゃんと書かないとダメじゃない」
チリンと柔らかな鈴の音をたてて、真っ黒な愛猫リンがアミーの膝の上にのって来た。
「むーん。仕方ない、晴れ、だ」
「雨よ」
リンの猫パンチがアミーの顎にヒットした。ギュムギュムと肉球が顔に迫ってくる。
「我輩が見たときは晴れだった」
「それいつの話よ。本当にいい加減なんだから。そんなんじゃ記録係のお仕事クビになっちゃうわよ」
「良いのだ。もうこの仕事、飽きたのだ」
金髪ショートのくせ毛でネコ毛な髪をぶんぶん左右に振って、アミーはまた頬を膨らませた。もうかれこれ、町の記録係を仕事にして二百年。昔は戦争やらなんやらと揉め事が多かったものの、ここ数十年は落ち着きはらっているので、とくに書き応えのある事件もない。アミーの記録ノートが『とくになし』なのは平和を表すのだが。
「平和すぎて、自分がなんたるかを忘れてしまった」
膨れた頬を肉球で押し潰されたアミーは、仕方なく天気の欄に『雨』と書いた。
「じゃあ、アミー。外にお散歩しにいかない?退屈なんでしょ?」
膝から降りたリンは、尻尾をゆらゆらさせながらアミーをじっと見詰めた。薄緑色の目がチラチラと時間を気にしている。一時間ほどの外出なら、マリンのおやつに間に合うだろうか。
「うむ。それも良き」
アミーは黒いフードつきの上着を羽織ると、部屋を出た。
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